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21. なんやかんやで優しい世界

なんでもかんでも高橋(1話)のせい

 服が乾いたところで、俺は重い足取りで再び神殿に向かった。神殿の扉も床もナーシル先生の服も汚してしまった。果たしてナーシル先生は許してくれるだろうか。さっきは混乱状態の俺でもわかるほどに怒っていらっしゃった。一度、帰宅し着替えてから、婆さんを連れて謝罪に行くという手もある。しかし、38歳児としてのプライドが、それはどうなのかと待ったをかけてくる。8歳児的には保護者同伴での謝罪は何も問題ないだろう。しかしながら俺はもうアラフォーなのだ。あまり他人に甘えたくないと言う気持ちが強い。これは俺が起こしたトラブルなのだ。自分で解決できるなら自分で解決すべきだろう。一人で解決できない問題ならば話は別だが、今回は違う。頭を下げて謝って掃除をするだけ、気が重いがそれだけだ。これぐらい自分だけでやれないようでは、これからも一人では何もできない人間のままだろう。気がのらないことは逆に率先して終わらせてしまったほうが精神衛生的にも良い。爆弾を抱えたまま生きるのはつらい。爆弾を抱えたまま一人でなんとかしようとして、なんともならず上司から”お前は仕事を舐めているのか?”と真顔で言われた前世を思い出す。あの時、問題はさっさと報告してしまうのが良いと学んだ。部下が解決できない問題が起きたときに何とかするのが上司の仕事だ。管理職は大変かもしれないが、ヒラの俺には関係ない。特に今の俺は8歳児なのだ。謝罪と掃除以外を求められたら婆さんを召還できる。婆さんを生贄に捧げることで俺のライフポイントを削られずに済むはずだ。結局、婆さんに甘えているな。俺は本当に甘ったれのクズだ。責任感のかけらもない。高橋の人を見る目の無さにはあきれ果てる。あいつは本当に無能だな。無能に選ばれた無能を無理やり英雄に仕立て上げようとするのだからシーウォも大変だ。そう考えると管理職には絶対になりたくないな。


 そんなことを考えているうちに神殿にたどり着いた。扉には俺の手形がとり残されていた。年月を重ね明度の下がった木製の扉に血の色は鮮やかな色を残していた。ゆっくりと重い扉をあけると、ぎぃと低い音がした。中には血と泥でできた足跡がてんてんと残されていた。まるで何かの犯行現場のようだ。中を見渡しナーシル先生を探すが、礼拝堂にその姿は無かった。おそらくナーシル先生は書庫の中に居るのだろう。ナーシル先生を見つけたいような、見つけたくないような、そんな葛藤を感じながら奥にある書庫の前まで軋む床の上をそろりそろりと歩いていった。


 あとはノックをして中に入って謝るだけだと意気込んで、深呼吸をする。落ち着かないと俺は何を言い出すかわからない。その場を繕うために、いい加減な言葉を紡ぐことがある。今回は俺の誠意を見せる場なのだ。いい加減な発言はできない。両手両足の指の数では足りないくらい深呼吸を繰り返したところで、扉が開きナーシル先生が中から出てきてしまった。結局、俺は決心して扉を開けることができなかった。俺の臆病さには自分でもびっくりだ。高橋の人を見る目の無さは半端ではないな。本当に恐れ入る。あいつは罷免すべきだな。


「おや、ガズ君。きれいになりましたね。お話しの続きでもしましょうか。」


「えっと、あのナーシル先生。先ほどは、大変なご無礼を働き申し訳ございませんでした。あの、扉も床も私が責任を持って清掃いたします。それに、その、ナーシル先生の服もお洗濯させていただきます。できうる限り原状回復に勤めさせていただきますので、何卒、平にご容赦下さい。」


 体を90度に折り曲げて手を指先までピンと伸ばし、知りうる限り丁寧に謝ってみた。お許しの言葉をいただけるまでは頭を上げない。しかしナーシル先生からはお許しの言葉が返ってこない。もしかして、ご満足いただけなかったのであろうか。この謝罪ではサティスファクションが低いと言うのか。そうなると、もはや土下座しかないのだが、土下座をご所望と言うことなのか。まさか、床を舐めろと言うことか。そういうことか。なるほどな。流石は俺のナーシル先生だ。8歳児に土下座させて床を舐めさせて頭を踏みつけてやっと満足すると言うことか。とんでもない人を怒らせてしまったもんだ。いや、冷静になろう。ナーシル先生はそんな人ではない。きっと靴だ。靴を舐めさせたいんだ。8歳児に土下座させて靴を舐めさせてやっと満足する人なんだ。尋常ならざる人を怒らせてしまったもんだ。これは大変なことだ。勇気がいる。土下座などしたことがない。やり方がわからない。五体投地的なやつをすべきなのか、ムスリムの礼拝的なやつをすべきなのかがわからない。土下座のやり方なんて習っていない。土下座の正式なやり方を学校で教えるべきでは無いだろうか。このように人生には思いもよらぬタイミングで土下座を要求されることがあるのだ。必修科目にしてしかるべきであろう。文部科学省は、なにをやっているのだ。教えるべきことを教えないなんて怠慢も甚だしい。俺は遺憾の意を表明する。それにしても習っていないからできないなんて、流石は俺、ゆとり極まるな。こんなゆとりを選ぶなんて高橋の人を見る目の無さは非凡極まりない。あいつは自害したほうが世のためだな。


「落ち着いて。落ち着いて話をしよう。どこでそんな言葉を覚えてきたのかしらないけれど、頭をあげてね。床も扉も服も、いつかは汚れてしまうんだ。そんなに必死に謝ることはないよ。とにかく頭をあげて。」


 ナーシル先生がうわずった声で頭を上げるように言ってきた。ナーシル先生の顔を見ると眉毛は下がって、やたらとまばたきをしている。なんだかとても困っているように見える。もしかしてやりすぎたのか。へりくだりすぎると逆に嫌味に聞こえることがあるらしい。また大変なご無礼を働いてしまった。俺はいつも、ちょうど良いところを見誤ってしまう。今回もそうみたいだ。いつも見誤ってばかりだ。自分で考えることが、そもそも間違いのような気がしてくる。自信が喪失していく。もう駄目だ。


「あの、すみません。困らせてしまったみたいで、すみません。」


「もう謝らなくていいからね。君は本当に興味深いよ。不思議な子だ。」


 ナーシル先生から変人認定いただきました。ありがとうございます。


「興味深い、ですか。僕が。」


「実はね、君が私を訪ねてくる前夜、夢の中で精霊に会ったんだよ。その精霊は、”明日、少年があなたのもとを訪ねてくるから導いてあげなさい”と伝えてきたんだ。最初は変わった夢だと思ってただけなんだけどね。その日に君が私のもとに現れたんだよ。」


 精霊の話とか教義的に大丈夫なのだろうか。精霊は人を導きもするが惑わしもする気まぐれな存在だから、信用してはいけないって説いているじゃないか。


「えっと精霊ですか。」


「そう精霊だ。私も後から分かったんだけどね。色々と調べたら、どうやらシーウォ様という人の姉とも呼ばれる精霊らしいんだよね。精霊は大事を成さんとする者のもとに現れるそうだよ。話してみたら君は英雄になりたいと言うじゃないか。まさに大事を成さんとする者だよ。君は精霊に見守られているんだ。こんなに興味深いことは無いよ。」


 シーウォだと。犬のくせにしれっと仕事してやがるな。しかもあいつ案外、大物だったのか。あいつに認めらたから誇れるってそういうことなのか。俺は大事を成せそうだと認められているのか。確かにそれは誇れるが、ただのリップサービスの可能性が高いな。いつも人のことボロクソに言いやがるからな。きっと口先三寸で俺のやる気出させようとしているのだろう。俺は褒められて伸びるタイプなんだよ。もっと褒めろよ。それに人の姉って、あいつメスだったのか。次に会ったらメス犬よばわりしてやろう。どんな反応するかな。また俺、説教されて泣かされちゃうのかな。なんか嫌な予感しかしないからやめておこう。

 しかし、シーウォが自ら出てきていると言うことは、ナーシル先生に全てを打ち明けても良いのだろうか。だけど、変に期待されるのは嫌だ。基本的には他の転生者が頑張って、俺はその手伝いをするというスタンスを崩したくない。先頭に立って人を率いるようなことはしたくないし、できない。俺にはそんな能力がない。あくまで俺は指示待ち人間なのだ。その代わり指示されれば、死ぬまで働いてやろう。俺の能力は人に率いられたときに輝くのだ。駒には駒の生き方があるのだ。自分で考えて動けと言われても右往左往するだけだ。

 とは言え、シーウォが導けと言ったと言うことは、ナーシル先生に従えということだと考えて良いのでは無いだろうか。シーウォにナーシル先生に従うように言われましたとでっちあげれば、ナーシル先生が頭脳担当になってくれるということか。なるほど。俺はナーシル先生に指示されたとおり動けば良いのだな。これは良い。いや、良いのか?判断がつかない。困った。俺に選択肢を与えてはいけない。悩み続けて時間を無駄に浪費してしまう。こういうときは、折衷案だ。全体的に、ぼやかして話をしよう。夢でなんとなくそんなこと言われましたぐらいの、ぼんやりとした話にしよう。それがいい。どうとでも取れるようにしておくのが一番だ。玉虫色は最も綺麗な色だ。


「ぼ、僕もシーウォ様には夢の中で会ったことがあります。な、なんだか将来、悪いことが起きるとか起きないとかで、みんなを守れるように頑張りなさいって言われました。あの、それで村の神官に導いてもらうと良いとか、そんなこと言われたような気がします。」


 これぐらいだな。嘘は言ってない。気がするのだから仕方がない。シーウォには頑張るのは当たり前のことだって説教されたけど、そんなことは忘れた。努力目標ぐらいにしておくのが良い。気が楽だ。絶対になんとかしないといけないと思うと、気が滅入ってしまう。そう言えば村の神官は魔法が使えるって言ってただけだけど、あれは間接的に村の神官に魔法を教われって言ってたに違いない。つまりナーシルを師と仰げと言っていたんだ。そういうことに違いない。ナーシル先生を俺の頭脳担当にしろと言う指示だったんだ。なるほど。素晴らしい。シーウォは的確な指示をくれたんだなぁ。

実はみんなに見守られているヤマダ

次回、ナーシルが興味深そうにこちらを見ている

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