17. なれる!今日から君も錬金術師
神の御力を賜りし我が力に答えよ!
我に仇なす昏き魂に永遠の安らぎを与えん!
出ませい!九天の雷!
婆さんによるパワーレベリングとナーシル先生による魔法講座は順調に成果を出している。どういう理由か知らないが、俺に新たな職業、見習い猟師と見習い神官が加わっていた。とりあえずパワーレベリングの際には見習い猟師に転職して、魔法講座の際には見習い神官に転職している。超高回転ジョブホッピングだ。最近の若者はすぐに転職してしまう。嘆かわしい。
魔法の参考書を読んで分かったことだが、術式だとか呪文だとか魔法陣だとか、そういったことは使わない。がっかりだ。
『なに!? あんな高等な術式を無詠唱で発動だと!? 何者なんだ!?』
的な展開は期待できない。本当にがっかりだ。夢も希望もあったもんじゃない。この世界は魔法に対する真摯さが足りていない。ふざけている。温厚な俺ですらブチぎれそうだ。
魔法の参考書は、スポーツの参考書に近い感覚のものだった。魔力を上手く扱うときのイメージの仕方や練習方法なんかについて書かれている。今の俺は参考書に書かれている基礎訓練に明け暮れている。まずは合掌して魔力を体内で周回させる。その次に、手のひらを少しだけ離す。そして一方の手のひらから、手のひら間の微かな空隙に魔力を放出するのだ。そして放出した魔力が漏れないように、もう一方の手のひらで受け取る。こうして魔力を放出する感覚を養うのだ。しかも放出した魔力は再度取り込むので、長時間の練習が可能である。なかなか理に適った練習法だと思う。
この練習だが、今のところ数ミリ程度しか離すことはできない。それ以上離すと、魔力がどこかに散ってしまう。散った魔力はどこに行くのか。持ち主である俺を置いてどこかに行くなんてけしからん。魔力もそうだがみんな俺を置いて行ってしまう。俺だけが置いてけぼりだ。いつもそうだ。買い物に行ったら俺だけ放置されて、みんなは他の店に行ってしまっていた、なんてことがあった。そして何故か俺がはぐれたと非難されるのだ。前世の悔しい気持ちが蘇る。魔法の練習がこんなことを思い出させるなんて考えもしなかった。かくも魔法の練習とはつらいものなのだ。それに耐える俺の忍耐強さは英雄レベルといって差し支えあるまい。
ところで、魔力がどこからきて、どこへいくのかと言うことについては解明されていないらしい。ナーシル先生曰く、昔は飲食物に魔力が含まれていて食事によって魔力が補給されると考えられていた。しかし、酔狂な学者が3日間飲まず食わずで、毎日正午丁度に魔力が尽きるまで水を出すという実験を行った結果、初日と3日目で出した水の量は変わらなかった。そのため、今は空気中に魔力が含まれているのだろうというのが一般的な考えとなっている。実際、魔法で生成したものは時間経過とともに消滅していくため、空気に戻っていくというのは納得できる。
一方で、神が与えてくださっている力なのだという思考放棄派もいたり、人体には実相と魔相が重なりあって存在し、魔相から借りた魔力を使って実相世界に魔法を発現し、そして消費した魔力は魔相世界に帰っていくと言う何だか小難しい説を唱える学者もいたりするらしい。
ただ、魔力は空気に含まれているという考えも、最近では大きな欠陥が指摘されている。魔法で生成したものは空気に戻るわけでは無いと言う実験結果が報告されたのだ。その実験とは、魔法で生成した金属の塊を密閉された箱の中に入れておくと、少しづつ重量が減っていき、最終的には元の箱の重量に戻るのだそうだ。空気に戻るのであれば、密閉されていれば金属が消えたとしても重量は変わらないはずだ。と言う事で、空気に含まれているという説も怪しくなっているらしい。
なんでこんな話になったかと言うと、みんな魔法で水を出しているけど、そのうち世界中が水浸しになるんじゃないんですか、と子供らしく質問したからだ。そうしたら思いのほか、専門的な回答が返ってきたので困惑した。そして確信した。こいつは教師に向いていない。7歳児にそんな説明をして理解できるわけがない。それは良いとして、魔法で発現する水は空気中の水分が集まって水になっている訳では無いという事が判明したのが、大きな収穫だった。魔法は物理現象とは全く別次元のものなのだ。実際のところ、俺も空気中から魔法で石ころを出すことができる。
時間経過で魔力に戻っていくのであれば、水を出しても飲食に適さないのではないかと言うと、そうでは無い。どうやら数十日かけて徐々に魔力に戻っていくようだ。なので、魔法で水分補給したけど脱水症状になりました。なんてことは起きないようだ。今までも飲んだり料理に使ったりしてきたが問題は無かった。
じゃあ、金銀財宝も魔法で出せるじゃないかと言う話になる。実際、出せるらしい。この世界では、誰もが文字通り錬金術師になれるのだ。君も今日から錬金術師だ。やったね! と言いたいところだが、魔法で作ったものはすぐにバレる。俺が出す石ころも触ると魔力独特のチリチリとした感覚がある。そうでなければ、貨幣経済が成立しない。神様も色々と考えたんだろうな
まぁ魔力については謎も多いという事だ。ちなみに魔法に限らず、学問も技術もカサラヒ王国は遅れ気味とのことだ。もっぱらラーウィー大陸の先進的な研究を後追いしているらしい。なにしろ、他国とカサラヒ王国は人的交流が乏しい。瘴気のせいで、他国の学者や技術者は招くことができない。そのため、留学して知識を持って帰ってくるしかないのだが、魔族を受け入れてくれる国は少ない。お隣のムワラン帝国とドワーフのミルド国と、ドラゲンの大聖龍帝国ぐらいだ。
と言うのも、50年ほど前まで、ムワラン帝国とカサラヒ王国が組んでラーウィー大陸のヒューマやパンタルの国々でやりたい放題していた。最終的にはドラゲンやエルフたちが出てきてラーウィー大陸から叩き出されて、今に至る。そのため、多くの国では魔族お断りとなっている。ドワーフはどちらの勢力にも武器を売って儲けていたらしく、魔族だからと差別することは無いようだ。それと大聖龍帝国もドラゲンだけは特権階級でそれ以外は平等らしい。そのため、魔族はミルド国と大聖龍帝国以外では、傭兵になるぐらいしかできない。と言う訳で、俺の将来の夢は傭兵と言うことになった。と言うか、なってしまった。早くも人生がハードモードになりつつある。みんなを守る英雄から、みんなを殺す英雄にジョブチェンジだ。最近の若者はすぐに心変わりしてしまう。嘆かわしい。
山田が石ころの錬金術師になった。
次回、僕はオオカミ絶対殺すマン