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15. 偏差値は正義

きりかえていこう

 俺はアルの葬儀が終わってからしばらく家に引きこもった。”英雄になるって決意したんで、今日から頑張りますね”なんてことが言える殊勝な人間では無い。むしろ知人が死んだ翌日からやる気スイッチ入ってる奴は頭のネジがぶっ飛んでる、と俺は思う。そんな感じで自分に言い訳しながら引きこもった。引きこもりながら泣いて悔やんで悩んでいた。


 母親もアルも俺のせいで死んだ。婆さんも俺のせいで死ぬんじゃないか。俺は死神なんじゃなかろうか。俺のせいで誰かが死ぬのはもう見たくない。俺のせいで誰かが悲しむのも、誰かのせいで俺が悲しむのも嫌だ。そうだ一人で生きて一人で死ねばいいんじゃないか。婆さんもきっと死ぬんだ。婆さんが死んだら俺は一人で生きて行こう。きっと一人は気楽だ。喜びも怒りも悲しみも楽しみも全部俺だけのものだ。誰にも気兼ねする必要はない。全部俺だけのものだし、全部俺だけの責任だ。誰かの命を預かるなんて、おこがましいことはしなくていい。そんな重荷は俺の人生には要らない。だが果たして独力で英雄になれるのだろうか。一人でできる事なんて限られている。前世で学んだじゃないか。一人で死ぬまで頑張ったところで、周りと協力して仕事を進める人には勝てない。俺が天才数学者ならば、一人でキノコ狩りしながら世界を揺るがす論文を書けるかもしれない。だが俺は数学を極めるために、この世界に来たわけでは無いし、そもそも天才じゃない。俺は運が悪いだけの凡夫だ。一人では何も成し遂げられない凡夫だ。力さえあれば、一人でも生きていけるかもしれない。だけど結局、力をつけるためには誰かに教えを請わなければいけない。あぁ、俺は一人じゃ生きていけないし、一人じゃ何にもできないんだな。最初からわかっていた。わかっていても、知らない人と関わるのは怖い。閉じたコミュニティの中で生きて行きたい。でもそれじゃいけない。一歩踏み出すって決めたじゃないか。俺は英雄になるために一歩踏み出そう。


 なんてグダグダと悩んでいた。一人で泣いて悔やんだところでアルは生き返らないし、強くなるわけでもないのはわかっている。だけど、そう簡単には気持ちは切り替わらないものだ。まぁ、いつもの言い訳だ。だけど、ちょっとだけ休んだって良いじゃない。適度に休まないと死んじゃうよ。と言いつつ、7歳児の身体は一晩休めばだいたいのことは回復してしまうのだ。驚きだ。子どもってすげえよ。筋肉痛が2日後にきていた前世とは大違いだ。


 とまぁ色々悩んだ結果、今後のことは決めた。大きくなったら、この国から出て旅に出るのだ。どこかで、のほほんとしている転生者を見つけ出す旅だ。そして、協力を得る。と言うか、あいつらに寄生してやる。神内さんと京極さんは上手いことやって軍隊を率いるなり、パーティーを組むなりしていそうだ。鏑木君は、まぁ期待できないな。彼は若いから、きっと一人で冒険者的なことでもやってるんじゃないかな。まだまだ自分の万能感を失っていないだろう。一人でダンジョンを制覇するなり、ドラゴンを退治するなりしてそうだ。彼が魔物と遊んでいる間に、俺は神内さんか京極さんに取り入って英雄パーティーの仲間入りですよ。あとから鏑木君が参入してきても、パーティー内では俺の下になるわけだ。いくら強かろうが関係ないのだ。新参者に対する慈悲は無い。俺は鏑木君をこき使う立場になるのだ。今からワクワクしてきた。


 旅に出ると言ったところで、俺はこの世界の事を何も知らない。なので、まずはお勉強から始めることにした。村の神官に勉強と魔法を教えてもらうのだ。神官は村では唯一のインテリである。王都出身の都会っ子で、王都の神学校を出ているらしい。そんなインテリ様だが、上層部からの辞令でこんな辺境まで派遣されて来たらしい。不平の一つも言わないし、私腹を肥やしたり、幼児をたぶらかしたりもしない。ただひたすらに村のために、迷える子羊を導いているのだから正に聖職者である。ところで、俺は王都がどこにあって、村からどれくらい離れているのかすらも知らない。俺には元傭兵のおっさんの武勇伝で聞きかじった程度の知識しかないのだ。そんな状態で、国を出て旅に出るなど正気の沙汰ではない。


 とにかく、世界のことも魔法のことも勉強しなければ、村人Aのまま生涯を終えてしまうこと間違いなしである。個人的には、村人Aとして旅人に”ここはスヌオル村だよ”と教えるだけで生きていけるなら、それはそれで良いのだが、嫌味な上司が許してくれない。いや、”ここはスヌオル村だよ”しか喋れない人生は、なかなかにつらいかもしれない。そもそも旅人が来なければ、毎日村の入り口で立っているだけだ。雨の日も風の日も立っているだけだ。完全に狂人だ。人間案山子だ。だが案山子は知恵を欲するものなのだ。有名な魔法使いの童話でもそうだった。俺が国をでることを目指そうと、村人Aを目指そうと、どちらにしろ勉強することになるのだろうな。


 勉強なんてクソくらえだ。微分方程式が解けたからって社会で何の役に立つって言うんだ。盗んだ箒で走り出す。夜の村、結界を壊して回った。と言うようなオラついた人間では無いので、素直に勉強をしようと思う。大人になって勉強の大切さが身に染みたのだ。前世で、もっとまじめに勉強していればと何度思った事か。今回の人生では真面目に勉強するぞ。時間はたっぷりとあるし、娯楽も無い。ゲームもマンガも無いし、唯一の友人も失っている。いくらでも勉強できる。考えたら、また泣けてきた。アルのことは考えないようにしよう。


 ちなみに家族にも国を出たいという話はした。誰も反対しなかった。こういう時に次男は有利である。家を継げという圧力が無い。むしろ出て行ってくれた方が助かると思われている節がある。あまりにもあっさりしすぎていて、ちょっとだけ泣いた。まぁ出ていくとしても数年後の話だ。その間は婆さんに甘やかしてもらおう。


 ついでに、勉強がしたいという話もしたら、婆さんが神官さんに話を着けてくれた。謝礼代わりに神殿の仕事のお手伝いと山で採った山菜などをおすそ分けすることになったそうだ。ちゃんと謝礼の話まで詰めてくるなんて流石は俺の婆さんだ。


 そう言う訳で、37歳児の俺は婆さんに引率されて神殿にきた。神殿は白いレンガ造りでドーム状の屋根は赤く塗られている。扉は重厚な木製だ。特に細工は施されていないが、よく磨かれていて鈍い光沢を放っている。中には長椅子が並べられ、正面には教壇が置かれている。床は板張りで、歩くと少しきしむ音がした。木戸の窓からは光が差し込み、ホコリがきらきらと輝いていて、ここが神聖な場所であると主張しているかのようだった。ここが今日から俺の学び舎になるのだと思うと少し緊張した。


 俺と婆さんを見つけた神官が声をかけてきた。30歳ぐらいのやせ型で肩まで伸びたウェーブがかった黒髪と笑うと無くなる細い目が印象的な男だ。


「ガズくん。良く来てくれましたね。ご存知の通り、私はこの神殿で神官を務めているナーシルです。今日から、楽しく魔法の勉強をしましょう。」


「あの、えっと僕はバヌゥイ・ガズです。ナーシルさん、これからよろしくお願いします。」


 こうして俺のスヌオル村脱出の準備がはじまったのだった。

悩んでる場合ではない

次回 山田、魔道の神髄をみる!?

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