13. おかえりなさいヤマダさん
山田はテンションが上がるとベラベラ喋りだすタイプ
意識が途絶えたと思ったら、真っ白の部屋に立っていた。何を言っているのかわからないかもしれないが、部屋の壁全てが真っ白なのだ。それ以上でもそれ以下でもない。
なんか見たことある景色に、見覚えのある真っ黒の羽が生えた犬がいやがるな。結局死んで戻ってきたって事か、下らねぇ人生だったよ。
「おお、ヤマダ。死んでしまうとは情けない。」
目の前の犬がニヤリと笑いながら馬鹿にしてきた。なぜか妙に嬉しそうだ。成人式で学生の頃イジメていた同級生を見つけたいじめっ子のような雰囲気を出している。またオモチャで遊べる、そんな雰囲気だ。
こいつも変わらんな。だが今回は俺も頭に来てるから嫌味なんかには付き合ってられない。不満をぶつけて、俺は地球に帰る。
「あ、あぁ、シーウォさんでしたっけ? なんか死んだんだが。序盤で死んだんだが。なんなんですかこれ?ヒロインも死んだし、クソゲーすぎです。職業も農家だし、シナリオ破綻してますよ。それにいくらレベルが高いからって、人外のスピードで動き回る婆さんもいるし設定から見直した方が良いですよ。それに魔族って何なんですか? なんかよく分かんないガスで空は紫色に染まってるし、他の大陸じゃ嫌われてるらしいですし。英雄どころか人類の敵じゃないですか。最初から英雄になんかする気が無かったんですよね。なんか魔王みたいな感じになれって事ですか? あーなるほどね、人類を滅ぼせばよかったんですか? なんにせよ、とにかく俺は死んだから仕事も終わりですよね。どうせ私は地球で豚になってブヒブヒ言ってるのがお似合いなんですよ。そもそも豚に英雄になれって言うのが間違いだったんですよ。あいつだ、あの高橋とか言う奴のせいですよ。あいつが俺を選んだのが間違いですよ。そうだあいつも豚にしましょう。連帯責任ですよ。あいつにも任命責任がある。そうしましょう。それが良いですよ。それにあいつ、アルもです。狼を森に連れて行こうなんて何を考えてるんですかね。俺を殺すために森に誘い込んだんだ。ヒロインのように振舞って俺を油断させて殺す気だったんだ。悪神の尖兵だったんだ。あいつも豚にしましょう。みんなみんな豚にしてしまいましょう。それが良いですよ。みんな豚になれば悪神に支配されようが何しようが関係ないですよ。これで万事解決ですよ。素晴らしいソリューションだ。俺は豚のくせに頭が良いなぁ。はぁ……馬鹿馬鹿しい。」
ただの開き直りだし、八つ当たりだ。自分でも分かっている。アルを止める方法はいくらでもあった。オロオロして思考を放棄したのは俺だ。子どもが無茶を言っているのだから大人の俺が止めるのは当たり前だ。それ見過ごしたのだから、結果的に俺がアルを殺した様なもんだ。俺はクソ野郎だ。世界がクソなんじゃない。俺がクソなんだ。でも誰かに、この憤りをぶつけたかった。こいつに言っても仕方ないのも分かっている。だけど言える相手が、こいつしかいない。本当に俺はどうしようもない豚だ。
「ヤマダさん、今日は随分とよく喋りますね。何を言ってるのかわかりませんよ。落ち着いてください。」
シーウォも困惑している様だ。こいつを困らせられただけでも言った甲斐があるってもんだ。もうこいつと関わる事は無いんだ。嫌われようがどうでも良い。どうせ俺は豚なんだ。豚なんかに世界を救えるわけが無い。
「もう終わりです。何もかも終わり。なんて名前か知らないですけど、イーガルンドの神様にポンコツの豚ですみませんでした。って伝えといてください。」
もうイーガルンドの事なんかどうでも良い。愛想笑いも無しだ。俺は疲れたんだ。
「まぁそんなに拗ねないで下さいよ。子どもじゃないんですから。それにまだ終わってませんよ。あと神に名などありませんよ。」
どう考えても死んだだろ。あの状態から生き残ってるわけが無い。
「じゃ、じゃあ、私は死んでいないとでも言うんですか? 首の骨折られて?」
「死にましたよ。間違いなく。ここにいらっしゃるのが証拠ですね。ただ英雄は甦るものですよ。何度となく苦難に立ち向かい傷つき倒れようとも、その度に立ち上がる者、数多の試練を乗り越えし者、それが英雄です。」
なんだこいつ急にドヤ顔でカッコつけた事を言いやがって。英雄は甦るとか言ってるけど、もしかして生き返るのか?生き返らされてしまうのか?正直なところ生き返りたくない。もう心が折れた。俺はあの世界でやっていく自信が無い。もう逃げだしたい。
「ちょ、ちょっとなに言ってるかわからないですね……も、もしかして生き返るとかそういう感じの流れ的なことがあったりするパターンがあるタイプのやつですか?」
控えめに確認してみた。生き返りたいと勘違いされても困る。
「ヤマダさんにしては察しが良いですね。地球の神からの3つ目の贈り物ですよ。」
そういえば、3つあるとか言ってたな。まさかそんな大層なものだったなんて。俺にはもったいない。俺なんかよりもアルを生き返らせてやって欲しい。
「い、いやぁ、もう無理ですよ。PTSD? トラウマ? みたいな感じになってますって。も、もう戦えないです。や、役立たずですよ。戦えないのに生き返らせても無駄ですよ。わ、私なんかを生き返らせるならアルを、私と一緒に死んだバルシィロ・アルを生き返らせて上げてください。か、彼女の方が英雄に相応しいです。魔法の才能もあります。な、何より慈愛の心と勇気、そして決断力と行動力があります。私には無いものを彼女は沢山もっています。」
シーウォの顔が歪む。さっきまで上機嫌だったのに。またやってしまったか。
「あなたは全然変わりませんね。私はあなたのそう言う卑屈なところ、挑戦する前から諦めるところ、他人のせいにして自分を守ろうとするところ、大変不愉快に思っていますよ。自分はダメな人間だと言って何も挑戦しない。挑戦しないから失敗しない挫折しない。もし何かに失敗しても自分はダメな人間だから当たり前。使命も誰かにやれと言われたからやっている。自分からやると言った訳では無いから、自分だけの責任ではない。魔族だから田舎だから農家だから、周りの環境が悪いからできない。そんな自分を守るための言い訳ばかり。本当に自分本位で楽な生き方をしようとしますよね。こちらに来ると最終的に決断したのはヤマダさんであると確認していますよ。逃げようとしないでください。挙句の果てには少女に自分の負担を押し付けようとする。本当に呆れるほかありませんね。大人として恥ずかしくないんですか? あなたの場合、恥ずかしい事だと分かっていて言っている節があるのが厄介ですね。それに私は豚だから仕方ないです? そんな訳の分からないダダを捏ねてまで逃げ出そうなんて何を考えているんですか。ちゃんと考えて喋っていますか? 自分を下げて卑屈になっていれば、私があなたの事を憐れに思って優しくしてくれるだろうなんて甘い考えをしているんですか? そんな事は有り得ないので安心してください。そもそもあなたの発言は豚に失礼です。」
シーウォはいつも俺の心を鋭くえぐってくる。言わんとしている事はわかるが、俺にはできないんだ。俺にはもう自信が無い。それに、俺にはもう婆さんしかいない。老い先短い婆さんの未来を守って何になるんだ。クソ!
「う、うるせぇよ! 俺はもう無理なんだ! 魔物が怖いから戦えないって言ってるだろ! トラウマだよ! また魔物に出会ったらビビッて過呼吸でも起こしてるうちに食い殺されるだけだよ! それにもう俺には婆さんしかいねぇんだよ! 老い先短い婆さんを守ることにモチベーションなんか見出せねぇよ!」
「へぇ、ヤマダさんも中々言う様にならはりましたね。また泣いて平謝りして、後は黙って嵐が過ぎ去るのを待つだけかと思てましたけど……。」
なぜかシーウォは感心しているようで、一人でうなずいている。逆切れしたら感心されるとは思わなかった。こいつの価値観がつかめない。
「まずですね、魔物と戦うのは無理じゃないですね。ヤマダさんは病気にならない。つまりストレスによって身体に異常をきたすこともありません。無理かどうかはあなたの気持ち次第です。そもそも私はあなたに魔物を倒せなんて一言も言ってませんよ。魔物を倒すのが強くなる一番の近道ではありますが。強くなる方法なんて他にいくらでもあります。
それにお婆さんだけがあなたの味方じゃありません。私は時々あなたの生活を観察していますが、村の皆さんが味方のはずです。あなたは勝手に蔑まれていると思い込んでいますが、村の皆さんはあなたが頑張っているのを微笑ましく思ってるはずです。あなたが思っているほどイーガルンドは険しい世界ではありません。あなたはもっと周りを頼った方が良いですね。自分に足りない部分があると分かっているならば、足りない部分を補える人と交流を持つべきです。それがあの少女だったのかもしれませんが、そうなのであれば守り抜く強い決意が必要でしたね。」
シーウォも少し落ち着いてきたらしい。歪んだしかめっ面から、いつものニヤニヤ顔に戻っていた。無理だと思うから無理なのか。無茶を簡単に言ってくれる。それにしても病気にならないって、そういうメンタル的な物も含まれるのか。俺の意思次第では無限に働き続けられるという事になるな。絶対しないけど。それに頼るって婆さん以外に誰を頼れば良いんだよ。あのクソ田舎でよ。
「た、頼るって言ってもあんな田舎じゃ、頼れる人なんていませんよ。ま、魔法使いも居ませんし。農家しかいませんよ。」
「はぁ、また言い訳ですか。例えば村の結界を維持している神官は結界を張るだけの魔法が使えますよね。それにあなたの村には、魔物を狩っている猟師や、世界を巡った元傭兵や、調合のできる薬屋もいます。あの村の中でも、まだまだ学べることが沢山あるはずです。あなたの性格を鑑みれば、知らない人に話しかけるのが躊躇われる気持ちもわからないでもないです。ただ、今のあなたは7歳の子どもなんです。何もわからない純朴な少年のふりをして教えを請いに行けば、邪険にはされないでしょう。」
くそ、何でもお見通しかよ。そうだよ。俺がビビッてるだけで、学ぼうと思えば色々学べる環境ではある。環境のせいじゃない。ダメなのはいつも俺だ。俺の臆病な心だ。
「わ、わかりましたよ。やれば良いんでしょ。やれるだけやってやりますよ。ど、どうせ生き返ってもアルを見殺しにしたとか言って村八分にされて野垂れ死んで返ってくるだけですけどね。」
もう村に俺の居場所が無くなっているんじゃないかと不安だ。そうなったら俺は、餓死、復活、餓死、復活……、という無限ループに突入するのではないだろうか。まさに地獄だな……。
「あなたが心配しているほど、不条理で理不尽で世知辛い世界では無いですよ。あなたが胸襟を開いて接していけば、自然と親しくなれるはずです。一人で抱え込んで周りと距離を置くような態度であれば、当然誰もあなたに手を差し伸べませんよ。話しかけて拒絶されれば、誰でも傷つきますからね。まずは、あなたから第一歩を踏み出して歩み寄ることですね。」
「か、簡単に第一歩を踏み出せたら苦労は無いんですけどね。」
「後はあなたの気持ち次第ですね。色々言ってきましたが、私はヤマダさんの事を買ってるんですよ。転生者の中でも、死んでしまうほどの戦いに身を置いたのはヤマダさんだけです。他の転生者は、家族に見守られてぬくぬくしてますよ。優雅に学校に通ったり、パパに剣術を教えてもらったりと安全なところで甘やかされて生きてるようです。だからと言ってはなんですが、ヤマダさんはもっと自信を持って良いんです。あなたの努力はこの私、シーウォが認めています。あなたはシーウォから認めてもらえたと誇っても良いですよ。
あまりここに長居すると、力を浪費してしまいますから、そろそろ戻ってもらいます。これからもあなたの活躍に期待しています。まぁ死んでもここに戻ってくるだけだと思って気楽に死闘を繰り広げてきてください。それではまた会う日まで。」
シーウォって何者なんだ。木っ端役人じゃないのか。認められたことを誇れるような存在なのか。謎だな。まぁどうでも良いな。俺は期待を裏切る事に定評のある男だからな。野垂れ死にして戻ってきてやるよ。
それから俺の身体は徐々に透明になり、意識も遠のいていった。
全否定されてから少し甘い事を言われて、実はすごく優しい人なのではないかと勘違いしてしまうやつ
次回、山田不死鳥伝説。




