12. 送りオオカミ
いってみよう 殺ってみよう
「アル! ま、魔物だ! 逃げて、早く逃げて!」
俺は叫びながら鳴き声のする方に駆け出した。おそらく巨大リスだろう。俺が時間を稼いでいるうちに、アルには村に戻ってもらおう。俺は英雄だ。俺は英雄なんだ。やってやろうじゃないか。幼馴染の一人や二人守ってやろうじゃないか。
「えっなに!? 魔物?こんな近くに!? なんで!?」
アルは慌ててまっすぐ走りだしてしまった。村とは反対方向じゃねぇか。何やってんだよ。そんなに死にたいのか?
「そっちじゃない! 村に! 村に逃げるんだ!」
「なんで!? なんで!? 怖いヤダ助けて! お父さんお母さん助けて!」
アルは錯乱している様だが、もう俺にはどうしようもない。アルはもう俺の視界から消えてしまったのだ。
俺は茂みの向こうのリスに集中する。同時に二つも三つも考えられる器用な人間では無い。まずはこいつを殺す。そしてアルを連れ戻す。時間稼ぎなんて言ってられない。こいつは今ここで殺す。
リスは特徴的な鳴き声を挙げながら茂みをかき分け俺の目の前に現れた。そのまま馬鹿正直に正面から飛び掛かってくる。俺は体を捻ってリスかわした。交差する瞬間に逆手で持ったナイフを突き立てる。
浅い。薄皮一枚と言ったところか。
無理にナイフを突き立てたせいで態勢が崩れ、前のめりに転びそうになった。リスは着地するや否や機敏に方向を変えて飛び掛かってくる。速すぎる。こちらは態勢が全く整っていない。せめて頭を守るために左手を突き出す。
「ぎぃ、あああああーーー!」
左肩に噛みつかれて地面に組み敷かれた。言葉にならない叫びが漏れる。痛い。熱い。リスの歯が俺の肩の肉を抉る。爪が胸と背中の肉を引き裂こうとしている。
死ぬ。このままでは死んでしまう。右手のナイフをリスの首筋目がけて突き刺す。リスの毛皮と筋肉に阻まれて刃が通らない。二度、三度と繰り返すがリスは怯むこともない。
左肩から陶器が割れるような音が聞こえた。肩の骨が割れたのだろうか。俺、ここで殺されて終わりかなぁ英雄なんて柄じゃなかった。何故かそんなことを考える余裕ができた。生存本能と言うやつかもしれない。
俺は少し冷静になって狙いを変えた。目だ。リスの目をナイフであらん限りの力で突き刺した。ナイフの刃が深く突き刺ささる。脳まで行ったかもしれない。ナイフを捩じりこみながら更に深く刺し込み頭蓋の中身をかき回してやった。
しばらくして、リスは崩れ落ちた。
「はははは、やった。やってやったぞ。俺はやったぞ。殺してやった。一人で殺してやった。あはははは――」
今までに無い高揚感だ。なぜか笑いがとまらない。もう左腕の感覚が無いが、目の前の課題は片づけた。次はアルを見つけて、村に連れ帰る。村に返るまでが冒険だ。妙な余裕が生まれてきた。こいつを殺す事に比べたら楽な課題だ。
まずは魔法で傷を治しにかかる。魔力をくみ上げ傷口に流し込む。――治れ!血を止めろ!傷を塞げ!骨を元に戻せ!――そう念じながら魔力を全て注ぎ込む。徐々に傷が塞がっていく。魔力が空になるまで注ぎ込んだ。傷は塞がらなかったが出血は止まった。だが、左腕は動かないままだし、おそらく肩の骨は砕けたままだ。しかしなぜか痛みを感じない。アドレナリンとか言う奴か?
違うそんなことを考えている場合じゃない。アルを連れ戻すんだ。
「アル! どこだー! 魔物はやっつけたぞ! お、俺がやっつけたんだ! もう帰ろう! 」
アルが走って行った方向に向かって走り出す。どこまで行ったのかわからないが、そんなに遠くまでは行っていない気がする。と言うか、そうであってほしい。森の奥深くまで行かれたら、また魔物に襲われて死ぬ。今度こそ死ぬ。
――走り出してすぐにアルは見つかった。
俺の背丈よりも大きい狼がアルの首に噛みついて振り回していた。アルはただの人形になっていた。アルだった人形は、血をまき散らしながら振り回されていた。そこに希望は無かった。アルが助けた子狼は人形で遊ぶ狼の傍にたたずんでいた。
「あはははは、何だよこのクソゲー。何が英雄だよ。馬鹿じゃねぇの。幼馴染がこんなところで殺されるとかシナリオが破綻してんだよ。下らねぇ。ホント下らねぇ。それになんだよ、あの狼。恩を仇で返すってこの事だな。せっかく森まで連れてきてやったのによ。まぁ畜生にはわかんねぇよな。クソゲーすぎて腹いてぇわ。俺がちゃんと躾けてやるよ。そこの子どもだけでも殺してやる。あはははは――。」
もう笑いが止まらない。こんなクソみてぇな世界で英雄だとかやってられっかボケが。そのちっこい狼を俺の手で殺してやる。死ね死ね死ね。
俺が子狼に向かって駆け出そうとした瞬間、横から大きな影が飛び掛かってきた。俺はなすすべなく首に噛みつかれ、何かが外れる音がして俺の意識は途絶えた……
なんてこった!俺の山田が死んじまった!
次回、救世主山田、新たな力に目覚める!?