11. 迷子のオオカミさん
子犬は可愛いので仕方がない。
ある日、森から帰ってアルと遊んでいると、村の外に子狼がうずくまっているのが目に入った。どうやら脚に怪我をしているらしく血が滲んでいた。俺は村の近くに落ちている経験値を介錯してやらねばと思いナイフを抜きながらアルに声をかけた。
「ねぇアル。あ、あそこに狼がいるから、やっつけてくるね。」
「ダメよガズ!あの狼まだ子供じゃない。可哀そうよ!きっと親とはぐれちゃったのよ。親のところに返してあげねきゃ!」
何を言っているのだ。こんな美味しい獲物を見逃すというのか。それに親に返すってどうやるんだ?7歳児に無気になってもしょうがないか。
「アル。見逃したらきっと親狼がやってきて村が襲われちゃうよ。それにど、どうやって親に返すの。」
「でも可哀そう!子どもなんだよ!森に連れて行ってあげたら見つけてもらえるよ!」
「か、可哀そうだけど危ないよ。森に入るなんて、ぜ、絶対ダメだよ!魔物に食べられちゃう!絶対ダメ!
「ガズは毎朝、森に入ってるじゃない。それに、あんなに弱っている子を見捨てるなんて英雄じゃ無い!」
英雄じゃ無いと来たか。7歳児のくせに俺の心を的確に抉ってくる。37歳児として冷静に判断すれば、子供だけで森に入るのは有り得ない。しかし、どうすれば荒ぶる7歳児を説得できるのか分からない。俺には育児の経験も知識も無い。前世の俺はメーカーの歯車だったのだ。保育士や教員では無い。それに、彼女も居ないのに子供の育て方を勉強するような特殊な趣味も無かった。とりあえず、妥協案を提示してみるか。
「子どもだけだと危ないからさ。せめて大人、大人に付いて来て貰おうよ。ね、それだときっと大丈夫だよ。アル。」
「大人に言ったら、絶対に殺されちゃうじゃない!ガズの臆病者!私、一人でも行くもん!」
そう言って、アルは子狼に向かって走って行った。交渉の余地は無かった。俺も遅れてアルを追いかけた。アルは震える子狼を拾うと抱きしめて、優しく撫でながら森に向けて歩き始めた。
「大丈夫。ちゃんとお父さんお母さんのところに返してあげるからね。」
「や、やめなよアル。親狼が来たら危ないよ。村に戻ろう。絶対にダメだよ。森に入るなんて。」
「うるさい!怖いんならガズだけ村に戻ればいいじゃない。もし魔物が出ても魔法で退治できるもん。」
分けわかんねぇ。どうすりゃいいんだよ。大人に言ったら殺されるって分かってるならやめろよ。可哀そうとか臆病とかじゃねぇんだよ。その狼の命と自分の命どっちが大事かなんて、考えなくても分かるだろう。分かんねぇから、こんな事になってんのか。そもそも死ぬなんて事が頭に無いんだろうな。殴ってでも止めりゃ良いのか?どうすりゃいいの?誰か指示を出してくれ。なぜこんな時に婆さんが居ないのか。なんなら前世の上司でも良い。俺に指示をくれ。俺はそれに全力で従って見せるぞ。
「ねぇ、やめようよ。村に帰ろう。そ、そうだ大人も話せば分かってくれるよ。きっと可哀そうだから森に返してあげようって言ってくれるよ。大人と一緒に森に行こう。そ、それが良いよ。」
「一人で村に帰れば良いじゃない。ガズは臆病だから一人で帰るのも怖いんでしょ。」
「やめようよ。アル帰ろうよ。危ないから帰ろう。お願いだから。」
もう俺にはお願いしかできない。
なんで俺はこんな生意気なガキのご機嫌を伺っているんだろう。馬鹿馬鹿しい。とは言え、見捨てて一人で帰ったら村八分確定だしなぁ。どうしたもんだか。俺にはよく分かんねぇや。
悩んで結論を先延ばしにするのは俺の悪い癖だ。悩んだところで何も解決しないのだ。時間は何も解決してくれない。問題を解決できるのは決断と行動なのだ。その決断が間違っている事もあるが、その時はその時だ。アルが狼を親の元に返すと決断したのだから、俺はそれに従うだけだ。
7歳児の決断に従って良いのかと言う不安はあるが、もうどうでも良い。考えるのは嫌いだし、人の機嫌を損ねるのも嫌いだ。ならば答えは一つ、アルに付いて行って狼を親に返す。それだけだ。簡単だ。何も悩む必要はない。俺はやめろと警告した。それでも行くと言ったのはアルだ。何かあればアルの責任だ。仮にアルが死んでも自己責任だ。もう何があっても知らない。知ったことではない。
結局、俺はアルの後ろについて森に入っていった。雑草が暴れたのかアルの足には切り傷がついている。気にならないのだろうか。まぁ森に入っていくと決めたのはアルなのだ。例え切り傷から毒が入ろうが知ったことではないが。
「アル。も、もうこのあたりに置いていこうよ。そうしたら見つけてくれるよ。もう大丈夫だよ。それに足、足を怪我しているよ。ど、毒でも入っていたら大変だよ。」
「この子をお父さんお母さんのところに帰すって決めたの!ちゃんと見つけるまで帰らない!」
「わかったよ。もう少しだけ奥に行こう。」
俺は考えるのをやめた。アルの後ろを歩く機械と化した。
しばらく歩いていると、右側から何かが駆けてくる音が聞こえた。それと同時に、どこかで聞いたことのある、鳴き声も聞こえた。
「ピャウ!ピャウ!ピャウ!ピャウ!……」
俺、死ぬのかな。
次回、山田死す!