10. スキルって何なのさ
山田、農業のプロフェッショナルになる。
婆さんと森に入るようになってから1か月ほど経った。いつもの様に薬草を摘み取っていると、違和感を覚えた。手元の草を注視すると、なぜか頭の中で”これは食べられる”と言う確信が得られたのだ。その時、摘んでいたのは婆さんから食べられる薬草だと聞いていたので、当たり前と言えば当たり前である。しかし、それとは別に、まるで”それは食べられる草ですよ”と教えてもらってるような感覚なのだ。気になったので、近くの適当な草を注視すると”食べられない”と頭に浮かんできた。もしやと思いステータスを確認すると”目利き”なるスキルが増えていた。
バウゥイ・ガズ ヒューマ 男性 7才
農家lv3
HP 20
MP 13
STR 9 VIT 11
MAG 6 MND 9
DEX 7 AGI 7
加護ポイント 43
エルフ語2 基礎魔法3 目利き1
なるほど。これがスキルと言う奴なのか。他のスキル、例えばエルフ語は日常的に使用しているし、いつ覚えたのかレベルが上がったのかもわからない。魔法についてもそうだ。気づいたらスキルレベルが上がっていた。別にレベルが上がったという実感も無かった。前より上手く扱えるようになってきたなぁと思ってステータスを確認したら上がっていたという感じだった。熟練度という感じに近いかもしれない。
目利きスキルは0と1で世界が変わった。いわばデジタル的な変化をしたのだ。もう大抵の事にはファンタジーだからで済ませてきたが、少しばかし感動してしまった。名前も何も知らない草や木が”食べられる”or”食べられない”と判断できるのだ。おそらく多くの人はこのスキルを持っているのだろう。地球での常識は全く通用しない奇々怪々な世界それがイーガルンドだ。スキルレベルが上がれば、特徴や生態なんかが分かるようになるのだろうか。
ここで疑問になるのが、果たしてこの浮かんでくる知識の由来は何処なのだろうか、と言う事だ。産まれた時から脳に刻まれていてスキルを覚えたときに思い出すのだろうか?人類全体が共有するデータベース的な物から引っ張ってきている?神が教えてくれている?とにかく謎だらけだ。もし仮に人類が未発見の動植物を見つけた場合はどうなるのか?それでもわかるのだろうか?
そんな高尚な事を考えられる俺って凄い!流石は英雄の卵。前世の学士号は伊達じゃない。まぁ検証する手段も無いし、そもそも検証する気が無い。俺はさっさと悪神を倒して嫁とスローライフを送りたいのだ。とにかく結婚したい。と言うか彼女を作りたい。彼女とか言う奴を作りたい。もういっそ製造するか?魔法を極めれば彼女も製造できんじゃね?でも彼女と何したらいいの?お話するの?お話するの苦手なんだけど?どうしたらいいの?スキルとかどうでも良い。とにかくモテたい。一度で良いからモテたい。
ちなみにだが、我らがカサラヒ王国ではエルフ語が公用語として採用されている。伝承では、古の時代にエルフの預言者パハッディルがエルフの国を追放された際に付き従ったヒューマの戦士たちの子孫が現在の魔族であるとされている。パハッディル達は魔大陸を神託の地として、瘴気の薄い沿岸部に住み着き徐々に内陸部に入植していった。その過程で、ダークグレーの肌と真っ赤な瞳に変化したらしい。
パハッディルは北のラーウィー大陸で主流の精霊公教会を批判して追放された。精霊公教会は神だけでなく、神が人に遣わした精霊も信仰の対象としている。それに対してバハッディルは精霊なんぞはどうでもいいから神のみを崇拝すれば良いと訴えたらしい。そして迫害されて、あそこが神託の地だ!つって魔大陸に住み着いた。と言うお話を神殿でしてくれる。俺にはどうでもいい。拝み倒せば少しは助力してくれる可能性があるらしいので、神様でも精霊でも何でも拝む。神に逢っては神を拝み、精霊に逢っては精霊を拝む。何でもいいから神様、精霊様お助け下さい。何卒、お願いいたします。
まず、俺の信仰心の厚さは置いておくとしよう。
現状、ババアプロデュースのパワーレベリングは功を奏し、気づいたら見習い農家がレベルMAXになっていた。そして見習いが消えて、農家lv0に変化していた。これで俺も一人前の農家である。プロ農家だ。アマチュア農家などではない。俺は農業のプロフェッショナルなのだ。遊びで農業やってんじゃねえ!と、強気に出れる。自信をもってプロだと言えるのは良い事だ。
何をするにしても自信は大事だ。おどおどしていて良い事が在った試しが無い。真っ当な意見であっても自信なさげに発言するのと、自信満々に発言するのでは相手に与える印象が違う。逆に、冷静に考えると無茶苦茶な根性論でも自信満々に語られれば、あたかも可能であるかのように錯覚させられてしまうのだ。何の話かよくわからないが、とにかく自信を持つことは大事だ。自信が無いと電車に飛び込みたくなるからな。
そんなこんなで、大して農家らしい事をしていないのにも関わらず一人前になってしまった。俺の中での見習いの概念が崩壊していく。なんにせよ7歳でプロ農家になるなんて、俺は麒麟児と言っても過言ではないだろう。なかなかの逸材だ。俺の英雄力が高まっている。
そんな事を考えていると森の奥から獣の叫び声が聞こえた。
「キュー!」
「ガズ、こっちにおいで!」
どうやら今日も婆さんが何かを行動不能にしたらしい。婆さんの声が聞こえたほうに向かうと、巨大なウサギが脚を切断されてもがいていた。こいつを介錯してやるのが俺の仕事である。最近は綺麗に殺すことを心がけている。綺麗に殺せば毛皮の価値が高まるからだ。
巨大ウサギの首めがけてナイフを突き刺す。俺の力では一撃では死なないので、何度も突き刺す。絶命するまで突き刺す。何度目かでウサギが動かなくなった。今回は胴体に傷がついていない。前よりも綺麗に殺せた。成長している気がする。
「ガズ、今日は綺麗に殺せたねぇ。今日は首も落としてみようか。」
「お婆ちゃんわかった。き、綺麗に首を切り落とすよ。」
ナイフで首回りの肉を切り裂いていく。血や脂で切れ味が悪くなっていくが、そこは力技だ。時間はたっぷりとある。骨は婆さんが鉈で叩き斬ってくれた。優しい婆さんだ。
「上手になったねぇ。ガズは才能があるよ。」
綺麗に殺す才能を認めてもらえた。俺は何を目指しているのか。英雄とは一体なんなのか。そもそも俺は農家を名乗っても良いのか。何もかもが迷走している。俺は英雄になってラブコメラブコメしたいのに、田舎で婆さんにレベリングされている現状について不安を覚える。だが、7歳児にはどうしようもない。もう少し大人になったら、アルと一緒に都会に出てラブコメするんだ……
山田にも才能があった。良かった。