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階段 前編

今後は不定期更新です

 放課後、心霊探偵同好会の部室にて。


「今日は『かいだん』の調査をするわよ」


 今際零子(いまわ れいこ)はソファーにふんぞり返りながら、そう宣言した。

 俺は長テーブルを挟んで向かいのパイプ椅子に座っており、古文の宿題を片付けている。

 ()()か。うむ、全くびっくりするほど興味がない。

 シャープペンシルをノートに走らせながら、


「そうか、頑張ってくれ」


「何言ってんの、アンタも一緒に行くのよ。宿題なんて後よ、後」


 今際がノートを放り投げた。なんてことするんだこの女は! 俺はうんざりしながら床に落ちたノートを拾う。


「図書室とかパソコンに行けばひとりで調べられるだろ。俺は見ての通り忙しいんだ」


「なんで図書室やパソコン室が出てくるのよ! 私は『かいだん』の話をしているのよ」


「だから()()だろ」


「違う! ()()()()の話よ」


 何やら話が噛み合わないな。あ、もしかして。


「怖い話の『怪談』じゃなくて、昇る方の『階段』の話をしているのか?」


「さっきからそうだって言ってるじゃない! 私は『階段』の『怪談』を調べたいの」


 うーむ、なんだかわけがわからなくなってきた。日本語って難しい。

 今際はニッと白い歯を見せ笑うと、


「その様子だと知らないようね。いいわ、特別に教えてあげる」


「興味ないのでいいです」


「ちなみに我が黄泉坂(よみさか)高校七不思議のひとつよ。あ、『開かずの間』がなくなったから今は六不思議か。語呂悪っ!」


「本当に大丈夫ですから。俺のことは気にしないで下さい」


「でね、でね! ウチの校舎には3つ階段があるでしょ。噂になっているのは北階段の、3階踊り場から4階の間にかかる階段よ」


 丁寧に断ったのに、今際は勝手に語り始めた。これでは宿題どころではないな。俺は諦め、持っていたシャープペンシルを机に置いた。


「普段は普通の階段なのよ。でもね夕方の4時44分、階段を登りながら段数を数えると……」


「段数が増える、だろ?」


 驚いたように、今際の目が大きく見開いた。


「なんでわかったの?」


「よくある怪談話だからオチは予想できるんだよ。それに幽霊の仕業じゃないと思うぞ」


「は? 幽霊の仕業に決まってるでしょうか!」


 今際が訝しげに見る。

 もちろんなんの根拠もなく否定しているわけではない。俺は本物の霊能者だ。噂の階段は何度か使用しているが何か視えたこともなければ感じたこともない。つまり幽霊はいない、ということになる。

 しかし俺が霊能者だということは秘密、となると別の根拠が必要になるだろう。

 俺は少し考えると、


「なぁ『お化け階段』って知っているか? 本当に存在している階段なんだが」


「なにそれ! 知らない。教えて教えて」


 今際が身を乗り出してきた。か、顔が近い。


「そ、その。ウチの学校の怪談話に似ているんだけどな。下から昇ると40段、上から降ると39段になるんだって」


「やだ、怖い! 幽霊の仕業に違いないわ! 今度除霊に行くわよ」


「いいから最後まで聞け! 実はな、その階段の1番下の段が低いんだよ」


「はぁ? それがなに」


「昇るときはきちんと1段目を数えるんだけど、降りる時は低いもんだから数え忘れちゃうんだと」


「つまり数え間違いってこと?」


「ああ、きっとウチの学校の噂も数え間違いが原因だ。きっと数え間違える何らかの要因があるに決まってる」


 すると今際は不満気に唇を尖らせたる。


「ほらこの前の除霊の時も、ミシュ、ミシュラン現象だっけ?」


「シュミラクラ現象な。ミシュランはタイヤの会社だ」


「そんなのどうでもいいわよ! 私が言いたいのは、アンタはなんでそんな小難しい知識がたくさんあるかってこと」


 どきり、とした。

 自分の霊能力を解明するヒントが欲しくて、心霊現象の類を片っ端から調べていた時期があった。だから俺には科学的知識が多少なりともあるわけで。


「……たまたまだよ、たまたま。テレビとかで見たんだ」


「ああ、よくやっているアンチオカルト番組ね!アイツら頭から幽霊はいないとか、霊能者は全員詐欺師とか否定するから許せないわ!」


 頰を膨らませプンプンと憤る今際。よかった、どうやら勘付かれなかったようだ。


「ま、とにかく心霊現象じゃないことがわかったろ。今日は古文の宿題もあるし、調査は無しってことで」


「そういうわけにはいかないわ。その『お化け階段』がたまたま数え間違いだっただけ。

 ウチの階段は心霊現象よ。霊能者の私が言うんだから間違いないわ」


「いや普通に考えて数え間違いだろ。なんだよ、階段を増やす幽霊って。何が目的だよ」


「え、えーと、幽霊は生前大工さんだったのよ。階段を作るのが大好きだったから、死後も階段を作っている的な?」


 相変わらずのガバガバっぷりに、思わず吹き出す俺。


「わ、笑ったわね! マジでムカつくわ。

 よし決めた。賭けをするわよ。もし幽霊の仕業だったら何でもひとつ私の言うことを聞くこと!」


「何勝手に決めてるんだよ。絶対嫌だからな」


「ただの数え間違いだったら、逆にアンタの言うことを何でもひとつ聞いてあげるわ!」


 俺は少し考える。これは悪くない申し出ではないか?賭けは俺が勝つことで確定、つまり今際になんでも言うことを聞かせることができるということだぞ。

 そう例えば、黒ストッキングに包まれた美しい足であんなことやこんなことを……。

 いやいやいや、普通に考えてクラスメイトにそんなことはできないだろ。今後どんなツラ下げて教室で顔を合わせるっていうんだ! 俺は頭を振り、ピンク色の妄想を追い出した。

 それよりももっとこう、何かあるだろう。

 そうだ!『幽霊部員にさせてくれ』というお願いはどうだろう。そうすれば今際に振り回されることなく平穏な学園生活を送れるではないか!


「わかった。約束だからな」


「よし、決まりね。それじゃ調査へ行くわよ」


 無邪気に微笑む今際。

 そうしていられるのは今だけだからな。明るい未来を思い浮かべ、俺もニヤリとほくそ笑んだ。



 と、いうわけで俺たちは『北階段』に向かった。部室棟が校舎の南側にあるのに対して、北階段はその名の通り北側にある。おかげで校舎の端から端まで歩く羽目になった。

 まずは正しい、つまりは下りの段数を数えるために4階にやって来た。降り口からを階段を見下ろす。

 古い木製の階段だ。階段と階段の間には踊り場があり『コ』の字に折り返しているため、勾配は比較的緩やかだ。幅は狭く人間2人が辛うじて並べる程度、両側には見事な彫刻が施された手すりが付いている。

 電気が付いていないせいで全体的に薄暗く、窓がある踊り場だけがぼんやりと明るい。縦長の長方形の窓には椿をモチーフにしたステンドグラスがはめ込まれており、床にはカラフルな影が落ちているーー。

 今は放課後ということもあり人通りはない。物音といえば遠くから聞こえる吹奏楽の演奏だけ。

 いかにも幽霊が出そうな雰囲気だがやはり何も感じない。


「この階段、いるわ……」


 意味深に呟く今際。

 だからいないっつーの!! コイツ完全に雰囲気に騙されていやがる。


「霊能者である私が1人で行くのは危険だわ。悪霊の霊気にアレされてしまうかもしれない……。

 と、いうわけで霊能力ゼロである一般人代表のアンタが段数を数えて来なさい!」


 お前、絶対怖いだけだろ!しかし断るのも億劫なので、黙って従う。

 薄暗いせいで、段差が見え辛い。踏み外しさないよう、注意深く階段を降りていく。


 ギシ、ギシ、ギシ……


 踏みしめる度に階段が大きく軋む。なかなか不気味だ。この環境では数え間違いしてもおかしくない。

 踊り場までなのであっと言う間に数え終わる。全部で12段、1段増えて13段階段ってことか。実に分かりやすい。


「12段だったぞ!」


 4階にいる今際に伝える。


「そう、わかったわ。数え間違いがあると困るから、私も今から数えてみるわ」


 迎えに来いと命令されると思ったが、どうやら1人で降りくる気らしい。

 今際は大きく深呼吸すると、1段目の階段をゆっくり踏みしめる。ギシリ、と一際大きく階段が軋んだ。


「ひやーーーー!!」


 ……すぐに今際の悲鳴でかき消されたが。

 そのまま座り込んでしまう今際。この様子だと降りて来るまでにかなり時間がかかりそうだ。

 スマートフォンを確認すると、現在の時刻は4時40分。階段が増えるという噂の時間は4時44分だからあと4分しかない。また後日となると面倒だ。


「おい今際、今から迎えに行くからな」


「来ないで!」


 てっきり飛び付いてくると思ったのに、拒否されてしまった。一体なぜ?


「こ、これは試練なの。私が霊能者として乗り越える試練」


「なるほど、たしかに怖がりなのは直した方がいい」


「こ、こわ、怖くなんてないわよ! ただちょっと霊気にアレされて動けないだけなんだからね!」


 ……さっきから思っていたんだが『霊気にアレされる』って何だよ。せめてもっといい言い訳を考えろ。本当にガバガバだな。

 今際は立ち上がると次の段差に右足を伸ばす。しかしいつまで経っても地に足がつかない。


「う、うう〜。ギシギシいうのが嫌ぁ」


 いい加減にしろ! 怒鳴り付けようと顔を上げた瞬間、俺は気が付いてしまった。この位置からだと、スカートの中身が丸見えじゃないか!

 膝下10センチ丈のスカートから覗く、黒ストに引き締められたふとももーー。ローアングルから眺めているぶん、いつもの10倍はエロく見える。パンツが見えそうで見えない絶妙な角度も男心をくすぐる。

 あれ、これ少し屈めばパンツが見えるんじゃないか? 無意識のうちに腰が曲がる。もう少しで見え、見え……。

 ハッ、俺は一体何をやっているんだ!

 俺は一気に階段を駆け上がると、今際の腕を掴んだ。


「もう時間がないんだ。早く降りるぞ」


「えっ、でも特訓」


「特訓はまたの機会でいいだろ」


 渋る今際を無理やり階段から引きずり下ろす。はあ、なんだか体が熱い。

補足

おばけ階段は、東京都の根津という場所に本当にあります。

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