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心霊探偵同好会 後編

「ほら、召し上がれ」


 机にチョコレートケーキと温かい紅茶が置かれる。俺は慌てて口元を引き締めた。内心は今際にデレデレなことは絶対にバレてはならない。

 いつもより低い声で、


「何か妙なものは混入していないよな?」


「ないわよ! 私のこと何だと思ってるのよ、アンタ!」


 改めてケーキを観察する。外はチョコレートでコーティングされていて、中はスポンジケーキ。スポンジは何層にも重なり、間にはチョコレートクリームが挟まっている。見た目に変わったところはない。むしろ美味しそうだ。

 ごくり、と反射的に生唾を飲む。

 さっきは今際の手前もあり『普通』と言ったが、俺は甘いものが大好きだ。残すのはもったいないよな。世界には満足に食べられない子供がたくさんいるんだし、うん。


「……いただきます」


 ケーキはいとも簡単にフォークで切り分けられた。ではまず一口。


「どう?」


なにやら神妙な表情の今際。もちろん答えは、


「普通」


「……そう言うわりには食が進んでいるようね」


「ふぁべもにょは、ふだひぃ、でふぃない」


「何言ってるかわからないわ!食べながら話さないでよ! 」


 悔しいが美味い。ちょうどいい甘さで、後味がほんのりビター。香りもいい。これは洋酒でも使っているのか?

 フォークを動かす手は止まらず、あっという間にケーキは無くなってしまった。

 もっと食べたい。


「なぁ、今際。このケーキはどこの店で売ってるんだ?」


「あれれ〜? 味は普通なんじゃなかったかしらぁ?」


 意地悪そうにニヤニヤする今際。悔しい……でも……。


「ふ、普通……に美味しかったです。教えて下さい」


「ふふ、ようやく素直になったわね。でも残念、そのケーキは売ってませーん」


「はぁ? どういうことだよ」


「このケーキは私の手作りよ」


 もし漫画だったら、コマ一杯に『どん』と大きく擬音が書き殴られていただろう。それくらい零子の言葉は衝撃的だった。

 俺は震え声で、


「お、おいおい。買ってきたものを皿に置くのは手作りのうちに入らないぞ」


「買ってきてないわよ! ちゃんと薄力粉とかベーキングパウダーなんかをかき混ぜて焼いたわ。こう見えて、私は料理得意なんだからね」


 料理上手属性キターー。

 コイツのことだから、絶対メシマズだと思っていたのに。ヤバイ、見た目といい滅茶苦茶タイプなんですけど。

 ま、『自分のことを霊能者だと思い込んでいる』時点で全て台無しなんですけどね。


「なんでそんな哀れみの目で見るのよ。なんかムカつくからおかわりあげない」


「まだあるのか!」


「きゃっ、いきなり身を乗り出さないでよ。びっくりしたじゃない」


「おかわりをくれ! いや下さい」


「いきなり下手にでたわね。ま、いいわ。じゃ、これにサインして」


 今際がプリントを差し出す。ん、これは……?


「『入部届け』だと?」


「そうよ、それも『心霊探偵同好会』のね」


 は?

 呆気に取られる俺。すると今際は得意げに語り始めた。


「あ、部の説明をしてなかったわね。主な活動内容は『心霊現象の調査及び、解決』。活動日は月、火、水、木、金の週5回。たまに校外活動もする予定よ」


「ちょっと待て! さっきも思ったんだが、勝手に同好会を作ったらマズイんじゃないか」


「失礼ね! ちゃんと届けを出して、生徒会から正式に同好会として認められてるわよ」


 いくら生徒の自主性を重んじる校風とはいえ、こんな一時期ラノベで流行ったような変な部活をあっさり認めてしまうとは。この学校の生徒会は大丈夫なのか?


「除霊は霊能者である私がするから、アンタはそのサポートをすること。

 あと、私が何かする度に『流石です零子様!』と褒め讃えなさい!」


「断る!」


「じゃあ、ケーキはあげない」


「くっ」


「ふふ、アンタが甘いものが好きなことは知っているのよ。

 お昼はいつもチョココロネとかアンパンとか食べいたでしょ」


 この瞬間、全てを理解した。今際が希望した1日の猶予、それは俺を入部させるための作戦を練るのに必要な時間だったのだ。メイド服もケーキも全て俺を釣るための餌!

 悔しいが、その作戦はかなり的を得ているぞ。俺の心はだいぶ『入部』に傾いてきているからな。

 耐えろ俺!

 しかし俺の心を見透かしたように、今際はにやりと微笑むと、こう耳元で囁いた。


「もし入部してくれたら、週に一回、ケーキだけじゃなくて、アンタの好きなスイーツをなんでも作ってあ・げ・る」


生暖かい息が耳にかかる。ああ、もうダメだ。

俺は今際に差し出されたボールペンを持ち自分の名前をーー。


 いやいやいや、ダメだろ。

 週5でコイツに拘束されるなんて、週1のスイーツじゃ全く割に合わない。しかもなんだよ、『何かする度に今際を褒め讃える』って。俺は異世界小説の主人公の取り巻きか。

 そもそも今までコイツは褒められるようなことをしたか? せいぜい黒ストを履いていることぐらいだろ!

 俺はボールペンを机に置くと、


「断る!」


「ちょっ、その気になっていたのになんで!」


「最初からそんな気はない!」


「ううっ、早くサインしなさいよぉ」


「うわっ、何すんだよ」


 突然今際が掴みかかってきた。最後は実力行使ってわけかよ! 負けてなるものか、俺も必死で抵抗する。

 もみ合いになった衝撃でボールペンが床に落ちた。コロコロと転がり本棚の隙間に入ってしまう。


「ああっ、ボールペンは一本しかないのに!」


 今際がボールペンを取ろうと、こちらにお尻を向けて床に四つん這いになった。

 紺色のスカートがめくりあがり、美しい絶対領域が露わになる。

 膝上丈のニーハイから覗くムチムチした太もも。白いレースガーターベルトが太ももに食い込み、美しい曲線を描く。

 下に履いてたのはタイツじゃなかったのかよ! いや、こっちの方がエロくて全然いいけどさ。パンツが見えそうで見えないのもエロさに拍車をかけてるな。

 もう少し、もう少し今際が屈めばパンツが見えーー。

 ハッ!

 何を覗きみたいなことをやっているんだ、俺は!


「と、とにかく俺は入部しないからな」


「あっ、待ちなさいよ」


 今際の制止も聞かず、俺は部室を飛び出した。そのまま廊下を一気に走り抜け、校舎にたどり着いた。

 ここまで来たらもう大丈夫。久しぶりに全速力で走ったせいだろうか、息が苦しい。立ち止まり呼吸を整える。

 それにしても危なかった。あのままあの空間にいたらきっと入部届けにサインしていただろう。今際め、ただのポンコツ女だと思ったらなかなかかるじゃないか。

 しかし俺はサインしなかった。つまり勝ち。これからは静かな学生生活を過してやる!

 そう強く決意し、足を踏み出した瞬間、


「おい、烏丸」


 ジャージ角刈り頭の担任教師、毒島(ぶすじま)先生に呼び止められてしまった。


「よかった、まだ帰ってなかったのか。お前に話したいことがあって」


「 何でしょうか」


「部活はどうするつもりだ? ウチのクラスで部活に入っていない生徒はもうお前だけだぞ」


 クソ、また『部活』の話題かよ。人付き合いを避ける俺にとっては不必要以外の何者でもない。貴重な時間を費やさなくてはいけないというのも大きなマイナスポイントだ。まあ、そんなこと言ったら怒られるだろうな。

 愛想笑いを浮かべながら、


「その入りたい部活がなくて、帰宅部にしようかと」


「それは認められん。生徒は特別な理由がない限り必ず部活に入部しなくてはいけない、それが黄泉坂学園の校則だ。ホームルームで説明しただろ」


 普通に聞き逃してた。どうしよう。


「そうだ、入りたい部活がないなら俺が顧問をやっている卓球部はどうだ? 」


「えっ、いや。俺卓球とかやったことがないので」


「なに、俺が一から教えてやる。ちょっと練習がキツイかもしれないが、友達もたくさんできるぞ! 俺と一緒に全国を目指そうじゃないか」


 毒島先生は暑苦しい笑顔を浮かべながら、俺の肩を叩く。その手は鉛のように重く感じられて。

 卓球部だけには絶対入部したくない!

 よし、卓球部以外の部活にーー。ダメだ、何も思い浮かばない。そもそもどんな部活があるかも知らないんだ。こんなことなら部活紹介に参加しとけばよかった。

 ん、そうだ。ひとつだけ知っている部活があるじゃないか!


「先生、実は入りたい部活がありましてーー」



 俺の署名入りの入部届けを眺めながら、今際がニヤニヤしている。


「もぉ、素直じゃないわね。もしかしてアンタってアレ? ツンデレって奴?」


「うるさい」


 二度と足を踏み入れないと決めたのに、結局『心霊探偵同好会』の部室に戻ってきてしまった。時間にしたら10分も経過していないだろう。もはや呪われているとしか思えない。


「ほらほら、ケーキのおかわりあげるわよ。たっぷり食べなさい」


 今際が差し出したチョコレートケーキに無言でかぶり付く。さっき食べた時より、なぜかビターに感じた。

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