心霊探偵同好会 前編
「今日から活動を始めるから、部室に来なさい」
今際零子が再び声をかけてきたのは、『開かずの間』騒動から1週間ほど経った放課後のことだった。
自分の席で帰り支度をしていた俺は、はっきり大きな声でこう言った。
「断る」
心の底から関わりたくなかった。しかし悲しいことに、今際は簡単に諦める女ではなかった。
「アンタは私の助手なんだから来ないとダメよ」
「断る」
「口答えは許さな」
「断る」
言葉を遮らた今際は少しムッとしながら、
「来てよ」
「断る」
「来て欲しいな〜」
「断る」
「うぅ、来てください」
「断る」
ついに今際は涙目になった。だが、可哀想だと思ったら負けだ。
この女の涙腺は一般人の千倍はゆるゆる、いわば壊れた蛇口。毅然とした態度をとらなくては。
帰り支度が終わったので、俺は教室を出た。しかし今際も付いてくる。
「ね、ねえ。ほんのちょっとでいいのよ。ほんの10分、いや5分」
「断る」
「アンタそれしか言えないの?」
「断る」
「……数学の沼田って、絶対カツラよね」
「断る」
「ちくわ大明神」
「断る」
「部室に来なくていいわよ」
「断る……あっ」
しまった、と思った時にはもう遅く今際は満面の笑顔を浮かべると、
「やったーー!! 言ったわね!! 私は先に行ってるからちゃんと来なさいよね」
「あっ、おい」
今際は猛ダッシュで走り去ってしまった。
全く、仕方ない奴だ。
俺はため息を吐くとーーそのまま真っ直ぐ家に帰った。
◇
そして翌朝。
教室のドアに仁王立ちし、俺の登校を阻む人物がいた。
今際零子だ。
「なんで来なかったのよぉ」
俺は無言で今際の横をすり抜け教室に入ると、そのまま自分の席についた。
しかし今際は当然のように付いてきて、涙目ウルウル状態で俺を見下ろす。全く、ドライアイの人はコイツが羨ましいだろう。
「行かないって言っただろ」
「普通来る流れだったでしょ、あれ!」
知るか!
「もしかして何か用事があったの? それなら先に言ってくれればいいのに」
「いや、別に何もなかったが。あの後真っ直ぐ家に帰った」
「それならちょっとくらい顔を出してくれてもいいじゃない! 私、6時まで待ってたのよ!」
長い黒髪を振り乱しながら、机をバシバシと叩く今際。
「おい、やめろ。教科書が落ちるだろ」
「それなら今日は必ず来なさい!」
「それなら、ってなんだよ。絶対行かないからな」
「なんでよ!! そうか、今日こそは本当に用事が」
「何もない」
「やっぱりないのかよ!」
静かな教室に今際の絶叫が響く。あまりの騒がしさにクラスメイト達の視線が集中する。
「最初から行かないって言っただろ。もう諦めてくれ」
「やだ! やだ!やだ! ねぇ、来てよぉ。来て来て来て来て来て来て来て」
ついに今際は子供みたいにダダをこね始めた。コイツ、プライドとかないのか。
しかし困ったな。何より目立つのが苦手な俺にとってこの状況はまずい。何とか場を納めなくては。
「わかった、行くよ。だけど一回だけだからな」
「本当!」
笑顔になる今際。しかし笑顔は一瞬で消え、眉間に皺を寄せ何やら考え込むと、
「……あ、ちょっと待って。今日は来ないで」
「えっ、いいのか?」
「何その笑顔は! 今までそんな嬉しそうな顔見たこと無いんですけど! まじムカつく」
今際は人差し指を立て、
「1日時間をちょうだい。明日の放課後、必ず来なさいよ」
「はいはい」
「約束だからね。さて、これから忙しくなるわ」
そう言い残すと今際は教室を飛び出してしまった。この後すぐ授業なんだが。
結局その日、今際が教室に戻って来ることはなかった。
◇
次の日の放課後。
俺は部室棟の廊下を重い足取りで歩いていた。
無論、今際との約束を守るためだ。死ぬほど行きたくないが、これで今際から解放されると思えば安いものだ。
それに1人で6時まで俺を待っていた今際……その姿を想像すると少し、ほんの1ミリくらい心が痛んだのも事実。
しかしひとつ疑問が残る。なぜ今際は1日猶予を欲しがったのだろう。
何か仕掛けてくるに違いない。気を引き締めて行こう。
そんなことを考えていると元『開かずの間』前に到着する。以前のような嫌な感じは綺麗さっぱり消えていた。
「ん? なんだこりゃ」
前言撤回、以前より最悪になっていた。ドアに貼られた『心霊探偵同好会』の紙。
何これ。キモいを通り越して、もはや怖いレベルなんですけど。
1分ほど悩んだ末、俺はドアをノックする。
「はい、入っていいわよ」
ドア越しでも分かる浮かれた今際の声、なんだかすごく嫌な予感がする。
そしてその予感はすぐに的中した。
ドアを開けると今際が立っている。まあここまではいい、予想通りだ。
問題は服装だ。
紺色の膝丈ワンピースに純白のエプロン、そして頭にはフリルの付いたカチューシャ。どこからどう見てもメイド服です。ありがとうございました。
今際はにっこりと微笑むと、
「おかえりなさいませ、ご主人さ」
バタン!
勢いよくドアを閉める俺。
ふぅ、やはりここは生きている人が踏み入れて良い場所ではないようだ。
さて帰るか。
「待ちなさい」
今際に学ランの裾を掴まれた。そしてそのまま蟻地獄に落ちたアリの如く、部屋に引き摺り込まれてしまった。
「馬鹿、やめ……えっ?」
文句のひとつでも言おうと開いた口が塞がらなくなる。
部屋の中央には長テーブルと1人掛けのソファー。壁の片側にはいかにもオカルトチックな本が詰め込まれた本棚があり、もう一方の壁にはホワイトボードが置かれていた。
ほこりまみれで薄暗い『開かずの間』は、清潔で明るい『部室』に変貌していた。
今際は俺の顔を覗き込むと嬉しそうに微笑み、
「ふふ、綺麗になったでしょ。大変だったんだからね。さ、座りなさい」
今際に促されソファーに座る。革張りの、大きな背もたれに肘掛付き。
座り心地も文句なく、マフィアのボスにでもなった気分だ。あとはペルシア猫さえいれば完璧だな。
って言うか、このソファーだけ豪華すぎるだろ! 今際め、一体どこから持ってきたんだ?
「ツッコミたいところはたくさんあるが。とりあえずなんでメイド服を着ているんだ?」
「べ、別にぃ。なんとなく着ただけだしぃ。深い意味は特にないっていうか」
なぜか目を逸らす今際。なんだ、この反応。
「そんなことより、どう?」
「どう、って何が?
「全く、鈍いわね。このメイド服よ! ね、似合ってる?」
今際はクルッとその場で一回転して見せた。白いエプロンがふわりと舞い、隠れていた膝が一瞬露出する。
「普通」
「……そう」
あからさまに元気のなくなる今際。
「ええい次よ、次! アンタ甘いもの好き?」
「普通」
「また普通! 本当につまんない男。
ま、いいわ。普通ってことは嫌いじゃないってことよね。
ケーキがあるから食べていきなさい。あ、お茶も用意するから」
俺の返事も聞かずに、今際はお茶の準備を始めた。
よく見ると机の隅に電気ポットが置いてあった。ずいぶんと用意がいいこった。
ふう、やれやれ。
俺は机に両肘を付くと、手を口の前で組んだ。これで今際からは俺の表情が見えまい。これで思う存分ニヤニヤできるわけだ。
ああああああああ! 今際のメイド服可愛い過ぎだろ!
特に注目すべき点はやはり足だ。白タイツをチョイスしたことは賞賛に値する。
足を細く見せるし、清純な印象を与える。
俺は黒ストが1番好きだが、メイド服には白タイツが最もふさわしいだろう。
この組み合わせを考えた人にはノーベル平和賞を与えたいレベル。
いや、マジで。