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コックリさん


 その日、図書室は静寂に包まれていた。

 席はほとんど埋まっているというのに、聞こえてきくるのは、ノートを走るシャープペンシルの音ばかり。放課後であれば運動部の怒声や吹奏楽部の演奏のひとつでも聞こえてきそうなものなのに。

 それもそのはず、明日から期末テストが始まる。普段勉強をしない生徒も今日ばかりは教科書に釘付けだ。無論、俺も例外でない。今は苦手な英語を勉強中だ。しかしいくら教科書を読んでも理解することはできない。なんだよ、現在完了進行形って! 終わってんのか進んでいるのか、どっちかにしろ!


「ねえねえ、この本面白いわよ。十夜も読んでみなさいよ」


 突然、教科書に文庫本が覆い被さる。タイトルは『新耳袋』ーー少し古い怪談本だ。

 俺は小さく舌打ちすると、顔を上げる。


「特にね、最後の方に載ってる『山の牧場』が怖かったわ! 」


 向かいのテーブルに座っている零子が、満面の笑みでそう言った。俺は自分が出せる一番冷たい声色で、


「読まない」


「なによノリが悪いわね」


「お前全然勉強してないみたいだが、明日テストだぞ。大丈夫なのか」


「ふふーん、実はあるのよ。勉強をしなくてもテストで高得点をとれる方法が」


「なん……だと……」


 英語に苦戦中の俺は、思わず身を乗り出す。


「もしかして、知りたいの?」


「知りたい! 教えてくれ」


「えぇ〜、どうしようかな〜。とっておきの方法だからな〜。でもどうしてもって言うなら、『零子様お願いします』って土下座するなら教えてあげないこともないかな〜」


 零子のドヤ顔を見ていたら、急にどうでもよくなってきた。


「それならいい」


「えっ、なんでよ! この方法を使えば勉強しなくていいのよ!」


「どーせくだらないことだろ」


「くだらなくなんてないわよぉ。本当にすごいんだから」


「今忙しいからテストが終わったら聞くよ」


「それじゃ意味ないでしょ! 聞いてよぉ、ねえねえ」


 聞きたくない、とは言えなかった。

 図書室中の刺すような視線が、俺たち2人に集中していたからだ。どうやらうるさくしすぎたらしい。早くコイツの口を塞がなければ。

 俺は小声で、


「わ、わかった。聞いてやるから小さな声で話せ」


「仕方ないわね〜。そこまで言うなら教えてあげる」


 零子は鞄から紙を取り出すと、テーブルに広げた。それはA4くらいの大きさで、上部には「はい」「いいえ」と書かれており、その間には鳥居の絵が描かれていた。そして、その下には0から9の数字・五十音が書かれていた。

 その紙をみた瞬間、俺はピンときた。


「……こっくりさんか」


 ーー狐狗狸さん。

 読んで字のごとく、狐の霊を呼び出す降霊術のことである。


「そう! テストの答えをこっくりさんに教えてもらうの。我ながらナイスアイデアだわ」


「あほらし。こっくりさんなんているわけないだろ」


「私を誰だと思っているの? 天才霊能者今際零子よ。こっくりさんの1人や2人簡単に呼び出せるんだから」


 零子は10円玉を鳥居の絵の上に置いた。それから人差し指を10円玉の上に添えると、


「こっくりさん、こっくりさん、どうぞおいでください。もしおいでになられましたら『はい』へお進みください」


 10円玉が『はい』へ移動する。


「お前、指動かしただろ!」


「うご、うご、動かしてなんかいないわよっ」


 10円玉に添えられた人差し指は、小刻みに震えていた。コイツ本気でびびっていやがる。まさか本当にーー。


「ほら十夜、何か聞いてみなさいよ。なんだって答えてあげるわっ」


「あ、ああ。じゃあ日本一高い山は?」


 再び10円玉は動き出した。

 最初に止まった文字は『ふ』、次は『じ』……。そして出来上がった文章は『ふ』『じ』『さ』『ん』、『富士山』。


「正解だと……?」


「ね? すごいでしょ。この調子なら学年一位も夢じゃないわ」


 ドヤ顔の零子。

 しかし俺は納得できない。なぜなら、10円玉からは霊気のカケラも感じないからだ。

 俺は少し考えると、鞄から数学の教科書を取り出した。


「もうひとつ質問いいか?」


「いいわよ、どんどん来なさい」


「二次関数y=x2+6x+10の頂点の座標を求めよ」


「は?」


「二次関数y=x2+6x+10の頂点の座標を求めよ、だよ。ほら、こっくりさんはなんでも答えられるんだろ」


「そ、そうよ。ほらこっくりさん、答えを教えてちょうだい」


 しかし10円玉は数字のそばをしばらくうろうろしたたげく、『いいえ』に止まった。


「あ、あれ。おかしいわね」


 首を捻る零子に対して、俺はようやく合点がいった。


「これはオートマティスムだ」


「お、オートマテイス? 」


「筋肉性自動作用という意味だ。何かに肉体を憑依されているかのように、自分の意識とは無関係に動作を行ってしまう現象を言う」


「そ、それがこっくりさんとどう関係あるのよ」


「つまり無意識下に10円玉を動かしているんだ。でも無意識とはいえ動かしているのは零子だから、零子が知らないことは答えられないんだ。だから1問目の簡単な問題には答えられて、2問目の複雑な問題には答えられない」


「ち、違うもん。きっとこっくりさんは数学が苦手なだけ」


「じゃあ物理の問題を出そうか? 橋から小石を落下させたところ2秒後に水面に達した。重力加速度を9.8メートル毎秒として、水面から測った橋の高さを求めよ」


「……」


 今度は10円玉はぴくりとも動かなかった。どうやら魔法は解けてしまったらしい。


 零子は重苦しい空気を払うように、長い黒髪をかきあげると、


「なんか、アレね。やっぱり勉強は努力しないとダメよね」


「お前、さんざドヤ顔で語ってそれかよ」


「うるさいわね! 私は勉強するからもう帰るわ。あんたも遊んでないでちゃんと勉強しなさいよね」


「勉強の邪魔したのはお前だろっ」


 俺の苦情に聞く耳持たず、零子はさっさと図書室から出て行ってしまった。もちろんこっくりさん用の儀式一式は放置である。これ片付けるのはやっぱり俺だよなぁ。


 しかしこっくりさんか。

 少し、ほんの少しだけ興味を引かれた俺は、人差し指を10円玉の上に乗せると、


「こっくりさん、こっくりさん、どうぞおいでください。もしおいでになられましたら『はい』へお進みください」


 なーんてな。

 しかし……


「えっ」


 なんと10円玉が動き始めたではないか! もちろん俺は動かしていない。

 焦る俺をよそに、10円玉は動き続け、『れ』の上で止まった。すぐに動き始め、次は『い』。


 さっきまで何も感じなかったのに、今は紙と10円玉から凄まじい霊気を感じる。まさか本当にこっくりさんが降臨したのか!

 当然こっくりさんからのメッセージなど知りたくない俺は、10円玉から指を離そうとする。しかし接着剤で接着されたみたいに離れない。俺の指を、手を、まるで操るみたいに10円玉は動き続ける。


『こ』


『を』


『ま』


『も』


『れ』


 そこで10円玉は止まった。繋げて読むと『れいこをまもれ』。

『零子を守れ』と言うことか?

 しかしなぜ零子が出てくるのだろう。

 本当にコレはこっくりさんなのだろうか。もし違っていたらーー。

 それはとても恐ろしいことだ。恐ろしいのだけれど、大きくなった好奇心を抑えることはできなくて……。

 俺はつい、こう聞いてしまった。


「あなたは誰ですか?」


 言い終わるや否や、10円玉は動き出した。


『ち』


『え』


『こ』


 最後の文字を指した瞬間、10円玉の吸引力がふっと消えた。十円玉から指も離れ、俺はその指で額の冷汗を拭う。


「今のは一体何だったんだ?」


『零子を守れ』というメッセージと『ちえこ』なる謎の人物。


 薄ら寒いものを感じた俺は再び十円玉に指を置く。しかし十円玉が動き出すことは二度となかった。


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