ポルターガイスト
授業が終わり、俺は教室を後にする。その足取りは軽く、気を引き締めなければスキップをしてしまいそうなくらいだ。いつもなら部室棟に行くため上る階段を、今日は下っていく。
実は今日から期末テスト1週間前。部活は全面禁止で、もちろん心霊探偵同好会の活動も休みである。
真っ直ぐ家に帰れるなんていつ以来だろうか。
「なーに帰ろうとしてるのよ! 心霊探偵同好会の活動をサボるなんて許さないわよ」
零子に呼び止められたのは、下駄箱から靴を取り出している時だった。
「……部活動は全面禁止だぞ」
「馬鹿ねえ。幽霊に休みはないのよ。今日もどこかで心霊現象が起こり、困っている人がいるのよ。つまり我が心霊探偵同好会に休みはありません」
「ふーん、大変だな。1人で大変だと思うけど頑張れよ」
「ちょっ、待ちなさいよぉ。アンタも参加に決まってるでしょお!」
「テスト勉強しなくちゃいけないからパス」
「薄情者ぉ!」
早くも涙目の零子。俺は大きな溜息を吐く。
「部室棟は閉鎖されているんだぞ。無理に決まっているだろ」
「活動は学園内じゃなくてもできるでしょ」
「まさか、お前」
嫌な予感。3秒後、その予感は現実となった。
「そう! 心霊探偵同好会初の校外活動をします!」
◇
黒レースの日傘を差す零子に先導され、国道沿いの歩道を歩いていく。アスファルトの照り返しにジリジリ肌を焼かれ、早くも俺は後悔し始めていた。
「不景気な顔しないでよ」
「こうしている間に、5点分は勉強できていたなと思ったんだよ」
「未練がましいわね、もう諦めなさい」
そうして話しているうちにも、どんどん人気のない街区へ進んでいく。少し不安になった俺は零子に尋ねる。
「いい加減どこへ行くのか教えてくれよ」
「ふっふっふ! 着いてからのお楽しみよっ」
「嫌な予感しかしないんだが」
「起こっている現象については教えてあげるわ!ポルターガイスト現象よ」
「ポルターガイスト現象って、手を触れていないのに物が動くっていうアレか?」
「そうそう! 先日偵察に来た時偶然見つけたの。今日は本格的に調査するわよ〜」
やがて道は登り坂に差し掛かった。ゆるやかな坂なのだが、どうにも足が重い。深い泥の中を歩いているようだ。先を歩く零子との差がどんどん開いていく。
「十夜、遅いわよ! 早く来なさい」
「お前、平気なのか?」
「何が?」
どうやら零子は大丈夫らしい。そうなるとやはり霊的なモノが影響しているに違いない。
一刻も早く帰りたかったのだが、零子を放っておくわけにもいかないので、重い足を引きずり坂を登っていく。
「着いたわよ」
坂道を登りきると、視界が開け、そこには団地群の廃墟が広がっていた。
建物はかなり古く鉄骨コンクリート製の5階建、以前白かったであろう外壁は土埃で灰色に染まっている。そんな寸分狂わぬ見た目の団地がたくさん、まるで整列するみたいに行儀よく並んでいる。広大な土地は背の高いフェンスで囲われており、あらゆる侵入者を拒むーー。
近くで立っているだけなのに、じっとり嫌な感じがつきまとう。まるで誰かに見られているみたいだ。しかも1人や2人じゃない。何十何百、それこそ団地の住人全員に見られているような、そんな不快感。
間違いない、あの団地にはいる。
「ここ、幽霊団地って呼ばれていて、かなり有名な心霊スポットなの」
「こ、こんなところ入れるかっ!」
「はぁ? 入るわけないじゃない。いくら廃墟でも勝手に入ったら不法侵入よ」
「じゃあ何しにここまで来たんだよ?」
「心霊現象は中じゃなく、外で起こっていたのよ。ほら探すわよ」
ぽかんとする俺を放置し、零子は歩き出した。もう口を開くのも億劫だったので黙ってついて行く。しかしいくら歩いても道路に異常な点は見つからないし、変なものも落ちていなかった。結局、団地の外周をぐるりと一周してしまう。
零子は首を傾げながら、
「おかしいわね」
「いい加減何を探しているか教えてくれよ」
「……いいわ」
先日のことを思い出したのだろう、零子は大きく身震いした。
この団地は本物の心霊スポットだ。さぞ恐ろしい目にあったに違いない。
零子はしばらく逡巡していたが、決意したように小さなため息をすると、
「昨日偵察に来た時ね、一台の車が路駐していたのよ。ここは廃墟だし、近場に遊べる場所もないから妙だなぁと思ったわ。なんとなくピンときた私は少し離れたところから観察していたの。すると急に車がガタガタ揺れ始めたじゃない! きっと団地に巣食う悪霊の仕業に違いないわ」
迫真の顔で語る零子。
しかし俺は一瞬で理解した、と同時に顔が真っ赤に染まるほど恥ずかしい気持ちになった。
「それ幽霊のせいじゃねーからなっ」
「ええっ! どう考えてもポルターガイスト現象でしょ。触れてないのに車がこう、ガタガタとリズミカルに揺れていたのよ」
「中に人がいるんだよ」
「止まっている車の中であんなに激しく、車が揺れるくらい暴れることなんてないでしょっ」
「それは中で男女が……」
「男女が何してるのよっ」
ナニに決まっているだろっ! ……とは流石言えず、俺は黙り込む。
すると零子はドヤ顔で、
「ほら、やっぱり分からないんじゃない。アレは絶対幽霊の仕業よ」
「ち、違う。説明できないんだけど幽霊じゃないんだ」
「ははーん、そんなこと言って、またサボろうとしているんでしょ。お見通しなんだからねっ! さあ、車が来るまで張り込みするわよ」
「やめろーー!!」
幸運なことにその日車が現れることはなかったが、結局夕方遅くまで零子に付き合わされることになった。期末テストまであと7日、こんな調子で果たして俺は勉強できるだろうか?




