往生漠 其の參
2019年1月9日 内容一部加筆修正
つまり2人は兄妹ということか。しかし『はい、そうですか』と納得することはできない。引っかかる点がひとつ、だが聞くのは気がひけるというか。
「ちょっと待って下さい! 『往生』と『今際』、兄妹ならなぜ苗字が違うんですか? 」
反怖先輩が割って入ってきた。聞き辛いことをいけしゃあしゃあと……。俺が言うのもアレだけど、この人絶対友達少ないわ。
零子の顔が歪む。普段の明るい彼女からは考えられない、この世の悲しみを一手に引き受けたような表情だった。
「両親が……いなくてね。別々の親戚に引き取られたから苗字が違うんだよ」
往生先輩は淡々と答える。
ほら見ろ! やっぱり複雑な事情があって、触れちゃいけない部分だったじゃないか!
しかし反怖先輩は、
「苦し紛れに嘘を付いてるんじゃないですか? 2人が兄妹と言う証拠を見せて下さい」
この人はまだ言うか! すると往生先輩は、
「顔、似てると思わない?」
そう言われれば、少し似ている気がした。特に切れ長の瞳はそっくり同じだ。
さらに往生先輩は一枚の写真を差し出す。
「ほら、これ見て」
写真には5歳くらいだろうか、幼い零子が2人写っていた。ちなみに『2人』というのはミスでも誤植でもない。写真の中には、文字通り零子が2人いたのだ!
「髪の毛の短い方が僕だよ。幼い頃はそっくりだったんだけど、二次性徴がきてからはお互い顔つきが変わってしまったみたいでね」
決定的証拠を突きつけられ、反怖先輩は苦虫を噛み潰したような表情になった。
しかし往生先輩はさらなる追い討ちをかける。
「これでも信用できない? それなら後は戸籍謄本を見せるしかないなぁ。まだ市役所はやってるから一緒に行こうか?」
「し、失礼しましたぁ」
反怖先輩は逃げ出した。足早っ! 脱兎の勢いとは昔の人はよく言ったものだ。
一方俺は怖い顔をした零子に首根っこを掴まれていた。
「とーうーやぁ! 私を付けるなんてどういうつもりなのよぉ」
「ご、ごめん」
「謝っても許さないんだから!私のプライバシーを侵害した罪は重いのよ」
ツバが飛ぶほど声を荒げる零子に、俺は何も言い返せない。
自分の罪の重さは自覚していた。尾行に加え、知られたくないであろう複雑な家庭環境を知られてしまったーー俺が零子の立場だった簡単には許さないだろう。
今頃になって俺は後悔していた。普段なら絶対反怖先輩の誘いには乗らないのに、なぜ俺はあんなに必死になってしまったのか。いくら考えても答えは思い浮かばなかった。
「十夜君は悪気がなかったんだ。許してあげなよ」
助け船を出してくれたのは意外にも往生先輩だった。
零子は唇を尖らせると、
「悪気がなければ何をしてもいいって言うの?」
「十夜君はどこの馬の骨とも牛の骨とも知らぬ僕と一緒にいる零子が心配だっただけだよ。違う?」
高速でうなずく俺。すると怒りで凝り固まった零子の顔が、とろんと溶けた。
「そ、そうだったの。まぁ私もお兄ちゃんのことを黙っていたのは悪かったし」
「人間知られたくないこともひとつやふたつあるのは当然だ。本当に悪かった。この通りだ」
「もういいって言ってるでしゅ。この件はおしまいなんだからっ」
零子が照れ臭そうに笑う。どうやら許してもらえたらしい。
しかし往生先輩はなんていい人なんだろうか! 怒らないどころか俺を庇ってくれるなんて。零子と血が繋がっているなんて信じられないくらいだ。
「あ、もうこんな時間。私もう帰らないと」
「え、まだ5時前だぞ」
「夕飯作らなくちゃいけないのよ! じゃあね、十夜にお兄ちゃん」
零子はくるりと背中を向けるとそのまま走り出し、あっという間に人波の中に紛れて見えなくなった。
そして残されたのは、俺と往生先輩。どうしよう、滅茶苦茶気まずい。ほぼ初対面の人間と何を話したらよいかわからない。リア充界の王である往生先輩と共通の話題なんてあるわけないし。
よし、帰ろう。そう決意した瞬間、
「この後時間あるかな。少し話さないか?」
と往生先輩。せっかくの申し出だがーーやはり俺の心は動かない。
「あ、すいません。俺はそろそろ帰ります」
「この後時間あるかな。少し話さないか?」
あれ?
「いや、俺は帰ります」
「この後時間あるかな。少し話さないか?」
……勘違いじゃなかった。会話がループしている。もしかしてバグった? って、相手はアンドロイドでもゲームキャラクターでもない往生先輩。もしかして俺の声が聞こえてないのだろうか?
そこで俺ははっきりと大きな声で、
「申し出は嬉しいんですけど、俺は帰ります」
「この後時間あるかな。少し話さないか?」
ループから抜け出せないんですけど。これってアレかな、RPGで『はい』の選択肢を選ばないと進めないってヤツ。いや、でもやっぱりーー。
こうなったら強行突破だ!俺は回れ右すると、全速力で走り出す。
「この後時間あるかな。少し話さないか?」
しかしまわりこまれてしまった!さらに肩を掴まれ、
「この後時間あるかな。少し話さないか?」
掴まれた肩に激痛が走る。痛っ、砕けそうなくらい痛い!
しかし表情はいつものさわやかスマイルだった。怖い、マジで怖い。
「……わかりました」
◇
夕暮れ時にもなり、フードコートは食事を求める客でほとんどの席が埋まっていた。俺たちは窓際の席を確保し、向かい合わせに座る。窓から差す夕日が、物憂げな表情の往生先輩の頰をオレンジ色に染めている。ただ座っているだけでドラマのワンシーンに見えるなんて、俺はイケメンが羨まして仕方がなくなった。
しかし。
往生先輩は全く喋らない。誘って来たのだから何か話したいことがあると思いきや、終始沈黙を貫いている。
もしかして俺が何か言うのを待っているのか? 思い当たるのはーー。
俺はすっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干すと、
「すいませんでしたっ!」
「え、なんで謝っているの?」
しかし往生先輩はきょとん顔だ。
「尾行のことを怒っているんじゃないんですか?」
「別に怒ってないよ。さっきも言ったと思うけど、れいちゃんを心配してのことだったんでしょ。家庭環境のこともいずれ知られることだったろうし。それが早いか遅いかの違いだよ」
「じゃあ一体なぜ」
「君と個人的に話したかったんだよ。いや、聞きたいことがあると言った方が正解か」
往生先輩は身を乗り出すと、俺にこう尋ねた。
「れいちゃんは本当に霊能者なのかい?」
「えっ」
「実はね、以前れいちゃんは霊能者ではなかったんだよ。自分のことを霊能者だと思い込んでいるだけで、実際霊能力はゼロだったんだ」
「へ、へえ〜そうだったんですか」
「僕はね、れいちゃんに霊能者を諦めて欲しかったんだ。だから幽霊が出るという噂の、開かずの間の鍵を貸した。しかし予想外にも、れいちゃんは見事に除霊してみせた。あの時君は現場にいたんだろ? 何か変わったことはなかったかい?」
零子を以前から知っている人物がいることをすっかり失念していた。その人物ーー往生先輩から見れば零子の変貌に疑問を持つに決まっている。このままでは俺のこともバレてしまうかもしれない。なんとか誤魔化さなくては!
そしてなんとか捻り出した台詞が、
「と、突然霊能力に目覚めたように見えました」
我ながら酷い言い訳だ。ますます疑われーー
「やはりそうか。そうじゃないかと思っていたんだよ」
ーーなかった。往生先輩はむしろ納得している様子である。
えっ、こんなんで納得しちゃっていいの?
「いや〜烏丸君に聞いてよかったよ」
「じ、じゃあこれで話は終わりですね。それじゃそろそろ失礼します」
「待った。本題はここからだよ」
まだ帰れないのかよ! もう俺は身も心もボロボロだ。
往生先輩はコーヒーを一口飲むと、淡々と語り始めた。
「れいちゃんはね、昔からひどい人見知りの引っ込み思案で、友達も片手に数える程度しかいないんだ。しかもみんな変人……じゃなかった、独特の世界観を持つ子ばかりでね」
「は、はぁ。そうなんですか」
零子が人見知りの引っ込み思案? とてもそうには思えないが。
「野良猫みたいなものだよ、一度大丈夫だと思った人間にはとことん懐くんだ」
俺の思考を読んだかのように苦笑する往生先輩。
「烏丸君には随分と心を許しているみたいだね。口を開けば君の話だよ」
アイツそんなに俺のことをーー。照れくさくなり、手で鼻を擦る。
「ところで」
往生先輩の声が突然低くなった。
「『お兄ちゃんと結婚する』と言っていた妹の唇からどこの馬の骨とも牛の骨ともしれな男の名前が出てきたら、兄がどんな感情を持つか分かるかい?」
「え」
意味が分からずぽかんとする俺を、いかにも憎々しげに睨みつける往生先輩。
さらに彼は早口でまくし立て始めた。
「僕はね、れいちゃんのことを愛しているんだ。あ、もちろん妹としてだよ。どれくらい愛しているかと言うと、世界かれいちゃんかを選べと言われたら一瞬も迷わず世界を滅ぼすほどだよ。
どこが好きと聞かれたら全部、彼女の全てが大好きだ。あの可愛らしい見た目はもちろん、家事全般が得意なところとか、猫舌で熱いものが食べられないところとか、胸が小さいことを実はすごく気にしているところとかとにかく全部だよ。
一番好きなところを選べと言われたらすごく悩むが、あえて言うなら性格だ。れいちゃんはね、本当に、すご〜く優しい子なんだよ。こんなエピソードがある。6歳の頃、近所のドブ川に猫が溺れていてね。僕が助けような悩む中、れいちゃんは全く躊躇なく川に飛び込んだんだ! その姿ときたら、まるで白い翼を羽ばたかせる天使みたいに神神しくてね、未だに僕の網膜に焼き付いて離れないくらいだよ。まあ猫は自力で助かって逆にれいちゃんは溺れちゃったんだけど、そんなことは些細なことだよね」




