往生漠 其ノ貳
その台詞を聞いた瞬間、心臓が鉛のみたいに、ずんと重くなった。
零子が秘密の恋人ーー?
「いやいやいや、ありえねー!」
気がつくと俺は全力で叫んでいた。
「だってあの零子だぞ! 全然往生先輩と釣り合わないって。マジありえねー!」
「烏丸君、落ち着きたまえ。まずは深呼吸だ、深呼吸」
そこでようやく自分が興奮していることに気づいた。なんで俺こんなに取り乱しているんだ?
反怖先輩のアドバイス通り深呼吸してみる。
「ふう、少し落ち着きました。で、何を根拠に零子が秘密の恋人だと? 」
「証拠ならある。ほら見たまえ」
反怖先輩が差し出した数枚の写真、そこには零子と往生先輩の仲睦まじい姿が!
寒くもないのに、全身が小刻みに震え始めた。
「し、CGだろ! 新聞部が、こ、こういうの得意なの知ってるん、だ、だからなっ」
「証拠はこれだけじゃない。これはとある筋から手に入れた往生君のメールアドレスなんだが」
反怖先輩が差し出した紙切れにはこう書かれていた。
reiko-kawaii.foeverlove…
胃から熱い物が込み上げてくる。
「オェーッ!」
「気持ち悪いよな! 私も最初見た時そう思ったよ。だがこれが現実だ」
「で、でもこの『reiko』が零子とは限らないし」
「いい加減認めたまえ。君にも心当りがあるんじゃないのか?」
思い返せばーー。
心霊探偵同好会。
クソな部活名とふざけた活動内容なのに、すぐ認められたというのは妙な話だ。しかし零子の彼氏が生徒会副会長の往生先輩なら説明がつく。
さらに今朝の、往生先輩が俺の名前を知っていた件も。
零子が俺のことを話していたとしたら。いや、でもーー。
反怖先輩は俺の顔を覗きこむと、
「どうやら心当たりがあるようだね。しかしまだ信じられないようだ」
「はい……」
「それなら提案だ。私と組まないか? 一緒に真実を解き明かそうじゃないか」
「具体的には一体何をすればいいのですか?」
「2人が会っている現場を押さえたい。2人が会いそうな日を知らないか?」
「そんなのわかりませ……あっ!さっき零子が今日の部活を休むと言ってました。『大切な用事』があるとか」
「あからさまに怪しいな。よし、尾行するぞ。君も来るだろ?」
そんな不審者みたいなことしたくない。それに零子が誰と付き合ってようが俺には関係ない。そう喉まで出かかっていたのに、
「はい」
実際出てきた言葉は全く真逆のものだった。
◇
そして放課後。
この時刻のショッピングモールは人で溢れている。友達と笑い合う女子高生、夕飯の買い物に来た親子連れ、くたびれたサラリーマン。そして零子と往生先輩。
仲良く並んで歩いていて、2人の距離はとても近い。時折往生先輩の手が零子の黒い黒髪を優しく撫でてーー。
くそ、イチャイチャしやがって! 爆発しろっ!!
「こら、烏丸君。あまり前へ出るんじゃない。尾行がバレてしまうではないか!」
「あっ、すいません」
慌てて物陰に隠れる。
「気持ちは分かるが、落ち着きたまえ。バレてしまっては全てが元の木阿弥だ」
「しかしいつまでこんなことしなくちゃいけないんですか?」
「決定的瞬間、そう例えばキスシーンを撮るまでかな」
「キ、キ、キ、キスス!? まだ高校生ですよ」
「何言ってるんだ。今時高校生はキスのひとつやふたつするよ」
なんてことだ! 最近の高校生は性が乱れすぎだろ!
反怖先輩は硬直している俺の首根っこを掴むと、
「ほら、2人を見失うから急ぐぞ」
零子と往生先輩はゴスロリ服が並んでいるブティックに足を踏み入れた。
俺たちは向かいの雑貨屋から監視することにした。
反怖先輩はマグカップを手に取り、しかし目線は零子達から離さずに、
「烏丸君、君がそんなに今際君のことが好きとは思わなかったよ」
「ば、全然違いますよ! 俺は零子のことなんて全然」
「じゃあなんでここまでするんだい?」
反怖先輩の三白眼が意地悪そうに笑う。
言われてみれば、なぜ俺は必死なんだろう。しばらく考えると、
「ええと、おそらく親切心です。きっと往生先輩は騙されてるんですよ。アイツ見た目だけは可愛いから。本当のことを教えてあげないと」
「ふーん、つまり君は本当に今際君のことが好きじゃないのかい」
「当たり前じゃないですか!」
「しかしそうは言ってもなぁ。あの2人、実にお似合いのカップルだと思うぞ?」
制服の上からゴスロリ服を当てる零子を、往生先輩は優しい笑顔で見つめている。確かに2人は美男美女のお似合いカップルにしか見えない。
ズキン、となぜか胸が痛くなった。
「また移動するようだ。追いかけるぞ、烏丸君」
今度はフードコートにやって来た。 往生先輩は丸テーブル席に座るが、零子は荷物を置くとスムージーショップの方へ歩いて行ってしまった。スムージーショップは混んでおり、しばらく零子は戻って来ないだろう。その間、往生先輩は一人きりーー。
もう俺は限界だった。
「おい! 烏丸君、どこへ行く」
反怖先輩の制止も聞かず、真っ直ぐ往生先輩の元へ歩いていく。
俺は何しようとしているんだ? やめろ、止まれ!
しかし俺の思いとは裏腹に足の動きは早くなり、ついには駆け足になる。
俺が目の前まで来ると、往生先輩は顔を上げた。
「おや烏丸君じゃないか。どうしてここに?」
本当にどうしてここにいるんだろう? 考えがまとまらない。なのに口は勝手に動く。
「……零子はやめておいた方がいいですよ」
「なんで? 君に言われる筋合いはないよ」
笑顔だが目は全く笑ってない往生先輩。背筋がぞくり、と冷たくなる。しかし俺の口は止まらない。
「だってあなたと全然釣り合ってないですよ。あ、往生先輩が悪いって意味じゃないですよ。零子がダメなんです。ワガママだし、自己中だし、人の言うことも聞かないし、自分をーー」
霊能者だと思い込んでいる、というセリフはなんとか飲み込む。
「と、とにかく往生先輩が思っているような女の子じゃないんです」
「知ってるよ」
「え」
「れいちゃんのことは全部知ってる。いいところも、悪いところも。全部知っていて、僕はそれでもれいちゃんを世界で一番愛している」
往生先輩の切れ長の瞳はどこまでも真剣でーー。
れいちゃんという零子の愛称呼びも、ドラマでしか聞かない臭い台詞も、台詞の全てが俺の深いところまで突き刺さる。
ああ、本当に往生先輩は零子のことをーー。
「えっ、なんで十夜がここにいるのよ!」
間の悪いことに、零子が戻ってきてしまった。零子は俺に詰め寄ると、
「もしかして後をつけてきたの? サイテー!」
「最低なのはお前だ! もうお前には付き合わない!心霊探偵同好会も辞めるからな!」
「は? なんで退部の話が出てくるのよ! 私は認めないからね」
「うるさいな! お前には往生先輩がいるだろ! 2人で仲良く悪霊退治でもなんでもしろ! ばーか」
「そんなの嫌に決まってるでしょ! ばーか」
「なんで嫌なんだよ! 往生先輩の方が俺より背が高くてイケメンでーー」
「嫌よ! お兄ちゃんと部活なんて恥ずかしいじゃない」
「え」
『お兄ちゃん』だと?
往生先輩に視線を向けると、俯いて小刻みに震えていた。
笑っていやがる。完全にやられた。
「ふふっ、ごめんごめん。改めてはじめまして、十夜君。僕は零子の兄の往生 漠です」




