往生漠 其ノ壹
さて問題です。梅雨が終わったら何になるでしょう。
答え、夏。
雲ひとつない青空にギラギラ輝く太陽、陽炎のせいで歪んで見える街並み。俺は額の汗を拭いながら通学路を歩いていく。まだ朝の8時前だっていうのに暑すぎる!
クーラーでキンキンに冷やされた教室にしけこみたいところだが、今日に限って通学路は渋滞していた。 牛歩状態で遅々として前に進まない。
仕方なく牛の群れに身を任せ、のろのろと歩いていく。 そして通常の3倍は時間をかけ校門にたどり着いた。
校門の付近には女子ばかりの人だかりができており、どうやら渋滞の原因はこれらしい。赤く染まった頰に黄色い悲鳴、まるでアイドルのコンサート会場だ。そんな女子達の中心にいるのは長身の、やたらイケメンの男子。
ーー生徒会副会長の往生先輩だ。
他人に全く興味がない俺だったが、彼のことは知っていた。というか知らない生徒はこの学園にいないだろう。見た目がいいだけじゃなく、成績優秀運動神経抜群、さらに噂によると性格もいいらしい。女子からの人気はすさまじく、非公認のファンクラブまであるらしいとか。少女漫画のヒーローかな? そこまですごいと逆に嫉妬心もわかない。
しかしなぜ往生先輩が校門に?あ、今週は「挨拶週間」か。生徒会が校門に立って生徒に挨拶をするっていう誰得企画。そうなるとあと4日はこの状態か、最悪。明日は少し早く登校するかーーなんてぼんやり考えいた時だ。
往生先輩と目が合った。
「ちょっとそこの君、待ちなさい」
え、俺?
往生先輩がまっすぐこちらへ歩いてくる。とりまき女子集団が道を譲るその光景は、モーゼの海割みたいで妙に神々しく見えた。
往生先輩は目の前までくると、
「ネクタイが曲がっているよ。身だしなみはきちんとしないとダメじゃないか」
低身長の俺に合わせるよう大きく腰を屈め、俺のネクタイを直し始めた。距離は10センチも離れてないだろう、互いの吐息がかかる。
近くで見る往生先輩はより一層イケメンに見えた。切れ長の瞳に高い鼻、唇は薄くてーー。
あ、あれおかしいな。なんかドキドキしてきた。俺にはソッチの気は無いはずなのに。
「はい、直ったよ」
往生先輩は、ネクタイから手を離すと穏やかな微笑みを浮かべた。
俺は目をそらすと、
「あ、ありがとうございます」
「服装の乱れは心の乱れ、これからは気をつけてね。十夜君」
「は、はい」
全く朝からついてないな。これからは、少なくとも今週中は気をつけないとーーって、ん?
往生先輩、今俺のこと『十夜君』って呼ばなかったか? 話すのは今日が初めてだし、そもそも俺のような目立たない生徒の名前をなぜ知っている?
奇妙に思い往生先輩に声をかけようとするが、
「往生くーん、私のネクタイも直して」
「ちょっ、ズルっ! 私も」
ネクタイを緩めた女子集団が、往生先輩に迫る。当然俺が入り込む隙間など1ミリもなく……。流石の俺も舌打ちした。
◇
「今日は煮物作ってきたのよ。ほら、食べなさい」
零子がタッパーに入った煮物を差し出した。大根と鶏肉が煮汁で茶色く染まっており、見るからに美味しそうだ。
今は昼休みの教室。俺と零子は机をくっ付けて弁当を食べていた。ここ最近、昼食は零子と一緒だ。クラスメイトの目が気になるが、拒否すると零子が泣くので仕方なくこうしてる。本当に仕方なくだからな。大切なことだらか2回言いました。
俺は大根を箸で掴むと、
「さんきゅ」
「たくさん食べなさいよ。あんた小さいんだから」
「余計なお世話だ」
ふと今朝の出来事を思い出す。往生先輩は俺よりずいぶん大きかったよな。とりまき女子と同じように、零子もああいう男が好きなのだろうか。
「あ、そうだ。今日、私部活休むなら」
「えっ」
ぽとっ
驚きのあまり大根を落としてしまう。何より部活を優先される零子が休む、だと!
「あーっ、何こぼしてるのよ。もったいなっ」
「すまん」
机に落ちた大根を口に放り込む俺。予想通り煮汁じゅわじゅわで美味しい。
「うわ、汚な」
「俺の机は綺麗だ。仮に汚いとしても3秒ルールでセーフだから。そんなことよりなんで部活休むんだよ。あ、そうか! 具合が悪いんだな? 保健室連れて行ってやるよ」
「具合なんて悪くないわ。ちょっと用事があってね」
「用事だと? お前、俺が用事があるって言っても部活休ませてくれないくせに!」
「あんたはサボりたいだけの口実でしょ。私は違うわ。本当に大切な用事なの」
「大事な用事って何だよ」
「そ、その。あれよ、歯医者!」
なぜか目が泳ぐ零子。この反応はもちろん、そもそも零子が部活を休むというのは妙な話だ。何か隠しているのか?
その時、視界の隅で何かが光った。光った方向、窓の外に目を向けると、そこにはーー。
「……悪い、ちょっとトイレ行ってくる」
「え〜、食べる前に行っときなさいよぉ」
零子の非難を無視し、俺は教室を飛び出した。
◇
「何してるんですか?」
俺は木を見上げ、上にいる人に声をかけた。その人は大きくバランスを崩し、木から落ちそうになりながら、
「わ、びっくりした。急に話しかけるなんて危ないじゃないか」
「危ないのはあんたですよ。降りてきてくれませんか?」
この木は俺たちの教室がある位置に生えている。そして教室は2階。つまり木の上にいる人物の目的は、零子の盗撮。そしてこんなことをするのは、俺の知り合いにたった1人ーー。
その人はスカートを翻しながら木から降りてきた。
オデコの広い、三白眼の女子。
新聞部部長、反怖先輩だ。以前心霊写真をでっち上げ、零子を陥れようとした人物だ。
「よく私の存在に気がついたね」
「光っていたので気が付いたんですよ」
「光る? フラッシュはたいてないはずだが」
「オデコですよ。そのオデコに太陽の光が反射していたんです」
「うっ、しまった……」
反怖先輩は両手で額を隠す。俺は溜息を吐くと、
「まだ零子の霊能力を疑っているんですか?」
「ち、違う! もう零子君を陥れることなんて考えていない!」
そう弁解する反怖先輩の胸元には、ロザリオのペンダントが揺れていた。これは以前零子が反怖先輩にあげたもので、身につけているということは零子の霊能力を信じている証拠だろう。
「じゃあ一体なぜ盗撮なんか」
「別件だよ。生徒会副会長の往生漠って知ってるか?」
「まあ知ってますけど」
「往生君って女子に人気があるだろ? 新聞部では彼のブロマイドを売っているんだが、これがめちゃくちゃ売れていてさ。おかげで新しいカメラがーー」
「話を逸らさないでくれますか?」
「まあ落ち着いて聞いてくれ。本題はこれからだ。君には少しショックな内容かもしれないが」
反怖先輩は意味深に口元を歪める。俺にショックな内容だと?
しかし反怖先輩は俺に考える隙を与えまいと、早口でまくし立てる。
「そんな人気者の往生くんなのだが、なぜか彼女がいないんだよ。高校生といったら性欲が一番高い頃で女の子に興味津々のはずなのに!あまりに女っ気がないからゲイ説があるくらいでね。しかし我が新聞部はある特ダネを得た!まだ取材中で大きな声で言えないのだが、君には特別に教えてあげよう。但しオフレコで頼むよ」
反怖先輩はあたりをキョロキョロと見回し誰もいないことを確認すると、小さな声でこうささやいた。
「往生君には秘密の恋人がいるらしい」
「ふーん」
「なんだそのそっけない反応は! 大スクープだぞ」
「他人が誰と付き合おうと俺には関係ないし」
「……本当にそうか? 君に関係ある人物が1人いるんじゃないか」
「え?」
「往生くんの秘密の恋人はーー今際零子君だ」




