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裏庭のハート様 前編

 

「ねえ、私に足りないものってなんだと思う?」


 放課後、部室にて。零子が深刻な顔でぽつりと呟いた。俺は少し考えると、


「常識、かな」


「いやそういうガチなヤツじゃなくて」


「あと自分を客観的に見る力かな。思い込みが激しいのはそのせいだぞ。人の話をきちんと聞かないのも」


「やめて! もうやめて! 私のライフはもうゼロよ!」


 自分で言い出したくせに涙目になる零子。まだまだ言い足りないが、大泣きされるのも面倒なので口をつぐむ。

 零子は涙を拭うと十八番のドヤ顔を作り、

 

「つまり私が言いたいのは、霊能者として足りないものは何かってことよ! さぁ、なんだと思う?」


 足りてないどころか完全なる『無』だろ。黙っていると、何を勘違いしたのか零子は満面の笑みを浮かべた。


「そっか、そっかーー。わからないかぁーー。そうよねぇ、私って完全無欠な霊能者だもんねぇ。うふふっ」


「あー、はいはい。そうです。そうですから、早く答えを教えて下さい」


 ……俺に足りないものは忍耐力だろう。まあ、直す気はないけど。


「霊能者の私に足りないもの、それはズバリ『使い魔』よ!」


「使い魔? なんじゃそりゃ」


「いい? 優れた霊能者には、必ずと言っていいほど優秀な使い魔がいるのよ。除霊を手伝ったり、ピンチを助けてくれたり」


「いや、それはアニメとかゲームの場合だろ。現実には使い魔になるような生き物はいない」


「ふっ、ふっ、ふ。実はいるのよ、私の使い魔に相応しい生き物が。しかもこの学園に、ね!」



 ◇


零子に連れられ裏庭までやってきた。

裏庭、と聞けば日陰でジメジメした場所を想像するかもしれないが実際は全く違う。日当たりはよく、手入れが行き届いた花壇には季節の花が植えられている。6月の今はどうやら薔薇の開花シーズンらしい。赤、白、ピンク、黄......色とりどりの薔薇の花が咲き乱れ、見るもの全ての目を楽しませる。

ベンチがいくつか置かれており飲食も可能となっている。昼時にもなると女子グループやらカップル(死ね)によりベンチ争奪戦が勃発するほどの人気だが、放課後の今は誰もいないようだ。

うむ、これは好機。アフタヌーンティーを片手に薔薇を静かに眺めるとするかーー。


「私の使い魔はこの裏庭に現れるそうよ。さあ十夜、探しなさい!」


 とドヤ顔の零子。はいはい、こうなることは百も承知ですよ。


「探しなさい、って言われてもそもそも何の動物かも知らないんだが」

 

「は? バラ園ときたら『ハート様』に決まっているじゃない」


「……そんな強そうな相手、俺がなんとかできるわけないだろ」


「世紀末漫画のあのデブとは全然違う! この裏庭にいるハート様は黒猫よ。額にハートマークのぶちがあるからそう呼ばれるようになったらしいわ。さらに珍しいことに両目の色が違う『オッドアイ』なんだって」


「ずいぶん珍しい猫だな」


「見た目だけじゃないわ。ハート様のハート型のぶちに触れると、願い事が叶うんだって! きっと強い霊力を持っているにちがいないわ。私の使い魔にふさわしいと思わない?」


 ……そんな猫、存在するのか? 俺の訝しげな表情に気がついたのか零子は不機嫌そうに、


「さては疑っているわね。ハート様は本当にいますぅ」


「やけに自信満々だが見たことあるのか?」


「もちろんないわ!」


「ないのかよ!」


「仕方ないじゃない。だってハート様の出現確率はすっごく低くて、在学中に見られたらラッキーなくらいなんだから」


「……それってやっぱり存在しないんじゃないのか?」


「いるわよ! 佐藤さんはハート様のおかげで恋人ができたんだって! 鈴木さんも志望大学に受かったらしいし」


「佐藤も鈴木も各クラスに2人づつくらいいるぞ。どの佐藤さんと鈴木さんだよ」


「あーもう、細かいことはいいの! さっさとハート様を探すわよ」


 手分けしてハート様を探し始める。花壇の中、ベンチの下、物陰、ゴミ箱の中......。しかしハート様どころか猫一匹見当たらない。

 そういえば、オッドアイって結構珍しいんじゃなかったっけ?さらにハート型のぶちを条件に足すと、天文学的確率になるのでは?それに猫は棘がある植物を避けるのではないだろうか。

 考えれば考えるほど、ハート様の存在を信じられなくなる。おまけにジリジリと皮膚を焼く日差しに、むせ返るようなバラの甘い香り。

 完全にやる気をなくした俺は、近くにあったベンチに腰をかける。


「あーーっ! なにサボっているのよ」


 早速零子に見つかってしまった。怒りの形相でこちらに駆けてくる零子、地面を蹴る度にスカートが舞い太ももがチラチラと見え隠れする。相変わらず零子の足は素晴らしい、足だけは。

 と、俺はあることに気がついた。


「おい、ストッキングが伝線してるぞ」


「やだ、本当だぁ。バラの棘に引っ掻けたのかしら?」


 左足ふくらはぎから足首にかけて細く、長く、黒ストッキングが伝線していた。伝線部分から見える肌の白いこと! 見てはいけないものを見ているような背徳感があり、少しドキドキしてしまう。

 俺は顔を逸らすと、


「履き替えてくるか?」


「ううん。替えを持ってきていないから、脱いじゃう」


 零子はそう言うなりスカートの中に手を入れた。そしてそのまま一気にストッキングをずり下ろす! 一瞬で黒から白に変わる様は、まるでサナギから蝶が羽化するかの如く神秘的で。いや黒スト(サナギ)が嫌いな訳じゃないよ、むしろ好きだけど。とにかく俺が一番言いたいのは、女の子がストッキングを脱ぐ仕草って最高だよねってこと。


「ちょ、おま、いきなりなにやってんだよ!」


「えーだってトイレとか行くの面倒くさいし。他に人もいないし別にいいでしょ。あ、もしかして下着が見えるかもって期待した? 残念でしたぁ、そっちからは見えないでしょ」


「そ、そんなわけないだろ! お前のパンツなんて全然興味ねーよ」


 ……本当は少し興味ある。でもそれ以上にイイモノが見れたから俺は心のそこから満足していた。ストッキングの神様ありがとう。

 それはさておき、今は零子の右手の中にある黒ストッキングが気になる。どうするつもりなんだろう。やっぱり持ち帰るのだろうか?


「じゃあ捜索を再開するわよ」


 零子はそう言いながら、ストッキングを近くのゴミ箱に投げ捨てた。しかもノールックで。ノールックで!!


「お、おま、お前! なに捨ててるんだよ」


「このゴミ箱、可燃ごみよ。なにも問題ないと思うんだけど」


「そういう問題じゃなくて!」


「じゃあどういう問題よ」


 黒ストッキングの尊さを語ろうと、口を開きかけるが寸前で正気に戻る。


「......なんでもない」


「ま、いいわ。今度は真面目に探してよね」


 ゴミ箱を覗く。ゴミが回収された直後なのだろう、中にはくしゃくしゃに丸められたストッキングしか入っていなかった。いかにも脱ぎたて、ほんのり温かそうな黒ストッキング。放っておけば間違いなくゴミとして回収されてしまうだろう。すごくもったいなくないか? もっと有効利用できーー。


「なにボーッとしてるのよ! 早くこっちに来なさい!」


 零子の怒声で我にかえる。もう少しでダークサイドに堕ちるところだった。危ない、危ない。後ろ髪が引かれる、いや引っこ抜かれんばかりの思いだったが、俺はその場を後にした。

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