ホラーゲーム 前編
放課後、部室へ行くと零子がノートパソコンをいじっていた。
なんとなく嫌な予感がしたので、無言で席に着き物理の教科書を開く。期末試験まで一カ月を切ったことだし、そろそろテスト勉強を始めるとしよう。
ページをめくる音と零子が操作するマウスのカチカチ音、そして雨音の三重奏が部室に響く。
「あーーもうっ! ほら、これノートパソコン! 私がなんで持ってきたか気にならない? 気になるでしょ?」
「全然」
「そう、そこまで言うなら特別に教えてあげるわ」
零子はノートパソコンの画面を俺の方に向けて見せた。
そこには『黄オーガ』という文字と、レモンみたいな色をした二頭身の人間? の顔が映し出されていた。しかし顔のパーツが妙に大きくアンバランスで、見ているだけでなんだか不安な気持ちになってくるな。
「これは超有名なホラーゲームよ! なんでも映画やドラマになっているとか。すごく怖いんだって。しかもこのゲームは無料なのよ、無料! タダってすごくない?」
「ふーん、で?」
「今日はこれを使って修行をするわ!」
全く意味が分からない。ぽかんとしている俺を尻目に、零子は『ニューゲーム』の文字をクリックする。
ムービーが始まった。ムービーといってもアニメーションとか3DCGなんて大したものではなく、荒いドット絵が動く実に安っぽいものだ。
町外れにお化けが出るという噂の洋館があった。1人の少女が雨宿りするため館に足を踏み入れる。しかし出入り口が開かなくなり閉じ込められてしまうーー。
「このゲームはね、いわゆる脱出ゲームというやつなのよ。各所に散りばめられたギミックや謎を解いて、館を脱出するのがクリア条件よ」
「ゲームの目的はわかった。だが、修行とは?」
零子は不敵にニヤリと笑うと、
「私たちは日夜悪霊と死闘を繰り広げている。いつかこのゲームに出ているような大きな館で除霊するかもしれない。つまり未来を見据えての予行練習というわけよ。さぁ十夜、この試練を突破してみなさい!」
「やらない」
「なんでよ!」
「そもそも死闘なんて繰り広げていないし、こんないかにも怪しい洋館には絶対行かない。そして俺は試験勉強で忙しい。ゲームならお前1人でやってくれ」
零子は頰をぷくっと膨らませる。
「いいわよ、私1人でやるから! 後でやりたいって言っても絶対やらせてあげないんだからね」
ヘッドホンを付けゲームをプレイし始める零子。
やれやれ、これでやっと勉強が始められるな。そう思い、教科書に目を落とした瞬間ーー。
「ギャアァァァァ!」
絶叫しながら椅子から転げ落ちる零子。
早っ! まだプレイ開始から30秒も経ってないぞ。
「これ、ヤバイわ。まじヤバイ。ヤバすぎてヤバイ」
部室の隅で体育座りになり、ガタガタと震える零子。恐怖のせいか語彙力までが乏しくなっていやがる。
そこまで怖いのか? 少し気になった俺はノートパソコンのディスプレイを覗き込む。
広い洋室にプレイアブルキャラクターである女の子がぽつんと立っている。
「いかにも無料って感じのチープな画面だな。全然怖くないじゃないか」
「あ、甘いわね。『タダより怖いものはない』って言うこ、ことわざを知らないの?」
今なおバイブレーション状態の零子を見て、少し興味が湧いてきた。
ゲームを操作してみる。
お、女の子が歩いた。マウスではなくキーボドの矢印キーで動くようだ。
試しに周囲を歩いてみるが、特に変わったところは見られない。他の部屋を見てみよう。
あれ、ドアってどうやって開けるんだ?
「……ドアを開けるにはスペースキーを押すのよ」
復活した零子がディスプレイを覗き込む。
ふむ、なるほど。俺はスペースキーに指を伸ばすーー。
「待った! 心の準備は大丈夫?」
「は?」
「この館はとても危険な場所なのよ。軽はずみな行動は即ち死! よく考えてから押しなさい」
「ふーん」
ッターン!
俺はなんの躊躇いもなくスペースキーを押す。
ギイイイィィ!
「!?」
大音量で鳴り響くドア開閉音に、ビクッとなる。なるほど、驚かし系なのか。
零子はニヤニヤしながら、
「ほらぁ、だからよく考えて行動しろって言ったのにぃ」
「うっぜ! って言うか、お前はこの程度であの悲鳴あげてたのかよ! 」
「し、初見だったら誰だってびっくりするに決まってるでしょ」
「いやアレはびっくりってレベルじゃなか……ん?」
画面の隅を何か黄色いものが横切った。
「見たか?」
頷く零子。
「よし、ちょっと見に行こう」
「えぇっ! それはやめたほうが。絶対危ないわ」
「それじゃあゲームが進まないだろう。えーと、黄色いヤツはこっちに向かったよな」
謎の物体の後を追いかけ、廊下を進んでいく。しばらくすると、目の前に大きなドアが現れた。
「行き止まりだし、この部屋に入ったに違いない」
「ヤダヤダ、やめようよぉ」
「……お前、何のためにこのゲーム持ってきたんだ」
ドアの向こうには、あのレモンみたいな奴が待ち構えているに違いない。軽く深呼吸をして心を落ち着けると、ドアを開く。
「あれ、何もいない?」
たくさんの本棚が並んでいることから推察するにここは図書室のようだ。仕方なく捜索を開始するが、本棚が迷路のように配置されているため歩き辛くてしょうがない。
「なぁ零子、確かにあの黄色いのこっちに来たよな?」
「あーあー、何も聞こえない!! あーあー!」
零子は目をギュッと閉じ、両手で耳を塞いでいた。ビビり過ぎだろ。
「おい、何もいなかったぞ」
「本当?」
「本当だ」
「本当に本当? 嘘ついていない? 命かけられる?」
「こんなつまらん嘘ついて俺になんの得があるんだよ」
「それもそうね。じゃあ目を開けるわよ」
「うん」
「目を開けるわ!」
「早くしろや」
「カウントダウン10秒後、いや30秒後に目を開けるわ! 30、29、28、27……」
「いい加減にしろ!」
どんだけ怖がっているんだ、コイツは。
それから待つことたっぷり1分以上、零子はようやく目を開いた。
「ふぅ、本当に何もいないようね」
「だからさっきからそう言ってるだろ。しかし困った。これからどうやってゲームを進めよう」
「あ、見て! 床のここ、光ってる! きっとアイテムよ。拾ってみて」
指示に従い、光っている箇所まで女の子を移動させる。えーと、アイテムを拾うのもシフトキーだったよな。
俺は深く考えることもなくキーを押すーー。
『ハンマーを手に入れました』
「ほらね、アイテムだったでしょ。このアイテムを使える場所を探しにいくわよ」
「そうしたいのは山々なんだが、操作がきかない」
「え」
方向キーを何度も押すが反応がない。
もしや壊れた? そんな不安が頭をよぎった頃、画面中央に黄色い物体が現れた。メニュー画面で見た、顔の歪んだ鬼『黄オーガ』だ!
「ぎゃあぁぁぁ!」
零子が絶叫しながら抱き付いた。
「うわあぁぁぁ!」
俺も思わず叫び声をあげる。
画面の中では、黄鬼が女の子に突進し追突。そのまま暗転し、『ゲームオーバー』の文字が映し出された。
「はぁー、びっくりした。いきなり現れるのはずるいわよね!」
「あ、ああ。そうだな」
「ぷぷ、アンタすごい叫び声上げてたわね。そんなに怖かったのぉ?」
自分のことは棚に上げ、せせら笑う零子。
声をあげたのは、黄鬼のせいではなくお前が抱きついてきたからだぞ!
まあ恥ずかしいから言えないんですけどね。零子の嘲笑は甘んじて受け入れるとしよう。
……しかし柔らかかったな。零子の感触を、匂いを思い出しドキドキしてしまう。
「あの黄色いのに捕まると即ゲームオーバーなのか。なかなか難しいゲームだな」
「そうね、きっとクリアするのは無理よ。やめましょう」
「いや、俺はもう少しプレイしてみる」
今までホラーゲームなんてやったことなかったが、なかなか面白いじゃないか。それにあのレモン野郎にやられっぱなしというのもムカつくし。
しかし零子の顔が悲しげに歪む。
「えぇ! やめようよぉ」
「怖いなら見なければいいだろ。ヘッドホンすれば音も聞こえないし」
「こ、怖くなんてないわよ!だって私は霊能者、恐怖という感情はとうの昔に消えたのっ!」
「いや明らかに怖がっていただろ。大声出したり、目を開けられなかったり」
「あ、あれは違う! ちょっと取り憑かれてただけだから。幼い臆病な女の子の幽霊で、その子が怖がっていただけだから」
鼻で笑ってやる。いくらなんでも、その言い訳は苦しすぎるだろ。
「なによその顔! 信用してないわね。いいわ、怖くないってことを証明してあげる。ちょっと待っていなさい」
零子はそう言うなり、椅子を2つ並べ、ポットでお茶を入れ、ポテトチップスの袋をパーティー開きにした。
そして額の汗を拭いながら、
「よし、準備完了!」
「いや『準備完了』じゃねぇよ。何のつもりだ」
「いい? これからアンタのプレイを横で見ていてあげる。無事最後まで見れたら、怖がりって言ってたことを訂正してもらうからね」
そしてドヤ顔である。
いや、お前見ているだけかよ! 普通そういうのって自分でクリアするとかだろ。
突っ込もうかと思ったが、プレイしたい気持ちが強いし、話がこじれたらめんどくさいのでやめた。
でも少し意地悪してやろう。
「わかった。ただし、叫ぶの禁止な。あと、5秒以上目を閉じるのも禁止。もし破ったら罰ゲームな」
「えっ、それは……」
「怖くないんだよな?」
「う、うぅっ、わかったわよ! やればいいんでしょ」
ーーこうしてホラーゲーム本格攻略が始まった。




