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事故物件 其の壹

「なんで誰も来ないのよーー!」


 零子(れいこ)の叫び声と窓を打ち付ける激しい雨音が、放課後の部室に響く。


 6月になった。

 梅雨に入りここ3日間程雨が降り続いている。部室棟は古く、除湿対策があまりされていていないのだろう。部室は通常の3倍はジメジメしていた。

 水分を含んだホコリの匂いに、肌にベタベタと張り付くシャツ。

 なんとなく勉強に手が付かない俺は、漫画を読みながら手作りクッキーに舌鼓を打つ。

  一方零子は狭い部室をいったりきたりと何やら落ち着かない様子だ。


「なに1人で騒いでるんだよ。ついにおかしくなったか? あ、すまん。前からおかしかったよな」


「失礼ね、私はずっと正常よ! ほら、ポスターを貼ってからもう1週間経ったでしょ。相談者が来ないなんて、どう考えてもおかしいと思わない?」


 ああ、そういえばそんなこともあったっけ。 最近部活の度にソワソワしているなぁと思っていたが、そのせいか。


「あんな怪しいポスター見て来るやつなんていないだろ。諦めろ」


「そんなことないわ! きっと心霊現象に悩んでいる人なら飛びつくはずよ」


「それなら今頃、雑誌の後ろの方に載っている怪しい広告の業者はみんな億万長者だな」


「キィーー! あんなのと一緒にしないでよ!」


 零子は悔しそうに地団駄を踏む。

 話題は変わるが、我が校は本日より衣替えだ。男子は半袖ワイシャツに茶色のベスト、女子は白の半袖セーラー服に変わった。

 肝心の零子の足だが、安心なされ黒ストを着用中である! 暑くなったら脱いでしまうのではないかという俺の心配は杞憂に終わった。しかも暑さ対策のためか生地が薄いものに変更されている。


 つまり零子が床を踏み鳴らす度に白いスカートが翻り、肌色スケスケの黒ストに包まれた太ももがチラチラ見えるわけだ。

 ……うむ、このままあと3時間くらい地団駄を踏んでほしい。

 俺は零子の太ももを盗み見しながら、


「ま、気長に待てよ。4年に1度くらいは相談者が来るかもしれないぜ」


「オリンピックじゃあるまいしそんなに待てないわよ! って言うか、4年に1度ならもう私たち卒業してるじゃないっ」


 軽快にツッコミを入れる今際。だが俺は冗談ではなく、本気で相談者が来なければいいと思っていた。


 たしかに俺は零子と友達になった。しかし自分が霊能者だということは打ち明けてはいない。信用できないというのもあるが、頼られたら困るというのが本音だ。

 そもそも俺のできることといえば、


 ・幽霊が見える

 ・幽霊と話せる


 の2点のみであって、除霊なんて大層なことはできない。

 もし相談者が来ても角が立たないよう一般人を装いスルーするしかないだろう。そうなると良心の呵責もあるというか、とにかく相談者が誰も来ませんように!


 しかし俺の願いは、控えめなノックの音と共に打ち砕かれた。神様め、もっと仕事しろ!


「はいはい、どうぞーー」


  余程嬉しかったのだろう、零子はすごい速さでドアを開ける。

 しかし次の瞬間には凍りついたようにピタリと動かなくなってしまった。零子がドアを占領しているせいで、俺からは相談者の顔が見えない。ドアに歩み寄ると、


「おい零子、誰が来たんだよ。ってあれ、極楽院さんがなんで?」


 そこに立っていたのはクラスメイトの極楽院一葉(ごくらくいん かずは)さんだった。

  茶色のウェーブがかった長髪は頭の高い位置でツインテール、丸顔にぱっちりとした黒目がちな瞳。身長は俺より低いから150センチくらいだろう。太眉のせいもあり芝犬によく似た美少女だ。

 見るからに人懐っこそうだが、実際性格も明るく社交的だ。いつもニコニコ笑顔を振りまき、友達も多く男子の人気も高い。正にリア充界のエース。

 だからこそ不思議だ。こんな学園の場末に一体なんの用が?

 俺の顔を見ると極楽院さんは顔をほころばせた。


「よかったー。どんな人がいるか不安だったんだぁ。今際さんと烏丸君なら安心だね」


「い、いや、その。ここ心霊探偵同好会とかいう怪しい部なんだけど。なにか間違いじゃない?」


「間違いじゃないよ。私、ちょっと幽霊に困っていて……。その、話だけでも聞いて欲しいの。お願いします」


  極楽院さんは深く頭を下げた。同時にサッカーボールみたいな大きな胸がたゆん、と揺れる。

 こうして近くで見ると極楽院さんって胸が大きいな。うむ、足の肉付きも申し分ない。白いニーソックスの上に少しお肉が乗っているところがポイントだな。絶対領域がマジで柔らかそう。

 零子のような細くて綺麗な足もいいが、こちらもなかなかーー。


「痛っ!」


 零子にスネのあたりを思いっきり蹴られた。


「何するんだ!」


  零子はそっぽを向いてしまった。

 明らかにおかしい。極楽院さんが来てから一言もしゃべっていない。いつもならドヤ顔で威張り散らすハズなのに。


「じゃあこのままだとアレなんで、とりあえず椅子に座って」


 仕方ないので極楽院さんへ声をかける。あれ、なんで俺が仕切っている感じになってんだ?


 極楽院さんは革張りのソファーへ、俺は長テーブルを挟んだ正面に座る。

 やはり零子は及び腰で、俺の真後ろにパイプ椅子を広げ腰をかけた。そして俺の肩越しに極楽院さんをそっと見つめる。


「お前は野生動物か! 失礼だぞ、前へ出ろ」


「大丈夫だよ、烏丸君。今際さん、そのままでいいからね」


 本当になんなんだコイツは。

 その後も零子は黙り込んだままなので、仕方なく俺が話を切り出した。


「それで相談って何?」


 本当になんで相談に来たんだろう? 極楽院さんからは何も感じない。そもそも毎日クラスで顔を合わせているわけだから、幽霊に取り憑かれていればすぐに分かるはずなのに。

 極楽院さんは目を伏せるとぽつり、ぽつりと語りだした。


「実は私、父の転勤で今年の春に青森から引っ越してきたの。で、その引っ越し先の家が少し、ううん、すごく変なの」


「変って、具体的には?」


「最初は机に置いてあった物が勝手に落ちたり、テレビが勝手に消えたり、些細な事だったの。でも徐々に酷くなってきて、今は誰もいない部屋から走り回るような激しい足音が聞こえてきたり……」


 つまり家に幽霊が憑いているということか。それなら俺の目になにも映らないのは当然だ。


「あと、これ見て下さい」


 極楽院さんは通学カバンからスマートフォンを出すと、俺たちに見せた。瞬間、零子が俺の肩をギュッと強く握った。




手、手、手、手、手、手、手、手、手、手

手、手、手、手、手、手、手、手、手、手

手、手、手、手、手、手、手、手、手、手

手、手、手、手、手、手、手、手、手、手

手、手、手、手、手、手、手、手、手、手

手、手、手、手、手、手、手、手、手、手

手、手、手、手、手、手、手、手、手、手

手、手、手、手、手、手、手、手、手、手

手、手、手、手、手、手、手、手、手、手

手、手、手、手、手、手、手、手、手、手

手、手、手、手、手、手、手、手、手、手

手、手、手、手、手、手、手、手、手、手





 透明な窓ガラスを埋め尽す白い手形たち。窓を叩く音が今にも聞こえてきそうな、そんな不気味な写真。

 ザラザラとした舌で眼球を舐められたような不快感が走る。……これは本物だ。


「朝起きたら窓がこうなっていたの。昨日まで綺麗だったのに。しかもこの手形外側じゃなくて……内側に付いていたの」


 その時のことを思い出したのか、極楽院さんは大きく身震いした。


「私も家族ももう限界なの! お願い、助けて下さい」


 極楽院さんは大きく頭を下げた。勢い余って机に額をぶつけ、鈍い音がする。

 これはまずいことになった。幽霊が絡んでいることは確定、だが俺は何もできない。

 極楽院さんがじっと俺を見つめている。まんまる大きな瞳には薄っすらと涙が浮かんでいた。そんな目で見ないでくれーー。

 俺は何も答えられず、気まずい沈黙が流れる。


  「その前に質問いいかしら」


 沈黙を破ったのは零子だった。パイプ椅子をズズズと引きずり俺の横に並ぶと、さらにグイッと身を乗り出す。

 極楽院さんは目を白黒させながら小さく頷く。すると零子は矢継ぎ早に質問を浴びせはじめた。


「築年数はどれぐらい?」


「えーと、30年位かな」


「家賃は相場より安かったかしら?」


「はい、父がそんな事を言ってました」


「ご近所さんから避けられていない?」


「そういえば、少しよそよそしい感じがするかも」


「なるほど、そういうことね」


  1人ウンウンと頷く零子。極楽院さんは不安そうな表情で、


「あの、今際さん。何か分かったの?」


「ええ、極楽院さん。あなたの家はーーー」


 そこで言葉を切ると零子は椅子から立ち上がり、ホワイトボードに何やら書き始めた。

 静かな部室にキュッキュという水性マーカの音が響く。声をかけるのも憚られ、俺と極楽院さんは思わず顔を見合わせる。

 書き終わると、零子は超ドヤ顔でこう言った。


「じ・こ・ぶ・つ・け・ん、よ!」


  ホワイトボードには『事故物件』の文字と、やたらファンシーな家と幽霊のイラストが描かれていた。そのイラストいらなくね?

  極楽院さんは零子とホワイトボードを交互に見比べながら、


「あの、その事故物件ってなんですか?」


「良い質問ね。事故物件っていうのはね、何らかの原因で前入居者が死亡した土地や建物のことよ!」


「し、死んじゃったんですか?」


「ええ、しかもただの死じゃないわ。事故や自殺、下手をしたら殺人の場合もあるとか」


 極楽院さんは小さな悲鳴を上げた。


「わ、私達そんな家に住んでいたなんて。不動産屋さんは何も言っていなかったのに」


「亡くなってから時間が経ったり、前に別の居住者がいた場合は告知されないことがあるらしいわ」


「そ、そんな。一体どうしたら……」


「事故物件にいる霊は怨念が強い。今は大丈夫でもそのうち強い影響が出てくるでしょう。引っ越しすることをおすすめするわ」


 うむ、それがいい。初めて零子と意見が合った。

 俺が写真を見た限り、極楽院さんの家に取り憑いている霊は結構ヤバイ部類に入る。見かけたら2度とその場所に近付かないレベルだ。

 しかし極楽院さんは太眉をクゥーン、とひそめる。


「実はウチ、賃貸じゃないの」


「えっ」


「お父さんがね、せっかくだから家を買っちゃおうって。ローンもまだたくさん残っていて……」


 絶望だ。もはや打つ手がない。ついに極楽院さんは俯いてしまった。


「大丈夫よ、まだ別の方法があるわ」


 零子の妙に明るい声で、極楽院さんが顔を上げる。

  あっ、なんか嫌な予感。

 

「この私が除霊してあげるわ!」


 そしてドヤ顔である。

 やっぱりそうなりますよねーー。深く肩を落とす俺。極楽院さんは少し疑うような眼差しで、


「でも怨念が強いって……」


「実は私、天才霊能力者なの。これまでも幾多の悪霊を除霊した実績があるわ。大船に乗った気持ちで任せなさい!」


 泥船の間違いだろ。よくもまあこんなに自分を過大評価できるな。


「善は急げということわざもあるから、早い方がいいわ。ね、今から除霊に行っていいかしら?」


 遊びに行っていい? みたいな軽いノリやめろ。

 水道トラブルのクラ●アンだってもう少し見積もりに時間かかるぞ。いくらなんでも極楽院さんも怪しんでーー。


「大丈夫だよ! お願いします!」


 忠犬がご主人様を見るようなキラキラ尊敬の眼差しで、零子を見つめる極楽院さん。ちょっ、こんな奴信用しちゃだめだよ!


「さ、出発するわよ!じゃあ極楽院さん、自宅までの案内をお願い」


「はいっ!」


 ヤバイ、話がどんどん進んでいく。俺に飛び火する前に早く逃げなくては。

 盛り上がる2人にバレないよう、こっそりとドアを開けるーー。


「何帰ろうとしているのよ、もちろん十夜も行くんだからね」


 零子に首根っこを捕まれてしまった。はいはい、結局こういう展開になるのね。知ってた、知ってた。

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