友達
授業が終了し、廊下は帰宅や部活に向かう生徒でごった返していた。早く通り抜けたいのに人が波のように寄せては返しでなかなか先に進めない。前もろくに見えない状態で、こんな時ばかりは自分の低身長を恨めしく思ってしまう。これからは好き嫌いせずなんでもたくさん食べるとしよう。特に牛乳は。
そんな俺の目的地は勿論『心霊探偵同好会』の部室。遅刻なんてしたら今際零子に何をされるかわかったもんじゃない。そうでなくても先日の賭けで負け、奴の命令をなんでもひとつ聞かなくてはいけないのだ。
教室での今際の様子を思い出す。目が会う度にニヤニヤいやらしい笑みを浮かべやがって。
俺はやり場のない怒りをパワーに変え、なんとか人混みから抜け出した。
一息付いたところで、ふと学校掲示板が目に入った。緑色の生地が全く見えないほど大小様々なポスターで埋め尽くされている。壁新聞、漫画研究会部員募集中、手洗い強化月間、新着図書のお知らせ、廊下は走るな、などなど。そんな有象無象の中、1枚のポスターに目がとまる。
「なんじゃこりゃあ!」
◇
部室のドアを開けると、不機嫌そうな今際が仁王立ちをしていた。
「遅いじゃない、もう4時よ! 一体今まで何をしていたの」
開口1番がこれである。今際の目の前に掲示板から剥がしてきた上ポスターを突きつけると、
「これはなんだよ!」
黒地に赤や黄色の文字という見ているだけで目がチカチカしてくるポスター、そこにはこう書かれていた。
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あなたの不幸、悪霊のせいかも?除霊成功率驚異の100パーセント!
霊能者があなたに取り憑いた悪霊を除霊します!
除霊を体験したKさん(仮名・15歳)から感謝のコメント!
僕は高校入学して以来友達が全くできず、授業で2人組をつくるときは1人あまり、昼食に至っては便所飯でした。しかし除霊を受けてからすぐに友達ができました! 今では部活にも入部し、リア充ライフを謳歌しています。本当に除霊を受けてよかったです。
※除霊効果は個人差があります
一人で悩まず、まずは相談! 部室棟1階角部屋の心霊探偵同好会までお越し下さい。
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今際は全く悪びれる様子もなく、イタズラが見つかった子供のようにペロリと舌を出す。
「ああ、見つけちゃったぁ? そろそろ、生徒からの相談を受けようと思ってポスターを作ったの」
「全部剥がしてきた。学校中の掲示板を回るのは大変だったぞ」
俺は通学鞄から剥がしてきたポスターの束を出してみせた。
「ちょ、何してるのよぉ! あ、今日遅刻してきたのはそのせいね! 」
「なんだよこれ。雑誌の後ろに載っている広告みたいじゃねーか。こんなの学校の掲示板に貼ったら駄目だろ」
「仕方ないじゃない。掲示板にはたくさんポスターが貼ってあるから目立たせるためにはそうでもしないと。それに生徒会の許可を取って貼ってますぅ。ほら、ここ見て」
今際はポスターの隅に描かれた幽霊のイラストを指差す。よく見ると白い腹の部分に生徒会の印が押されていた。こんなのに許可を出すなんて、ウチの生徒会は大丈夫なのか?
まあ、そんなことよりも。
「もしかしてと思うが、このKさんって俺のことか」
「そうよ!」
「『そうよ』じゃねーー!! 俺は便所飯なんてしたことねーーよ!! 」
「だってインパクトが大切じゃない」
「それだけじゃないぞ! 友達ができたって言うのも嘘、部活だってお前に無理やり入部させられただけでリア充からは程遠いわ! こんなねつ造ばかりのポスター、2度と張るなよ」
ポスターを張り出されるなんてたまったもんじゃない。目立ってしまう上に、何かの間違いで相談者が来た日には大惨事だ。
今際にポスターの束を突き返す。
「……うん、そうする」
意外にも今際は素直にポスターを受け取った。
??
今までの行動パターンを考えると激しく抵抗されると思ったんだが。まあ、わかってくれたならそれでいい。
俺はパイプ椅子に座ると、数学の宿題を始めた。今際も俺の向かいのソファーに腰をかける。
それからどのくらいの時間が流れただろうか。
突然、机に水滴が落ちてきた。この部室棟はかなり古い、もしや雨漏りか?
天井を確認しようと顔を上げるとーー。
「グスッ……」
なぜか今際は泣いていた。ポスターの束を胸のところで抱え、声が出ないようにきつく唇を噛み締めている。
「おい、どうして泣いてるんだよ」
「な、泣いてないもん」
「いやどう見ても泣いてるだろ」
「泣いてないっ!」
今際はそっぽを向いてしまった。本当に意味がわからない。いくらコイツが泣き虫とはいえ、泣くような場面はなかったとは思うが。
心配になり、今際の肩に手をかけ自分の方に無理矢理向かせた。
つり目がちな瞳からは大粒の涙がポロポロこぼれている。いつもの泣き方と違う。何か痛みに耐えているみたいだ。
「おい、本当にどうしたんだよ。具合でもいいのか?」
「放っておいてよ! バカァ」
「馬鹿とは何だ! 俺は本当に心配してるんだぞ」
「……だち……いたのに」
「すまん、聞き取れなかった。もうちょっと大きな声で言ってくれ」
バン!
今際は机を叩くと立ち上がった。そして怖い顔で俺を見下ろすと、
「私はアンタのこと友達だと思っていたの! でもそう思っていたのは私だけだったみたいね」
そのまま力なくソファーに座ると、机に顔を突っ伏してしまった。
ちなみにこの一連の行動の間、俺はただ唖然と見ているだけだった。今際の言葉を聞いた瞬間、雷に打たれたような衝撃を受けた。
まさか今際が、俺のことを友達だと思っていたなんて!
俺は今まで霊能者であることを隠し、他人と距離をとることでなんとか自分を守ってきた。友達なんて今までいなかったし、これからもできないだろうと思っていた。
でも本当は友達が欲しかったのかもしれない。いや、欲しかったんだ。だって今際の言葉がこんなにも嬉しいと感じてしまったのだから。
思い返せば俺は本当に矛盾していた。嫌だ嫌だというわりに今際の奇行に律儀に付き合って。本当に嫌なら今際が泣こうが喚こうが無視をすればよかったのに。
自分に素直で死者の存在を心から信じている今際のことが……嫌いじゃなかったんだ。
今になって気がつくとはな。だが、全ては遅い。俺は最悪な形で裏切ってしまったのだから。
まさかあのポスターにそんな重要な意味があるなんて思ってなかったんだよ! だからいつもの感じでツッコミを入れたのに。
俺は今際を見る。あれから机に突っ伏したまま。
今、彼女はどんな表情をしているのだろう。知りたいような、怖いような。
とにかくこのままではよくないだろう。とりあえず謝ろう。
「今際、本当にごめ」
「決めたわ! 」
「フゴッ!」
突然今際が顔を上げ、俺の顎に綺麗にヒット。あまりの衝撃で目の前が真っ白になる。
「あら、顎を抑えてどうしたの?」
「クッ! お、お前が急に頭を上げるからなぁ!」
「そんなことより、私決めたわ!」
今際の顔からはすっかり涙が乾いていた。そして見慣れたいつものドヤ顔でこう続ける。
「アンタ、私の友達になりなさい!」
は?
何言ってるんだ、コイツは。
混乱する俺に今際は顔を真っ赤にさせながら、
「だ、だからね。この前の賭けで私が勝ったじゃない。ひとつだけ私の言うことを聞いてくれるんでしょ?」
わざわざ命令なんてしなくても良かったのに。でも今際のそう言うところ嫌いじゃないかも。
俺は精一杯の笑顔を作ってみせると、こう答えた。
「喜んで」
こうして今、この瞬間。俺こと烏丸十夜に生まれて始めて友達ができた。
「そう言えば気になっていたのだけど。友達になったからには名前で呼び合わないとよね」
「それもそうだな」
俺は今際のことは苗字で、今際に至っては俺のことをアンタ呼ばわりだからな。
これを機に変えたほうがいいだろう。
「じゃあ私のこと名前で呼んでよ」
「お、俺からなのか」
「当然。ほらほら、零子様って呼びなさいよ」
いや、同級生に『様』はないだろ。だからと言って『ちゃん』を付けるのは幼稚だし、『さん』はよそよそしい。そうなると呼びつけで『零子』か。
「じゃあ呼ぶぞ」
「いいわ、いつでもきなさい!」
「……れ、れぃ……ッッ、駄目だ!」
これ思った以上に恥ずかしいぞ。考えてみればこの15年の人生で女子の下の名前を呼ぶ機会なんてなかったからな。なんというか喉の奥がこそばゆいと言うか。
「はぁ、本当にヘタレね。こんなの簡単でしょ」
「じゃあ、お前がお手本を見せてくれよ」
「はっ、えぇ? いや、それは……」
「簡単なんだろ?」
「わかったわよ! この零子様がお手本を見せてあげるわ」
今際は大きく息を吸うと、
「……」
「いや、なにも言わんのかい!」
「そういえばアンタのフルネーム知らなかったわ。なんだっけ?」
思わずズッコケそうになる。あれだけ便利に使っておいてそれかよ。
「十夜だよ、と・う・や」
「わかったわ。じゃあ呼ぶわよ。と、と、とうやぁあーーっ!!」
「今度はかけ声みたいになっちゃったよ」
「仕方ないでしょ。男の子の名前を呼ぶのは初めてなんだから」
今際は耳まで真っ赤に染まっていた。不覚にも、可愛いと思ってしまう。
「じゃあ次は十夜の番ね」
「ああ、じゃあ行くぞ……れ、零子」
よし、噛むことなくちゃんと言えたぞ!しかし今際、じゃなかった零子はクスクス笑いながら、
「顔真っ赤〜。ダッサ!」
「くっ、うるさい」
いつものように口喧嘩をはじめる俺と零子。
なんだ、これじゃあいつもと一緒じゃないか。気付かなかっただけで、随分前から俺たちは友達だったんだろう……。
ひときしり騒いだ後、今際はこう切り出した。
「これでポスターに嘘はなくなったわね。手分けして貼りに行きましょう。私は4階から3階を貼ってくるから、十夜は2階と1階をお願い」
「ああ了解だ」
「じゃあ頼むわね」
零子は部室から飛び出していってしまった。
そして残された、俺と数枚のポスター。あれ、もしかして上手いこと丸めこまれたのか?
「……まぁいいか」
俺は考えるのをやめた。そして友との約束を果たすため、部室を後にしたのだった。




