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階段 後編

 俺は考える。昇っても降りても永遠に続く階段の地獄、そんな世界から脱出する方法はーー。


「そういえば踊り場に窓があるよな。もう一度調べてみよう」


 踊り場に移動し、窓を確認する。

 幅30センチ高さ1メートル程の縦長のステンドグラスの窓。椿の木をモチーフにしており、椿の花の赤色と青々と茂る葉の緑色が美しい。ステンドグラスのため向こう側の景色は見えないが、日の光が差し周囲を明るく照らしている。


「これ割れば外に出れるんじゃね?」


「!!」


 言われて始めて気が付いたらしく、口をあんぐり開ける今際。なぜ今まで階段を上がったり下がったりすることに固執していたんだんだろう。出口がないなら作ればいいじゃないか!


「でもこんな細い窓じゃ出れないし、ここ4階」


「大声出して助けを求めればいい。外で部活をしている生徒もいるし、誰かが気が付いてくれるさ。じゃあ割るぞ」


 窓を蹴破ろうと右足を振りかぶった瞬間、


「ちょっと待って!」


 今際に右足を掴まれてしまった。バランスを崩した俺は盛大に尻餅をつく。


「い、イテテ……。急に何するんだ! 危ないだろ」


「ご、ごめん。でもよく考えてみて。この窓の外に繋がっているとは限らないんじゃないかしら」


「日の光が差してるんだぞ。外に繋がってるに決まってるだろ!」


「そんなのわからないじゃない! ここは異世界、私たちの常識は通じないわ。もしかしたら窓の外は宇宙空間みたいになっているか」


「そんな馬鹿な」


「それにこんな可能もあるわ。窓を割って出た場所がここと同じ踊り場で、上下には階段がかかっているの。その階段にも終わりがなくて。

 諦めず別の窓を壊してもまた踊り場があって。どこまでもどこまでも終わりがないとしたら……」


 想像しただけで背筋が寒くなってきやがった。全くありえないと言い切れないのが怖いところだ。


「で、でも他に方法はないから試してみる価値は……」


「この窓ステンドグラスでしょ。壊したら弁償代高いでしょうね」


「!!」


「先生にも滅茶苦茶怒られるわ。下手をしたら家族が呼び出されるかも。

 毒島(ぶすじま)先生のお説教ってねちっこい上にとっても長いのよ」


 開かずの間で花火をぶっ放し怒られた時のことを思い出しているのだろう、今際の目は少し潤んでいた。

 彼女の体験談は実に説得力があり、俺を及び腰にするには充分だった。……やっぱり怒られるのは嫌だからな。


「窓を破るのは最後の手段にするか」


「それがいいわ。やっぱり生きている人間が一番怖いもの」


「ああ」


「生きている人間が一番怖いもの、ね!」


「ドヤ顔で繰り返し言っているところ悪いが、それホラー作品では散々言い尽くされた台詞だからな」


 結局、窓を破ることは断念した。

 しかしそうなるともはや打つ手がない。俺は再び脳味噌をフル回転させる。そうだ、怪談話! この世界から戻ってきた人間が流布るふし始めたものだから、何かヒントがあるかもしれない。


「なぁ今際、この階段にまつわる怪談話をもう一度教えてくれないか?

 できれば聞いた通り、原文に近い方がいい」


「聞いた通りね、えーと。北階段の、3階踊り場から4階のにかかる階段を4時44分に上りながら数えると階段が増える、だったかしらね」


 ()()ではなく、()()が増えるだったのか。まさかこの時点で、異世界行きになる可能性が示唆(しさ)されていたとはな。お化け階段の話もあったからすっかり勘違いしていたぜ。


「そうだ! 逆に下りながら数えてみるのはどうだろう。

上って増えるなら、下がったら減るかもしれないじゃないか。お化け階段みたいに」


「ちょっと安直すぎない?」


「でも他に何も思いつかないし、試してみようぜ」


「そうね」


 階段を数えるため、俺たちは横に並んだ。踊り場から見下ろす階段はどこか不気味で、地獄まで続いているんじゃないかと錯覚してしまう。 

 ごくり、という今際の生唾を飲み込む音が聞こえた。


「大丈夫か今際。顔が青いぞ」


「だ、だ、だ、大丈夫よ」


 体が小刻みに震えている。

 このまま階段を降りて大丈夫だろうか。足でも踏み外したら大変だ。何か安心させるいい方法はないだろうか?

 そうだ! 少しいや、かなり恥ずかしいけどーー。


「な、なぁ今際」


「何?」


「その、なんて言うか……」


 ああああ!  やっぱり無理ぃ!恥ずかしくて言い出せないぃ!

 煮えきれない俺に今際は少しイライラしながら、


「今の状況分かってるの? 言いたいことがあるなら早く言いなさいよ!」


「わ、わかった。今言うから」


 何を恥じる必要があるんだ。これはただの安全対策で、俺にはなんの下心はない。よし、言うぞ。

 俺は深呼吸して気持ちを落ち着かせると、一息にこう言い切った。


「手を繋がないかきゃ?」


 肝心のところで噛んだ。うわ、恥ずかしい! 顔から炎が噴き出しそうだ。きっと今、耳まで真っ赤に染まっているに違いない。

 今際はそんな俺を見てケラケラと嘲笑う。


「プークスクス、何それ。あっ、わかった! アンタ怖いんでしょ。それで私に手を繋いで欲しいんだ」


「ち、ち、違うぞ。断じて違う! お前がブルブル震えているから俺は親切心で……」


「あー、ハイハイ。そういうことにしてあげるわ。ほらほら、霊能者の零子様が手を繋いであげますよ〜。これで怖くないでちゅからね〜」


 そう言いながら、今際は自から手を繋いできた。スベスベして柔らかくて温かくて、少しくすぐったい感じ。これが女の子の手の感触か!生まれて初めての感触に、鼓動が急激に早くなっていく。

 一方今際はすっかり落ち着いていた。体の震えは止まり、表情も心なしか柔らかい。


「じゃあはじめるわよ、いーち」


「お、おい、ちょっ待て!」


 いきなり階段を降り始めた今際。繋いだ左手を強く引っ張られ、転びそうになりながら俺も後に続く。


「危ないだろ! 馬鹿」


「ちんたらしてるアンタが悪いのよ。ほら声を出しなさい! にーい!」


 また調子に乗っているな。しかし今際の楽しそうな横顔を見ていると、なんだか怒る気力も失せてくる。よし、俺も声を出すか。


「「さーん」」


 2人の声が重なる。恐怖なんて感情はもうどこにもなかった。ゴールに向かって一歩一歩確実に、階段を踏みしめていく。


「「じゅーいち」」


 ついに11段目までたどり着いた。残り一段。もしこれで元の世界に帰れなかったら、一抹の不安が頭をよぎる。今際が俺の手をぎゅっと強く握りしめた。


「大丈夫よ」


 そうだよな、きっと2人なら大丈夫だ。俺は返事のかわりに今際の手を強く握り返す。

 今際は小さく頷くと、


「じゃあ最後の段、いくわよ」


「「じゅーにいぃ!」」


 ついに12段目、つまり踊り場の床を踏みしめた。

 しかしーー。


「……何も起きないわね」


「ああ」


 あたりを見回すが何も変化がない。4階と3階は現れず、階段の上と下にあるのはやはり踊り場で。

 無言になる俺たち。やはり簡単にはいかなかったか。と、諦めたかけたその瞬間ーー。

 再び激しい眩暈に襲われた。グルグルとかき混ぜられた後、激しく上下にシェイクされたような感覚。たまらずその場に座り込んだ。


「ちょ、大丈夫?」


「大丈夫だ。少し座っていれば治るから」


 目を閉じ、落ち着くまで待つ。暗黒の中でゆっくりと時間が流れていくーー。


 「キャアアーー!」


 甲高い、今際の黄色い悲鳴に目を開ける。


「どうした?」


「あ、あっあうあう……」


「落ち着け。そうだ、深呼吸しろ」


「すーはー、すーはー」


「どうだ、落ち着いたか?」


「少し」


「じゃあ何があったか説明してくれ」


 今際はその場でぴょんぴょん跳ねながら、


「帰ってこれたのよ! 元の世界に! ヤッタ、ヤッター!!」


「はぁ? だってさっきはーー」


「ほらほら、見てよ。3階と4階があるでしょ」


 本当だった。階段の上には4階が下には3階が、昔からずっとありましたとばかりに堂々と口を開けている。降り口から差し込む光で階段は明るくなり、吹奏楽の演奏する音楽が小さく聞こえる。 

 どうやら元の世界に戻ってこれたようだな。俺はほっと胸を撫で下ろした。


「よかった、よかったよぉ。戻ってこれたよぉ」


 そしてなぜか泣き出す今際。コイツ嬉しくても泣くのか……!


「いい加減泣きやめよ。俺は先に部室に戻ってるからな」


 呆れた俺は、今際を置いて1人で階段を降りる。

 一時はどうなることかと思ったが無事に帰ってこられてよかったぜ。全て元どおりのハッピーエンド。いやぁよかった、よかった。


「これで賭けは私の勝ちね」


 階段を半分ほど降りたところで、今際に声をかけられる。それは今まで聞いたことのないくらい低く、冷たい声色だった。俺は振り向かず、いや恐ろしくて振り向けなかったというのが正確か。とにかく今際から背を向けたまま、


「な、なんの話だ?」


「賭けをしていたでしょ? 階段が増えるかどうかで。階段が増える方に賭けた私の勝ち。アンタは私の言うことを何でもひとつ聞かなくてはいけない」


 このまま有耶無耶にできると思っていたのに、今際め、しっかり覚えていやがった。ああ、なんたる失態! 俺の生殺与奪の権を、よりにもよって今際零子に握られてしまうなんて!


「んふふ〜、どんなお願い聞いて貰おうかなぁ。せいぜい楽しみにしておいてくれたまえ」


 今際は呆然と立ち尽くす俺の肩をポンと叩くと、俺を追い越し階段を下っていってしまった。小さくなっていく背中はいかにも楽しそうで。アイツのことだ、きっととんでもないことを言い出すに違いない。

 俺はその場で踵を返し、階段を上る。踊り場を通り、例の増える階段の前で立ち止まった。

 この階段は異世界に繋がっているんだよなーー。

 俺はほんの10秒ほど考え込んだ後、階段の1段目に足をかけた。


「いち」


 その後はもう簡単だった。


「に、さん、し、ご、ろく、しち……」


 足は段々早くなり、ついには駆け上がっていた。そして最後の段差、俺は息を切らせながら、


「じゅーーにいいぃぃ」


 と叫んだ。

 しかし待てど暮らせど、立っている場所は4階降り口のまま。ついに階段が増えることはなかった。


「頼む! 頼むから、今際のいない世界へ連れてってくれーー!!」


俺の悲痛な叫び声が、放課後の校舎に響いた。

ボツになった別オチSS


零子「今回は心霊現象じゃなかったから解決できなかったわね、残念」


十夜(どちらにしろお前には解決できなかったけどな)


零子「この噂がある以上、私たちのように異世界に迷い込んでしまう人が出てくるかもしれないわね」


十夜「そう言われればそうだな。今回はたまたま帰ってこれたからいいものの」


零子「と、言うわけで。こんなポスターを作ってみました!」


十夜「なになに? 『注意! 4時44分、この階段のくだり段数は絶対に数えないで下さい。数えると超大変なことが起こります。とにかく絶対やめましょう』」


零子「これを北階段の壁に貼るわ! これでもう異世界に迷い込む生徒はいなくなるわね!」


十夜「……いや、それって逆効果だと思うぞ」

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