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黒悦のフリントロック  作者: 猫丸 玉助
第1章 隔絶の少女
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第6話  偽善と自我

「ユノ聞こえているのか?」


ハリーは動けない私を急かす様に言う。それでも尚、反応のない私に溜め息を吐いてからもう一度、口を開いた。


「ユノ、まだわからないのか? 彼等がいつまでもお前のことを友達だとは思ってはくれないという事を」


その言葉に私の身体がピクリと小さく反応する。


そう。私はレンガ達とは違う。本当の私を知った彼らはもう仲良くはしてくれない・・・。

化け物の私を・・・怖い私を・・・。


ハリーは更に続けた。


「お前は自分がどういう存在かよくわかっている筈だ。彼等とは根本的に違う。それに彼等がいるからお前やサラが辛い思いをしている事にもなっているんだ。彼等が悪事を働くからこそ、お前達の様な存在が必要になってしまうんだ」


・・・レンガ達がいるから私達はこんな思いをするの?

レンガ達が悪い事をするから、私やサラはこんな辛い思いばかりするっていうの?



俺はハリーの詭弁に思わず声を張り上げた。


「何を言っている! ユノを辛い目に合わせているのは誰でもないお前達じゃないか! それに解放軍は関係ない筈だ!」


ハリーはゆっくりとこちらへ振り返り、無表情のまま口を開く。


「それは違うな。少なくともお前達の様な反乱文士がいるからユノの様なモノが必要になる。ヒト種全体の防衛のためにだ。お前も亜人と一緒いることが多いから彼等の並外れた力はよくわかっているだろう」


その問いに返す言葉が見つからなかった。

それだけが理由でないことは、養殖場の事でわかってはいたが、この男の言っている事もまた理由の一つであることが理解出来てしまう。


亜人達の驚異的な身体能力。

それは痛いほど知っている。

その亜人達が集団で人に牙を向いた場合の驚異を考えないわけではない。


でも、だからと言って・・・。


ハリーは更に語り出す。


「お前達は亜人の解放を目的にしているらしいな・・・。では、仮に亜人の自由が確立できた世界になったとしよう。そして、今度は亜人達がヒト種を支配し出したら・・・。君はどうするのだ? 亜人達の力を考えれば、そんな世界もありえると思うだろう? その時、君は、今度は、亜人達を攻撃するのか?」


ハリーは冷たい目が、自分の目を捕らえる。この男の言っている話は狂言などではない。

それは十分に考えられる事だ。


もし、亜人たちが自由を得た時、ヒト種に対して反発を起こす可能性は極めて高い。今でこそ、大人しくしているが、内心ではヒトに対して相当の恨みを秘めている者は多い筈だ。


・・・でも、だからといって、今の現状が仕方ないというのか・・・。

俺は、まとまらない考えに頭を抱える。


「黙りか・・・。結局、君のやっている事は高い所から可哀想な弱者に手を差し伸べて優越感に浸っているだけの無意味な行為なんだ。何の責任も持たずに勝手に振る舞い、無闇に混乱を広めているだけの行為に過ぎない。」


その強い言葉が胸に突き刺さる。


「お前の言う通り・・・俺たちの行為はただ、混乱を広めている行為なのかもしれない。でも、それは人の勝手な言い分だ。どんな理屈を並べても、この世界に同じ様に生きている彼らを、人の都合で好き勝手にしていいわけじゃない。」


「君の言い分が分からないわけではない。だが、これは生存競争だ・・・。いつの時代も強い者が弱い者達を淘汰していく。それが世界の性だ・・・。そうしなければ、己に牙を向く存在から身を守る事は出来ないからな」


自分はこの世界で、グレースやドミヤやシーデ達と心を通わせる事が出来た筈なんだ・・・。

例え種族が違えど、言葉を交わし、分かり合う事が出来た筈なんだ・・・。


「お前が言う様に必ず牙を向く者達は出てきてしまうと思う。でも・・・だからといって、それをひと括りにまとめて、全部を押さえつけるのは間違っている・・・。そんな事をしなくても、世界はあり続ける筈だろッ!」


男はこちらの言葉に、疲れたように溜め息を溢した。


「それは、お青臭い偽善にも聞こえるがな・・・。君の考えはよくわかった・・・。しかし、こんな所で私たちが言い合ったところで何の意味もない。私も少し熱くなってしまった様だ。」


男はそう言うとあっさりとこちらから目を離し、再びユノに向き直った。

ユノは思い詰めた顔で下を向いたまま動く気配はない。

その様子に溜め息を吐いてから口を開いた。


「ユノ、よく聞け。今ここで闘わなければお前はただ死ぬ事になる。そして、それが覆る事はない。この先もだ。お前は自由になりたいのだろ?」


男が、ユノにはっきりと言い放った。

ユノはしばらく俯いていたが、やがて何かを決心した様にゆっくりと顔を上げた。

涙を流しながら。


「ユノ・・・」


俺はそんなユノを見て小さく声が溢れた。

そして、ユノはこちらに向けてゆっくりと掌を翳した。


ボォッーーー!!!


その掌から、紅蓮の炎が巻き起こり、真っ直ぐこちらへ迫って来る。

それを見て飛び退こうと、上体を下げた。


すると、突然シーデが横から凄い勢いで突っ込んで来て、一緒に森の中へ転がった。


「何すんだ! シーデ!」


起き上がりながら横たわっているシーデに非難の声を浴びせた。


「あら? 予想外に元気っすね。あたしはてっきりショックで固まってるんだと思ったっすよ」


シーデは笑いながら起き上がると、すぐに真顔に戻って言った。


「大丈夫だ。ある程度覚悟はしてたから」


そう・・・。男とユノのやり取り見ていてこうなってしまう気はしていた。


「レンガさん・・・どうするっすか?」


自分達かユノ・・・もうそのどちらかしか取れないのか。

決断するしかない。

ユノはもう決めてしまった。

自分で考え、そして決めてしまった。

それがどんなに哀しい決断だったとしても・・・。

もう俺に出来る事は一つしかない。

今、ユノにしてあげられる最後のことは・・・。



ハリーは、ユノ達が闘い始めたことを確認すると静かにその場から離れて行く。

そして、少し遠巻きの闘いが見える位置にある低木に背を預けた。

短く息を漏らしてから、ハリーは宮殿で話したシゲンの話を思い出していたーー


「ユノを解放軍の追手にですか?」


宮殿にある自室にいきなり現れたシゲンに怪訝な顔で尋ねた。


「そうなんだ。ユノを連れて解放軍の村の壊滅部隊を指揮してほしいんだ。というのはお名目であの個体の実戦データが欲しいっていうのが本当の目的なんだけどね」


そう言うと楽しそうに笑みを浮かべる。

そんないつも通りのシゲンの様子は気にもせず再び尋ねた。


「それならば、ユノでは少し力不足だと思われますが」


シゲンはやれやれといった様子で首を振る。


「だーからユノでいいんだよ。あれは初期個体でそんなことくらいにしか使い道がないからなの。だからデータだけ取れれば後はどうでもいいから。最悪破棄しても全然いいからね~」


シゲンはコロコロと様々な表情を作りながら言った。


「わかりました」


私は笑い続けるシゲンに短くそれだけ告げた。




これで当初の作戦通りだな。

そこからはユノ達は激しく闘っている様子がよく見える。


一見、互角の闘いに見えるが、おそらくユノの方が少し優勢だ。

防御に特化した樹の術と殺傷能力の高い火の術。

素早い獣人を炎で牽制して、あの青年の妙な術具も樹の術でしっかりブロック出来ている。


しかし、<聖術体>の力は大した物だ。

あの二人の戦闘能力はかなりのものだったが、それを単騎で一切寄せ付けていない。


しかし、まだ少しかかるな・・・。

そう思って小さく溜め息を漏らした。


ギギィ・・・


突然、森の中から異音が聞こえ、ゆっくりとそちらに振り返った。


「ユノちゃんを止めてください」


その声と共に女のエルフが自分に矢引いたまま、木の影から現れた。


そういえば、こんなやつも居たな・・・。


先程から姿が見えなかった為、完全に忘れていた。


「止めてからどうするんだ?」


即答でそれだけ言い放つ。


「それは・・・でもあんなユノちゃん見てられない!」


女は涙を浮かべながら声を荒げる。


「その後は、お前達が連れていってユノが化け物に変貌するまで一緒にいるというのか?」


女はその言葉に嗚咽混じらせながら、その顔に苦渋の色を浮かべる。


「これは仕方のないことだ。お前達も私にもどうにも出来ない」


何も言わない女に更に続けた。


「お前達に出来ることはユノの為に死ぬことだ。私は私の使命を全うする。それを覆す気はない。正直、私もユノの境遇には同情している。しかし、それもまたユノの運命。仕方がないことだ」


「この!!」


女は明らかな怒りを顔に現す。


「その矢を私に引いて、ユノの未来を完全に断つ覚悟がお前にはあるのか?」


その言葉に一瞬目を伏せた瞬間、女の鳩尾を素早く拳を叩き込む。


「うっ!」


女はそのまま前のめりに倒れ込み気を失った。

それを冷たく見下ろながら小さく呟く。


「もう一つ、おまえがユノに出来る事は、<聖術体>となってユノの友達になってやることくらいだ・・・。」



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