第5話 血上の再会
私は前を全力で走るハリーに手を引かれて、それに必死についていく。
そして、ハリーは突然立ち止まると私の頭を押さえてその場にしゃがみ込ませた。
「ユノ、今の状況は理解出来ているか?」
その問いに静かに首を縦に振る。
おそらく、何者かに襲われたのだろう。
それが何かまではわからなかったが、その事だけははっきりとわかっていた。
「おそらく、襲撃者は解放軍の連中だ」
解放軍・・・私の目的の相手だ。
その人達を倒すのが私の仕事。
続けてハリーが口を開いた。
「わかるなユノ、仕事の時間だ」
大丈夫、わかっている。それが私の最初の役目。私の自由への第一歩なのだから。
そして、ハリーに深く頷いた。
それを見てハリーが言った。
「私が前へ出て牽制する。ユノは後方から術で攻撃しろ。奴等は妙な飛び道具使う。それに気をつけるんだ」
私がもう一度頷くとハリーと私は立ち上がった。
これから私は人を殺すのだ。でも、それが私の役目。そうしなければ私に未来はないのだ。
私はもう一度楽しい時間を過ごすんだ・・・。
そう言い聞かせて自分の不安な心をねじ伏せる。
そして、一切の感情を消し去った。
「これで全部っすかね」
シーデがこちらに呟いた。
一面には複数の衛兵の亡骸が横たわっており、その中に動く者の気配はない。
「まだだ、逃げた奴がいた。それも倒しておく必要がある」
遅れてこちらへやって来たグレースが口を開く。
「はい、確かいました。確か、二人が走り去るのを私も見ました。でも、逃げたのなら放って置いてもいいのではないでしょうか?」
「いや、奴等の目的が村の偵察かもしれない以上、放置はできない。それに目に入った以上倒しておくべきだ」
そう言ってから自分の口にしている事の異常さ気が付く。
倒す・・・。それはまるで部屋に出た虫を殺す程度に簡単に口に出していた。
しかし、その考えに萎縮しそうになる自分に叱咤を飛ばす。
考えるな! 臆するな! これは必要な事だ。
そうやって自らを奮い立たせた。
「あぶない!!!」
その声と同時にグレースはシーデに突き飛ばされて森の中へ激しく転がった。
そして、視線の先に紅蓮の炎の道が出来た。
その炎の根元にすぐさま目を向ける。
そこには、少し遠方にフードを被った人物がこちらに手を翳して立っていた。
さっきの奴か! あいつが術を放ったんだな。
その人物に直ぐ様古式銃を構えようとしたが、その人物の身体が発光を始める。
くそっ! 間に合わない!
今にも術が発動しそうな光景に、苦虫を噛み潰す。
しかし、突然発光は収まり、その人物はこちらに声を上げてくる。
「・・・レンガ? レンガだよね?」
その人物の言葉に怪訝な表情を浮かべる。
「誰だ?」
その声が届くとすぐに被っていたフードを下ろした。
「私、ユノだよ」
そこに現れたのは先程まで一緒に過ごしていた少女だった。
驚きに目を見開いた。他の二人も同じく驚き固まっている。
「おまえこんな所で何やってるんだよ?!」
思わず声を大にしてしまう。
「私は仕事でここにいるの」
まさか・・・。
ユノのその言葉に恐ろしい想像をした。ユノが追手の一人・・・。
すると、突然その場に男の声が響き渡る。
「ユノ! 何を突っ立ている。早く始末しろ。」
その声にユノは振り向き、怪訝な顔を浮かべた。
「え? だってあの人達は私の友達でーー」
「そんな事は聞いていない。役目をはたせ」
ユノの言葉を遮るながら男は冷たく言い放つ。
そんな二人のやり取りを見て、ユノの置かれている状況がわかった気がする。
「わわ・・・レ、レンガさん! どうするっすか?」
珍しく慌てるシーデが早口に尋ねてくる。
グレースはあまりの事態に座り込み、その場に固まってしまっている。
俺は二人に聞こえる位の音量で喋り始めた。
「おそらく、ユノはあの男に無理矢理、戦わされているんだ」
シーデはそれに納得した様に掌を合わせた。
グレースは固まったままだが、聞こえてはいるだろう。
「だから、あの男を倒せば方が付く筈だ」
「りょうかいっす! 分かりやすくていいっすね」
シーデはそう言うと、武器を構えて腰を落とした。
グレースは・・・ダメだな。
彼女は今だ地面にへたり込んでしまっている。とても戦える状態ではなさそうだった。
「おい。返事をしろユノ」
ハリーが私に声を何かを言っている気がする。
私が、レンガ達を殺すの・・・?
そんな考えが頭に浮かび、思考能力が止まっていく。
その時、ハリーにシーデが襲いかかるのが見えた。
「くっ!」
ハリーはシーデのクローを手にしている槍で受け止めながら小さく呻き声を上げるが、すぐさま受け止めている槍をそのままシーデに差し出すように突き出して距離を開ける。
しかし、直ぐ様走り込んできたレンガの古式銃が火を吹いた。
ハリーはすぐに低木に身を隠し、その弾丸を防ぐ。
すると、ハリーは身を隠したまま今度はレンガ達に向かって声を張り上げる。
「おい。おまえ達、ユノとどういう仲かは知らんが、私を殺したらその娘も死ぬ事になる」
その男の思わぬ言葉に自分とシーデの動きが止まる。
そして、直ぐ様に男に尋ねる。
「どういう事だ? 言ってる意味がよくわからない」
それはただの必死の狂言とも考えたが、内容が内容なだけに一歩を踏み出す事が出来ない。
それはシーデも同じらしくクローを構えたまま動きを止めている。
「その意味のままだ。ユノは私や王国なしでは生きている事も出来ないという事だ」
男は吐き捨てる様に言い放った。
「おまえ、ユノに何かしたのか?」
男のその言葉から少し思い当たる節があった。
日中見たユノの術・・・。
本来では考えられない術の発動方法とその威力、それは術に精通する種族のグレースが驚愕する程だった事。
すると、男は少し感心した様な素振りを見せて口を開く。
「察しがいいな。その娘は先に貴様らが葬ったマンティコアと同じ、王国が作り上げた生物だ。姿こそ普通のエルフだが、我々が与えている聖水がなければすぐにあの様な姿に変貌する。これで意味がわかるだろう」
男の言葉を聞いて驚愕した。
こいつら、何て恐ろしい事をしてるんだ。男の口ぶりからして人体実験を経て生まれたがユノと言う事。
そして、そのユノの延命は王国が握っていると。
そんなあまりにも悲惨で残酷な行いに怒りが込み上げてくる。
しかし、ハリーはこちらのそんな胸中も知らずに再び口を開く。
「それでも、私やこの娘と闘えるのか?」
出来ることなら今すぐにでも男に飛びかかりたい。
しかし、男のその冷たい言葉と突きつけられた現実に動けずにいた。
「ユノ、わかったか? 彼ら結局のところおまえとは違う。友達にはなれない。それにここで彼らを倒さなければお前は死ぬ事になるぞ」
私に向き直ったハリーは小声でそう言った。
私がレンガ達を殺さないと、私もサラも死ぬの?
でも、私はまたレンガたちと遊びたい・・・。
でも、私が死んだらそれも出来ない・・・。
じゃあ私がレンガ達を殺すの?
そんな答えが見えない問いを呪いの様に木霊させる。
私はどうしたらいいの?
わからない・・・わからない・・・。さっきまであんなに楽しかったのに、今はすごく辛い・・・。
何で私はいつもこんな思いばっかりするの・・・。誰か、たすけて・・・
どうにも出来ない現実からそんな思いだけが頭を駆け巡り、その場に立ち尽くす。
そして、その瞳からは大粒の涙が溢れ出した。