第4話 虐殺の森
「何処に行っていたんだユノ」
ハリーは出立ぎりぎりに戻った私に低いトーンで呟いた。
冷たい表情のハリーは別に怒っている訳ではなく、それがいつも通りのハリーだった。
私は先程の興奮の体験の数々を話したい気持ちもあったけど、恥ずかしい気持ちから何となくはぐらかしてしまう。
「その辺を歩いていたら遅くなっただけ」
嘘をついている後ろめたさからハリーから視線を外しながら言う。
ハリーはそんな私を観察する様に見回すと、溜め息を吐いた。
「おまえの事はどうでもいいが、自分の役割はしっかりこなせよ」
そしてすぐにきびす返し、馬の手綱を持って歩き出した。
私も何も言わずにその後に続き、何となく右手を鼻に当てがっていた。
まだ、少し生臭さが残っている。
自分の頬が少し緩んでいる様な気がする。
また、会えるかな・・・。
既に日は完全に落ちた漆黒が支配する森の中を一団は再び進み始めた。
「何か寂しくなっちゃたっすね~」
馬を引きながら森の道を歩くシーデはポツリと漏らした。
グレースも同じ気持ちだったみたいだったで、その言葉に静かに頷く。
「そうだな」
自分も同じ様な気持ちだった。
実際に一緒にいた時間はとても短かったが、なぜかずっと一緒に居たような錯覚に囚われている。
どこか胸にポッカリと穴が空いてしまった様な感じだ。
先程から二人とも何処となく口数が少ない。
二人も度重なる別れが堪えているのかも知れない。
そんなことを考えていると、ドミヤがもういない事を改めて痛感させられてしまい気分が落ち込んで来てしまう。
「レンガ様、今日はこの辺で夜営するんですか?」
物思いに耽っているところを急に話しかけられて少し驚いてしまう。
「あ、そうだな、今日はこのまま森を抜けてしまおう」
変な時間に散々寝てしまったのもあるが、ここで距離を稼いでおけば明日の昼には村に着けるんじゃないかと考えていた。
急ぐ必要はないのだが、こうやって夜営を繰り返しながらの移動はドミヤと王国を目指していた時の事を連想しまい、何となく早く村に着きたかった。
「そうですか・・・」
グレースが少し残念そうに呟いた。
それとは対照的にシーデは大声を上げる。
「げっ! 寝ないで歩くっすか!? 嫌っすよ~考え直してくださいよ~」
「今、頑張れば後が楽だからさ」
「あたしはずっと楽したいっす」
そんなシーデの軽口に苦笑いを浮かべていると、突然シーデが耳を激しく動かして急に真剣な表情を見せる。
更に辺りをキョロキョロ見回している。
「どうしたシーデ?」
その動きに明らかに何かの異変を察知した事がわかる。
こちらの問いには答えずに未だ激しく耳を色んな方向に動かし続ける。
シーデの聴力は異常な程良かった。
おそらく猫化特有のもので、人間では絶対に聞き取れない音も聞き取る事が出来き、そのせいで王国にいる時なんかはたまに、外の足音でうるさくて寝れないと言って耳栓をして寝る事もあった程だ。
それなのに、起こしても起きない時があるのは非常に謎なのだが・・・。
しばらくしてシーデが絞る様に口を開く。
「レンガさん、少しまずいかもっす」
「まさか、追手か?」
シーデはその言葉に頷いてから再び口を開いた。
「10人くらいの一団が近づいて来るみたいっす。更
に向かっている方角があたし達と同じっす」
同じ方角・・・まさか、村の場所がバレたのか?
そう考え、思い当たる。
先程、自分達が倒した追手はあれが全員じゃなかったんじゃないかと。
それは打ち漏らしがあったとかではなく、先程自分達が対峙した追手が養殖場に着いた段階で逃げた方角を王国に知らせに帰った者がいたのではないかと言う事だ。
そうでもなければあまりに手が早すぎる。
この世界には離れた相手と連絡を取り合う手段は存在しないという事は、これまでの生活から明らかだった。
それなのに、次の追手が来ている。しかも方角もわかった上でだ。
「このままやり過ごす事も出来るっすけど、どうするっすか?」
シーデの言葉に少し考える。
自分達だけの安全を優先するならば、やり過ごすのが得策だろう。
しかし、それで村が壊滅、位置が完全に特定されてしまうは後々に大きな影響を及ぼしかねない。
「一度、敵の動きを直接確認して見よう」
取り合えずは正確な数や戦力を見て決めるのが得策だろう。
幸い、この辺りの地形は身を隠すには持ってこいの地形だ。
シーデに案内を頼んでゆっくりと森の中を進み、やがて近くが一望出来る小高い丘に身を潜めた。
「後少しで、ここの前を通過するはずっす」
隣で同じように伏せるシーデは笑顔で親指を立てた。
この緊迫状態でも能天気に明るく振る舞うシーデは凄いというか何というか・・・。
そんな事を考えているとグレースが小さく声を上げた。
「レンガ様、あれ」
グレースの指が指す方へ目を向けると、遠方からこちらに移動している一団が見えた。
森の中を進んでいることもあって正確な数は確認できないが、先程のシーデの言葉通り10人前後と思われる。
大した数ではないな。そう思い二人に口を開く。
「ここで俺達が殲滅しよう」
二人は一瞬驚きの表情を見せたが、すぐに黙って頷いた。
そのまま周囲の地形を見渡す。
森の闇に紛れて波状攻撃を仕掛ければ、何とかなる。
先の時のマンティコアの様な不足の事態でも起こらない限り容易いと思える。
一団の構成は一人一頭の馬を要していて、馬車などの存在はなく。何か運んだりしている様子はない。
その事から先の様に、いきなり化け物が飛び出して来ることはないだろう。
作戦はこうだ、一団の進路上を挟み込む様に俺とグレースは森に潜み、通過するタイミングに交互に敵を撹乱しながら撃破していく。
そして、数が減った所へシーデに斬り込み、一気に攻め落とす、こんなところだ。
すぐさまその作戦を二人に説明し、馬をその場に繋いでから一団の進路上へと移動を始める。
目当ての場所に着くと反対の森に潜むグレースの様子を伺う。
弓矢を手に持ちその場に佇んでいるシルエットが確認できる。
まもなく、敵一団がレンガ達の間に差し掛かかろうとしている。
少し後ろで身を低くして茂みに潜んでいるシーデに目をやりお互いに深く頷き合う。
そして、低木からゆっくりと身を乗り出し、一団の一番後方、馬に跨がっている男に古式銃を構えた。
私は、馬を引きながらひたすらに森を進むハリーの後ろをただ無言で歩いていた。
辺りから虫の奏でる音が響くだけで、夜の森ってこんなに静かなんだなと思う。
下がってきた気温に身体が少し冷え始めて来る。手のひらを息を吐きかけ、冷える指先を暖める。
その近づけた右手から微かに残るの魚の生臭さが感じる
臭い・・・。
でも、今はその匂いが何となく嬉しくて、先程から何度となく嗅ぎに行ってしまう。
レンガ達とも食事の風景を思い出す。
楽しかったな・・・。
早く自由になって、今度はサラも一緒にまたレンガ達と遊びたい。
そんな情景を想像して目を閉じ微笑みを浮かべていると。
ダンッ!!!!
静かだった森に突然何かが爆発した様な激しい音が響き渡った。
私はそのいきなりの音に少し飛び上がり、すぐに目を開いた。
ドサッ
私の後ろで何かが落ちる音が聞こえた。そして、ゆっくりとそちらに振り返る。
すぐ後ろにいる馬の足元に一人の男が転がっていた。その男は自らの周囲に赤い池を形成していた。
私はその光景を理解出来ずに、ただそれを見つめて固まっていた。
「ぐっ!」
続けて、今度は私の横にいた男が小さな呻きを漏らし、こちらへもたれ掛かる様に倒れ込んだ。
私の頬に何かが掛かった気がした。
目の前で仰向けに転がる男は胸から木の枝を生やしていた。
え・・・何?
私は自分の微かな暖かみを帯びている頬を右手で拭い、それを目の前に翳した。
その掌は真っ赤に染まっている。
それで今の状況を理解した。
恐怖で足が震え出し、その場に倒れ込みそうになるのを必死に堪えた
未だ辺りから何度となく爆発音と悲鳴が響き渡っている。
作戦は順調に思えた。
空になった古式銃を入れ換えながら、小さい笑みを浮かべる。
敵は死角からいきなりの攻撃に完全に面食らって右往左往している。
このまま、一気に倒しきれるな。
次の標的を求めて再び低木から顔を除かせる。
一団の後方に、静かに立ち尽くしているフードを被った者が目に留まった。
慌てて動き回る他の者とは違うその落ち着いた振る舞いに、言い知れぬ不気味さを感じた。
その人物に向けて標準を絞る。
しかし、突然弓を構えようとする男が横目に映った。すぐさまそっちに狙いを移し引き金を引いた。
その男が倒れたことを確認して、先程のフードの人物に向き直ったが、そこにその者の姿はすでになかった。
一瞬追うか迷ったが、今は残っている衛兵の撃破を優先しようとすぐに気持ちを切り替える。
最後の一発を放つと、身を潜めているシーデに声を掛けた。
「シーデ 頼む!」
「待ってたっす!」
シーデはニッっと小さく笑みを浮かべると、猛烈な勢いで飛び出し、残った衛兵へ襲いかかった。
その隙にすかさず装填を行う。
もう残った衛兵は後1人か2人だ。おそらく残りはシーデが倒しきるだろう。
後は先程逃げ果せたやつだな・・・。
装填を終え立ち上がると、シーデが最後の衛兵にクローを深々と突き立てている光景が目には入る。
クローを引き抜かれて崩れ落ちる衛兵を確認してから、ゆっくりとシーデに歩を進めた。