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黒悦のフリントロック  作者: 猫丸 玉助
第1章 隔絶の少女
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プロローグ 常闇の少女

世界の誰かが言った。

悪い行いをするな、と・・・。

また、世界に誰かが言った。

良い行いをしよう、と・・・。


良い行いと悪い行い。それは何を指すのか。その鏡写しの二つの言葉の違いは何を指すのか。

善意とは何か・・・。それは他者を助ける事?

悪意とは何か・・・。それは他者を虐げる事?

その行いは何を基準に定められるのか・・・。


悪意と善意、この言葉を用いるのは人間だけである。だからその基準を決めているのもまた、人間。

一つの例を出すと、他者を殺す事は悪とされる。しかし、そこで一つ、疑問も生まれる。

日々、人間は膨大な数の生物を殺し、食って生きている。だが、これを咎める人間はいない。

何故か? この二つの違いは何か?


それは生きる為に行っているからである。しかし、そこでまた一つ、疑問が生まれる。

生きる為の殺しならば良いのか、と。

それに答えられる者はいない。それについて、明確な基準など存在しないからだ。


しかし、人間はその二つの言葉を口にし、揺れ動き続ける。

そして、その狭間で揺れ動く者達は何を見出だし、どこに進んで行くのだろうか・・・。









明かり一つない部屋に一人の少女が膝を抱えて丸くなっていた。いや、それは部屋とは呼べないのかもしれない。

家具などは一切存在せずベッドすらもない。無機質なトイレだけが剥き出しに設置されているだけのまるで監獄の様な空間。

そんな無機質な空間に、身動き一つせずに座り込んでいる二つ結びの黒い髪を携えているのはエルフの少女ユノ。彼女は今日も何もすることがなく、ただ物思いに耽りながらただ時が流れるのだけを待っていた。


この少女は王国の<聖術体>と呼ばれる被検体の最初の一人だった。

彼女は辺境のエルフの養殖場にてその生を受けた。彼女は物心がつく頃にはその養殖場にて早々に、術の適正の低い固体と判断される。そして、落第の烙印を押された彼女は、その身柄を王国内の施設へと移送され、聖水の投入の実験、<聖術体>のモルモットとされていた。

この実験の発案は、術具の開発と非常に酷似していた。エルフの能力を武器に宿したのが術具、そして複数のエルフの能力をエルフにブレンドし強力な術個体を造り出すのが聖術体というわけだ。


しかし、現実はその投入実験が行われた殆んどの固体は数日で死亡してしまうか、先のマンティコアの様に身体と精神を蝕まれた怪物に変貌してしまうという恐ろしいものだった。


しかし、ユノはそのどちらにもならなかった。

肉体も精神も原型を留め、術の力だけを爆発的に高める事に成功していた。

本来、術を用いる時は自らの資質に該当する自然物から力引き出して使うのが一般的であったが、彼女は違う。

掌から紅蓮の炎を吐き出し、意識を集中するだけで自らの周囲に無数の低木を生やすことが出来る。

だが、身体能力に関しては一切変化が起こらず、一般的なエルフのものと何も変わらなかった。



しかし、そんな並外れた術の力を手にしていても彼女には何の喜びもなかった。

むしろ、最初の投入実験で死んでしまっていればと考えことも多い。


彼女の一日はこの何もない空間でひたすらに過ごし、実験や訓練の時だけここから連れ出される。それ以外は何もない生活。

完全に外界と遮断されたこの部屋に閉じ込められて、今の季節はおろか、自分の詳しい年齢さえもわからない。

毎日、機械的に何の味のしない残飯を食べ、定期的に聖水を口にするそんな日々ただ積み重ねていくだけだった。




自分は何で生きているんだろう?

今まで、この問いを何度投げ掛けたかわからない。

抜ける事のない暗闇をひたすらに走る続けるだけの毎日。

進んでいるか止まっているのかもわからない。

そんな現実から目を背けたくなる気持ちを圧し殺す様に固く目を瞑る。



私は夢を見ていた。


花が一面に咲き誇る果てしない草原に腰を降ろしている。

私にはこれが夢である事はもうわかっていた。何度となく見た夢。

横を見ると自分と同じ黒い髪の女の子が座ってこちらに笑いかけている。


優しい風が花びらを舞い上げる。

少女が笑いながら話し掛けてくる。何を言っているのかは聞き取れない。


それでも、私は嬉しかった。

私も少女に話し掛ける。何も声は出なくても。

このまま夢が覚めないで欲しい。ずっとここに居たい・・・。




暖かなものが頬を伝う感覚と共に目を覚ましてしまった。

夢の世界から、またこの世界に戻されてしまった事に気持ちが沈む。

夢で見たあの黒い髪の女の子。私は彼女を知っている。

私のたった一人の友達、名前はサラ。

一度だけ話をした私と同じ境遇の子。

またねと言って別れたのを今でも覚えている。


でも、または来なかった・・・。


あれからどのくらいの年月が過ぎたかすらわからない。

もう、私はサラに会うことは出来ないのだろうか。


そんな事を考える様になった時、生きる希望をなくした。

定期の聖水を飲むことを拒否してを何度もひっくり返してた。

でも、そんな事をするたびに、数人で押さえつけられて無理やりに飲まされた。

その行為は誰かに自分を見て欲しかっただけだったのかもしれなかった・・・。

ただ誰かに優しくして貰いたかった・・・。


そんな時、ハリーが私に一つの希望をくれた。


「全ての役目を終えることが出来たら、自由になれるよ」


再び、私にも生きる希望が出来たことが嬉しかった。

それからの私は辛い毎日を忘れる様に、必死に訓練を重ねた。

私がこの世界に生まれる事が出来るその日をために・・・。



そんな事を思い出していたら、正面の扉が開かれてた。

急に差し込んでくる光の眩しさに目を細める。

ゆっくりと顔を上げると、そこにはシゲンが微笑みながら立っていた。

シゲンは私に言った。


「さぁ、ユノ。君の初めての仕事が来たよ」



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