14=迷宮都市、屋敷
「案外簡単に入れたな。これもダルゼマフのお陰だよ」
盗賊を倒した次の日、明け方に街についたキル達は、無事に街の中に入り、現在は領主邸の客間で話していた。
門を通った方法は単純だった。【潜伏】を使ったのだ。出掛けたばかりの領主が馬車を失い戻ってくる。そちらに意識をとられていた警備兵達は、キルに気づくことはなかった。
「感謝しなくても良い。我々は何もしていないしな。報酬は今用意させている。用意出来るのは早くても明日になるだろうから、今日は泊まっていけ」
「了解、そうさせてもらうよ。だけど、外には出ない方が良いよな?」
「ああ、領主が魔物を屋敷に招いていたと知れたら、大事だからな」
それはそうだろう。魔物は本来人に害を与えるものだ。領民達を護るべき領主が、魔物を招くなど、言語道断だ。
「それではクレナル。キルを客室に案内してやってくれ。屋敷内の設備も、大体は使えるように手配しておいてくれ」
「畏まりました。キル様、こちらへ」
「わかった。じゃあ、またな、ダルゼマフ」
「ああ、また明日、キル」
キルはクレナルの後を追って客間を出る。案内されたのは、二階にある結構広い部屋だった。
「ふーん」
「どうかなさいましたか?」
「いや、貴族はもっと派手な屋敷を使ってると思ってたからな。ここまでの屋敷の中もそうだし、ダルゼマフの服装も意外と実用的だった」
「どこの貴族も、大体このようなものでごさいますよ。とりわけ、旦那様は質素にまとめられていますが」
キルが思い描いていた貴族のイメージは、どうやら間違いだったらしい。この世界の貴族は、少なくともラノベに書かれているものよりさましなようだ。
「で、俺はこの後は何をしてれば良いんだ?」
「何、と仰いますと?」
「俺は魔物だから外も出歩けないしさ。屋敷の中は自由にしていいって言われたけど、あんまり自由にしてたら使用人達も気が気じゃないだろうし」
「そうですね……………そうです、あれはどうでしょうか」
少し考える素振りを見せた後、クレナルが名案を思いついたかのようにそう言った。
「あれ、って何だ?」
「物品の鑑定でございます。倉庫から取ってくるので、少々お待ち下さい」
クレナルはそう言うと、部屋から去っていった。部屋に残されたキルは、先程クレナルが言っていた事について考える。
物品の鑑定。成る程、確かに必要だろう。最初から持っていた短剣に加え、盗賊のアジトにあった宝がある。
それから十数分が経つと、クレナルが長方形の石板を持って部屋に戻ってきた。
「お待たせして申し訳ありません。これが物品の鑑定に必要な品。鑑定石板で御座います」
「これが………これってどうやって使うんだ?」
「石板を鑑定したい品に五秒程押し付けると、石板に鑑定結果が表示されます」
キルはクレナルに言われた通り、まずは短剣に石板を押し付ける。五秒後、石板には短剣の鑑定結果が刻まれていた。
『生体武器・【弐幻黒桜】』
個体名【キル】の生体武器。双振りの特殊な形状の刀剣で、凄まじい軽さと切れ味を持つ。
『生体武器』
稀に産まれる魔物の変異個体が持っている物。その魔物の身体の一部と言っても過言ではなく、所有者以外は使えない。所有者と供に成長する。
「生体武器、か」
「生体武器?キル様は、変異個体だったのですか?」
「ああ、今は進化してこうなってるけど、元はゴブリンアサシンだったよ」
次に、例の腕輪に石板を押し付ける。
『樹海の煌輪』
煌魔翡翠が埋め込まれた、腕輪の古代魔具。異次元に触れた物を入れ、異次元から念じた物を出す能力を持つ。
「古代魔具?」
「な!?やはり、それは古代魔具だったのですか!?」
「え、何かしってるのか、クレナル?」
「はい、古代魔具とは、遥か古の時代に産み出された、現在でいう魔道具の様なものです。その時代の技術力は現在より圧倒的に高く、古代魔具は魔道具よりも圧倒的な性能を誇っています」
「へぇ………でも、何でそんな物を盗賊が持ってたんだ?」
キルは疑問に思うが、そんな事をクレナルが知っている筈もない。
気をとりなおして、キルは今度は樹海の煌輪から取り出したアイテムの鑑定をしていく。
『魔法鞄(小)』
中の空間を拡張されている魔道具。この魔法鞄は、少ししか拡張されていない。
『家宝【ディープレイン】』
様々な装飾が施されているナイフ。柄尻に深蒼玉がつけられている。実用的にも作られている。ラルサム侯爵家の家宝。
色々あったが、特に凄かったのはこの二つだろうか。
「んー、魔法鞄は樹海の煌輪があるからいらないし………他も使わないから要らないかな。このディープレインってのは、少し気になるけど」
「ディープレイン?………失礼ですが、キル様。そのナイフを見せて頂けないでしょうか」
「別に良いよ。はい」
キルからディープレインを受け取ったクレナルは、何回もよく見てから言った。
「これは……!間違いなくラルサム家の家宝で御座います。キル様。このナイフは私共に預けて頂けないでしょうか」
「わかった、そうするよ。俺も要らないから、持ち主に返しといてくれ」
「お任せ下さい」
クレナルは慎重な手つきでナイフを仕舞うと、話を戻した。
「それで、それらの物品ですが。キル様が要らないと仰るのでしたら、私達が市場で売りさばいてきましょうか?」
「ああ、お願いするよ。何から何まで済まないな」
「いえいえ。キル様はお客様ですので、当然の事で御座います」
「そういうもんか」
前世でも金持ちではなかったキルは、そのあたりの事はわからないので頷くしかない。
やることがなくなったキルは、せっかくだからと、風呂を貸してもらう事にした。
「なあ、クレナル。風呂ってどこにあるんだ?」
「お客様用のお風呂でしたら、私がご案内させて頂きます。丁度お湯が沸く時間ですし、直ぐに入れると思いますよ」
クレナルに連れられて部屋を出る。クレナルは、キルを案内すると去っていった。キルは脱衣所に入り、服を脱いで風呂の扉を開ける。
「うわぁ……すげぇ…………」
風呂はかなり広く、湯槽は湯気を立ち上らせていた。この世界に来て初めての風呂にキルのテンションが上がる。
キルは素早く体を洗うと、ゆっくりと肩までお湯に浸った。心地よい熱が、体に染み込む。
「はぁ~、気持ち良い~…………」
「はは、気に入ってもらえて何よりだ」
「ん?……ああ、ダルゼマフか」
背後から聞こえた声にキルが振り向くと、そこには裸になったダルゼマフが立っていた。
「どうしたんだ?ここは客用の風呂なんだろ?」
「ああ、そうだ。ただ、お前とゆっくり話したいと思ってな」
話している間に手早く体を洗ったダルゼマフが、湯槽に入ってくる。キルもその提案を特に断る理由もなく、くつろいだまま話し始めた。
「なあ、やっぱり風呂って貴族しか持ってないのか?」
「そうだな。基本は貴族だけだろうが、高ランク冒険者御用達の宿では、持っているところもあった筈だ」
「高ランク冒険者か………やっぱり冒険者っているんだな」
「冒険者はなくてはならない存在だ。魔物の討伐や護衛もそうだが、一般人の手伝いまで、様々な依頼を受けてくれている」
ダルゼマフの話を聞いたキルは、ラノベと大差ないと判断した。冒険者の事に興味が出てきたキルは、ダルゼマフに冒険者の事を聞く。
「なあ、冒険者ってどうやってなるんだ?」
「冒険者に興味があるのか?冒険者には、冒険者ギルドの受付で登録するだけで誰でもなれる。魔物は流石に無理だろうがな」
「はあ、やっぱそうだよな」
現実をつきつけられたキルは、肩を落とす。キルが冒険者ギルドに行ったら、登録をするどころか、ギルドにいる冒険者全員に襲いかかられるだろう。
それを見たダルゼマフは、思い出したように告げる。
「方法がない訳ではないぞ」
「え、本当か?」
「ああ、魔人族になればいいのだ。確か、知能が異常に高い魔物は進化を重ねると、いずれ魔人族になれると聞いた事がある」
「そうか。じゃあ、まずは魔人族を目指してみるか!」
希望が見つかったキルは、その目をキラキラと光らせた。その様子をダルゼマフが見ている事に気づいたキルは、恥ずかしがるように湯槽に浸かる。
「ま、まあ、それは良いとして。この街って、やっぱり迷宮があるんだろ?迷宮都市って呼ばれてるんだし」
「ああ、そうだ。街の中心に入り口があってな。そこから迷宮に入れる。魔人族になりたいなら、迷宮に潜れば良いのではないか?あそこなら、進むにつれて出てくる魔物が強くなるから、丁度良いだろう」
この世界の迷宮はそういうものなのか、と思ったキルは、明日行ってみる事にした。だが、そこで重要な事に気づく。
「そうしてみるよ。早速明日行ってみる………っと。街は出歩けないんだったな。さて、どうするか…………」
「そうか………ふむ、私に任せろ。それならお前も外を出歩けるようになる筈だ」
「それが追加報酬って訳か。楽しみにしておくよ」
キルはそう言って湯槽から出る。
「なんだ、もう出るのか?」
「ああ、これ以上入ってたら、のぼせちゃうしな」
「それもそうか。そうだ、キル。今夜は夕食を食べるか?」
「いや、遠慮しとくよ。最近は、一週間に一回食べれば大丈夫になったんだ」
そう言ったりキルは、風呂場を出た。脱衣所で服を着て脱衣所から出ると、クレナルが立っていた。
「キル様、今日のご夕食ですが……」
「さっきダルゼマフにも言ったけど、遠慮するよ。それより、なんか眠くなってきたからもう寝るよ」
「わかりました。それでは、失礼させて頂きます」
そう言って、クレナルは去っていった。キルはまっすぐに部屋に向かい、部屋に着くとベッドに倒れ込む。
野宿では取りきれない戦闘の疲れが一気に取れたキルは、眠気に逆らえず、スヤスヤと寝息をたて始めた。