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この日のために溜めてたのに

「ハァッ」


 執務室の椅子に腰かけ、ズボンをおろすと同時にパンツを脱ぐ。

 海老が瞬時に脱皮するかのような華麗な脱ぎ捌き。脱衣の手間を省くために編み出したこの小技、以前よりも磨きがかかっていると実感できる。


 まだ執務室で脱ぎなれなかった頃は迅速さに欠け、もたついたものだ。

 腰を浮かし過ぎて椅子から転げ落ち半分だけこんにちはしている愚息に睨まれたことや、勢い余ってうっかりパンツを破いてしまったこともあったが、最近ではこのムーブにも慣れて安定して脱げるようになってきた。

 最早私は海老だ、蟹だ、甲殻類だ。いや、愚息の形状から考えて蛇の脱皮と譬えるのが妥当か? しかしそれでは愚息が皮を被っていると愚弄しているようで癪だな、やはり甲殻類でいくぞ。偽名が必要な際はエビヴェールやカニヴェールと名乗るとしよう。響き的にはヘビヴェールの方がかっこよさげだが、まあいいだろう。


「クックックッ……」


 面白いものだな。ただ下半身を露出させる――たったそれだけの動作にも効率的な動きや正解が見えてくる。こんな発見ができるようになったのも、本当の自分と正面から向き合うようになったからだろう。


 手早く下半身を露出させたことで、窮屈な思いをしていた愚息も解放感を堪能するように軽く伸びをし満足げに頷いている。


「陛下……ではなく坊ちゃん、ではなく旦那様」

「爺やか。どうした」


 ニヤニヤ笑っていると執務室へ爺やが入ってきたので瞬時に表情と愚息を引き締める。爺やは私が脱ぐとすぐに部屋に入ってくるが、タイミングを計って狙っているのだろうか。だとしたらいやすぎるな。


 私を陛下と呼んだり坊ちゃんと呼んだりと最近の爺やはどうかしている。

 そう言えば休みもろくにとらず働いているとハンスが言っていたような気もする。体を壊す前に休ませてやりたいので話が終わったら無理にでも休みを取るように言ってやろう。たまには婆やと一緒にゆっくり羽を伸ばしてきてくれ。


「シャラザードからの行儀見習い、ルルアナスタシア嬢が屋敷に到着されました」

「来たかッ……」

「つきましては旦那様にも出迎えの準備を――」


 おいおい、爺やならば私が既にありのままの愚息をさらしているのに気づいているのだろう? だというのにどうしてそんな意地悪を言うのだ。


 他国から来た貴族を相手に一発目から無礼を働く当主など最悪最低だ。本当の自分をさらすとは誓ったが進んで恥をさらすと誓ったわけではない。

 人として越えてはいけない最低限のラインというものがあってだな…………もしや爺やはその越えてはいけないラインを私のスタートラインに設定しろとでも言いたいのか?


 ま、待ってくれ爺や、私は始めて会う爆乳の女性と挨拶をするのに下半身を露出したまま出向く勇気などないぞ。禁欲を続けてパンパンに詰まった火薬庫に引火して大爆発を起こしてしまったらどうするのだ。挨拶をして言葉を掛ける前に、もっと特別なものをぶっかけてしまうじゃないか――いや、現時点で脱いでいるのでどうするもこうするもないのだが……。


 リタに襲われてから一か月間、私はじっくり自分の在り方を見つめ直し、改めて深く考えた。その結果、一つの答えにたどり着くことができた。


 それは二兎を追い二兎を得る――というものだ。


 自分を押し殺して生きるのはやめたいが、私を慕ってくれている者の期待や信頼を裏切りることなど今更できやしない。だから本当の自分をさらすという命題を守り、かつ領主として領地を守るという名分を守る――この二つを同時に進めることにしたのである。


「爺や、私が進もうとしている道は、言うは安くとも困難な道のりだとは理解しているつもりだ。待ち受けるは茨の道で、いくつもの障害が立ちはだかるだろうとも重々承知している。自分のやりたいことをするのと、身勝手に好き放題生きるのでは意味が違うのだ」

「坊ちゃん……」


 爺やの目に涙が浮かんでいる。

 歳のせいなのか最近の爺やは涙もろい。少しきつく言い過ぎたか? 泣き虫な老人なんてジャンルは需要ないぞ爺や。


「私が動けば全てが台無しになってしまう。私は私人ではなく今はハイルズ領主なのだ、軽率な行動は控えなければならない。我がハイルズの格を落とすわけにはいかないのだ。爺やにならそれがわかるだろ?」


 変態行為を楽しむのは絶対にやめない。絶対にだ。だが線引きはしっかりしておきたい。


「今は……でございますね。失礼いたしました、旦那様には壮大な計画があるのを失念していたわけではありません。これは爺やがあまりにも浅はかでございました」


 壮大な計画などない。まったく、爺やは一々大袈裟だな。

 しかし三十年、四十年の鬱積を晴らそうというのだから、考えようによっては壮大と言えば壮大なのか? 漫然と生きてきたわけではないが、自分や他者から目を逸らしていたので年の感覚が鈍っているのかもしれないな。


「旦那様が執務室から動けばこちらの格を下げることとなる。力を誇示するために示威行為で迎え撃ち、どちらが上なのかを愚かなシャラザードの小娘に知らしめましょう。手筈は整えておきますのでお任せください。執事衆を集めましょう」

「う、うむ」


 客人を小娘とか言うな。それに自慰行為で迎え撃つって、とんでもないこと言い出したな。返す言葉が見つからず詰まってしまったぞ。 

 

「――待ってくれ自慰や、ルルアナスタシア殿は行儀見習いとして来たシャラザードからの客人だ。自慰行為で迎え撃つなど以ての外。礼を失さず、最大の敬意を払ってくれ」


 

 相手が見たいと言うならば喜んでやってみせるが、許可も取らずに目の前で公開自慰をお見舞いするなんて、それは最早精神の強制交接。相手の同意のないまぐわいは私の美学に反する。まぐわいでなくとも自慰とて同じ、ましてや自分ではなく使用人にやらせるなど男のすることではない。私はそれに近い行為をリタにやってしまった……同じ過ちを繰り返してなるものか。


 下半身露出しているくせに何を言っているのかという話だが。


「確かに仰る通りでございますね。旦那様の御力を示すのに執事衆は不要。あくまでも自然に旦那様の威光をお見せするというのが理想でした」


 え? 私の威光を見せるって……威光(ぐそく)を見せるってこと? 私がルルアナスタシア殿の前でシコらないといけないの? 

 本気で言っているのか爺や。それはもう越えてはいけないラインを飛び越えてゴールだぞ。しかし、ここで自慰やの期待を裏切ってよいものなのだろうか……。シャラザードからの客人に無礼を働く悪徳領主となるか、使用人の期待を裏切る甲斐性のない領主となるか……。


 私は一体どうすれば良いのだ――。


「では執務室にルルアナスタシア嬢をお連れします。旦那様は準備……の必要はございませんね」


 まぁ脱いでるからな。爆乳の金髪美女を見たら即座にシュシュッといけるだろうさ。でも人前でするのはちょっと……。


「ああ、私はこのまま待たせてもらうとする。だが動くつもりはない」


 やっぱり無理だよ爺や。初対面の相手の前で手首の運動なんてとてもじゃないが無理だ。というより初対面じゃなくても無理だ。私の上下運動が他者とは違い、一般的ではないと使用人たちに指をさして笑われたりしたら立ち直れないし勃ちが悪くなる。


「そうだ爺や、爺やも屋敷で働いてばかりではなく休んでくれ。たまには外で羽を伸ばしてくるといい」


 爺やは私の顔をしばらく見つめ、不敵な笑みを残してその場をあとにした。

 羽を伸ばすというのを勘違いして、ルルアナスタシア殿の前で脱いだりしなければいいのだが……。





「伯、ルルアナスタシア様をお連れしました。よろしいでしょうか」

「かか……構わんわん、入れ」


 ハンスの声が扉越しに聞こえ、震え声で返事をした。都合犬の鳴き真似のようになってしまい、初っ端からドギープレイが好きな変態みたいになってしまった。首輪をつけられ夜の街を散歩してもらう……憧れがないではないが、他国の貴族にいきなり明かしていい嗜好ではない。


 さっきまでの威勢はどこへやら、緊張で愚息はしなしなに萎れてしまい、ちょっとした木彫りの置物の様に縮こまっていた。


 扉が開かれ、最初に入ってきたのはくすんだ灰色の髪のハンスだった。愚息は男を見たことでダメージを受け更に角度を下げた。

 続いて栗色の髪の女性が入り、一礼をする。従者のマリーと言ったか、肖像画では特に目をひかれるものはなかったが実際に動いている姿を見ると愛嬌のある可愛らしい娘ではないか。愚息も角度を持ち直し改めて臨戦態勢へと戻ろうとしている。


 そして――


「……ふんっ、置いてあるのは本ばかり。重石の一つや二つをトレーニング用に置いていないなんて、如何にも人族らしい軟弱な部屋」


 最後に入ってきたのは金色の柔らかそうな髪を揺らす九歳ぐらいの少女。はて、シャラザードからは二人しかこないはずだったのだが、この子はいったい?


「ルル様、ちゃんと挨拶をしないとだめですよー」

「わかっているわ……」


 ルル……え? え!?


「ふんっ……私がシャラザード王国のルルアナスタシア・シャールよ。これからここで行儀見習いとして世話になるけど、過度な干渉は控えてもらうわ。人族の惰弱さがうつったら生命活動の維持に支障をきたしそうだから」

「…………」


 ルル様ってこの子供の名前だよな? ということはこのロリっ子がルルアナスタシア殿? 嘘だろ?


 見合いの前に互いに送る肖像画がある。それを画家に多少美化して描かせることを盛り絵と言うのだが……これはいくらなんでも盛り過ぎではないか?


 執務机に置いておいたルルアナスタシアの肖像画と本人を見比べる。肖像画のルルアナスタシア殿は、赤みのある金色の髪を腰まで伸ばし、隠しきれぬ爆乳を髪で隠し肉付きの良い太腿をさらしたシコったらしい貴婦人である。

 だと言うのに目の前のチンチクリンなチビロリっ子は、身長は子供そのもので全体的に凹凸はなく、胸など完全な無だ。無乳を爆乳に盛るのは流石にやり過ぎだろ。


 どうしてこんなことを――などと尋ねるのは野暮で愚問だな。

 ルルアナスタシア殿は女性だ。人族と魔族など関係ない、女性が自身を美しく見せようとするのは当然の心理。ルルアナスタシア殿はきっと自分の幼い体にコンプレックスを抱いていて、そのコンプレックスの強さに比例して盛ってしまっているのだ。


 そうとわかればそのいじらしさが可愛いじゃないか。

 だがな愚息、こんなロリっ子を前にして角度を上げようとするのはどうかと思うぞ。言っておくが愚息、抜くのはなしだからな。こんな幼い子をネタにするのはさすがに気が引ける。


「な、何を――ぐむむむ!」

「も、申し訳ございません。ルル様はこの通りの方で、だからこそ行儀見習いに来たんですー。ですので何卒――」

「伯」


 ハンスに呼ばれハッとする。

 気づけば従者のマリーが深々と頭を下げていた。

 殆ど話を聞いていなかったので、何故ルルアナスタシア殿が押さえられ、マリーがどうして焦り、何を謝っているのかさっぱりわからない。


 だがその時だった。


 ルルアナスタシア殿をポイと横にどけ、もう一度深々と頭を下げるマリー。下げられた頭が上がりきるまでの僅かな瞬間――刹那の時、神ですら見逃す狭間の時間、その胸元の隙間からピンク色の小さなポッチが覗いているのを私は見逃さなかった。


 それは紛れもない乳頭。紛れようのない桃色。


 マリーのお世辞にも大きいとは言えないささやかな胸。ささやかな膨らみしかないからこそ胸元に余裕のある服を着ると、下着をしていても乳頭様が見えてしまうのだ。

 生乳頭を見たのはいつぶりだろうか。メイドたちは爺やが胸のサイズで採否を決めているのではないかと言うほど皆大きいので、メイド服を変更してから官能度(エレクトメーター)は上がったが、こういう偶発的勃起開運チャンスの栄に授かることはなかった。


「ありがとう――」


 自然と感謝の言葉が口から漏れ出ていた。


 今吸っている空気や、普段飲んでいる水、それらの当たり前にあると思っているものが突然なくなったら――と、子供の頃からよく夢想していた。水や空気がなくなれば、私がどんなに耐えようと一分も持たずに死んでしまうだろう。


 我々は水を飲んで、空気を吸い。赤子は母乳を飲んで、乳首を吸っても感謝などしない。与えられるのが当たり前で疑うこともないからだ。しかし私は大人だ。出された食事を感謝の気持ちなく漫然と口に運ぶのは命に対する冒涜であり、自身の人間性を赤子まで落とすものだと思っている。食卓に当たり前のように乗っている肉や野菜、それらの命に対しての感謝の心を忘れないために、私は食事の前に必ず感謝の言葉を唱える。


 人に乳首があるのは当たり前だが、それが見えるのを当たり前だと思ってはいけない。

 いつか私が乳首を口にする時がきたなら、きっと感謝の気持ちを込めて「いただきます」と言うだろう――。


「はぁ?」


 スコンッ――という音がする。急速に血液を流入された愚息が太く逞しくなり、執務机の引き出しをスライドさせた音である。

 

 飛び出した引き出しをゆっくり閉めながら愚息から血が抜けるのを待つ。


 血を愚息に奪われたことで、脳は冷たくなり急速に冷静さを取り戻していく。


 まずい、ここに来て一気に恥ずかしくなってきた……。初対面の相手を前に下半身を露出すなんて、私は馬鹿か。ハンスが案内するまでの間にどうして穿いておかなかったのだ。


 依然興奮はしている。愚息に血が回り過ぎたため貧血を起こしてしまい意識を失わないようにするのでやっとだ。そうだ、ルルアナスタシア殿が挨拶をしてくれたのに私は何をぼーっと勃起などしている。


「……私がハイルズ領主、ベルヴェール・ディオールだ。ルルアナスタシア殿、よくぞ遥々遠方の地まで来てくれた。まずは長旅の疲れを癒すために――」


 今すぐ部屋から出て行って、風呂でも入って眠ってくれ。


「御託は要らないわ」

「む?」

「貴方、強いんですってね。そこのハンスとかいう男に聞いたわ」


 ハンスを見ると目を逸らされた。


 私が強いか。まぁこんなところで鬼勃起する程度には性欲は強いが、何故それをハンスが……。ああ、そうか、ハンスもまた本当の私に気づいてくれていたのだな。ハンスとの付き合いは短くはない上に、従者という役職上いつも一緒にいる。知らぬわけがなかったのだな。


 しかし私の性欲が強いから何なのだ?

 何故私が強性欲者だとルルアナスタシア殿が喜ぶのかわからない。


 もしや彼女は……。噂には聞いたことがある、だがまさか本当に実在するのか――。


「早速で悪いけど、私と手合わせを願うわ」


 手合わせ、か……。ああ、そうなのか。




 彼女はチビロッリではなく――ロリビッチなんだな。

ベルヴェール・ディオール


ステータス:ピューア王国ハイルズ領領主 四十六歳童貞 甲殻類

状態:混乱から立ち直り、混乱 眼福 至福 


バロール


ステータス:執事長 執事衆筆頭 理解ある理解力のない老人 

状態:羽を伸ばせとの命を受けた ニヤリ


ハンス

ステータス:執事 執事衆

状態:伯?


ルルアナスタシア・シャール(仮)

ステータス:魔王の娘 ロリビッチ(仮)

状態:九歳 牽制 威嚇 警戒


マリー

ステータス:ルルアナスタシアの従者  

状態:胸元の緩い服 若干慌て

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