夜の戦い
開拓地の二番地区から町を抜け、大穴へと続く舗装された道。
林の間を抜けるように作られたこの道は左右の見通しが非常に悪く、調査隊たちを襲った魔物がどこに潜んでいるかわからないので、注意深く周囲をうかがいながら目的地である大穴へと進んだ。
「陽も傾きかけています、夜になって視界が悪くなる前に片付けたいですね」
「灯りなら私の火魔術があるから時間は気にしなくても大丈夫よ。ベルの魔力さえ吸わせてもらえるなら明日の朝までだって灯し続けられるから。ベルの魔力は凄いの……私の身も心も熱くさせてくれるわ」
「はぁ、さいですか」
ダンジョンマスターを最初から討伐するつもりでいるハンスは実に頼もしい。それとルルはこの辺りを焼け野原にでもするつもりなのだろうか。明日の朝までって、林の中には魔物以外の生物も生息しているので無暗に燃やしたり破壊してほしくないのだが。
巨大な魔物だという話だったが、それらしき痕跡も舗装された道が破壊された形跡もない。
だが開拓地から離れて十分ほど経ったころで人間の死体を複数体見つける。
「救護隊ですね。恐らく逃げたところを……」
足を潰された者の血の跡が舗装された道に伸びている。這って逃げたのだろう。その時の無念や恐怖を想うと堪えようのない怒りが込み上げる。
「ええぃ、どこに隠れているのだ……。いい加減姿を見せたらどうだ卑怯者めッ!!」
「伯、あまり大きな声を出すと他の魔物もッ――」
前にいたハンスが私を咎めながら振り向き、暗くなりかけた夕暮れの林から飛び出してくる黒い影が視界の隅に映る。その影は私の前で止まり、ハンスの顔面に岩のような拳を叩きつけて弾き飛ばした。
「ハンスッ!?」
右から飛び出してきた何者かの攻撃を受け、道の左側の林へと吹き飛んだハンスが樹に激突して止まる。蹲ってはいるが息はある。
「貴様!!」
ハンスを襲った者の姿を確認することなく掌底を繰り出す。
胴を貫くつもりで放った掌底だったが、体には当たったものの巨体を動かすことは叶わなかった。
振り下ろさせる顔面を狙った攻撃を後ろに飛び退って躱し、魔物の全容を確認する。
身長は二メートル以上、体重は不明だが私の掌底を受けても岩のように動かない。丸みのある胴体に岩のような腕と脚。手足ともに関節部分だけが極端に細く、ハンスを殴りつけた拳は人の顔よりも大きい。首はなく半円の頭が胴体に直接繋がっていて赤い目が一つ。それが赤い光を放ちながら左右に動く。
見たことのない魔物の第一印象はずばり陰茎の化け物。ハンスを殴った際に白い粉のような物が舞っていたのもそう思わせる強い要因となっている。
私のブツよりも太い魔物は微動だにせず、こちらの様子を窺っていた。できることならこんな卑猥な魔物はルルの視界に入れたくないのだが……。
「奇怪な姿ね」
ルルは陰茎を、イチモツを見たことはないのか?
可愛いとは言えないが、奇怪だと言われると男として複雑な気分になる。
「大穴と言うのはこういう魔物ばかりいるの?」
極太の陰茎然とした姿で大穴に生息するとか最低な話だが、酒の席では盛り上がりそうだな。
「いや、これは私も初めて見た。ガーディアンクラスの魔物だろうな。私の攻撃を受けて立っていられるとは思わなかったぞ」
普通の会話なはずなのに立っているという言葉が違う意味に聞こえてしまう。ルルに向かって意図せぬ淫語を言わせるとは、なんて卑劣なやつだ。
「油断をするな、強いぞ」
横に立ったルルに注意を促す。立っているとはそういう意味ではない。ルルにはついていない。
「ええ、もちろん油断なんてしないわ。鳥は獲物を狩るとき、常に全力を出すものよ」
獅子とか竜でたとえた方がかっこいいと思うのだが、そこは男と女の感性の違いだろうか。
ふとハンスを見ると、尻を叩いて埃を落としている。顔をあげ魔物を睨んでいるが、あれは相当怒っているな。
尻を叩くハンスに向けて熱い視線を向けるマリー。ハンスが生きていたので安心したのだろう。殴られて好感度を上げるハンスのモテぶりが気に食わない。そんなもので好感を持ってもらえるなら私はいくらでもルルに殴られるぞ。
「ハンスは無事なようだけど。彼は本当に人族なの? いくらなんでも頑丈が過ぎるわ」
「あいつは硬さだけは私より上だ。耐性の付きが早く毒ッ……毒などもすぐに耐性がつく」
危ない、毒ッキーと言いそうになった。うっかりルルを傷つけてはかわいそうだ。気をつけよう。
「ハンスはハンスでベルの方が硬いって言ってたわ。仲が良いのね」
少し不満げなルル。
多分あいつは愚息のことを言っているのだと思う。ルルになんてことを話すのだ。
「互いに尊重し合っているんだ。歳は離れているが私はあいつを友だと思っている。それよりも今は魔物だ、高耐久と高耐久ならハンスが戦っても決着がつかない。ここは私が――」
「友ね……ふんっ。こいつは私がやるわ。半日もベルに可愛がられてたから体が熱くて暴れないと気がおかしくなってしまいそうなの」
可愛がるとルルは暴れたくなるのか? では今後は控え目に……などとはせず可愛がると決めたら気を失うまで徹底的に可愛がることとしよう。抱き上げて尾てい骨をちょちょいと撫でさすり、指先でノックすれば一分も堪えれず気を失うから容易いものだ。
魔物に向かってつかつかと歩くルル。
右手を軽く振ると炎が手を包み、それを口元に寄せてフッと息で吹く。斜め後ろから見ても妖艶な動きなのだ、正面からモロに見てしまった魔物はガチガチに勃起してしまうんじゃ……いかん、愚息が完全に目覚めてしまっている。戦いの最中だというのにルルの体から目が離せなくなっているのがその証拠だ。
「――――!」
ルルが軽く吹いただけの炎は魔物の全身を包みこむ。
炎に包まれた魔物はその場で暴れまわり、声ではない不思議な音を鳴らしてのたうちまわっていた。火だるまとなった魔物に近づき炎を纏った手を払うと、火の粉が魔物の周囲を囲い、それらが一斉に爆発する。
「見てベル、貴方に使ったときよりも激しく燃えているわ。ベルの魔力を吸ったからなの、ベルと私の魔力が交じり合っているのよ。ねぇ、これってとても素敵じゃない?」
黒く焼け焦げて体の至る所が吹き飛んだ魔物は倒れ、ピクリとも動かなくなる。
ルルの瞳は炎を反射して爛々と輝き、とても嬉しそうに笑っている。
今の私にはルルの全てがいやらしく見え、言うことの全てが愚息に効く。
私を吸って交わり合うって、それではまるで前戯、セックスへ続く前哨戦ではないか。いかんぞ、このままでは陰茎型の魔物と間違えられて愚息を焼き払われてしまうかもしれない。焼かれる前に邪気を払わなくては……自分に強い暗示をかけるのだ。暗示をかけてパラダイムシフトするのだ。
(娘であるルルとセックスなんてしたくない……娘であるルルとセックスなんてしたくない……。少し長いな、略そう。ルルとセックスしたい、ルルとセックスしたい、ルルとセックスした――)
いやー! 略して暗示をかけては逆効果だ! 本当に物凄くしたくなってきてしまった!
暗示とはなんて恐ろしいものなのだ!
「ルル…………ックス」
「ベル? どうしたの難しい顔をして。もしかして私、癇に障るようなことを言ってしまったの? あの、まだ人族の風習や習慣には不慣れだから怒らせるようなことをしたなら直すわ、教えて……?」
「い、いやそんなことはないぞ! ルルがあまりにも見事に倒すものだから見惚れて時間を忘れてしまっていただけだ!」
「もう……驚かさないでよ」
泣きそうな顔になっていたルルが瞬時に笑顔となる。
凄まじい破壊力だ。数時間前の私はよく馬車の中で耐えられたな。思い出しただけで愚息がルルの中に大進行してしまいそうだぞ。
「この魔物は打撃に耐性はあっても魔術には弱いらしいな。私が相手をするには手こずりそうな相手だ、ルルがいてくれて助かった」
今ルルを直視するのは危険だ。後ろから抱きしめて尻を使って梃子ズリしそうになる。
「ホント!? じゃあ私もちゃんとベルを守れているのね!」
魔力を込めれば私でも相手できるだろうが、あえてそれは言わない。
ルルは褒められるのが好きだ。特に強さを比べられて褒められると、どこまでも調子に乗っていく。
ご機嫌で倒れた魔物に近づき、腕を組んで見下ろすルル。
「それにしても生きているのか死んでいるのかわからない、不思議な魔物ね」
「そいつは多分魔法生物です」
吹っ飛ばされたハンスが戻ってきて、何事もなかったかのようにルルの問いに答える。男が視界に入ったことで愚息も大幅にクールダウンしていくので助かる。しばらくハンスの尻でも見ていよう……後ろにいるマリーがニチャニチャ言っているが干し肉でも食べているのだろうか。
「魔法生物?」
「はい、大穴の深部から発される特殊な魔力を糧に動く生命体です。一見無機質にも見えますが、れっきとした生物で繁殖もします。普通は魔力供給が切れてしまうので大穴からは出てこないんですが」
「ふぅん」
いかんぞハンス。ルルはそういう男の子ならワクワクするような話には一切興味を示さないのだ。例えるなら私たちがメイドのネイルの色や、まつ毛の長さトークに全く興味が湧かないのと同じ。聞かれたことだけを答えるんだ。
「じゃあこれは死んでるのかしら」
ほら、結論だけ求めてる。話に興味がない証拠だぞこれ。
「これで死んでいないなら生物かどうかは疑わしいわね」
「念のため止めを刺しておいた方が――」
と、ハンスが言い切る前に、次は左から現れた魔物に後頭部を打ち抜かれて右へとすっ飛んでいくハンス。一度バウンドして向きを変えて林に突っ込み、土の上を顔面でつんのめったまま滑り、飛び出した太い木の根に当たってようやく止まる。
同時に、焼け焦げて倒れていた魔物が起き上がり、膝立ちのまま拳を突き出しルルの顔を狙う。ルルは上体を曲げて拳を躱し空を切らせ、ついでとばかりに長い脚を振り上げて腕を蹴り上げる。後ろにいた私と目が合うと、下着からこぼれそうになっている胸を軽く押さえてから微笑んだ。
美女が自分の胸を自分で触る――私好みのシチュではないのに実際目にするとこうも興奮するのか。では逆に男がギンギンにエレクトしたイチモツを握って迫れば女性は興奮してくれるのだろうか……いや、それでは活きの良いただの変質者になってしまうな。
「強いのは好きだけど、しぶといのは嫌いなの」
ぶっといのは嫌い!? 愚息のダイエットを始めなければルルに嫌われてしまうのか!? とは言え愚息に運動をさせれば気持ちよくなって太くなる一方で……。
私が裏庭で蹴られたときのように、ただ足を突き出すだけの蹴りが魔物の顔に放たれる。そして頭に置かれた足先から爆発が何度も起こり魔物の頭が爆散した。
「凄いな……」
相変わらず際どい下着だ。爆発の度にスカートが揺れてパンツが、尻のラインが見えたぞ。
「そ、そう!?」
嬉しそうに笑って振り向くルル。
見惚れている場合ではない。まだもう一体いるのだった。
私が動こうとするとダガーナイフを持ったハンスが前を通り過ぎ、軽く飛び上がり魔物の左腕を肘から切断する。残った右腕がハンスの頭に振り下ろされるがナイフでいなし、火花が散った。
ルルはさっと場を離れ、微笑みながらハンスの戦いを見学している。タチバナもよくあんな目で、魔物にボコボコにされるハンスを見ていたっけか……。
腕を失い攻撃をいなされた魔物は態勢を崩して転がるが、すぐに立て直して片膝をつく。しかし目を狙ったハンスのナイフが突き刺さり、すぐに引き抜ぬかれ右腕を肩から切り離される。
「調子に乗りやがって、鼻の穴に土とミミズが入ったじゃねーか!」
「触手鼻姦!?」
ハンスのいまいちキマらない怒りの声と、背後から聞こえた気がしたマリーの嬉しそうな声。
ハンスがもう一度目にナイフを突き立てると、陰茎みたいな魔物は完全に動きを止めた。
「くっそ、鼻を洗いたい!」
「鼻内洗浄ですね!?」
「……マニアック過ぎてツッコミにくいよ。なんて言って欲しいんですか」
片鼻を抑えてふんふんと鳴らし穴に詰まった土を出そうとするハンス。マリーは足を動かさず滑るようにハンスに近づき話しかけている。お前ら絶対付き合ってるだろ。
「ねぇねぇベル、戦っている時に目が合ったわ!」
何がそんなに嬉しいのか、ルルは目を輝かせながら体を寄せてくる。邪険にはできないが、かまい過ぎると愚息が危ない。またパンツとズボンを突き破って産声を上げられては困る。
「ルル、まだ他にも魔物がいるかもしれない。気を引き締めるんだ」
愚息、お前もだぞ。
「あっ、そ、そうね……私としたことが浮かれてしまったわ。でも勘違いしないでね」
「ん?」
「私が浮かれたのは魔物に勝ったからじゃないの。ベルと目が合ったのが嬉しかったからよ」
――ビリッ……
まて愚息、危ないまたパンツが!
☆
魔物に警戒しつつパンツが破れないよう細心の注意を払いながら進んだが、先ほどの二匹以降は現れず開拓地付近の大穴へ到着した。
林を抜けたひらけた場所に大穴があり、折角作った舗装された街道も穴に飲み込まれてしまっていた。大穴の先にはオークの住処があると言われている深い森が続く。あの森の中へ街道を通しコファー王国へとへと続く新しい道を作る予定であったが、大穴が空いた以上しばらくはこちらの調査と開発に人員を割かなければならないだろう。
「これが大穴? 想像よりもずっと大きくて……ふ、深いわ!」
ルルが下を覗き、すぐに戻ってくる。走った拍子に胸が下着から飛び出してしまうのではないかと心配になる。
「これってどれぐらいの深さまであるんですかー?」
「今は暗くて見えずらいのでなんとも。深さは穴によってまちまちで、地底湖に繋がる大穴や、空いてから時間が経ちすぎて植物が繁殖してちょっとした森になってしまっている穴なんかもあるけど――」
「ハンス君の穴とどっちが深いですか?」
「そういう浅い質問をするなら、もう絶対説明してやらない」
「そ、そんな、せめて狭いか緩いかだけでも!」
「黙ってろ」
まぁたイチャコラと。亭主関白なハンスとマリーの間に子ができるのも時間の問題だな。
いや、焦るな愚息。今焦ってお前が出てきたら割と洒落にならないし焦ったところでどうにもならん。
「大穴の周辺にも魔物はいませんね。さっきのは見たことがありません、この大穴特有のガーディアンですかね。ガーディアンが大穴の外に出るなんて初めてですが」
「……(ハンス君は辺境伯の小穴を守護するガーディアン)」
「これでダンマスまで大穴から出てきたとなったら前代未聞だな」
「ダンマスって、ダンジョンマスターのことですか? 伯ってたまに若い感性を見せますね……」
「……(だけど小穴を見せるのは俺だけにしろ)」
合いの手のようにマリーが何か呟き、そのたびにハンスが顔をしかめる。
ダンマス呼びはダンジョン素股ーと呼び間違えてしまって以来、呼び間違い防止の為にこう呼ぶよう心掛けているだけだ。
「さっきの魔物、調査隊員の言っていた魔物とはどうも食い違うと言うか、確かに強敵ではありましたが全滅するほど強かったとは思えないですね。最悪は伯の言う通りダンジョンマスターが地上に出てきたと仮定して動いた方が良さそうです」
「うむ、私はダンマスが調査隊を全滅させたのだと確信しているがな」
「確信ですか。それはまたどうしてですか?」
「たった今、大穴からヤバそうなやつが出てきているからだ」
ハンスが振り向き、ダガーナイフを抜く。
大穴から顔を出す巨大な魔物がごつごつとした岩のような手を大穴の縁に置き、赤く光る一つ目でこちらを窺っていた。
「いるなら先に言ってくださいよ!」
「今現れたから今言っただろ」
ハンスが舌打ちをする。領主に向かって何という態度だ。ズボンを脱がしてマリーの前で恥をかかせてやろうか。
「壊し甲斐がありそうなのが現れたわね」
ルルは嬉しそうだが、さすがにそれは油断し過ぎだ。あれがダンマスなら壊されるのはこちらかもしれない。
ダンマスが大穴から出てきて、その全容をさらす。一見先ほどの陰茎型の魔物のようにも見えるが大きさが明らかに違う。耳障りな高音を鳴らし、太い二本の足で大地に立って私たちを見下ろしている。
「ルルアナスタシア様、魔力が練れるか試してみてください!」
「そんなのは……あ、あれ?」
ルルは手を振っているが何をしているのだろう。
「火がでないわ!? どうして!」
「調査隊員が言ってました、魔術が効かない魔力が練れなかったって! あいつが原因だったんですよ!」
「下がれルッ――」
後ろに下がるよう指示を出そうとするが遮られ、横合いから突如現れた陰茎型の魔物が私の頭部を殴りつけられる。
「ベル!?」
「伯!」
地面に頭を叩きつけられ視界がぼやけクラクラする。
久しぶりにいいのを貰ってしまったが、魔力を練っていたおかげで怪我もない。
ん?
「私は魔力を練れるぞ? はぁん……そうか、そういうことか」
私を殴りつけた魔物は殴りつけたままの動作で止まり、私に赤い瞳を向けている。
立ち上がり魔物が反応するよりも早く、その頭に青い魔力を纏った手刀を落とした。手刀は半円の頭部は胸までめり込んで足は地面に沈み、打ち下ろした手刀に込められた魔力の衝撃波が私のマントを浮かせた。
御師様直伝脳天竹唐割り。必要最低限の動作で最大限の効果を生む高速の一撃。大技ではないが、この程度の魔物を処理するには十分な技だ。
「魔力を阻害する何らかのペテンも、どうやら私の魔力には通用しないようだな」
ルルが魔力を使えぬと聞いた時はどうなるかと思ったが、私が倒せばいいのだ。話が単純でわかりやすくていい。などと調子に乗っているとダンマスが動き出しちょっと焦る。
「なら魔術が使えなくてもベルの魔力を吸った私もまだ戦えそうね」
「いいや、ルルは下がっているんだ」
「いやよ。私はベルを守るの」
ルルが素直に言うことを聞こうとしてくれない。これが反抗期というやつか。愚息はいつも反抗期で手を焼かされているのでこれぐらい可愛いものだ。
「ルルの体術の練度は知っている。実際この身に受けているのだ、強さを疑っているわけではない。だが私にもかっこをつけさせてほしい。父というのは愛する娘に良いところ見せたいものなのだ」
「愛する……そんなのずるい」
俯いて前髪で目を隠してしまったルルの頭を撫でてダンマスに向き直る。私たちが話し終わるまで待ってくれるとは案外良い奴なのだな。
「行くぞハンス。ルルとマリーは下がっているんだ」
「へい」
ハンスが少し腐っている気がするが、今はいいだろう。ダンマスを倒したら、たまにはハンスの頭も撫でてやるとしようか。
ダンマスとガーディアンは大穴の遺物を管理し、守護する者。大穴の中に生息する魔物とは一線を画す強さと、魔法生物特有の生を感じさせない不可解で理解不能な動きをする。
先手必勝――といければいいが、未知の相手には出方を窺ってから行動するのが定石。一度や二度ぐらいなら攻撃を受けてやってもいい。
「さぁどう動く、未知のダンマス」
マントを脱いで投げると横にいたハンスの頭に乗ってしまい、ハンスは苛立たし気にマントを投げ捨てる。
ハンスがマントを投げると同時にダンマスが動き、腕をこちらに向けピタリと止まる。
魔術か――そう思い身構えるが、瞬きをした次の瞬間、岩のような拳が眼前に迫っていた。両手を突き出してそれを止めようと試みる。
「むんッ!! むんん!?」
何とか一撃は耐えられたが、続く右腕の拳が横合いから襲う。
「ぐ!」
強烈な衝撃。いつだったか馬車を体で止めた時でもこれほどの衝撃はなかった。
地を転がりながら指を地面に突き立ててなんとか勢いを殺して止まる。ハンスのように鼻でブレーキをかけるのは御免こうむる。
「これでは手が汚れてルルが撫でれないではないか!!」
「私はどんな手でもベルなら嬉しいわー!」
「チッ!!」
ルルの声と弾けるようなハンスの盛大な舌打ち。
強敵との戦いの最中だと言うのにルルの父想いな優しい気遣いに思わず笑ってしまいそうになる。父想いな娘の乳を想う私を許してくれ。
それよりもダンマスだ。奴は何をした。目算で十メートルは離れていたはず。それを三メートル程度の魔物がどうやって詰めてきた。いや、詰められてなどいない、ダンマスの位置は最初と変わっていないではないか。
「伯、こいつは腕が伸ばせるようです!」
「腕が伸びるだと。ふざけるな、人体で伸びるのはイチモツだけだろうに。では私は魔物のイチモツで頬を張られたのか? いや、相手は魔物で人間ではなかったか」
「ふざけてんのは伯だろ!」
ダンマスへと駆けるハンス。腕が伸びるとわかって距離を置くことを愚策と見ての行動だろう。
飛び上がり赤い瞳をダガーナイフで狙うハンスだったが、ダンマスは両の掌を合わせるようにハンスを叩き、ポトリと落下させる。
「よくもハンスをッ」
魔力を足に回し、土を抉ってダンマスへと突進する。だが再び伸びてきた拳が私を遮る。
「伸びるとわかっているのだ、二度も三度も同じ手をくらうほど愚かではない!」
身を横に捻って回転し、私の横を通り過ぎようとした拳に踵落としをお見舞いする。拳は地面に叩きつけられ、腕と拳を繋ぐ太いワイヤーのような物が弛む。
「見たかダンマス、これが私の実力――ぐふぅ!?」
調子に乗ったところで右腕から放たれる拳が直撃して再び吹っ飛ばされてしまう。
「二度三度くらってるじゃないですか……!」
うるさいぞハンス。失敗は誰だってするんだよ。
「あ、あえて受けたのだ!」
「そうよ、ベルは私の攻撃も全て受けてくれたんだから!」
ルル……私の言い訳にも本気で乗ってくれるのか。申し訳なさと情けなさと愛しさで胸が一杯になって泣きたくなってきたぞ。
「えぇ、そうですかい」
起き上がったハンスがワイヤーにナイフを振り下ろす。だが切断することは叶わず弾かれてしまっていた。伸びていた左の拳が戻り、再びハンスに狙いを定める。机を叩いてハンスを脅すタチバナのような動きで左右の拳がハンスを襲い続ける。
「二発、二発くるんだ。忘れるなよベルヴェール」
ハンスが叩きつける拳を躱している。
ダンマスへと駆けようとすると、即座に拳が飛んでくる。一撃目を体を捻って躱し、回転した勢いと魔力を乗せた振り下ろしの肘打ちで叩き伏せる。
「二発目の拳は私が抑える! その間にハンスは本体を打て!!」
「はい!」
予測通り向かってきた二発目の拳を受けとめ渾身の一撃で粉砕してやろう――と、したのだが、ダンマスの手が開き、全身を包むようにして捕まってしまう。
「すまん捕まった!」
「何してるんですか!」
「グッア……握りつぶす気か……!?」
ハンスが本体をやれば私も解放されるだろう――そう思っていたが、伸びたワイヤーを辿ってダンマスは瞬時に眼前へと移動する。
「うわわぁっ――」
ダンマスは移動のついでにハンスをその巨体で撥ね飛ばす。空を舞いながら私の後方、マリーやルルよりも更に後ろへと飛んでいく。
三メートル近い巨体が出して良いスピードでも魔物の動きでもない! これだからダンマスは嫌なのだ!
見上げるダンマスは私を握ったまま赤い瞳を光らせて見下ろしていた。
「管理者信号再度検索――該当者なし。管理者信号再度検索――該当者なし」
「人語を解するのか!?」
図体に似合わぬ高音で喋るダンマス。大陸共通言語のようにも聞こえたが、そうではないようにも聞こえる。
「識別:侵入者――排除」
続く共通語に似た発音の言葉と振り上げられる左腕。会話のできる相手なのかと一瞬期待したがそんなことはないようだ。
ハンマーのように振り下ろされる拳が私の頭を叩く。がっちりと掴まれているので衝撃を逃がしようがなく、もろにくらってしまう。
「ベル!!」
ルルの叫ぶ声が届き、暢気に捕まっている場合ではないと暴れるがダンマスの手は微動だにしない。
愚息を立てて貫くか? いや、指の間に挟まって潰されでもしたらそれこそ大事だ。
頭を叩かれたせいかそんな馬鹿なことしか浮かばない。この窮地、どう脱出する。
「ガッ――」
振り上げた拳がもう一度振り下ろされ、首の骨が折れそうな、魔力で強化していなければ折れていたであろう衝撃が何度も襲う。連撃が続き徐々に体が掴まれた手の中に埋まっていく。そして万力のように握られ、体のあらゆる骨がミシミシと音をたてる。
「あが――――ッ」
肺を圧迫されて声も出せず、洒落にならない状態に陥っていると改めて自覚する。
「ベルを!」
先ほどよりも近くでルルの声がする。
「離しなさ――」
そしてその声は途切れ、肉を打つ音にかき消される。
「ルル様! いや……いやぁああ!!」
マリーの悲痛な叫び。
「馬鹿! 近づくな!!」
ハンスの声と地面を叩く轟音。
外で何が起きている。私の見えぬところでこいつは何をした!
魔力を最大まで腕に回し握りつぶそうとする手に全力で抗う。僅かな隙間ができ、ダンマスとの力比べに有利をつける。依然ダンマスの手は私を押し潰すように包んでいるが、これだけの隙間ができれば暴れようもある。
特殊な魔力を持つ私に御師様が習得を勧めた技がある。
僅か三センチの隙間さえあれば対象を吹き飛ばすことができるその技は、「伸筋力、張力、そして重心移動などによって生じた力の総称を気と呼ぶ。貴様の持つ意味不明な魔力を気に乗せれば、ただの突き飛ばしも多大な破壊力を生み、実戦でも十分実用に足るレベルに昇華されるだろう。ちなみに詠春拳から派生したと言われる截拳道は――」と、御師様がルルならあくびをして寝てしまいそうになる、男の私にはたまらない蘊蓄をはさみながら伝授してくれた――寸勁。
下半身を掴まれているため重心移動の力が完全には伝わらないが、その分は魔力で十二分に補える。
「ホァッ!」
青く輝く魔力がダンマスの太い指を弾き飛ばす。まずは一本。
「アァタッホァタ! ホォォァアーッ!」
続けざまに空いた空間を利用しての寸勁を放ち、三本の指を破壊する。四本目の破壊に移ろうとしたところでダンマスは手を離し、砕けた右手を振り下ろす。それを蹴り上げた足裏で受けて流し、反対の足で蹴り飛ばす。
一度バックステップをして鼻下を親指で掻くように弾いてから振り向き、背後にいる皆の様子を確認した。
突き飛ばされたのか横倒れになっているマリー。マリーを庇ったのだろう、地面に埋まるほど強く殴られているハンス。
そして、鼻と腕から血を流し、片膝立ちで痛みに顔を歪ませるルル。それでも私を見て笑っているのは強がりからではなく、私の身が無事だと知ったからか。
――プツンと頭の中の何かが切れる音がした。視界は驚くほど明るくなり、心はダンマスへの強い殺意に満たされていく。
ハンスを潰していた拳がダンマスに戻る。先ほどまでは目で追える速さではなかったが、今は驚くほど遅く見えた。
戻ってきた拳は私に向けられ、再び発射される。
突き出した拳からは込めすぎた魔力が漏れ出し、ダンマスの拳を粉砕する。残ったワイヤーだけが私の頬を掠め、そのワイヤーを引っ張りダンマスの本体を引き寄せた。
「貴様、誰の従者を痛めつけ……誰の女を傷つけたッ!!」
「伯……女って」
「ブッ――」
「あっ、ルル様の鼻血がーっ!」
ダンマスの巨木のような足が動き、見え見えの蹴りが放たれる。途中加速したようにも感じたが、今の私には躱すまでもないと判断し両手で受けとめる。
「ルルアナスタシアがハイルズ辺境伯ベルヴェール・ディオールの女と知っての狼藉か、このクソ愚か者めがッ!!」
「ブバッ――」
「ああっ! 女の子なのに両鼻からはダメですよー!」
太い木の幹のような足に魔力を込めた指を食い込ませ、足を振り上げてダンマスの膝を支点にして体を横回転させる。踏ん張り、暴れようとするダンマスだがそれは無駄な足掻きだ。
御師様直伝ドラゴンスクリュー。
私のドラゴンスクリューは対ドラゴンとの空中戦を想定している。
足場のない空中に攫われたら――御師様と何度も夢想した超生物との戦闘。あらゆる場面を想定し、我々はそんな日が来ると信じて鍛錬を怠らず、技を磨いてきた。少しばかり巨大なだけの魔物が暴れたところで私の技から抜け出せるはずもない。
回転が速すぎたか、魔物を巻き込み転倒させるつもりが足をへし折って膝からねじ切ってしまう。
ガクンと沈み膝を立てるダンマス。間髪入れず駆け寄り足を踏み台にして飛び上がる。全魔力を自身の右膝へと集中させると漏れ出た魔力が青い軌跡となって私を追う。
御師様直伝シャイニングウィザード。
ウィザードが童貞の意であると知った御師様が封印した大技。御師様は私にこの技を授けた時、「肩の荷が下りた気がする」と言って笑った。私に教えたところで童貞であることに変わりはないと言うのに――。
赤い瞳へ渾身の膝蹴りを突き刺し、怒り暴れ狂う魔力がダンマスの頭部に流れ込む。半円の頭は一拍置いて爆散し、魔法生物特有の濃い青色の血飛沫が空に散った。
「ルル!!」
着地と同時に反転し、魔物の死体を飛び越えルルへと一直線に駆けよる。ハンカチでルルの顔を拭いていたマリーがさっとよけてハンスのところへ向かった。
「怪我は痛むか、骨に異常はないか、食べたい物はあるか、してほしいことはあるか!?」
屈んだままのルルに触れていいのかわからず、肩のあたりに腕を彷徨わせる。だがシャイニングウィザードを放ったことで魔力の大半を失ってしまい、眩暈がし結局肩を掴んでしまう。
若干の鼻血の跡が横に伸びて顔に残っている。顔が美しいとそれすらも綺麗に見えるのだな。
「だだだ大丈夫よ、これぐらい何ともないわ……で、でもちょっと痛い、かな? あっ――」
ルルを頭を優しく胸に抱き、頭を軽く撫でてやる。
ふんすふんすと鼻息が荒くなっており、私の胸に鼻から噴き出た血が染みる。
「かわいそうに顔を殴られたのだな……。私が不甲斐ないばかりにルルの美しい顔に傷を」
「う、受けたら押し負けて自分の腕が鼻にぶつかっただけよ? だからベルは関係ないの……」
「それでもルルの男である私が側にいながら血を流させるというのは許されぬことだ。自分の女一人も守れぬとは、自分の弱さが許せん……」
「――ッ!?」
女の流す血は処女喪失と出産の時だけだ、それ以外は男が守って流させるなと御師様に教えられている。
「ありがとうマリーさん。だ、大丈夫ですって顔ぐらい自分で拭けますから……テメェこれさっき伯の汗を拭いた俺のパンツじゃねーか!!」
「はえ~? 間違っちゃったです~」
「うっざッ!!」
ハンスとマリーが仲睦まじくイチャコラしている。ハンスがいかに硬くともそれなりに痛みはあるはずだ。それでも元気があるように見せるとは……ハンスも男だな。
「すまない、守るなどと言っておきながらルルにこんな怪我を……ああ、じっとしていろ、顔を拭いてやる」
「怪我なんて大したことな…………あー、でもちょっと痛いかなぁ?」
「ど、どこが痛む!? 腕か!?」
「う、うーんと……うーんとね、頭かな? たくさん撫でてくれたら治るかも……」
それはすぐに嘘だと気づいた。
本当は血を流している腕が痛むはずなのだ。なのに私に心配をかけまいと虚勢を張っているのは明らかであった。なんといじらしい。
「わかった、ルルの痛みが消えるまで撫でてやる。だがその前に開拓地に戻ろう。腕の怪我の具合も心配だ」
「うん……」
辺りもすっかり暗くなり、少し離れたところにいるハンスたちも目を凝らさないと見えない。こんな状況で大穴の近くにいるのは魔物に襲ってくれと言っているようなもの。暗いのを良いことにハンスが魔物となってマリーの小穴に襲いかかる前に移動しよう。
ルルを軽く撫でさすり、力が抜けてしまったところを抱き上げる。
自分も魔力切れで今にも倒れてしまいそうだったが、撫でているうちにロリ化したので軽々と抱き上げることができた。尻を腕で支え、落ちないように背中をしっかりと抑えるとルルはいつものように顎を肩に乗せた。
「ベルからとても甘い匂いがする……」
「む?」
そう言われて自分の匂いを嗅ごうとするが、ルルを抱いているため確認することができない。仕方ないので自身の体臭をかぐことは諦め、ルルの髪の匂いを嗅いだ。
「ルルの髪はハチミツのような甘い香りがする。私はこの匂いが好きだ」
「うぅー! うぅー!」
やはり小さなルルは可愛いな。
撫でられる面積の減った背中を撫でてやりながら私たちは開拓地へと戻った。
――我々を見る複数の目に気づくこともなく。
ベルヴェール・ディオール
ステータス:ピューア王国ハイルズ領領主 四十六歳童貞 甲殻類 貴公子 ルルのパパ
状態:魔力切れ 貴公子 心配 軽傷
愚息:この子を守りたい、守るだけの力が欲しい
ルルアナスタシア・シャール(仮)
ステータス:魔王の娘 魔族最強 吸魔 勇者の子孫の婚約者 パパのママ パパのルル 最強因子 クッキー作り全一
状態:九歳 ハンスに敵対心 独占欲(強) やっぱりママが守ってあげないと……
ハンス
ステータス:執事衆 従者
状態:圧倒的ストレス
マリー
ステータス:ルルアナスタシアの従者
状態:任務達成
バロール
ステータス:執事長
状態:防衛準備完了 待機
リタ
ステータス:メイド 借金の形(残り10,001,000 )
状態:ご主人様の部屋の掃除でもしよっかな……
タチバナ
ステータス:メイド 戦闘狂
状態:戦闘準備完了 腕立て伏せ
ガラルファ
ステータス:専属医
状態:ごはん美味しい 量が多い(不満)
パラウド
ステータス:執事衆
状態:アッシュヘンに潜入していた執事衆と情報共有
カイマン
ステータス:ギルドマスター(本)
状態:座して待つ 尻尾回復中 チロチロチロ
アノール:ギルドマスター(支)
状態:座して待つ チロチロチロ
フォード
ステータス:開拓地第一地区地区長
状態:領主様の寝床用意に奔走 空き家用意
ケイン
ステータス:庭師
状態:zzz




