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19/25

大丈夫、危ないところは一切触ってないから、娘でも大丈夫。

 ――ルルの毒っキーをハンスと二人で完食した翌日。


「……」

「……」


 ハンスと私はまた山盛りのクッキーを前にして、石でも飲んだかのように喉を詰まらせ呼吸を止めて沈黙していた。


「ベルが言った通りに改善してみたの。今度はどうかな……」


 昨日、私とハンスはルルが気絶している間に毒ッキーの全てを平らげた。

 半死半生になりながらも何が駄目で何が良かったかをテーブルに突っ伏しながら協議し、それをやんわり私の口からルルへ伝えた。


 折角ルルが作ってくれたクッキーにダメ出しをするのは胸が痛んだ。だがこれもルルのためなのだと自分に言い聞かせ、頭を撫でながら心を鬼にしてふにゃふにゃなルルに伝えてやった。

 ルルは私からのアドバイスを真剣にふにゃふにゃしながら聞き、そして「次に作るときはもっと上手に作ってみせるふわぁん」と前向きでふわふわな意気込みをみせてくれた。その甲斐甲斐しさと可愛さに心打たれた私が、ふにふにの頬をさすってやるとルルはフニフニ鳴きながら私に抱き着いてきたのであった。


 そして今日、ルルはまたクッキーを焼いてくれた。私とハンスがひねり出したアドバイスをもとに昨日とは全く違う作り方で焼いてくれたそうだ。

 

 だがどうして山盛り作るのだ。また失敗するかもしれないのだから少しでいいじゃないか。

 横に座るハンスは姿勢を正し、死生とは何か、ミジンコと家畜と自分は何が違うのかとブツブツ呟いている。ルルの毒は精神にも効くらしい。


「ではいただこうか……」

「うん、美味しくなかったら私の手にペッしていいからね?」

「くっ……」


 私の為に作ってくれたクッキーを吐き出せだと!?

 できるわけがあるまい、そんな無体をどうしてできようか!


「いや、必ず完食してみせる。なぁ、ハンス――」


 横目でハンスを見ると、冷やした紅茶を大きめのコップに入れていた。

 こいつ、私の可愛いルルが作ってくれたクッキーを紅茶で流しこもうとしているな!? させるか!


「気が利くなハンス! 喉が渇いていたのだ、遠慮なくいただくぞ!」

「あっ!?」


 ハンスが恨めしそうな視線を向けてくるが私はそれを受け流し、コップを回転させながら飲むことでコップの口部分全てに私の唾液を塗り付ける。


 どうだ、どこで飲んでも私との間接キスになってしまうコップの完成だ。飲める者ものなら飲んでみろ。ふと視線を感じて横を見るとリタがコップを睨みつけていた。食器を洗う時のことを考えて不満に思っているのかもしれない。

 

「伯、あんたどこまで……」


 ただでも口の中の水分が全て奪われパサパサになるクッキーだ、紅茶がなければさぞ苦しいことだろう。これは罰だ。私の可愛いルルを侮辱した罪を贖ってもらうぞ。


「では早速いただこう」

「はい……」


 ハンスと二人で同時に皿からクッキーを摘まみ、口に運ぶ。

 爺やも見ているのだが昨日の様に止めに入らないのは何故だろう。


 しばしの咀嚼のあと、私とハンスは示し合わせたように顔を向け合う。


「う、美味い!?」

「あれ、美味しいですよ!?」

「え? ホント!?」


 ルルは俯き加減だった顔を上げて嬉しそうに笑う。


 そんな顔を見せられては美味いと言うのが実は大袈裟で、正確には毒ではなくなっただけとは口が裂けても言えなくなってしまった。味だけで言えば通常のクッキーどころか、灰汁だらけの野草のスープの方がまだ美味い。だが、昨日食べた時のような小麦たちの怨嗟の声や牛乳の悲鳴は聞こえず、体がこのクッキーを栄養だと認めて受け入れていた。

 それを私たちは美味いと言ったのだが、今更言い直すことはできない。


「凄いじゃないかルル! たったの一日でここまで成長するなんて流石は私の可愛いルルだ!」

「あうー……」


 少し離れた位置にいたルルがおずおずと近寄り、そして椅子に座っている私に抱き着く。ルルを抱き上げて膝に乗せてやり存分に頭を撫で続けてやる。


「おうぅー……でも実は私、まだ味見をしていないのよね」


 そう言ってルルがクッキーの山に手を伸ばそうとした瞬間、ハンスが私に視線を送る。

 わかっているさ。ルルが食べれば大袈裟に美味いと言ったことがバレる。それを阻止しろと言うのだろ。


 ルルが伸ばした手がクッキーに届くことはなかった。何故ならその手は私に掴まれ、これでもかと言うほど前腕、指、掌、爪、指のつけ根、手首、そして肩と脇を撫でたからである。


「あっ……あひあひぃ……」


 ルルは抵抗する暇もなくテーブルに突っ伏す。いや、抵抗を試みようともせずに受け入れてくれていたのだ。


「とても美味だった。食感も甘みも以前よりずっと良くなったぞ。だが――」


 私の膝の上で痙攣するルルに今日のクッキーの改善点を伝え、最後にまた褒めちぎりながら腰を撫でまわしてやると気を失い医務室に連れていかれた。残ったクッキーをハンスと平らげ。これならば明日以降は震えながらクッキーが焼きあがるのを待つ心配もないだろう――そう言って二人で笑った。


 ――だがそれはあまりにも認識が甘かった。私たちは忘れていたのだ。ルルがシャラザードで何と呼ばれているのかを。ルルが魔族最強と言う肩書を伊達や酔狂で掲げているのではないと知るのは、ルルがクッキー作りを始めて七日目のことであった。





 ルルのクッキー作りの腕前は最早職人と言うに相応しいレベルまで達していた。


 一日目に毒ッキーを作り。

 二日目には食べられるレベルになり。

 三日目には街の屋台顔負けの味になり。

 四日目には王都で店を開く繁盛店にも劣らぬ味になり。

 五日目には試食した料理長が二度とクッキーは作らないと誓い。

 六日目には屋敷の者たちの間で激しい争奪戦が始まった。


 ルルのクッキーを食べた者は皆体調の変化を実感していた。

 タチバナは怪我の治りも早くなったと言う。爺やは若返った気がすると言い昨夜は夜遅くまでナニかをしていた。私は勃ちが以前よりもよくなった。


 その不可思議な効能に何かあるのではないかと訝しみ医務室で働くガラルファに調べさせてみると、ルルのクッキーは三枚食べるだけで一日に必要な栄養を補え、かつ新陳代謝を促し怪我の治りを早くし、幸福感に作用する脳内物質を分泌させる効果があるという分析結果を提出してきた。

 依存性は極めてて低く、増産が可能ならば新時代の嗜好品となりハイルズを更に発展させる大きすぎる一助となるだろう――そうガラルファはまとめた。


 ルルの手作りクッキー、六日目の時点でそれは最早クッキーと呼べる代物ではなくなっていた。人の手に負える物ではなくなりつつあったのだ。


 だが私たちは浮かれ、たった六回でこれほどまで腕前をあげるとは思わなかったと喜んでいた。この先どんなクッキーを作ってくれるのかと期待に胸を膨らませながら――。



 ☆



 ルルがクッキー作りにハマって七日目。

 私とハンスはルルのクッキー依存症と言っても過言ではないほど楽しみにしていた。小さくて丸い物は全てクッキーに見えるほどルルのクッキーに心酔し、今か今かと椅子に座りルルのクッキーが運ばれるのを待つ。


「お待たせ、今日は前にベルが言っていた干しブドウを混ぜてみたの」


 御師様は言っていた。料理が苦手な女子は慣れるとすぐにアレンジを加えたがるという特徴がある、と。

 普通作ってくれればいいのに独自のアレンジを加えて、人が食べれる物ではなくしてしまうそうだ。

 

 しかし私は美女アナスタシアを前にした時の様に多量の唾液が溢れ出るのを堪えていた。ルルのクッキーに対する絶対的信頼。それをこの六日間で築き上げられていたのだ。


 小皿に盛られた山盛りのクッキーが四皿分テーブルに並ぶ。

 最初の頃とは違いメイドと執事たちも椅子に座ってい待っていた。現金なやつらである。ルルのクッキーを美味いと知ってから我先にと奪い合うようになってしまった。だがそれを責めようとは思わない。自慢の娘が作ったクッキーを皆が幸せそうに食べる……その光景を見るのがたまらなく幸せだったから。


「ではいただくとしようか!」

「はい!」


 ハンスも気合の入った返事をする。

 数日前までは死んだ魚のようだったのに、今では滝を登る活魚――いや、卵子を狙う子種の様に生き生きしている。


「では僭越ながら私から」


 毒見だからと爺やが最初にクッキーに手を伸ばし、一枚口に運ぶ。

 女性にも食べやすいようにと配慮されて小型化したクッキーをゆっくり咀嚼し、天井を見上げて一筋の涙を流した。


「昇……天……」


 爺やはそれだけ呟くと、天井を見上げたまま動ない。

 そういうのは冗談に聞こえないからやめてほしい。


 爺やに続いて私がクッキーを食べると、みな次々に手を伸ばし始めた。


 私は焦らず、口に放り込む前にまず匂いを楽しんだ。食べずとも美味だとわかる焼き立ての香ばしい香りに鼻の穴いっぱいに幸せが詰め込まれていく。そして口の中にクッキーを入れて転がし、口内全体に幸せを充満させてから食感が損なわれる前に噛み砕く。


「ほう……。あぁ、幸せだ……好きだという気持ちが……愛が溢れてくる……」


 何も考えずに言葉から漏れ出る言葉たち。爺やが昇天と呟いてしまった気持ちがここにきて理解できた。これは誰かに向けた言葉ではなく無意識下の独り言。幸せを感じ取った口が勝手に動いてしまうのだ。


「うー!」


 ルルが私の膝の上に飛び乗り胸に顔をうずめる。それをそっと抱きしめ「ありがとう……ありがとう生まれてきてくれて……」と、また自然と言葉が紡がれる。

 ルルはイヤイヤするように首をふり、髪を振りながら甘えてくる。今日は黒くて細いウサギ耳ようなリボンをつけているので、それが私の顎を往復ビンタする。そのリボンは手先の器用なハンスが以前に作ったものを、()()()ハンスの部屋に入っていたマリーが見つけたものらしい。


 以前の私なら、どうしてマリーがハンスの部屋に入ったのかとハンスを地下室に連れて行き鬼追求したことだろう。だが今はそんなことはどうだっていい。これもクッキーの効果なのだろう、顎をウサ耳バンドリボンで叩かれるくすぐったさがまた愛しさに代わっていき、膝の上に座るルルのことしか考えられなくなっているのだ。


 今ならば尻を蹴られても、宝玉を殴られても、喉に指を突っ込まれても愛を囁いてしまいそうだ。


「ルルは可愛いなぁ。クッキーとあわせて食べてしまいたいぞ」

「うぅー! ううぅー!」


 首が折れてしまうのではないかと言うほど激しく首を振って押し付けるルル。


 そんなに激しくしたらシャツが破けてしまうだろうに。うっかりシャツが破けて乳首が現れ、それをルルの柔らかな髪で毛筆プレイの様にくすぐられたら、焼き立ってクッキーならぬ勃ち立てボッキーがルルの下の口にぶち込まれてしまうじゃないか。

 そうなったらまたハンスに地下室に連れていかれ――その前に自主して首を刎ねてもらおう。


 緩やかに時間が流れ、こんな日がいつまでも続けばいいと思った。

 だがその幸福に包まれた穏やかな時間は唐突に終わりを迎える。


「昇天……昇ッ!?」


 爺やがひときわ大きな声で不謹慎なことを叫びながら卒倒し、腋をしっかり締めながら痙攣していた。

 ハンスが駆け寄り「大丈夫ですか執事長!」と、また大丈夫じゃなさそうなのは見ればわかるのに無駄な声をかける。


「執事長……」


 ハンスは爺やの目を手で閉じさせるという意味深な演出をしているので本当に昇天してしまったのではないかと心配したが、ただの気絶らしくメイドたちに医務室へと運ぶよう指示を出している。


 毒ッキーの再来か――みなそう思ったのだろう、手にクッキーを持っている者は動きを止めて身構えた。

 だが味良し、鮮度良し、形良しの三拍子が最高レベルでそろっているルルのクッキーは完璧だ。以前のような体に呪いをかけるような効果は感じない。爺やを昇天させたのがルルのクッキーを原因としたものだとは到底思えなかった。


「私、また失敗しちゃったの……?」


 くっついている間は信じられないぐらい弱気で素直になるルルが涙目で私を見上げていた。私の心の中のパパが娘を泣かせるなと怒りを勃起させる。


「いいや、まだそうと決まったわけではない。現に私は無事で、ほらこの通り幾つ食べても……うっ!」

「ベル!? やだ、すぐに吐き出して! 私の口に出していいから!」

「う……美味い! なんてなぁ、ナハハハハ!」

「だましたの!? もう心配させないでよ!」

「口に出すってなんだよ……普通出てこないだろそんな言葉……」


 ハンスが親子愛を爆発させる私たちに冷ややかな視線を送る。ハンスにはまだ幼子を持つ親の気持ちがわからないようだ。


「執事長はガラルファさんのところに運ばせました。診断結果が出るまでは食べない方がいいかもしれません。なので――」

「うむ」


 ハンスが言いたいことはわかっている。一旦ルルを気絶させろということだろう。

 ルルの耳に入れるにはあまりにも惨い会話が行われるかもしれない。それでルルを傷つけるのは悪いと、ハンスなりの配慮である。


「ルルちょっといいか」

「なに?」


 振り向いたルルのおでこにキスをし、髪にもキスをする。


「はぁー! はぁーん!」


 嬉しそうに鳴くルルの顎、顎下、頬、鼻筋、眉、眉間、こめかみ、首、頸椎、鎖骨のくぼみを手中的に指先で撫でて気絶させる。


「すまないタチバナ、ルルを医務室に」

「はい、お父様」


 近くにいたタチバナにルルを渡してから、紅茶を飲みながら立っているハンスを見る。


「ハンスは体に異常はないか?」

「はい、五枚ほど食べましたがいまのところ状態異常は起きていません。それどころか過去最大レベルで調子がいいですね。今なら熊でもタチバナさんでも素手で倒せそうです」


 タチバナがいないからと突然粋がり倒すハンス。熊はともかくタチバナは絶対に無理だぞ。


「ではクッキーが原因ではないのか?」

「執事長の診察結果を待っていた方が良さそうです。伯がルルアナスタシア様にイタズラ紛いのマッサージをしている間、食べた者はみな診察を受けるように言っておきました」


 子の愛しさを知らぬハンスにはそう見えてしまうか。浅いな。


「それではガラルファにはいい迷惑だろうな。あいつは面倒を嫌う」

「どうでしょう。人の体を見るのが好きなので喜んでそうなものですが」

「女体に限って言えば私も見るのは好きだ」

「俺もです。お医者さんごっこ最高です」



 ――ハンスと談笑しつつガラルファが行う診察結果を待つこと二時間。白衣を着た病的に白い肌の女性、ガラルファが食堂に顔を出す。


「ガラルファが医務室から出てくるとは珍しいな。しかし――」


 日にあまり当たらない生活をしているせいか、それとも単純に血行が悪いのか、青いと言ってもいい不健康そうなガラルファの白い肌。髪も栄養が足りていないのかルルに比べて細く、手足も枯れ枝の様に細い。


「――もう少し栄養を摂り健康に気を遣ったらどうだ。医療に従事する者が不健康では診られる者も不安になるだろうに」

「無駄を完全に排除した効率的な生き方をしたいの。必要最低限のコストで生きるために私はこのままでいい。それよりもバロールさんの診断結果を伝えに来たの、無駄な時間をとらせないで」


 怒られた。子供の頃はもっと甘えん坊だったのに大人になってから冷たくなってしまった。ルルもいずれは……いや今はそんな恐ろしいことを考えるのはやめよう。テンションが地の底まで落ちる。


「そのガラルファが自らの足で伝えに来るとはよっぽどのことか」

「ええ、こればかりはメイドや執事伝いに報告するわけにはいけないから、途中まではリタに抱っこしてもらってきた」


 リタに何をやらせているんだ。リタも嫌なら断っていいんだぞ。


「それで結果は?」

「最高で最悪。バロールさんの胃腸はズタズタよ」


 あまり聞きたくはなかった。そしてルルを気絶させておいてよかったと自分の下した判断の正しさにホッとする。

 しかし最高で最悪とはどういう意味だろう。


「本来あるべき腸内の常在の善玉菌がほぼ死滅――というよりは殺されている。もちろん悪玉菌もね」


 善玉金? 悪玉金?

 腸内に常在する金玉とは……?


「えぇ!? 腸内に金玉がいるんですか?」

馬鹿(ハンス)は黙ってて。次余計な口をはさんだら解剖するよ」

「はい……」


 私と同じ疑問を持ったハンスが質問し、そして叱られてシュンとしている。同じことを質問しなくてよかった。


馬鹿(ハンス)にもわかりやすく説明すると……やっぱり面倒だから結論から言う。クッキーが胃腸内のあらゆる菌を殺しまわって胃壁腸壁を破りかけていたの」

「それは……。しかし我々は大丈夫だった。他に同じような症状の者はいたか?」

「バロールさんだけね。あの人は見た目こそ若いけど中身は九十をこえた老人。体の中までは若いままというわけにはいかなかったみたい。メイドや執事たちは若いからクッキーに対する抵抗力があったらしく無事」

「老いているとクッキーに抵抗できず胃腸が荒れる……じ、じゃあタチバナさんは!? タチバナさんは大丈夫だったんですか!?」

「ハンス殺すわよー」


 ルルを運ぶために食堂から出ていったはずのタチバナが扉を開けてハンスを見て微笑み、ハンスは尋常じゃない量の汗を吹き出した。

 どうしたハンス、熊でもタチバナでも倒せるんじゃなかったのか。


「あと、ちびっこ姫様の体も調べさせてもらったから」

「ルルの体を?」

「ええ、だってパラウドが屋敷にいないからクッキーの成分は詳しく調べられないもの。それに当たりはつけていたから。その結果だけど、ちびっこ姫様が作ったクッキーは神代の時代に存在したという神薬の域に達しようとしている。いえ、もう達しているどころか超えてしまっているかもしれない。試しにクッキーのかけらを汚れた水槽に入れたら一瞬で水が浄化されて、皮膚病を患っていた魚たちがたちどころに治ったの。さすがに病による傷は塞がらなかったけど」


 そこからガラルファが馬鹿(ハンス)にもわかるようにと、馬鹿(わたし)にもわかる噛み砕いた説明で話をまとめてくれた。面倒臭がりな癖にしっかり説明してくれるのはガラルファの優しいところである。


 ガラルファの説明によるとルルのクッキーは腸内環境を整え体内の毒素を粉砕し、ありとあらゆる病原菌を殺し、結果的に体を癒す効果を持っている。しかし抗体や善玉菌までクッキーにより死滅させられてしまうので、多量に摂取したり爺やのような老体では逆に毒となって害となるという。

 爺やの体を破壊した原因となったのはルルの持つ、仮称『最強因子』という謎の魔力だとガラルファは言う。その最強因子とやらはクッキーに練り込まれ、抵抗する者を全て殺し、胃腸内最強の座につこうと暴れるのだ。


「そんな馬鹿げたことがあるのか?」

「実際に起こっているのだから信じるしかない。ちびっこ姫様については経歴だけは目を通していたけど、私も本気にはしていなかった。だけど魔力分析を行った結果あの子は紛れもない天才だと言わざるを得なくなったし、魔族最強というのが大袈裟ではないと認めるしかなくなった。戦うことに特化した闘争の天才、一万年に一人生まれるかどうかの魔の女王ね」


 随分と大袈裟な言い方だな。私はその天才に勝ってしまったんだが。

 いや、あれは試合に勝っただけで勝負に勝ったとは言い難いか。 


「自分よりも強き者を認めぬ傲慢な魔力。それが僅かにクッキーに練り込まれていたせいで、今の効能を生み出している。最初は酷い物だったのに徐々に味が増していったのも最強因子の成長力のお陰。これ以上作らせるとどんなクッキーができあがるかわからないから止めておいた方が賢明ね」


 そんな、もうルルのクッキーを食べることはできないのか。


「バロールさんは命に別状ないレベルまでは処置してあるから心配はない。ただ一週間は安静にしてもらう。研究のためクッキーは全て預かるから、あとでメイドたちにもってこさせて。じゃあ私は喋り疲れたから帰る」

「そんなクッキーは……いやそうか、わざわざありがとうガラルファ」


 つい昔の癖と、ルルにやっていた勢いで頭を撫でてしまう。


「……脈拍の異常を検知。直ちには正常値に戻らぬと判断。今日は私ももう寝る。じゃあね」


 ガラルファが手を叩くとリタが駆けてきてガラルファを抱え上げられ医務室へと運ばれていった。リタはあれでいいのだろうか。


「今の話、ハンスはどう思う」

「何がです!? 今はタチバナさんがナイフを投げてくるのでそれで手一杯ですよ! 伯から言って止めてください!」

「そうか」

「あー!?」


 飛んでくるナイフを躱して捌くハンスの足を払うと、その隙を見逃さずタチバナが飛びかかり私が教えたロメロスペシャルでハンスをきめる。


「いだだだだッ! 腕、腕が! 羞恥心がぁ!」


 ベッドの天蓋のような姿で股を開かれてメイドたちに向けられるハンス。

 女性の歳をネタにしたのだから自業自得だな。たまには痛い目をみておけと、軽く股間に手刀を落とす。


「おっふッ! 伯このやろうッ、覚えて――いだぁ!」

「誰に口をきいているのハンス。お父様にそんな口の利き方をしちゃ駄目でしょう? 股が破れるぐらい開いてあげようか?」


 こらこら、そんなことをしたらタチバナのパンツまで見えてしまうじゃないか、もっとやるんだ。



 ――しかし最強因子か。確かに私のレリックを貫通して愚息に快感(ダメージ)を与えるほどの威力はあったが、ルルの魔力にそんな意味不明な秘密があるとはな。

 魔族最強か……。かわいそうに、ルルは料理一つをとっても最強になってしまう運命だったのか。ならば父である私も今より強くなり、ルルを守ってやらねばなるまい。私がいくらルルの料理を食べようとも、私の魔力(レリック)でルルの魔力を抑え込んでやろう。


 医務室に運ばれる前に小皿に盛られた小型クッキーを胸ポケットに数個隠し、私はルルを守るという決意を新たにするのであった。





 それから一週間後。爺やの体調も治り、ルルもクッキー作りを自重していつもののんびりとした日が続いた。

 だがギルドからの使いが血相を変えて屋敷へと飛び込んできたことで空気は一変する。紅茶を飲んでいたハンスが鼻と口から紅茶を吹き出し、私は撫でていたルルを勢い余って気絶させてしまった。



「新たな洞穴から魔物が溢れ出てきました! その数は正確ではありませんが数百を超え、全てベリオールに向かってきています!」

ベルヴェール・ディオール

ステータス:ピューア王国ハイルズ領領主 四十六歳童貞 甲殻類 貴公子 ルルのパパ

状態:驚愕 止まらない高速ナデナデ

ギルドの使いから見た姿:子供好き


ルルアナスタシア

ステータス:魔王の娘 魔族最強 吸魔 勇者の子孫の婚約者 ママ兼娘 最強因子 クッキー作り全一 

状態:九歳 気絶 至福 アヘ硬直


バロール

ステータス:執事長

状態:復活 準備 


ハンス

ステータス:執事衆 従者 

状態:緊迫 緊張 咽る


マリー

ステータス:ルルアナスタシアの従者

状態:職務放棄 ハンスの部屋に潜伏


リタ

ステータス:メイド 借金の形(残り10,002,000 )

状態:クッキーで尿漏れは治らず


タチバナ

ステータス:メイド 戦闘狂

状態:準備


ガラルファ

ステータス:専属医

状態:実験


パラウド

ステータス:執事衆

状態:偵察任務


カイマン

ステータス:ギルドマスター

状態:ソワソワソワソワソワソワソワソワ


ケイン

ステータス:庭師 

状態:なんで裏庭に大量のネズミや害獣の死骸が……?

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