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濃度0.4%の戦い 前編

 肌寒い夜風を感じながら、裏庭のベンチに座り満月を見上げる。

 月の光と、薄く(とも)る原理不明の背の高い(あか)りに照らされながら、グラスに入った赤ワインを一気に呷る。

 いつもなら満月を眺めながら酒に酔い、月を見る自分に酔いしれ、満月がマン(ケツ)に見えてきた頃に寝室へと戻るのだが、今日はいくら酔いが回っても帰る気分になれなかった。


 テーブルの上に置かれたワインをグラスに注ぎ、また一気に飲み干す。

 今日は少し肌寒かったので外套を纏って出てきたのだが、酒のお陰で寒さを感じなくなってきた。


 もういっそ脱いじゃおうか?

 この時間、裏庭に来れるのは爺やとハンスにパラウド、それにタチバナだけだ。タチバナは就寝時間なので現れることはないだろうし、男に愚息を見られても恥ずかしくはないから脱いじゃおうか?


 そんな自分の中の自分と相談があり、結局脱がずにまたグラスにワインを注ぐ。

 普段はグラス一杯、多くても三杯で終わるところを今日は五杯も飲んでいる。温かいを通り越して少し熱くなってきた。


 今日は飲まずにはいられなかった。飲まなければやっていられないのだ。


「酒は良いな……女性の様に私に冷たくしないから。それどころかこうやって私の体を温めてくれる。私を温めてくれるのは酒とベッド、それに風呂だけだ。やだ、全部人間じゃない……」


 私はあまり酒が強くない。一杯飲めば気持ちよくなってしまい、三杯もいけば千鳥足になって足元がおぼつかなくなる。だというのに後先考えずに五杯も飲んでしまったのは、ルルが私を拒絶していることに対して大人気もなく拗ねているからだ。


 ルルは怒って話しすらしてくれない状態らしく、部屋の前に行こうとしても爺やに止められてしまった。そうなればもう私にできるのは拗ねて酒を飲むしかないのである。


 御師様も言っていた、女性とはこういうものだと。


 ついさっきまで機嫌がよかったはずが、急転直下で機嫌が極大に悪くなり口もきいてくれなくなるものだと。突然機嫌を悪くした女性に怒っているかと尋ねれば怒っていないと答える。だがどう見ても怒っていて、では何に怒っているのかと聞けば、自分の胸に手を当てて考えてみろ――などという難題を吹っ掛けてくるそうだ。


「怒っているのは女性の方なのだ、自分の心を覗いてもわかるわけがないというのに……」


 どうやら今のルルはそういう状態らしい。怒ってはいるが何に怒っているかという明確な答えは見えず、部屋から出てきてくれないのだ。

 一言謝って弁解をしたかったが、それは悪手だと爺やに止められてしまった。ルルが何に怒っているのかわからないまま謝るのはよくない、言葉だけの謝罪などルルは求めていない――と爺やは言いたいのだろうな。


「ではどうすればいいのだ。怒った原因を明確にしてくれなければいつまでたっても平行線じゃないか」


 御師様はこういう時、「もしそれ女が泣き出しでもしたら、とりあえず落ち着くまで抱きしめて優しい声で謝っておけ。そうすれば徐々に態度は軟化して本音を語りだすから。まぁ大抵の場合は寂しかったからとか、私をみてくれなかったからとか、そういうふんわりした理由だ。ふんわりした理由にはふんわりで返せ、俺がお前を守るだとか一生大切にするだとか具体性のない内容でも、優しく語り掛けるだけで女は満足してくれる」と、童貞のくせに訳知り顔で、女を何人も知ってるかのように語っていたな。


 御師様もそうだが、童貞である私たちがそもそも女性を抱きしめられるわけがないだろうに。ましてや相手は十六歳(おとな)九歳(こども)だぞ。万が一見られたら私が小児愛好者だと勘違いされてしまう。だいたいルルは御師様が参考にして語っていた恋物語に出てくるような女性ではないので、そんな手が通用するとはとても思えない。


 だが今ならできる気がする。酒を飲んだからか、やるだけなら勢いでなんでもできる気がしてきた。


 しかし怒っている理由がいまいち納得がいかないのだ。私に性欲がないと勘違いして怒っているなら、せめてちゃんと確かめてからにしてほしかった。いや確かめられるのも困るのだが。


 ルルに自分の性欲の強さを全力でアピールしたとして、それではただの変態の出来上がりだ。いいや、子供相手に漲り滾る性欲をぶつけるなど変態の風上にも置けぬ巨悪の権化になり果ててしまう。私は変態であっても悪にはなりたくはない。悪徳領主による統治は父の代で終わったのだ。


 父の代は終わったが、私はいつまで良き領主の振りをして本当の自分を隠すのだ?

 もういい加減いいだろう。メイドたちの胸の谷間に、毎朝一輪ずつ花を挿したいと正直に言ってもいいんじゃないか。リタにはハートマークの形で尻の部分だけくり抜かれたロングスカートを穿かせ、そこに白い花を挿させてくれと頼みこんでみよう。


 なんて……できるわけもないのだ。私にはそんなことを言う勇気がない。

 本当は偽っているのではなく、ただやりもせずに怯えているだけなのだ。

 それを偽りなどと、かっこよさげな言葉にかえているだけにすぎん!!


 でもかっこいいのは悪いことではない。童貞だからビビってますと馬鹿正直に言うよりはこのままでもいいか。偽ることを偽るって、なんかそれもかっこいいし。


「……私はいつまで己を偽り続ければいいのだろう」


 ほら、既になんかかっこいい。今の私を女性が見たら、きっとドキッとしたりキュンッとなったりジワッと漏れたりジュンッと濡れるはずだ。

 ああ、都合よく美女がこの場に現れないだろうか。


「貴方はどこまで自分を偽っていたの――」


 唐突に女性の声が聞こえた気がした。

 それは聞き覚えのない声だった。


 屋敷の裏庭に入れるのは限られた使用人のみである。さらにこの時間に入る権利を持っているのは爺やとハンスとパラウドとタチバナのみ。今聞こえた声はその誰のものでもなかった。


 一瞬ルルかマリーが来たのかとも考えたが、私ほどの女好きが女性の声を聞き間違えるはずも忘れるはずもなく、それが酒を飲み過ぎた私の幻聴だというのは明らかだった。


 ワインを五杯も飲むとこうなるのだな。限りなく理想に近い美しい声。さすが私の妄想だ。聞いているだけで胸と愚息が熱くなる。


「何故貴方は自分を偽るの――それを正直に答えてほしいの」


 妄想の中の美声が私に問う。

 ここは盛大にかっこつけよう。

 いつか謎の美女が月見酒をする私に「何故偽るのか」と問う日が来るかもしれないので、その予行練習だ。


「領民を守るためだ。領民の笑顔が私の活力だ。領民を守れば、使用人たちにも豊かな暮らしを提供できる。それが偽らざる本心だ。しかし――」

「しかし?」


 この間だ。この間がかっこいいのだ。


「――そのためには自分を偽らなくてはならない」


 たっぷり溜めてからの意味深なセリフ。これもかっこいい。相当かっこいい。

 ハンスに見られて酒が抜けたときに真似してぶり返されたら赤面して悶絶しそうな気もするが。


「それはどうして?」

「私が強すぎるからだ」


 これはかっこよくないな。ここまでの流れで性欲の強さを急に誇ってどうする。


「…………」


 あぁ、幻聴の美声も黙ってしまった。


 だがこれは本当に悩んでいるのだ。私の性欲は強すぎる。強すぎるがゆえに不和をもたらすことを。

 メイドのリタがいい例だ。私が本性を現したことでリタも本性をさらけ出し、そのせいで私は彼女との距離感が上手くつかめなくなってしまい、以前のようにお喋りできなくなってしまった。


 しかし、もちろん良い例もある。ハンスや爺やがそうだ。彼らは本当の私を見ても私から離れず、むしろ今までよりも更に心地の良い距離感で接してくれるようなった。


 リタとハンスと爺やでは何が違ったのか。リタの時は強引過ぎたし、タイミングを誤ったのかもしれない。だがハンスはタンポポの綿毛を揺らしてチンポポだなんだと狂っていた私を見ても離れることはなかったし、前以上に慕ってくれているような気もする。


 こうなると何が正解なのかわからなくなってくるな……。


「私は怖いのだ」

「怖い?」

「ああ、失うのが恐ろしくてしかたない」


 失うのが怖いのは童貞をではない。それはさっさと失いたいし、失わないままでいる方が怖い。

 本当に恐れているのは、みなが私への信頼を失いハイルズから去ってしまうことだ。


「強すぎる私が本当の自分をさらせば、築き上げた全てを破壊してしまうかもしれない。それが恐ろしいのだ」


 いかんな、ついかっこ悪いことを言ってしまった。これはマイナス点だろう。


「…………顔を上げて、ベルヴェール」

「む?」


 妄想の声が顔を上げろと言うので素直にあげる。


「?」


 そこには見知らぬ女性が立っていた。幻聴の次は幻覚か? 


 紺のブレザーを着た女性の胸元はブラウスが第四ボタンまで開かれ、黒い下着が露になってしまっている。下着は今にも弾け飛びそうで、豊満な胸が「ここから出してよ」と言わんばかりに窮屈そうにしており、呼吸に合わせて上下している。


 見知らぬ女性だと思ったが、その胸に見覚えがあった。この胸は執務室で見たルルの肖像画と同じもの。色艶は肖像画よりも鮮やかで月明かりしかなくとも胸が輝いているように見えた。大きさは肖像画のものよりも僅かに数ミリ大きく、違うのは右胸に小さな黒子が一つあることか。


 あれは盛り絵だと思っていたのだが……まさか。待て、おいまさか!?


「これが偽らざる真の私。本当のルルアナスタシアよ……驚いたかしら?」


 バリスパァンッ――。


 月明かりが照らす夜の裏庭に乾いた音が響く。愚息がズボンとパンツを同時に引き裂き、私の腹を打った音だ。

 私の愚息は己を閉じ込めて縛り付けていた拘束具……ズボンとパンツを突き破り、外の世界へと飛び出して真の姿をさらした生命の音。命の打楽器音。

 

 鮭は成熟して抱卵し産卵の準備が整うと生まれた川に戻ると言う。抱卵(おっぱい)を前にした私の愚息(サーモン)は捕食しに現れた熊をも倒さんばかりに雄々しくそそり立ち、母川回帰(セックス)がしたいと(スパァンッ)んだ。


「驚いたよ――」


 これは私の妄想……というわけではなさそうだな。

 私の前に立つ美女はルルが着ていたものと同じ服装である。

 ルルが着ていたときは服のサイズが大きめで、きっと成長を見込んで大きめに仕立ててもらったのだろうと微笑ましく思っていたのだがこのためだったか……。

 どういうからくりかは知らんが、ルルは巨大化するのだな?

 子供姿のルルでも危なかったのに、むせ返りそうな色香をムンムンと漂わせ、長く引き締まった肢体を惜しげもなくさらすルルを見せられて私の愚息が大人しくしているはずもない。鬼勃起した愚息は腹を何度も叩き、突撃の許可を催促してくる。

 お、落ち着け愚息よ。正直言って私的にも超ストライクだ。ストライクなのだが、直球が速すぎて愚息(バット)を振れないのだ。


 色々といらんことを酔った勢いでブツブツ言ってしまった気もするが、そんなことよりもなによりも、巨大化して外套の中で剥き出しになってしまっている愚息を巨乳化したルルの視線から隠さなければ。


 前かがみになりテーブルを引っ張って隠してみたがバレていないだろうか。そう言えば初めてルルが執務室に来た時もこんなことになっていたなぁ……。


「……まだ嘘をつくのね。貴方は知っていたんでしょ、私が吸魔だと」

「いや、なんのことかさっぱりなのだが……」


 バレてはいないようで安心したが、ルルが何を言っているかわからなくて反応に困る。

 吸魔とはなんだ?


「そう……強情なのも強さのうちね。でも、もう私に嘘をつかないでほしいの」

「いやいや、嘘などついていないのだが」

「御託はいらないと初めて会った時にも言ったわよね」

「ああ、言っていた気が――」


 ルルが手をこちらに伸ばした。

 手コキか? と、一瞬私が錯乱した直後に、掌から燃え盛る炎が放たれた。


 うーんヒステリック。



 ☆



「私はいつまで己を偽り続ければいいのだろう」


 ベルヴェールの独り言――と言うよりは、自分の罪を自分に問いただしているかのようだった。

 盗み聞きするつもりはなかった。だけど、俯きながらそう語るベルヴェールの言葉から逃れることができなかった。


 バロールは、今の時間裏庭に立ち入る者はいないと言っていた。だからこれはベルヴェールの『弱音』であり誰にも聞かせたくはなかった、誰にも聞かれまいと堪えてきた『本心』なのだ。


 私がここにいるのにも気づかずに零してしまった心の声。


 私は前に進み、テーブルの奥にいるベルヴェールの前に立つ。

 声をかけても俯いたままのベルヴェール。昼間の私のした非礼を怒るでもなく、淡々と言葉を返してくれたことに驚く。いや、それもわかっていたことだ。ずっと私を見て、守ろうとしてくれたベルヴェールなら、あの程度の行き違いで怒るはずもない。やはりバロールの言う通り、ベルヴェールは強いのだろう。現に自分を偽っているのだと語っている。

 どうして私には本心を語るのか。知られてしまって後に引けなくなったからか――それは違う、ベルヴェールは最初から本当の私に気づいていたとバロールは言っていた。だから私の強さを認め、対等と見て語ってくれているのだ。

 ――というのは私の都合の良い解釈にすぎない。私は本来の目的、ベルヴェールと戦うことも忘れて質問を繰り返した。


 そして徐々に明かされていくベルヴェールの隠していた本音。


 いつもとは違う、熱っぽく、それでいて目の前にいるはずのに、どこにもいないような希薄な気配。一度でも目を離せばどこかに消えてしまいそうな儚さを湛えていた。

 まるで幼い頃に見た舞台に立つ役者のようだ。あの時は退屈のあまり寝てしまったが、ベルヴェールの芝居がかった喋り方は決して嫌じゃない。むしろずっと聴いていたくなり、妙に胸が熱くなる。


「強すぎる私が本当の自分をさらせば、築き上げた全てを破壊してしまう。それが恐ろしいのだ」

「…………」


 熱くなった胸の温度がさらに増す。

 自分から自分の恐ろしいと思うもの、嫌いなものや苦手なものを語る。これほどまでに勇気のいることはない。私も本当はピーマンが嫌いだ。食べれないことはないが進んで食べたいとも思わない。だって苦いんだもん。でもそれを誰かに言ったことはない。自分の弱みを見せれば、その隙を突かれるから。


 だけどベルヴェールはそれを私に語ってくれた。これが意味することはなんなのか……。


「顔を上げて、ベルヴェール」


 これ以上貴方を見てると戦いどころではなくなってしまいそう。戦いもせず、また貴方を信用してしまいそうになる。


「む?」


 何かが破裂したような音がした。ベルヴェールがテーブルの下に隠した拳と拳を叩き合わせた音だろう。真の私を見て、好敵手だと喜んでくれたのだ……きっと。


 驚いたかと尋ねてもベルヴェールは平素と変わらぬ顔で「驚いた」と言う。

 嘘が下手だ――そう思った。なんて強情な人なのだろうとも。


 もうこれ以上話すことはない。戦おう。


「――ッ」


 渦巻く炎がベルヴェールを焼いた――ように最初は見えた。

 だが虫を払うような気軽さであっさり炎はかき消されてしまう。

 私はホッとしていた。自分の魔術が通用しなかったことで安心したのだ。今の魔術で慌てふためき、逃げまどわれたらどうしようと不安だった。だがそんなことはなかった。

 ベルヴェールは強い。それが今の一瞬でそれがはっきりした。


「何をするのだルル」

「……」


 着ていた外套は所々焼けこげてはいるが、ベルヴェールは傷一つ、火傷一つ負っていなかった。

 それどころか私を見上げてその場から動こうともしない。


「私と戦ってと言ってもやる気になってくれないからよ。だからこうやって襲うしかないじゃない。だけどやっぱり相手にもされない。私は魔族の中では強い方だったのよ? なのに貴方には勝てる気が微塵もしない。魔術戦は完敗、あとは腕力で勝負するしかなさそう」

「魔術戦? 腕力……? 戦いって、襲うって…………え、そっちの……?」


 小声で何かを言うベルヴェール。唐突に襲われたことで流石に動揺しているようだ。


「今のルルの姿なら本気でイケると思ったんだがなぁ……」

「それはどういう意味かしら。吸魔の力を解放した真の私でも不足だと言いたいの?」


 本気になれると思った相手の魔術が思いのほか弱かったと、そう言いたいのだろう。


「いや、歓迎ではあったのだが……そうか、戦いとか手合わせは……そうか、そうなのか」


 また俯いてしまった。貴方は火魔術を撃たれてもまだその余裕を維持できるのね。

 でも今のが私の本気だとは思わないでほしい。


「立って戦いましょう。本当の私と」

「勃っているから立てないんだが……私が立てば鬼を見ることになるぞ」

(オーガ)を? ふふ、貴方がその程度のわけがないでしょ」

「……」

「その沈黙は肯定ね。貴方がオーガ程度の強さしかないなんて、火をかき消されたんだから嘘だとわかるわ」

「あぁ、そっちの意味か……」


 さぁ、本気のベルヴェールをみせて。腕を折られようとも、足をもがれようとも、目を潰されようとも構わないから。むしろそうして欲しい。できれば、ここで私を殺してほしい。そうすれば勇者の子孫、ロゼア家に嫁がなくて済むのだから。


二人の間にあったテーブルを蹴り上げると、「あーっ!?」とベルヴェールが声を荒げる。私はこの一か月ずっとベルヴェールを見てきたんだ。贅沢を好まず、物を大切にするベルヴェールなら、こうすれば怒ると知っていた。


テーブルは空高く舞い上がり、ベルヴェールの後ろに落下する。


「見切れてしまった……テーブルさえなければ」

「…………」


テーブルを蹴り上げるのは軽率な行動だったと悔やむ。

ベルヴェールはたった一度の蹴りで私の動きを見切ってしまったのだ。テーブルさえなければ、私との戦いを楽しめたかもしれない。動きを見切った相手との戦いなど面白いわけがないのだから。


「侮らないで」

「穴掘らないで? いや、今のルルならば喜んで――」


なんて優しい微笑みなのだろう。この期に及んでもまだ私を妹の様に、娘の様に扱おうとする。

戦いなどせずに甘えてしまいたくなる。また頭を撫でてもらい、抱き上げてほしい。肩車はちょっと恥ずかしいけど、でも手は繋いでほしい――。


「やりましょう」

「望むところ――ではないんだった」


一瞬の気迫。思わず後ずさりしてしまいたくなるような、獣のような目。いいえ、あれがバロールの言う先を見通す竜の目なのだろう。


ベルヴェールはまたいつもの顔に戻る。そんなベルヴェールを見て私は笑ってしまう。

腕を組み、邪魔な胸を持ち上げる。


「いくわ」

「私も――」


ベンチに座ったままのベルヴェールに足の裏を突きだす。

ベルヴェールはベンチごと十メートルほど吹き飛ぶ。

手ごたえはあった。下腹部を狙った不意打ちの蹴りが刺さり、普通なら二度と立ち上がれないはずだった。だが、鉄の様に固い何かに私の蹴りは遮られていた。腹に鉄板でも仕込んでいるのかと思わせるような強固な腹筋。それがベルヴェールにダメージを通すことを許さなかった。


「な、何てところを蹴るんだぁ……危うく出かかったぞ」


 立ち上がるベルヴェールに駆け寄り、追撃の後ろ回し蹴りで顔面を狙う。それをあっさり腕で止めたベルヴェール。

 止めた腕を軸にして飛び、ベルヴェールの背よりも高い位置から真っ直ぐに蹴りを放つ。それを青い魔力が漏れ出ている腕で払われ、私は空中で回転する。落下する前に私を猫でも抱えるように抱き留め、「大丈夫か」と優しく声をかけてくれるベルヴェール。


 襲い掛かった方が心配されるとは、これじゃあ本当に猫が竜にじゃれついているみたいな――子供が親に甘えているようじゃない。


 ああ、強い。ベルヴェールは強い。

 嬉しくて嬉しくて堪えることができない。彼は笑ってしまうほど強いんだ。

 

 父上なら今の一撃を受けることしかできなかっただろう。

 兄上なら最初の一撃で倒れていたはずだ。

 

 魔術が効かず、体術も通用しない。私に勝ち目は万に一つもないだろう。


 だけど私は吸魔の神子、ルルアナスタシア。勝てなくとも、簡単に敗北を許容したりはしない。


「貴方の魔力、いただくわ」

「へぁ?」

ベルヴェール・ディオール

ステータス:ピューア王国ハイルズ領領主 四十六歳童貞 甲殻類 貴公子 

状態:やっと気づいた 泥酔 鮭 鬼勃起 マントで辛うじて隠す

ルルアナスタシアから見た姿:この人なら……


ルルアナスタシア

ステータス:魔王の娘 魔族最強 吸魔の神子 吸血鬼 勇者の子孫の婚約者

状態:真の姿 狂熱 胸がこぼれそう 下着が下着の体をなしていない


ハンス

ステータス:執事衆 

状態:寝よう

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