気のせいで、見間違いな日から
ルルが行儀見習いとしてシャラザードから来て早ひと月。
最初は緊張した様子だったルルも、今では執事やメイドたちとも打ち解けてきたようだ。特にタチバナとは気が合うのか、何も言わず何もせず不敵な笑みを浮かべ合っていることがある。
マリーもタチバナとは気が合うようで時折楽し気に話しているのを見かける。度々ハンスの名が出てくるのが気になるところだ。
ルルにピューア流の礼儀作法は教えてはいるが、それは公式の場でだけ取り繕えばいいと言ってあるので彼女はこの屋敷で自由に暮らしてもらっている。領主の私が作法を守らないのだ、客人に強制できるはずもない。この方針にルルは喜んだがマリーは苦い顔をしていた。可愛い娘を送ってくれたシャール男爵家には悪いが、行儀見習い先に私を指名した魔王ゴゴムストリアスを恨んでほしい。
「肥え太った者が多くいるわ」
「運動不足もあるのでしょうが、生活の水準が高く飢えることはないのでしょうねー」
今は屋敷のある高台の下、ハイルズ領でも最も栄えている町ベリオールにきている。いつも通りお忍びでハンスと二人で出かけようとしていたのだが、出掛ける間際にルルに見つかってしまいマリーも含めた四人で出かけることになった。
好奇心が旺盛なのはいいことだが他国の貴族を連れて歩くのはそれなりに緊張する。つい先日も女性が被害にあったばかりなのでなおさらだ。
被害女性の治療はハンスの判断で屋敷ですませた。幸い大した怪我でもなく顔に残るような傷はなかったのは本当によかった。ただ納得いかないのは、治療が終わり屋敷から出る女性が助けた私ではなく屋敷へと運んだだけのハンスに熱い視線を送っていたことだ。なぜ私ではないのか。
人攫いの一件はまだ調査中で、爺やが休みを返上して調べてくれている。休みがなくなったというのに逆に生き生きしだし、逝き逝きするのではないかと心配するほど精力的に働く爺やはもう仕事中毒だ。
「あの街灯らしき物は手が届かないところにあるわね。魔力で動くのかしら?」
ルルはこちらの心配など気にせず、見慣れぬものを見つけてはマリーに質問している。
「定期的に魔力を補充する見回りの魔術師がいるようですよー。あれはシャラザードでも導入した方がいいかもしれませんね。魔力なら魔族の方が多いですし、もっと効率的に運用できると思います。問題は街灯の構造ですが――」
驚くのはマリーの博識ぶりである。まるでベリオールにきたことがあるかのように、私もよく知らない爺やが設置した街灯についてスラスラと答えている。だてに貴族の従者をしているわけではないなと感心した。
一方私の従者であるハンスに視線を向けると、こいつは私の護衛などする気がないのか町娘の尻をずっと視姦していた。右に動けば視線を右にずらし、左に動けば左にずらし、飛び跳ねようものならハンスの視線も跳ねる視線ストーカーである。
どうしようもないスケベな従者で、どこまでも私に相応しい従者だと改めてハンスを見直した。
「ハンス、流石に露骨だぞ。尻を見るにしても遠慮を忘れず、周囲に覚られぬよう見るんだ。見られただけで気分を害する者もいるんだぞ。あと目立つ娘がいたら私にも教えろ、幸せを独り占めするな」
ルルとマリーに聞こえぬよう小声で話す。
「伯はいつもメイドたちの胸を見てるじゃないですか。俺を囮にして」
まずい、話の分が悪い。流そう。
「……今日もスカイがブルーだな。空がこうも青いと、私の好きな青染めの下着を連想してしまう。空が薄青色のパンティだとしたら、浮かぶ白い雲は一体なんだろうな」
「精子」
「ナッハハハーッ!」
自分で振っておいて、話を膨らますこともできず全力で大笑いしてしまった。
やられた、そう返してくるか。こういう遠慮のない返しができるハンスは最高の従者だ。
「伯はもう空を見ないと誓ったのでは?」
「空が私を見ているのだ。美しきものが私を見てくれているのだから見つめ返すのが礼儀だろう」
美女に見つめられるとすぐに視線をそらしてしまうがな。
「じゃあ俺もそれと同じようなものです。俺が見ていたのではなく、あの娘の尻が俺の目を見ていたのですから。どこを見ても追ってくるので視界から外すのに苦労していました」
ものは言いようだな。しかし参考になる。いつか機会があれば使わせてもらおう。
「うむ、なら仕方ないな」
「伯の見られたら見つめ返す理論って、イチモツを振った風圧でタンポポの綿毛を飛ばそうとしているのを見られた時も見つめ返すんですか? そんな状況で見つめられたら軽いホラーなんですけど」
「やめてハンス? 街中なのにどうしてそこだけ普通の声量より大きめに喋るの?」
「すみません、思い出したら笑いがこみあげてきてしまって。あの時は伯の正気を疑いましたね。俺は死ぬほど笑って腹筋がバッキバキに割れましたよ」
正気じゃないからやっていたんだよ。
「聞いてくれ、あれには深い訳があったんだ。旦那様強化月間などとメイドたちがいつもよりも過剰に身の回りの世話をしてくれたことがあっただろ? 朝は私が食事をとるまでひっつかれ、昼は執務室にメイドが常駐し、夜は私が眠るまで子守り歌を歌ってくれていた、あの強化月間――」
「ハーレムなんか作っていい気になりやがって……」
「ん?」
「いえ、なんでもありません。続けてください」
今もの凄くハンスが暗い顔をしていた気がする。まるで、色とりどりの美女を侍らかし、処女を食い散らかす悪徳領主を前にした様な顔だったが……見間違いか?
「あ、ああ。献身的な世話はありがたくもあったんだが、私の傍に常にメイドがいるということは、私の時間が一切なくなるということ。当然一人で励むこともできなくてな――」
「だからメイドとやればいいだろ。もったいぶることで自分の価値を高めてるつもりの清楚系ビッチかよ……」
「ん?」
「いえ、なんでもありません。続けてください」
ハンスの瞳の濁り方が尋常じゃなかった気がする。まるで、あざとい女が如何にも童貞受けしそうな服を着て女慣れしていなさそうな男にボディタッチを繰り返している姿を見るような濁った眼だったが……気のせいか?
「ひと月も禁欲を求められて気がふれてしまったのだ。メイドたちも風呂にまでは入ってこなかったので、その隙に外へ出て一人の時間を堪能し、夜風に当たりながら一発抜こうかどうか悩んでいるところにタンポポを見つけてな」
「見つけたからといってやろうとは思いませんし、思いつきもしませんけどね」
「私だって常日頃からやっているわけではない。そのような狂事に及んだのもムラムラの限界だったからだ。しかし、まさか見られているとは思わなかったぞ。言えば一緒に――」
「やるわけがないんだよなー。伯はまだ気がふれているようですね」
「……すまない、そうだな。勢いでブツが当たったらお互いに即死してしまうな」
考えただけでも三日は勃起できなくなる悍ましい光景が浮かぶ。
マリーが一瞬振り向いたような気がしたが、ルルと噴水を指さしながら話しているので見間違いだろう。
「そういう問題じゃないですけどね。もう病気ですよ。一度痛い目に合わないと治らないかもしれませんね」
マリーが一瞬振り向いて「尻に痛い目をみせる?」、と言った気もしたが、ルルと話しているようなので見間違いだろう。そもそもマリーがそんなことを言うわけがない。
「でも、ここ最近で一番驚いたのは執務室でルルアナスタシア様の足裏をイチモツで――」
「ハンス、何が望みだ。金か? 地位か?」
やめろハンス、あれはロリっ子に興奮したのではなく見慣れぬ黒い下着に愚息が反応してしまっただけなんだ。
ルルは名前を呼ばれたのでこちらに振り向き、首を傾げて言葉を待っている。一緒に振り向いたマリーも「体が目当てに決まってんだろ」と口を動かしているように見えたが、まぁ気のせいだろう。
「今呼ばなかった?」
「う、うむ。どうだ、珍しいものでもあったか?」
「ええ、見るものすべてが珍しいわ! あの湧き水は噴水って言うんでしょ? ただ水が噴き出しているだけなのに見惚れてしまう美しさね!」
思わず君の方が美しいよと頭を撫でてしまいそうになる無邪気な可愛さを見せられて私は返事を詰まらせてしまう。
「……これだけ町が大きいのも驚きだけど、シャラザードにはないものばかりで飽きないわね」
浮かれていたルルが急に落ち着きを取り戻したので、私が何かへんなことでもしてしまったのかと落ち着かなくなる。チャックでも開いていたかと股間を確認するが開いてはいない。股間を確認したハンスが不審げな目で見ているが、恐らく嫌な勘違いをしているのだろう。
違うぞハンス、勃起チェックをしたわけじゃないからな。
「ハハ、ずっと屋敷にいては体も鈍ってしまうだろう。これからは定期的にこうやって散歩にこよう。ただし一人では駄目だぞ、必ず私か屋敷の者――タチバナなどを連れてにしてくれ」
時折忘れそうになるがルルは他国から預かっている要人だ。何かあってからでは遅いので、自由にさせているとは言っても多少の縛りは必要である。
縛ると言っても本当に縄で縛るわけではない。ルルを縄で縛って地面と平行になるように吊るし、身動きの取れないところを舌先で――などというネタは私の愚息には響かない。むしろ私の方が縛られて吊るされ、ルルに蔑んだ目で見られながらマリーに嫌々蝋を尾てい骨に垂らされ……っていかんぞ愚息! 天下の往来で何を張り切ろうとしているのだ!
「体が鈍るって、それはベルヴェールが相手してくれなかいから悪いのよ? ベルヴェールが相手をしてくれたら町なんかに出なくても十分刺激は足りるのに」
刺激を欲するロリ貴族か。魔族とはどこまでも素晴らしい種族だな。
しかし私の性的嗜好はロリなど専門外。一昨日来やがれだ。……いや、五年後十年後に来てくださいと言った方がいいか。
「実年齢が十六でも肉体年齢が九歳ではなぁ。せめて二十歳ぐらいの姿であれば喜んで相手をさせてもらうんだがな」
「……」
つい忘れて子供扱いしてしまうがルルは本当に十六歳だ。しかしその仕草や見た目のせいで九歳にしか見えない。
白昼堂々運動不足を解消するために男女の接合運動で相手をしろなんて、どこまで淫乱なロリっ子なのだろう。これが肖像画のルルだったら私の砂山より脆い理性は容易く崩れ去り、飛びかかっていただろう。
このまま彼女を悶々とさせておくのも悪い。性的なこと以外で刺激を与えてやりたいとは思うのだが、刺激と聞くとハードなプレイばかり思い浮かんできて困る。直接性的ないたずらをするのはもちろん駄目だ。子供に手を出すなど、愚息が許しても私の砂山並の理性と鉄の倫理観が許さない。
「わかったわ。手合わせするのは、今は諦めてあげる。でも一つ困ったことがあるの」
「なんだ、なんでも言ってくれ」
性的な手伝い以外なら何でもやってやるぞ。
「人が多すぎて街の全容というか、先が見えないのよ。地図を読んで予め行き先を決めておくか、ベルヴェールの屋敷から一度遠望してから来ればよかったわ」
「む? ああそうか、ルルはちんまいからな」
「ちんまくない!」
「両手を上げているのは体を大きく見せようとしているのか? それでもちんまいままだぞ。私がここで手でも繋ごうものなら兄妹どころか親子だと思われてもおかしくない身長差なのだからな」
「ウゥッ……!」
子犬のようなうめき声を出してルルが睨んでくる。怒らせてしまったようだ。
「親子か……そうかそれだ! ルル、良いことをしてやろう!」
「良いこと? 戦うの?」
「伯……」
良いことと言っても気持ちのイイことではない。だからハンスよ、そんな目で私を見ないでくれ。
「ちょっ、はわぁー! なになになに!? 何をするつもりなの!?」
ルルの両脇を掴んで抱き上げ、くるりと空中で横向きに回転させて私に背を向かせる。そこからさらに高く担ぎ上げて肩に乗せてやった。
「よっと、体重が軽いので易々持ち上げられる。肩車だ、これで遠くまで良く見えるだろうし中々に刺激的だろう?」
「見えるけどッ、刺激的だけども! でもこれは――」
「なぁに、周りには親子が街を散歩しているようにしか見えないから大丈夫だ」
「親子が散歩?」
ルルは急に大人しくなる。
生足の感触を知った愚息が暴れ出しそうになっているが、少しはお前も大人しくしていてくれ。
「ルル様の寂しがり屋な部分を突いて、父親にしてほしかったことを的確にするなんて……。辺境伯、侮りがたし……」
「マリーさん、ルルアナスタシア様は喜んでるんですか? 俺には恥ずかしさから今にも暴れ出しそうに見えるんだけど。こんな人通りの多い街中で執務室の時みたいに暴れられたらかないませんよ。というか外交問題に発展しませんかね?」
「外交問題……外、肛門大にハッテン……? なんですかそれ最高じゃないですか」
「馬鹿か? 俺が言った方もマリーさんが考えている方も、どっちも最高じゃないですよ」
「俺がイッたホーモ?」
「もうまじ面倒くさいこの人」
またハンスとマリーが私たちには聞こえないような声で会話している。何を話しているのだろう。
「おほん……安心してください、あれは喜んでますし照れているだけです。ここからだと見えにくいですが、ルル様は旋毛から爪の先まで赤くなっているでしょうね」
「それ、怒ってるからじゃなくてですか?」
「溢れ出る喜びでです。ルル様が本気で怒ると白くなりますから。まー滅多にはそこまで怒りませんけどね」
「へぇ、食事にピーマン出されると不機嫌そうにするけど、あれ怒ってなかったんだ」
「怒ってはいるでしょうけど本気ではないですねー。どちらかと言えば嫌がっているのを怒った振りして誤魔化している感じでしょうか」
「それだと俺には同じようなもんに聞こえますけどね」
背後からはハンスとマリーの声。二人は同じ従者同士だからか気が合うのだろう、最近はぐっと仲良くなっていくのを感じる。
仲が良いのは何よりだが、私より先に童貞を捨てたら、生娘であろうマリーの処女膜を破ったら……貴様の大事にしている色本コレクションは全て破り捨ててやるからな。
「どうだルル、この高さならさっきより遠くまで見通せるだろう。気になるものはあったかい」
私の後頭部はロリっ子の股はあったかいと学んだぞ。
「気になるのは周りの視線よ!」
「なぁに、そんなもの最初だけだから気にするな」
「む、無茶を言わないで! 気になるに決まってるでしょ!」
好奇の視線に耐えられないとばかりに身をよじるルル。あまり動くとそこに女性器があることを意識してしまい、後頭部が勃起するからやめてくれ。お前も好きでもない男の後頭部で処女を失いたくあるまい。
「抵抗する振りはみせるけど降りる気はさらさらなそうですね」
「むしろその逆で、身をよじって座りやすいベストポジションを探っていますよ。あれは相当喜んでますね、見てください真っ赤な顔をしているくせに満面の笑みをかましています。控えめに言って天使です」
「マリーさんはホントにルルアナスタシア様が好きですね。まぁ可愛いっちゃ可愛いですが――」
ああ、私に本物の妹がいれば大人になってもこうしてやったのだがな。それかルルがもっと大きければ向きを反対にして、女性のハチミツ溢れる股間の巣箱が顔に当たるようセットし直すのだが……。
「――伯の笑顔に裏がなければいいんですけどね」
ハンスめ、さっきからひそひそと楽しそうに話おって。最後の失礼な発言だけはハッキリ聞こえたぞ。
☆
ルルを肩車して歩いて小一時間。最初は暴れていたルルだったが、焼き菓子屋で買ったクッキーを与えてやると恥ずかしさなど忘れて夢中で食べ続けていた。
頭の上からぽろぽろカスが降ってくるが、私はそれを気にせず一枚ずつ頭上のルルに渡していった。
これが妙齢の美女が落とした食べこぼしだったら、表情筋がつるほど舌を伸ばして回収していただろうな。
「クッキーと言うのよね、これ。食感は揚げた魚の骨に似てるけど……。堅いのに、こんな美味しい物があるなんて知らなかったわ」
私の愚息も硬くて美味しいと思うがルルにはまだ早い話だな。
「それはプレーンタイプのクッキーだな。なかには干しブドウを混ぜたものや、ハチミツを練り込んだものもあるぞ」
「干しブドウ!? 果実とクッキーが合わさったら最強じゃない!? それにハチミツまでって! 私は人族の国を侮っていたわ……」
「ハハッ、ああ最強に美味しいぞー。では次は干しブドウクッキーを売っている店に行くとしようか」
「ええ、そうしてちょうだい! こうしてはいられないわ、早くこのクッキーを食べ終わらせなきゃ!」
ルルは反応が一々大袈裟で可愛いな。当初は爺やの趣味に合わせて自慰をみせてやると意気込んでいたが、見せないで本当によかった。
この一か月間ともに暮らして分かったが、実はルルがロリビッチなどではなく淫乱な振りをしているだけだというのは明らかだった。
現に今も花より団子とばかりに頭の上でクッキーを夢中で食べている。これが本物の淫乱ならば私が腿を掴んだ時点で何らかのアクションを起こすはず。少なくとも私が美女に肩車をされたなら、鬼勃起してしまい後頭部を愚息で殴りつけてしまうだろう。
「伯、そろそろ引き返しませんか。結構なところまで歩いてきちゃってますよ」
「む?」
ハンスに呼び止められて気づく。どうやら私たちは知らず知らずのうちに町の外壁まで来てしまっていたようだ。
「ルルは他に見たいところはあるか?」
「いいえ、今日はもう満足したわ。ブドウのクッキーはお土産に買って帰るけど、食べてばかりな上に、肩車までしてもらったから運動をしないと。ねぇベルヴェール、帰ったら私の相手をしてくれない?」
またこれだ。
「何度言われても駄目なものは駄目だ。私は子供には手を出さんよ」
「んー……やっぱりだめなのね」
相手をしろとは言うが、本当に意味がわかって言っているのだろうか。ハンスも見ているのであまり滅多なことは言わないでくれ。
「帰ることを提案しておいてあれですが、どうせならギルドに顔を出してみませんか。運動とは少し違いますがギルドの空気を感じたらルルアナスタシア様も少しは気がまぎれるかもしれません。ついでにカイさんに会って新たに発見された洞穴についての資料も見ておきたいので」
「ギルドか――」
町の外壁近くには冒険者ギルドという冒険者に仕事を斡旋する施設がある。元々は私兵の駐屯所であったが、私の代になってからギルドとして改築したものだ。
ハイルズ付近は洞穴が多く魔物や亜人種も多くいるため、元は人が住めるような土地ではなかった。外壁近くに駐屯所が設けられていたのもその名残だったのだが、私が領主となった頃から人の流入も増え始めて、冒険者や野盗紛いの荒くれ者なども集まるようになって治安が悪化し、魔物よりも人間の方をどうにかしなければならなくなっていった。
そこで爺やと協議した結果、この場所に領主直営の冒険者ギルドを設立し、経営をはじめることとなった。
手に職を持たぬ者や家もない荒くれ者、その他にも腕に自信がある者が次々にギルドに集まってきた。
元々私兵に使う予定だった費用をギルドに回すことで、冒険者に対する社会保障や特別報酬などの待遇を他領地のものよりも充実させることができたのが幸いし、噂が噂を呼び、人が人を集め、冒険者ギルドのあげた利益が予想以上に多く入ってくるようになっていき、この町は一気に活気づき、潤い発展し始めたのだった。
豊かになったのは良いが他の領地の重税や待遇に不満を持って流民となった者たちがハイルズに殺到し、爵位を継いで早々に周辺貴族連中には嫌われてしまったがな――。
「ねぇ、ギルドってなに?」
「シャラザードにはないのか? 魔物を狩る者と、その依頼を出す者の間に立ち、人員の管理や報酬の受け渡しを代理で行う組織のことなのだが。魔物に関わらない仕事の斡旋などもやっているが、それは支店の方が主だな」
「シャラザードでは魔物は個人で片付けるものだからギルドなんてものは存在しないわ。あっ、でも食肉用に狩るためにパーティーを組んでいる者たちはいるけど」
「まぁそういう者たちを集めて、より効率的に魔物を狩る組織だ」
「ふぅん。そんなのベルヴェールが一人で出来そうなものなのに」
無理だよ。魔物がこの世に何匹いると思っているのだ。人と同じで奴らも増え続けているんだぞ。魔物ですら交尾をして増えているというのに、私はいったい――。
「伯はこう見えて忙しいんですよ」
「そう、私は忙し――待て、こう見えてとはなんだ。ハンスには今の私がどう見えているのだ」
「少女を肩に乗せて薄ら笑いを浮かべ、隙あらば裏路地につれていって性的ないたずらをしようとしている変態領主ですかね」
「ルル様、おりましょう。そこは危険です」
「うん、なんかわからないけど、いつまでもこうしているのは不味い気がしてきたわ」
ルルをマリーにおろされてしまった。
ずっと肩車しているのも妙だったのでタイミング的にはちょうどいいが、後頭部に当たっていたぬくもりと、肩に乗ったほどよい重みが消えるのは少し寂しかった。
「ほう……私が変態か、言うようになったなハンス。では先日仕事をするメイドの尻を舐めるように見――」
「伯、望みは何ですか。俺にできることなら何でも言ってください」
遮って露骨に話題を逸らすハンス。ルルを抱き上げていたマリーの口から粘着質な音がしたが何か食べているのだろうか。
「何でも言うことを聞くか……それは悩むな、フフ」
「俺にできる範囲でお願いします……」
私が笑うとマリーの方から空気の抜けるような高音が鳴った。
なんだ、今のフヒヒュッという耳障りな音は。新種の魔物でも現れたか?
「私、そのギルドってものに行ってみたいわ。それから帰りましょう? ダメ?」
どこに魔物が潜んでいるのかと周囲を見まわしている私の袖を引っ張り、小首をかしげて見上げていたルル。あまりの可愛さにほっぺにキスをしながら振り回したくなったが、ハンスにまた妙なことを言われそうなのでやらない。
この込み上げる温かな気持ちが父性愛というものなのだろうか。まず父になるための童貞解除を踏めていない私には縁のない話だと思っていたが、これは中々どうしていいものだな。
「かまわんよ。だがギルドは荒くれ者が多くてな……。汗臭いやつらの溜まり場にルルほどの可憐な少女が現れればひと騒ぎ起こるだろう。面倒な相手に絡まれても大人しくしていられるか? 無論、何かあれば私が守ってやるが」
「私が可憐って……守ってやるって……」
「さらっとルル様を落とすモードに入りましたね……。当人が言われたら弱い言葉を的確に突いています」
「恋に疎い少女にはたまらないでしょうね。メイドと話す時もあのように気取らずに弱点を突くようなことを言うんです。俺は何回か女性が恋に落ちる瞬間というのを目にしましたよ。時間が止まってしまったかのように固まるんですよね」
ルルは可憐と言われたのが恥ずかしかったらしく俯いてしまった。
可愛いものだ。ムチムチのメイドや女盛りの人妻だったら私は心と愚息が舞い上がってしまって上手いこと喋れないのだが、ルルのような子供ならば素直に言葉を紡げる。
「こ、この私を守るだなんて大した自信ね。初めて言われたわ」
「なんだと? ははぁん、シャラザードにはルルの美しさに気づく審美眼を持った者がいないのだな。ではずっとハイルズにいるといい――」
ルルを持ち上げる言葉が泉の水が湧き出るのように溢れてくるぞ。
いつもこれぐらい喋れれば他貴族に呼ばれたパーティーなども楽しめて、今頃浮名を流して色男ぶれたかもしれないのになぁ……。
「ハンス君、シャラザードにおいて異性を守ると言うのは恋仲になってくれという意味なんですよ。私には辺境伯がルル様に輿入れしてこいと熱烈に口説いているようにしか見えないんですが」
「伯はたまにテンションが上がって馬鹿になるんで、あれは多分考えなしに喋っていますね。考えがあったとしてもルルアナスタシア様を喜ばせてやろう――とかその程度のものでしょう。普段も魔力切れを起こしている時や酒が入っている時暴走するんですが、若いメイドが腰を抜かすほどの言葉責めにあって興奮のあまり廊下で漏らしてしまっているところを何度か目にしました」
「だからメイドたちはオムツを常備していたんですねー……。あっ、見てください、ルル様は火より真っ赤になりながらも黙って見上げながら辺境伯の言葉を待ってます。褒められ慣れていないから、もっと言って欲しいんでしょうね。愛しすぎて抱きしめてやりたいですが邪魔しちゃ駄目ですよね」
「どうでしょう、俺には白昼堂々子供を全力で口説き倒している変態にしか見えませんね。伯を殴り倒してでも止めたいです」
「…………辺境伯がとられるのではと心配しているんですか?」
「一々そっちの話にもっていくのをやめろ。伯との関係を曲解するな」
「腐卑卑ィッ!」
「……今の汚い高音、笑い声ですか?」
またハンスとマリーが二人で仲良さげに話している。あとでハンスにそれとなく付き合っているのか聞いてみよう。婚約しましたとか言われたらショックだから、それとなく、何気なく、核心に触れぬよう聞き出そう――そんなことを考えながらギルドへと向かった。
そしてギルドに到着し妙に浮かれていた私を、領主としての責任を自覚させる事態が待っていた。
ベルヴェール・ディオール
ステータス:ピューア王国ハイルズ領領主 四十六歳童貞 甲殻類 貴公子
状態:見た目が九歳だからギリセーフ
領民から見た姿:可愛らしい妹さんを肩車してあげるお兄さん
ハンス
ステータス:執事衆
状態:伯がロリ落ちしないか心配
ルルアナスタシア・シャール(仮)
ステータス:魔王の娘 ロリビッチ(仮) ハチミツ大好き
状態:九歳 ご機嫌 無自覚褒めて褒めて!
マリー
ステータス:ルルアナタスタシアの従者
状態:腐卑卑