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魔力切れのベルヴェール

前回のあらすじ

ドロップキックで悪を成敗

 駆け付けた衛兵たちに人攫いの二人組を引き渡し、屋敷へと戻る。衛兵を待ち、到着してからも引き渡しに際してあれこれと指示を出していたせいで、外はすっかり暗くなってしまっていた。


 ハンスや衛兵の手前、情けない姿をさらすわけにもいかず黙っていたが、久しぶりに体術を使ったので魔力の放出量の調整がいい加減になってしまい、不甲斐なくも私は魔力切れを起こしてしまっていた。


 魔力切れの症状は人によって違う。

 発熱して風邪のような症状が出る者もいれば、熱を失い震えだす者もいる。魔力は人体の生命維持の要、命を支える魔力を放出すれば体のどこかしらに支障をきたす。私の場合は魔力の質が特別なせいか、いくつかの症状が複合して現れる。症状自体は軽く、それで死ぬようなことはまずないのは救いと言えるだろう。


 魔力切れの際に必ず起こる症状が一つある。その症状は、自分が自分でなくなるような奇妙な感覚に陥るというもの。私はこの感覚があまり好きではない。気分が落ち着きすぎてしまい、冷静に物事を判断できるようになるのはいいのだが、そのせいで冷淡で薄情な印象を相手に与えてしまう気がするのだ。


 屋敷の中では一人のメイドが慌ただしく走っていた。


「あっ、ご主人様!」


 玄関ホールを走っていたのはメイドのリタ。私の前で立ち止まると、一度深く頭を下げた。

 いつもなら胸に目が行き、愚息がここから出せとひと暴れするところなのだが、魔力を失った私にはそんな元気は残っていない。


 手には白い包帯と薬箱を持っているが誰か怪我でもしたのだろうか。


「随分と慌てているようだが、何かあったのか?」

「ハンスくんが女の人を連れてきて――」

「ハンスが女性を?」

「酷い怪我をしているようだったので治療をしているところだったのですが。あの、ご主人様の指示なく勝手に使うのはまずかったでしょうか……」


 攫われた女性を屋敷に連れ込んだということか。なるほど、ハンスめ考えたな。

 人攫いから救った女性が貧民街の住人だとしたら医者に任せてしまうと後々治療費が払えずに一悶着あるだろう。そこでハンスは屋敷のメイドたちや専属医のガラルファに治療を任せようと考えたのだな。

 これは民を想っていなければ出てこない、柔軟で的確で適切な判断と発想。さすがはハンス、私の最も信頼する従者よ。


「いいや、ハンスの判断は正しい。これは民を想うが故の行動……私は感動したぞ。そういうことならば君たちの出番だな、培ってきた治療技術の全てを遺憾なく発揮し、女性の命を救ってくれ。これは君たちにしかできぬ重要な仕事だ、期待している……いや、必ず救ってくれると信じているぞ」

「は、はい! では――」

「おっと……動かないでくれリタ」


 魔力切れのせいで足に力が入らなくなり、この場で倒れそうになってしまった。


「はんっ!?」


 視界がぼやけ、リタが三人に見える。何とか分身するリタの本体を捕まえ支えになってもらう。そして肩を軽く払ってやってから何事もなかったかのように離れた。


「肩にゴミがついていたぞ。リタは美しいので糸くず一つでもついていると、それが目立ってしまう。美しすぎると言うのも――ん? あぁ、すまない驚かしてしまったな。清き乙女に気安く触れるなど私はどうかしていたようだ。許してくれ」

「あふぅ…………」

「引き留めて悪かった。あとは頼む」


 リタを支えにすることで倒れることなく持ち直すことができたので、その場を速やかに離れる。

 リタのいた方から勢いの良い水っぽい音が聞こえたが、はて、爺やが屋敷内に噴水でも作ったのか?


 しかし危なかったな。リタに魔力切れを悟られていれば、また過保護で過干渉なメイドたちによる強化月間が始まってしまうところだった。自然に誤魔化すことができてよかった。


 屋敷の長い廊下を歩き自室へと向かう。視界は先ほどよりもよくなってきており、歩行も安定してきた気がする。だがそれでも万全とは言えない。誰にも見つからぬよう自室に戻り、ゆっくり休みたいところだ。


「あ、ベルヴェール」


 長い廊下の曲がり角から現れたのはルルだった。

 金色の柔らかそうな髪を揺らしながら近づいてくるルル。私の魔力切れによる研ぎ澄まされた感覚は、嬉しそうに笑った瞬間を見逃さなかった。


「機嫌が良さそうだな。何かいいことでもあったのか」

「べ、べつに変わったことは何もないわ。いつも通りよ?」

「そうか。花が咲くような可憐な笑みを見た気がしたのだが、それは私の見間違いだったか」

「は、花? 見間違いね……私は笑ったことなんてないもの」


 果たして本当にそうだろうか。いつもハチミツを舐めている時はこれでもかというほど頬を緩ませ、目を細めて幸せそうにしていたと思うのだが。


「ハッハッハ、そうかそうか。ではルルの宝石のように美しい翡翠色の瞳が細められる瞬間を是非とも見てみたいものだ。これは土産のハチミツだ、今日はもう時間が取れそうにないが、今度一緒に楽しまないか? その時、私に笑顔を見せてくれ。私は花を見ながらワインを飲むのが好きなのでな」


 茶色い紙袋に入ったハチミツを渡すが腰の力が抜けて、かくんと沈んでしまう。なんとか中腰でとどまり、腰を屈めたままルルに視線を合わせて頭を撫でてやる振りをして支えにする。


「なぁんッ!?」

「前々から撫でてみたいと思っていたのだ。嫌だったか?」


 リタとは違いルルは幼いからか、触れても嫌がる様子はない。黙って私と目を合わせながら大人しくしている。


「思った通り、絹糸のように柔らかな髪だ。これほど美しい髪の質を維持するには毎日の手入れも大変だろうに」

「ま、マリーが毎朝と毎夜やってくれるから……。私はいいって言ってるのに……」

「何を言うかと思えば。ルルよ――」

「な、何?」

「ルルの髪は月をも霞すませるほど美しい。それを手入れもせずに放置しようなど……そら、窓から月を見てみろ。ルルの髪の美しさに自身をさらすことを恥じて、雲に隠れてしまっている。だというのにルルがそんなことを言えば、恥じた月の立場がないではないか」

「え? へ? あ、うん。そ、そう……なの? ベルヴェールがそう言うなら、これからはもう少し気を遣うようにするわ……」

「そうしてくれ。そしてまた撫でさせてほしい。どうも私はルルの髪を撫でるのが癖になってしまったようなのだ。私が触れて穢してしまうのは心が痛むが、撫でていると落ち着くのだ。こうしていると疲れなど最初からなかったかのように取れていく」


 腰の調子が戻るまで撫でさせてくれ。


「……」


 返事をせず、こくりと頷くルル。

 猫のように気難しい子だ。撫ですぎたせいで機嫌を悪くして口をきいてくれなくなってしまったのかもしれない。しつこくして本格的に嫌われてしまっては困る。腰にも力が入るようになったので、このへんにしておこう。


「では私はいく」

「あ、待って……。ハチミツを楽しむときはベルヴェールを呼ぶわ……。時間があったら、一緒に……」

「ああ、極力時間をさけるよう、仕事を溜め込まずに片付けておくよ」

「……」


 最後にもう一度頭を撫でる。ルルは大人しく撫でさせてくれたので「いい子だ」、と一言残して私はその場を去った。



 ルルとわかれて自室の前に着くと爺やが私を待っていた。


「坊ちゃん、少々よろしいでしょうか――」

「ああ、かまわん」


 爺やを自室に招き入れ、魔力切れを覚られぬよう気を張りながら椅子に座る。爺やにもテーブルをはさんで反対の椅子に座るよう促すと、ハンスとともに遊んでいたボードゲームが出しっぱなしだったことに気づく。


「すまない、すぐに片付ける」

「いえいえ、それには及びませ――っと、これは……、ハイルズとシャラザード、そしてアッシュヘンの兵の配置を再現して……? ほう、ではつまりこの駒は坊ちゃんで、こっちはイゴールの……なるほどなるほど、では私はこの金というわけですな……」


 爺やは駒の置かれた盤面を見ながらブツブツ言いだした。駒を身近な人間や自分に置き換えて妄想するとは相当疲れているな、これ。


「それで話とはなんだ? 爺やは働き過ぎだ、早く休んでもらいたいので手短に頼みたいんだが」

「ハッ――失礼いたしました……。先ほどハンスから聞きました。アッシュヘンの者らしき男が貧民街で人攫いをしていたとか」

「ああ、その件か。人攫いどもなら衛兵に突き出しておいた。少々派手に折檻してしまったので、治療が終わるまでは口を割らせようにも喋れないかもしれん」

「左様ですか。ではその件、ぜひ私にお任せください」

「また自分の仕事を増やそうとするのか……。まったく、爺やはどこまで働きたがる」

「いえいえ、私も歳ですので体を動かしていないとボケてしまいそうでして」

「まったく……そういうことにしておこう。だが無理はしないでくれ。爺やは私にとって父親も同然だと思っている。そんな爺やが倒れてしまっては私も政務どころでは……ど、どうした爺や」

「ぐぅッ……もた、もたもった、勿体なきお言葉ぁ……」


 爺やは眉間の下を指でつまみ、ボロボロと泣き出してしまった。

 どうしたものかと思い、とりあえず買ってきたワインの封を開けて、グラスを二つ棚から取り出してワインを注ぐ。


「爺やも飲んでくれ」

「こ、これは、義親子の誓いの盃……?」


 いや、そんな重いものではない。だが爺やがそう思いたいならそれもいいだろう。


「謹んで……」


 父親側が謹んでどうするのだ、堂々と受けてくれ。


 爺やがワインを一息に呷り、ワイングラスを両手で大事そうに掲げて天井に向けてブツブツと囁いている。お迎えが来て、そいつと話しているのだろうか。

 私のグラスが空になるのを見ると、すぐさまワインを注いでくれる。男の涙を肴にするのは、酒の楽しみ方としては下の下だが、たまには爺やとこうして酒を酌み交わすのも悪くはないな。


「話を戻して悪いが、アッシュヘンの件、攫われそうになっていた女性の容態はどうなった? 私が屋敷に着いたときはリタが慌てて走っていたが」

「無事でございます。初診では骨に異常はなく、少し肌が腫れやすい体質だったとのこと。精神的には少し参っているようですが、性的暴行などを受けた形跡も、顔に残るような傷もないそうです。顔の腫れが引くまでは屋敷にて保護し、数日後には家まで送る予定でございます」

「そうか、大事でないならよかった。……となると残る問題は捕まえた男二人か。今までそんな情報は入っていなかったが、かの国はハイルズから人を攫って奴隷として売っているのか?」

「まだ確定ではありませんがその可能性はありますな。男二名の尋問結果次第になりますが、貧民街の行方不明者の件と繋がっているかもしれません。もしアッシュヘンが噛んでいるとしたら、坊ちゃんはどうなさいますか?」

「領民を攫い怪我を負わせたのだぞ、ただですませる気はない。アッシュヘンの国王が関わっていなくとも抗議文は送るつもりだ。考えたくはないが、もしアッシュヘン王国が我がハイルズ領の民を国家主導により攫っているのだとしたら――」


 静かな怒りが込み上げてくる。魔力が残っていたら爺やに肩パンしていたかもしれない。


「ゴクリ……」

「――アッシュヘンの国王にはそれ相応の報いを……対価を払わせてやらねばなるまい」


 出会い頭にパワーボムからのスリーカウントといきたいところだが、二度と手を出さぬと誓約書を書かせ、アッシュヘンとピューアを繋ぐ貿易路の整地を全てあちらの金でやらせてやる。


 爺やは目を大きく見開いており、そして静かに閉じて黙ってしまう。

 逝ったか?


「……承知しました。では、そのように」


 それだけ言うと爺やは部屋から出ていった。

 漸く一人の時間が作れたな。魔力切れを起こした体では愚息と遊ぶ元気もない。今日は大人しく寝るとしよう。


「伯、失礼します」


 爺やと入れ替わるようにハンスが入ってくる。まったく、中々休ませてもらえないな。


「ハンス、怪我を負った女性を屋敷に運んでくれたそうだな。素晴らしい判断だ」

「彼女、金どころか服すら持っていませんでしたからね。医者に預けて、はいさよならとはいきませんよ。でも街中を泣きじゃくる女を抱いて走ったせいで、俺が人攫いだと思われて大変でした」

「それは苦労をかけたな。詫びと言ってはなんだが一杯どうだ」


 爺やが使ったグラスなので、間接キスになってしまうがな!


「いいえ、俺は酒は飲まないので」

「そうか、そうだったな」


 チッ。


「それにしても私は感動したぞ。ハンスの民を想う気持ちがひしひしと――」

「伯、もしかして魔力切れを起こしてますか?」

「……ハンスにはバレてしまうか」

「ああ、やっぱりそういうことですか。リタが下着の代わりに包帯を巻くとか訳の分からないことを言っていたのはそういうことでしたか――」


 なんだと?



 ☆



「それは私の魔力切れとなんの関係もなさそうなのだが……いや、頭の切れるハンスのことだ。リタの暗号めいた難解な行動の答えには既に辿り着いており、私の愚息を幸せにする考えが浮かんでいるのだな?」

「ないですよ、そんなもん。なんで俺が伯のイチモツを幸せにしないといけないんですか」


 伯は魔力切れの症状が非常にわかりやすい。

 まず視界がぼやけているため相手を見失わぬようにしっかりと見据え、足腰が弱くなるためやたらと倒れそうになってボディタッチが増える。テンションが下がるのか落ち着いた声でゆっくりと喋り、そして何故かやたらと人を褒めて喜ばしたがるのだ。


 この状態の伯を通称『貴公子』と俺は名付けている。

 貴公子化した伯は手がつけられない。と言っても暴れまわったり脱ぎだしたりするわけではない。むしろその逆、伯は老若男女問わずに貴公子然とした態度で接し、甘い言葉を並べて次々と人の心を奪い、女を恋に落とし、男に忠誠を誓わせ、動物を手懐けてしまうのだ。


 リタが錯乱していたのも、ロリガキが妙に浮かれながら歩いていたのも、執事長の様子もおかしかったのもこれで納得がいった。伯が貴公子化して誑かしたんだ。


 リタがおかしいのはいつものことなのでいいとして、ロリガキは自分の髪をひと房握ってニヘラと笑っていたが、大方、口から砂糖が出ているのかというほど甘い言葉を囁かれ、優しく抱きしめられたか頭でも撫でられたかして、髪をべた褒めされたのだろうな。髪を褒められたぐらいで浮かれるロリガキもちょろいと言えばちょろいが、貴公子化した伯の魅力に抗えと言うのは酷な話だ。


「保護した女性は無事です。一応それを伝えに来たのですが、もう知っているみたいですね。俺も今日は疲れているので部屋に戻って休ませてもらいます。何かあったら呼んでください」


 伯も魔力が切れているならどこかに出掛ける心配もない。俺も今日は人一人を抱えて屋敷まで走って、屋敷に着いたら勘違いしたタチバナさんにボコボコにされ、メイド服を持って追い掛け回されて疲れ果てているんだ。趣味の編み物でもしながらのんびり休ませてもらおう。


「今日も助かったぞ、ハンス。いつもありがとう」


 伯の飾らない普段通りの言葉。結局のところ俺にはこれが一番効く。

 感謝されたぐらいで喜んでいる俺もロリガキと大差ないな。


「これが俺の仕事ですから」

「ふふ、ストイックなやつだ。爺やに似てきたな」

「複雑な気分ですね……」


 伯の部屋から出て自室へ戻る。

 何故か机の上に置かれていたメイド服と尻尾プラグを窓から投げ捨て、ベッドの上に倒れ込む。


 今日はもう編み物もやめだ。鍵を掛けていたはずの部屋にメイド服が置いてあったことで疲れが限界に達した。タチバナさんはどうやって入って、どうやってカギを閉めて出て行ったのかとか、そういうのも考えるだけ無駄なので頭から追い出そう。


 目を瞑るとすぐに睡魔が襲ってきた。今日はぐっすり眠れそうだ。

 今日みたいに緩やかな一日が突然ハードな日になることもあるが、それでも俺はこの人生に満足しているし、伯と一緒にいるのは楽しいと思っている。執事長は不穏な行動をしまくってるが、まぁなるようになるだろう。




 ――それから数日後、伯が派手にやらかすとも知らず、俺は意識を手放して眠りについた。

ベルヴェール・ディオール


ステータス:ピューア王国ハイルズ領領主 四十六歳童貞 甲殻類 貴公子

状態:魔力切れ 貴公子化 勃起困難

月から見た姿:ダシに使われた


ハンス

ステータス:執事衆 ベルヴェールが最も信頼する従者

状態:安眠 熟睡 爆睡


ルルアナスタシア・シャール(仮)

ステータス:魔王の娘 ロリビッチ(仮) ハチミツ大好き

状態:九歳 超嬉しい 超ご機嫌 超髪の手入れ


バロール

ステータス:執事長 執事衆筆頭

状態:パパ活 尋問準備 拷問準備 戦闘準備


リタ

ステータス:メイド 借金の形

状態:噴水

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