本当の自分を知ってほしくて
私ベルヴェール・ディオールは変態であり、性欲の権化であり、正直者である――。
私は自分がどういう人間なのかを客観的かつ冷静に分析し、そして完璧に把握できているつもりだ。
性的嗜好は幅広く幼女から老婆まで、人間から亜人、果ては石だって穴があるなら抱ける自信がある。性欲は一晩では尽きぬほど強く、私が樹木だったら年中花粉を飛ばしていただろうし、魚ならば常に産卵シーズンで川を真っ白に汚していたはずだ。
好きな食べ物はマンゴー。名前の響きが最も美しい果実だ。
好きな飲み物はカフェラテ。頭文字のカと、尻のテを抜いてヌイてくれ。
好きな言葉は熟女。熟れた女という表現が実に素晴らしい。
好きな元素は窒素。最早説明はいらない、卑猥で心躍る言葉だ。
私は、メイドがスカートを一ミリでも短くすれば気づき、一日そのことで頭がいっぱいになり仕事に手がつかなくなる愚か者だ。
私は、物を拾おうと女性が前かがみになった際には必ず胸元に視線を送るし、屈ませるために頻繁に物を落として拾わせる卑怯者だ。
私は、女性の視線を感じれば自分に気があるのではないかと思ってしまい、しばらくの間その女性を好きになってしまうほど自意識過剰だ。
私は、女性のスリーサイズは目算で一ミリのズレもなく見抜けて、その数字だけで抜ける――と、挙げればきりがないが、そんなどこにでもいるただの有り余る性欲を滾らせる成人の性人である。
――だというのに周りにはどういう訳か私が性人ではなく聖人か何かに見えるらしいと気づいたのは、つい最近のことだった。本当の自分を受け入れてもらえぬこの世は、なんと息苦しいものなのか。同じ息苦しさならば女体の豊満な胸に抱かれることで感じたい。
四十代で未だ童貞。私はあと何年童貞を貫けばいいのか。この童貞棒で女性を貫く日は果たして来るのだろうか。それ以前に、今後、真の私を愛してくれる女性など現れるのだろうか。
両親はまだ私が幼い頃に王都へと向かう途中、盗賊に襲われて殺された。惨い死に方だったと、心無い他貴族から聞いた。
物心がつく前の話であったため、もう両親の顔は思い出すのも苦労するが、世間や近しい者たちから疎まれているというのは、子供ながらに肌で感じ取っていた。領民からも慕われておらず、殺したのも盗賊などではなく領民の仕業なのではないかとメイド達が話しているのを耳にしたこともある。
父は到らぬ領主だったのだろう。子供ながらに父が誤った統治をしているのは理解していた。
領地と爵位を受け継いだ私は、父が行っていたことの逆を張ればいいのだと子供の浅知恵で考えた。
この領地に地力があったことと運も味方し、辺境地でありながら王都と並ぶほど栄え、成長することができた。
現在も財政や治安も安定し、領民の幸福度も教養の高さも非常に高い水準を維持している。三十年以上もの間、振り向かず立ち止まらずに走り続けてきた。領民の笑顔を見るたびに私は自分の努力が報われたと感じる。
だが、私の心が真に満たされることは一度としてなかった。
自分の真の姿を理解してもらえない苦しみが、いよいよ私を押し潰そうとしていた。それに気づいたのはほんの些細な切っ掛けからだ。
ある日、領地にある小さな村に公務で訪れていた。そこで一組の母子に話しかけ、現在抱えている問題や、現状に不満がないかを聞き、愛想よく応対しながら子供の歳を尋ねた。
油断していたのだろう。あるいは連日の治水問題の詰めによる不眠が祟ったのかもしれない――。
子供の歳が四歳だと聞いて、いつ種を仕込んだのかと十月十日を逆算しながら母親の隙だらけの開けた胸元をバレないようにチラ見した。そして旦那に種付けプレスをされている姿を想像し、私は不覚にも鬼勃起してしまったのだ――。
――鬼勃起とは、通常の勃起を超えた音がするような勃起である。全身の血液が全て愚息に流入してしまい、愚息が鬼の持つ棍棒になってしまったかのような姿になることからこの名をつけた――
貧血気味の私は鬼勃起したことにより頭に血が足りなくなり、ふらりと倒れそうになる。母親は私を抱き留め、そのやわらかな乳房を私に押しつけた。
それがいけなかった。密着されれば、鬼勃起した棍棒が母親の腹に当たるのは必然。
母親はハッと息を飲む。
私が鬼勃起するなど思ってもいなかったのだろう。もしくは清廉潔白な領主を演じていた私に、愚息が存在しているなど考えたこともなかったのかもしれない。
驚きを隠さず、口は弛み震えさせ恐る恐るといった様子で母親はこう言った。
「領主様さえよろしければお疲れを取りましょうか……」
きっと私は性器だけではなく、表情も性鬼のようになっていただろう。私はその場でその母親を押し倒してしまいそうになった。道端も道端、田畑の広がるあぜ道で行為に及んでやろうとしたのだ――。
だがそうはならなかったのは、隣にいた子供が「パパには内緒にしておくね」と、妙に物分かりと聞き分けの良いことを言ったからである。その瞬間、心はスッと冷め、愚息の痴性は薄れて知性を取り戻し、鬼棍棒から人間らしいサイズへと変わっていった。
「貴女のような美女と私では釣り合いが取れません。男を磨いてまた出直すとします」
と、勃起していたくせにかっこつけて前日に読んでいたライトラブロマンスポルノの一節を引用してその場を後にした。
あの時、あと一歩知性を取り戻すのが遅れていれば子の前で母親を犯し、私は悪徳領主になっていただろう。寝取りとは罪悪の最たるもの……夜の御供にそういったシチュエーションを妄想して愚息の鍛錬を行うことはあったが、それは妄想の中だからできること。実際に寝取るのも、寝取られるのも趣味ではない。何より領民にそのような真似をするのは気が引けた。
私は嘘を嫌悪する。虚偽の報告を行い、私腹を肥やそうとした代官は容赦なく断罪してきた。だと言うのに私は、親しい者や領民はおろか自分にまで嘘をつき続けていたのだと気づく。
立派な領主であろうと自分を偽ってきた。その実、愚かしいほど性に興味がある二足歩行の性欲獣だというのに、皆が押し付ける期待に応えるため私心を押し殺し、理想の領主像というものを知らず知らずのうちに演じていたのだ。
母子の一件から自分の在り方に自信が持てなくなっていた。思い悩む日が続き、一日に愚息と遊ぶ時間も激減していった。
これではいかんと、私は自分の本性を露骨に表に出すことにした。まず最初にやったのはメイド達にいやらしい視線を向ける――である。
いつもはバレぬようこっそりと見ていたのだが、酒の力を借りて、その日の私は思い切って真正面からメイドたちを視姦した。
すると
「私たちの仕事をしっかり見てくれているのですね。仕事に身が入ります!」
と、彼女たちは益々仕事に精を出してやる気を出した。
そうじゃない、私は発情したいやらしい視線を向けていただけなのだ。どうせ出すなら私の精を搾ってヤル気になってくれ! そう叫びそうになった。
半ばやけくそになり、メイドの下着を被ってみた。ここまでやれば鈍感なメイドたちも私の異変に気付くだろうと、恐怖半分期待半分、味付けに興奮を添えて反応を待った。だが「質感や材質を確認して私たちの安全を守ってくださっているのよ」などと、彼女たちはアクロバティックな勘違いしだす。
「馬鹿か! どう見ても、どこから見ても隙のない完璧な変質者だっただろうに! それともあれか!? 私が知らないだけで父親は娘の為に下着を被ってから穿かせるとか、そういう時期が子供時分にあったり、仕来りみたいのがあってすんなり受け入れられてしまったのか!?」
と、自室に籠り憤ったものである。
――私の心の声は誰にも届かない。
それはそうだ。心の声が聞こえる者などいるはずがないのだから。
ならば私は変わろう。
これまでの私と決別するのだ。
真の私を見つめ、真の私を愛してくれる者を見つけるために――。
手始めに自らデザインしたスカートの裾が短く胸元の大きく空いたメイド服の着用を義務付けてやった。服屋に仕立てを頼むときは赤面するほど恥ずかしかったが、その甲斐あって屋敷で働くメイドたちはどこぞの娼館かと見紛うほど淫靡な恰好で働いている。
これが私だ。これこそが本当の嘘偽りのない真の私だ。本当の私を目の当たりにして、お前たちはどう思う?
☆
メイドの休憩室。屋敷で働くメイドたちが集まり何やら話をしていた。
「突然こんな薄布の侍女服を渡されたときは驚いたね」
「結構きわどいから仕事中に何度も見えそうになっちゃったよ」
「でもどうして突然こんな服に変えたんだろ」
「うーん、領民に尽くすあまり財政があまり芳しくない――とか?」
「なるほど、ご主人様は贅沢はしないけど、民にばかりお金を使うもんね。だからこんなに布面積が減って……」
「じ、実は私も何か胸騒ぎがしたから仕立てた服屋に尋ねてきたの。そしたらご主人様は顔を赤くしてこの服を頼みにきたって言っていたわ」
「じ、自分の足で頼みに行ってくださったの!? 私たちの服を!? それでは貴族としてのプライドが――!」
「あの偉大なご主人様よ? 財政難は自分の責だと、戒めの為にあえて恥辱にまみれようとしたに違いないわ」
「ご自身はパーティーにもろくに参加せず新しいお召し物も買わないのに、コストの削減を実現しつつこんな可愛くて洒落た服を私たちに用意してくれるなんて……」
「ご主人様はそういう方よ。この前だってお風呂場の前で覗きがいないか監視してくれてたじゃない。普通の貴族様ならあんなことはしない。むしろ風呂場に入ってきて無理矢理犯すぐらいのことはするものよ」
「私はご主人様となら一緒にお風呂に入ることも、それ以上のことだって……」
「ちょっと、抜け駆けはなしだからね!?」
「だ、大丈夫だってぇー。そんなこと恐れ多くてできないよー」
「あんたそう言ってこの前もご主人様の使ったスプーンを部屋に持ち帰ってたじゃん!」
「あ、あれはご主人様にちゃんと許可を取ったし! スプーンをお下げしていいか確認とったし! そういうあなただってご主人様が使った歯ブラシで――!」
ベルヴェールの苦難は続く――。