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侵食する黒い病の名はジェラシー

美術部の顧問はめったに美術部にやって来ない。

自由にやりなさい、とでも言うように、素晴らしいまでの放任主義の顧問が美術室に出向く時は、妙に空気が張り詰める。

そんな中で顧問が俺の絵を見て、にっこりと効果音の付きそうな笑顔を向け放った言葉は、忘れない。


その言葉を忘れられずに、一枚の扉の前に立つ俺は、その扉に手を掛けることが出来ないでいた。

過去に何度も訪れたことがあるのに、どうしても手が掛けられない。


「……え」


扉の前で立ち往生をしていたら、ガラリと目の前で開いた扉と、扉を開けた人物が現れて目が合う。

癖のある髪に切れ長の瞳と、それを隠すような黒縁眼鏡の女の子――文ちゃんだ。


目が合って数秒、先に口を開いたのは文ちゃんの方で、何してるの、と眉を寄せる。

その後ろから顔を出した作ちゃんも、不思議そうに俺を見て首を傾けた。

そうして、数分の立ち往生の後に、俺は彼女達の部室へと招き入れられるのだった。




***




「何で扉の前に突っ立ってたのよ」


ミルクをカップに注ぎ、続け様に飴色の紅茶を注ぐ文ちゃんが訝しげな声色で問い掛けてくる。

入りずらくて、なんて言えなくて曖昧に笑えば、作ちゃんが回転椅子に座ったままソファーの方へと寄って来た。


創作部の部室は入って一番に出迎えてくれるのがパソコン四台だ。

パソコン四台の置かれた机と回転椅子の奥に、ソファーとテーブルがある。

俺はそのソファーに座り、もう一方のソファーで文ちゃんがお茶を入れていた。

更に俺の背後には回転椅子に座った作ちゃん。


「二人は何か用事があったんじゃ……」


「うん。何かずっと扉に人影映ってたから気になってたんだよね」


背後から聞こえた声に、ギクリと体が揺れた。

一体いつから気付かれていたのか、知りたいような知りたくないような、である。

そんな俺を見ながら、ミルクティーの入ったカップとソーサーをこちらに滑らせる文ちゃん。


それから脇にある戸棚から茶菓子を出してくれる。

この部室に来ると大抵お茶とその茶菓子が出てくるくらいに、物持ちが良くて準備が完璧に出来ていて、何より自分達の拠点として作り上げられている感じがした。

一つ一つ丁寧に包装されたクッキーに手を伸ばせば、作ちゃんが回転椅子から飛び降りてソファーに沈む。


「文ちゃん、ボクも飲みたい」


ソファーに沈んだ作ちゃんは、置いてあったクッションを胸に抱きながら、文ちゃんにお茶の最速をしだす。

だが、慣れた様子でカップとソーサーを滑らせる文ちゃんに、俺はそっと息を吐く。

最初から知っていたけれど、この幼馴染み達の間には、誰かが入る隙間なんて、ないのだ。


白い湯気を立ち上らせるミルクティーに口を付ける作ちゃんは、会話に混ざる気は今のところないらしい。

文ちゃんは自分の分のミルクティーを用意して、やっとソファーに落ち着く。

それから俺を見て「それで、そっちの用事は?」と問い掛けてきた。


文ちゃんは多分、作ちゃんよりもMIOちゃんよりもオミくんより、誰よりも聡い人だと思う。

幼馴染みという関係性を円満に築いたまま、隙間を作らないように、隙間を入らせないように見ているのも、多分、文ちゃんだ。


作ちゃんは、誰よりも自分にある、自分の持つ関係性を壊させないために、殻を作り閉じこもる。

来るな、寄るな、近付くな、出会った時に向けられた警戒心が正しくそれだ。

幼馴染みを絡めて離さないのだろうけれど、同時に幼馴染み達の方が絡めて離さないのが、第三者だから見える。


MIOちゃんは、幼馴染みの中で一番幼馴染みの外に抜け出す術を持っているのだろう。

だからこそ俺も一番最初に仲良くなって、高校生活の中で異性の一番の友人だと思えたのだ。

でもそれは、見方を変えれば外に抜け出す術を使い、外の視線を自分に集めて、幼馴染みに向かせない術なのだろう。

それは、夏休みに掛けられたぶつけられた牽制だ。


オミくんは、多分、幼馴染みの中ではその幼馴染みという枠組みを一番軽視している。

軽視――だと語弊があるかもしれないが、外に行くのは自由だし、幼馴染み以外の誰かと何か深い関係になったとしても、仕方のないことのように見ている節があるのだ。

そのせいか、俺にもそこまでの興味を示さない。

何があっても幼馴染みであることには変わらない、そういう信頼感が見えるので他と変わらない気もするが。


とにかく、そんな四人に関わる俺は、なんだろう。

確かにMIOちゃんのことは大切な友達だと思っているし、オミくんも文ちゃんもMIOちゃん程の時間を共有していないが、友達だと思っている。

楽しそうにする四人を見て、暖かいものが心に流れ込んでくるのも事実なのだ。


それでも、俺、は。


文ちゃんはカップを傾けながら俺を見ている。

俺も眼鏡のガラス越しだけれど、文ちゃんのガラス越しの視線はガラスがあってもなくても変わらないと思うくらいに真っ直ぐだ。

俺の横で作ちゃんは、クッキーの袋を上げて、餌を頬張る小動物のように頬を膨らませて咀嚼している。


「モデル、して欲しかったんだ。絵のモデル」


横から聞こえていた、さくさくという軽い音が消える。

その代わりに感じるのは痛いほどの視線で、目の前の文ちゃんはカップを置いて居住まいを正す。

女の子にしては身長のある方で、背筋を伸ばすと本当に凛々しくて綺麗だと思う。


薄い唇が動こうとした時に、それよりも先に俺の横から横槍のように言葉が飛んでくる。

本人にはそんなつもりもないし、別に本当に横槍でもなく、ただ、文ちゃんにとっては良くないもの。

俺にとっては、まだ分からない。


「良いと思うよ。MIOちゃんのことも描いてたんだし、文ちゃんは美人さんだから。また少し雰囲気が変わって楽しいかも知れないね」


食べ掛けのクッキーを持ったまま、口の端にクッキーの欠片を付けたまま、作ちゃんは目を細めた。

大事な大切な自慢出来る幼馴染みなんだよ、と言っているようで、俺の眉は自然と下がっていく。

文ちゃんが作ちゃんを呼べば、俺に向けられた視線が動いて、口の端に付いていたクッキーの欠片を拭われていた。


絵になるような二人だと思う。

そもそもMIOちゃんだって絵になるし、オミくんだって絵になるのだ。

この幼馴染み達はどうしたって絵になると俺は思っていて、常々描いてみたいと思っていた。

そして、誰より、何より。


「作ちゃん」


「ん?」


「俺は作ちゃんが描きたいんだ」


手に取って開けもしなかったクッキーをテーブルの上に置いて、両手を膝の上に置いた俺は、文ちゃんのように背筋を伸ばした。

文ちゃんは、僅かに眉を寄せて、ゆるゆると体の力を抜いていく。

頭を下げた俺を見て、作ちゃんは空気の抜けたような、気の抜けた声を出した。

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