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「何でも」言えたらとっくのとうに言ってた

高校最後の夏休みは、作ちゃんの自殺未遂を見届けて、MIOちゃんの言葉に追われて、オミくん達の関係の深さを知った。

後は、人物画と風景画を一点ずつ完成させたくらいで、変わったことはなかっただろう。


夏休みの講習で作ちゃんに会ったけれど、まるであの屋上でのことは忘れたような雰囲気だった。

実際のところはどうなんだろうか。

いつも文ちゃん達と話している時でも、そうだっけ?なんて惚けた声が聞こえてくることがあった。

忘れっぽいのか、それとも忘れた振りをしているのか、俺には分からない。


溜息を吐きながら、まだまだ赤く色付くことのない空を見る。

四角い窓に切り取られた空は、真夏よりも秋に近づきつつあり、雲が多く見られた。

あーあ、と握っていたシャープペンシルを転がす。

目の前には真っ白なプリント。


「……あれ、崎代くんだ」


ガラリ、と音を立てて開かれた扉。

黒板側の扉から現れたのは作ちゃんで、俺を見てぱちくりと瞬きをした。

どうしたの、と声を掛けられたので、答えに迷って、ひらりと片手を振る。


軽やかな足音を立てて、目の前にやって来た作ちゃんは、俺の机の上からプリントを奪う。

夏休みの講習の様子を、ほんの少しだけ思い出した。

結局あんなアットホームな感じだったのに、受け取ったプリントは全て終わっていたのだから驚いたものだ。


「これ、夏休み前のやつだよね。意外だね」


作ちゃんの目はプリントに落とされたままで、真っ白なそれを見て口元を緩めた。

進路希望調査、とパソコンに最初から入っているようなフォントで書かれたそれは、夏休み前に担任から配られたものだ。

夏休み前に配られていて、夏休みに入る前に提出すると言う、そこそこ期間の短い提出物だったのだが、今現在と同じ真っ白な状態で提出した結果が、再提出である。


夏休み中に決めてくれ、と言っていた担任の言葉に従って、色々と考えてみた。

そのために講習に出ていたのもあるが、視野に入れている学校は近隣のものばかりで、通いたいというよりは、通うのが楽だろうという見方だ。

そのせいで、夏休みが明けた今でも進路希望調査のプリントは白紙のまま。


「意外、かなぁ」


「うん。意外だよ」


はい、と返されたそれを受取りながら苦笑をする。

意外意外、作ちゃんが楽しそうに繰り返して、俺の前の席に腰を下ろす。

椅子を引いて座った後は、こちらに体を傾けて「何でもいいよ。何か喋って」と言う。

お喋りする体制が出来上がったらしい。


何かって何?何かは何か、じゃあ何でもは?何でもだよ問と答えが入り乱れる。

何でもいいよ、何か喋って、と作ちゃんが繰り返すので、お喋りというよりは尋問に近い雰囲気を感じたのは言うまでもない。

窓から流れ込んで来る風に、何か甘い匂いが混ざる。

作ちゃん、部室でお菓子とか食べてたのかな。


「……作ちゃんは教室に用があったの?」


俺が問い掛けをすると、何かを思い出したように視線を宙へと投げる作ちゃん。

勢い良く立ち上がり、自分の机に近付き、その中身を漁り出す。


置き勉派を名乗る作ちゃんは、殆どの教科書類をロッカーに入れっぱなしにしている。

そのため、机の中に入れられているのは、本だ。

読み掛けの小説に、読み終わった小説に、新刊だと自慢していた小説。

つまりは、作ちゃんが読むための小説しか入っていないのだ。


「今日中に読もうと思ってたんだけど、忘れてたんだよね」


そう言って見せられた表紙は、厚手のものでハードカバーの小説だった。

今話題の若手作家の名前が書かれたそれは、ここ最近テレビやら書店で良く見掛ける。


「意外だね」


「ん?何が?」


本を探し出した作ちゃんは、自分の机から離れて、俺の前の席に座り直す。

斜めに座って揃えた膝の上でその本を開く。

もう後半に進んでいるらしい。

開いた部分は半分よりも後ろで、のんびりとページを捲っている。


「純文学とかが好きなイメージがあったって言うか……。うん、そういう周りの声に合わせて読むってしなさそうだった、かなぁ」


視線を右から左、上から下へと動かしながら、一定の感覚でページを捲る作ちゃん。

俺が答えても、視線が上がることはなく、うーん、と小さな唸り声。

赤い舌で乾いた唇を舐める作ちゃんは「まぁ、気まぐれかな」と答えた。


口元が緩まったのを見れば、他にはないの、と問われてしまう。

俺はシャープペンシルを握りながら、進路希望調査の文字をなぞる。

これを書かなきゃ帰れないんだけど書ける気もしない。


どれだけ見ていても文字は浮かばないし、行きたい大学も専門学校も決まらないのだが。

作ちゃんは繰り返し、何でも良い、と言ってくれる。

じゃあ、作ちゃんは。

開いた口から零れない言葉に、作ちゃんが視線を上げて俺を見た。


真っ黒な瞳は俺を映して跳ね返す。

白い肌と真っ黒な瞳はモノクロのコントラストを出していて、どこか浮世離れしていると感じるのはいつものことだろうか。

作ちゃんは、大学とか、どうするの。

この先の未来を語る作ちゃんなんて、見たことがなくて、この先の未来で俺は、作ちゃんと同じ時間を共有することがあるのだろうか。


何も言わない俺を見て首を傾げた作ちゃんに、俺は笑い返して、作ちゃんは、と頭の片隅でだって考えていないような質問を投げるのだ。

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