気まぐれスキンシップ
俺の学年で有名だった、らしい幼馴染みはMIOちゃん達で、俺は三年生になってやっと、その幼馴染み全員に出会うことが出来た。
久し振りだね、と言ってMIOちゃんは笑ったけれど、決して久し振りという感じはしなかった。
理由は何かと俺の教室に、MIOちゃんがやって来ては話し掛けたり、教科書を借りて行ったりしていたからなのだが。
二年生の頃に出会った、作ちゃん、と呼ばれていた女の子の苗字は作間ということが分かったのも、三年生に上がり、同じクラスになってからだ。
残念ながら名前は知らない。
と言うか、彼女のことを名前で呼ぶ人を見たことがないのだ。
「この子が作ちゃん!前に一回だけ会ってるよね?」
同じクラスになった初日に、MIOちゃんがその作ちゃんの肩を掴んで、こちらに押しやって来たのには本当に驚いた。
見ていた画集が音を立てて落ちたので、MIOちゃんの連れていた幼馴染み全員の目が画集に向けられたのは、言うまでもない。
肩を掴まれて、画集に目を向ける作ちゃんは、僅かに眉を寄せていて、何か言いたげだったが、その口が開くことはなかった。
ぺこん、と下げられた頭を見て、机に頭をぶつけるんじゃないかって勢いで、俺も頭を下げたのを覚えている。
くすくすと降ってきた笑い声は、間違いなくMIOちゃんのものだっただろう。
そうして続け様に教えられたMIOちゃんの幼馴染みは、文ちゃんとオミくん。
文ちゃんは黒縁眼鏡を掛けていて、その奥の瞳を細めて俺を見ていた。
宜しく、と吐き出された言葉に敵意は含まれていなかったが、特別な感情も込められていなかっただろう。
オミくんは、幼馴染みの中の唯一の男らしいが、居心地の悪さなんて感じていない様子でそこに立っていた。
長い前髪は俺から見て右目を完全に隠していて、何とも言えない不思議な雰囲気。
まぁ、宜しく、と少しだけ不服そうな声で言って、MIOちゃんと作ちゃんを離していた。
「崎代、要です。……えぇっと、MIOちゃんにはいつもお世話に」
「どう考えてもMIOがお世話になってるだろうから」
「そういう畏まったのも要らないわ」
何を言えばいいのか分からない俺の言葉を遮るように、オミくんが溜息混じりに吐き出す。
そうしてそれに続くように、文ちゃんが言って眼鏡を押し上げる。
目の前では、MIOちゃんが二人に酷い、なんていっているけれど、その間作ちゃんは一言も言葉を発することはなかった。
***
ぼんやりと思い出す、ほんの少し前の過去だが、それを知ってか知らずか、隣で眠りこける彼女。
ふわふわの髪をサイドで結い上げて、長い前髪の隙間から伏せた目を覗かせる彼女は、出会った頃の警戒心を海の底へと沈めたらしい。
今思えば、あの警戒心は、幼馴染みを取られたくないとか、そういうものだったんだろう。
何年も四人で手を繋いでいたような、そんな四人の間に割って入るなんて出来っこないのに。
規則正しい寝息を聞きながら、俺は苦笑を漏らす。
「……作ちゃん、そろそろ午後の授業始まるんだけど」
俺にもたれ掛かって眠る彼女は、一向に目を開けようとしない。
寧ろ目を覚ます気配すらない。
小さな白い手に握られている、キーホルダー付きの鍵は、何処から手に入れたのか分からない屋上の鍵で、それを使って出入りしている俺達。
このまま起きなかったらサボリになるが、見つかることもないだろう。
その手を見ていると、ぎゅうっと手に力が入るのが分かった。
起きる?と視線を向けたけれど、彼女は眉を寄せて、何やらむにゃむにゃ言っている。
口の中だけで発せられる声は、俺に届く事は無い。
泥のように眠る、なんて言葉を思い出すが、学校でこんな風に寝てしまうとは。
ここ最近の彼女の睡眠時間はどうなっているのだろうか。
そこら辺はきっと、彼女の幼馴染み達で、俺の友人達の方が詳しいだろう。
更に体重を掛けてくる彼女に笑みを零した瞬間、昼休み終了のチャイムが響き渡った。
結構大きな音なのに、彼女はピクリともせずに夢の世界に沈んだまま、戻って来ない。
ふっくらした白い、寧ろ血色が悪いと言えるレベルの白い頬を指先で突いた。
思ったより柔らかな肌が、圧力に負けてへこむ。
むにゃむにゃ、まるで抗議でもするように口の中で何やら呟く彼女を見て、俺は声を上げて笑った。
可愛いなぁ、なんて呟き、誰にも聞こえない。
ふにふにと柔らかな弾力を楽しみながら、聞こえて来た午後の授業開始のチャイムで目を閉じた。