草影の扉
城の裏庭、先ほど出てきた厨房を少しばかり回り込んだ場所。二人はそんな場所へと足を踏み込んでいた。
裏庭は中庭とは違い、最低限の手入れこそ入っているものの、やけにがらんとした空間が広がっている。特別、花などが植えられているのでもなく、一面を青い芝が茂っていた。散策を楽しむ場所というよりは、軽い運動でもするために拵えているような印象を受ける。
「お、おい、王女様。こんなところに来てどうするつもりだよ?」
ラットは周囲を警戒しつつ、小声でベラに問い掛ける。
「ご心配には及びません、ラット様。この場はわたくしにお任せください」
ベラはそれに笑みを溢しながら振り返ると、一言だけ添えた後、裏庭の奥へ進んで行ってしまう。
「お任せって……」
ラットはあきれたように溜息を吐きながらも、渋々それに付いていった。無理に手引きして連れ帰ることもできなくはなかったが、かと言って脱出の手立てがあるわけでもない。そんなラットは、ベラの思いつきに否応なく付き合うしかなかった。
そこから少し進んだところ、裏庭に面した城壁の一角で、ベラは突然足を止める。
その城壁は蔦と雑草が絡みつくように生い茂っており、緑の幕のように覆い隠していた。僅かに垣間見える白亜の壁がなければ、それは深い森の入り口にすら見える。
「ここです、ラット様」
ベラはその草木の壁を指差した。
「ここになにかあるのか?」
ラットは少し怪訝そうな目を向けるが、相も変わらす、ベラは笑んで頷いているだけ。
仕方なく、ラットは一歩前に出て、その草葉の壁を注視した。
「……ん? これは?」
すると、白い城壁が見えるはずのその蔦壁の奥に、ラットは黒味がかった木製の板を発見した。
蔦に手を差し込み、草枝を押し広げてみると、その押し開かれた蔦壁の奥からは、一枚の扉が姿を見せた。ところどころに苔が生し、ノブも錆びついているが、明らかな“出入り口”がそこに存在している。
「これって……」
ラットが尋ねたげに振り向くと、その先ではベラが自慢げに、小さな胸を張っていた。
「幼い頃、偶然、わたくしが見つけたものです。古くから仕える城の者に聞いたところ、なんでも昔に使われていた裏口なのだとか」
ベラは得意そうに語る。
「その裏口が、なんでまたこんな風にほっとかれてるんだ?」
仮にも城の敷地に通じる道を、半ば忘れられたような形で放置されていることに、ラットは疑問を持つ。ラットの盗賊としての視点から見れば、このような扉の存在は、入ってくれと言わんばかりのもの。平和な国とはいえ、これを放置していることは不自然だ、と。
すると、ベラはその扉の一部、ドアノブの下を指差した。
「実は、“それ”のせいで開かないのです」
「……“それ”?」
ラットがその指された部分に目をやると、そこには見るからに堅牢な、分厚い鉄製の錠前が、扉と城壁の間に拵えられていた。
「これは……錠前?」
「はい。なんでも、当時の管理者が鍵を紛失してしまったらしいのです。それ以降、その扉は開かなくなってしまったのだとか。元々、滅多に使用されるわけでもなかったようなので、今でもそのままに……」
「なるほど。どうせ開かないのなら、ってわけか」
内側からこれだけ堅牢な鍵をかけられている以上、外側から入ってこられる心配はない。城の人間はそう考えて放置している、とのことらしい。
「でも、開けることができるなら、この扉は間違いなく城外につながっております。ラット様の助けになれば、と……」
ベラは体を縮みこませながら、ラットの顔色を窺っている。
「ふぅん……?」
ラットはその錠前を手に取り、一度、鍵穴を覗く。
「……おっ! ああ、こりゃあ確かに大助かりだ!」
そして口端を大きく吊り上げた。
「ほ、本当ですか!?」
ラットの言葉を聞くと、ベラの表情が褒められた子供のように弾ける。
「ああ! ふふっ、まあ、見てな」
ラットはベラに意味深な笑みを返すと、外套の内側から例の鍵開け棒を取り出し、錠前の中に差し込んだ。
(この程度の鍵なら……)
この錠前、それ自体は丈夫にできているが、実は内部の構造が比較的単純なもので、普段から鍵開けを行っているラットからすれば、簡単に開錠できるようなものだった。元々内部から関係者だけが開けられるものだからなのだろう。こうして誰かが外法で鍵開けするなど想定されていないらしい。
ラットの確信に違わず、その手を軽く捻ると、あっけなく錠前は地面に落ちる。
「一丁上がり。……さて、では参りましょうか、王女様」
ラットは落ちた錠前を拾うと、手の上でもてあそびながら、ベラに自慢げに見せつける。
「わぁ……!」
ベラはそんなラットに対し、羨望の眼差しを向けていた。