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「――ところで、ラット様」

「おわっ!?」

 ラットが放心していると、ベラがその視界に顔を差し込ませてきた。

「な、なんだい? 王女様」

 不意を突かれたラットは、心臓を太鼓のように鳴らしながらも、辛うじて応答する。

しかし、その言葉はどもり、目は泳いでいた。傍から見れは、それはとても情けなく見えるだろう。

「えっと、とてもはしたないことなのですが……」

 しかし、そんなことはお構いなしに、ベラはなにやら口ごもり、体をくねらせている。

「その、首飾りの見返りに、というわけではありませんが。できることならば一つだけ、わたくしの“お願い”を聞いていただけると……」

 そう言って、ベラは頬を赤らめながら、ラットの顔色を窺ってくる。

「お、お願い? ……ううん……お願い……ねぇ?」

 その顔を見て、ラットはなにやら嫌な予感を感じる。そう提案してくるベラの目が、貧民街の孤児たちが施しをねだる時と同じ、無垢ではあるが“いやしい目”をしていたからだ。

(で……でも、これを受け取っちまったからにはな……)

しかし、首飾りを受け取った手前、耳を貸さないというわけにもいかない。正直、この首飾りの価値を鑑みれば、仮に腕一本を差し出せと言われても文句は言えないだろう。これはそういう代物であり、ラットは今、そういう立場に立たされている。ベラの計算によるものではないだろうが、完全にラットはその意を掌握されていた。

(……し、仕方ない。腹を決めるか……)

ラットは仕方なく、それを聞き入れることにする。

「ま、まあ、俺に出来ることなら?」

「本当ですか!? ああ! ありがとうございます、ラット様!」

 この言葉を聞いたベラは惜しみない感謝の感情をラットに差し向けながら、ラットの手を取り、激しく上下に振っている。

そして、そのまま嬉々として話を始めた。

「ラット様は、明日の謝肉祭のことをご存知でしょうか?」

「謝肉祭? そりゃあ、この街に住んでいる人間なら知らないわけないさ」

 ベラの口から出てきたのは、ラットも聞きなれた『謝肉祭』という言葉だった。

もちろん、それをラットが知らないわけはない。明日はダリアの街で年に一度行われる『謝肉祭』の開催日だ。ラットはもちろん、ダリアの街に住む人間にとって最大の祭事である。他国からの来訪者も大勢くる、国内外を通して有名な催しだ。

ベラはラットがそれを知っていると確認した後、少し申しわけなさそうに顔を下に向けながら、懇願してくる。

「そこに、わたくしを連れて行ってはもらえないでしょうか? お母さまや城の者にいくら頼んでも、外に出してくれないのです」

「…………はぁっ!?」

 その“お願い”は、ラットにとって耳を疑うものだった。ラットはベラの要求に、声を大にして驚愕する。

「お、俺に君を……王女様を連れ出せっていうのかい!?」

「……ダメでしょうか?」

「いや、ダメっていうか、そんなことしたら、俺の首が飛んじまうよ!」

 これにはラットも拒絶の反応を示す。

ベラの言っていることは、端的に言えば『王女の誘拐』をラットに行えというものだ。しかし、いくらなんでも、そればかりはできない。

ただ城に盗みに入るのと、王族の誘拐はわけが違う。一国の王女を連れ出したとなれば、城の人間はそれこそ死に物狂いで追って来るだろう。ラットも盗賊としてある程度は腕に自信があるが、それを躱しきる自信まではない。

確かに“お願い”を聞き入れるとは言ったものの、難色を示すのは当然のことだった。

「首が飛ぶ? なぜラット様の首が飛んでしまうのですか?」

 しかし、そんなラットの慌てふためく姿を見ても、ベラはどれだけ自分が重大なことを言ったのか、まるで自覚していなかった。

「ええっ!? いや、それはその……」

 ラットは徐々に、ベラとの会話が億劫になってくる。ベラはものを知らない上に、間接的な言い回しに疎いらしく、簡単かつ簡潔な言葉を選ばなければ、話もままならないようだ。

ラットはベラのお願いを聞き入れたことを、少し後悔した。

「い、いいかい? 俺が王女様を城外に連れ出したりしたら、この城の人に首を切られてしまうんだ。だから、それはできないんだよ」

 ラットは小さな子供を言い聞かすように、思いつく限り簡略な言葉で説明する。

「まあ、それはいけませんね!」

 それを聞いたベラは、なにやら思いついたように両手平を一拍する。

「わかりました。では、城の者たちにはわたくしから言いつけておきます。ラット様に危害をくわえないように言付ければよいのですよね?」

 ベラはそう言うと後ろに振り返り、部屋の隅へと小走りで寄ってゆく。

「えっ? お、おい……」

 なにをする気かと、ラットはベラの行動を視線で追う。

視線の先では、ベラがベッドの枕元に据えられた小さなチェストで、しきりに手先を動かし続けているのが見える。薄暗くてあまりよくは見えないが、そこからはなにかを引っ掻くような音も聞こえてきた。

「王女様? 一体なにをしてるんだ?」

 ラットが質問しても、ベラはすぐには振り返らない。

「…………はい! お待たせしました!」

少し間を置いた後、ベラはようやく戻ってくる。その顔はなにかをやり遂げたように清々しく、その行動を不信に思っていたラットを申しわけなく思わせた。

戻ってきたベラの手元には一通の封筒も見えた。封蝋も押されていない、簡易的な手紙のように見える。

「なんだ、それ? ……手紙?」

「はい。ここに、ラット様へ危害をくわえないようにと記しておきました。これを残しておけば、ラット様も安心してわたくしを連れ出すことができるでしょう?」

 ベラは見せびらかすように手紙を両手で持つと、ラットの眼前に突き出した。

「え、ええ……? そんなので大丈夫なのか……?」

 自信満々でもって見せつけられたが、そんなことを言われたところで、紙切れ一枚では心許ない。ラットは怪訝な目で、ベラと手紙を交互に見交わす。

「大丈夫です! 仮になにかあったとしても、その時はわたくしがラット様を守ります!」

 そんなラットの疑心を吹き飛ばすように、ベラは明るく笑っている。

 そんなベラの顔を見て、ラットは、

「…………ぷっ! くくっ……!」

 思わず顔を綻ばした。

(一国の王女様が、盗賊の俺を守るときたか……!)

 ラットは必死に、込み上げてくる笑いを堪える。

「ラット様……?」

 そんな様子のラットを、ベラは不思議そうに見つめていた。なぜラットが笑っているのか、微塵も見当が付いていないのだろう。

「……いやいや、失礼しました、王女様」

ラットはようやく笑いが退いていくと、今度はあきらめに近い感情が湧いてきた。

(どうせ、俺の命運はこの王女様に握られているんだ。駄々をこねても仕方ないか)

 ラットは張りつめていた息を吐き出すと、大きく肩を竦めた。

「負けたよ。そのお頼み、謹んでお受けしましょう、王女様」

 ラットは少し演技がかった身振りで口振り、ベラにお辞儀をして見せる。

「あ……ありがとうございます! ラット様!」

 それに応じるように、ベラもドレスの裾を上げながら、深く頭を下ろした。


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