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深窓の白菊

ラットが暗い螺旋階段を手探りで登り切ると、間もなく長い廊下へと出た。その廊下の左側には分厚そうな大扉が、右にはガラス張りの窓が幾つも並び、足元には赤い絨毯が延々と敷かれ、横幅も大きめの馬車がすれ違えるほどにある。大きな窓から差し込まれる月明かりのおかげか廊下は思った以上に明るく、今が夜中であることを忘れてしまいそうな光景だった。

そのあまりに慣れない光景に、ラットは目を丸くする。

(……ここから先が“王族の領域”ってわけだ)

 一階とはまるで違う雰囲気から、ラットは文字通り住む世界が変わったのだと確信する。

(……しかし、なんだ。思ってたのとは少し違うな)

 それとは別に、城の内装が予想に反して “質素”だったことに、ラットは少し驚いた。

その廊下には調度品の類が意外なほど少なく、目に付くのは窓の縁ごとに小さな花瓶へ活けられた花くらいのもの。優雅で高尚な空間であることは疑いようもないが、金にだけはならなそうだと、ラットは一人落胆した。

(高価な絵画とか壺だとか、王族の住処はそういうものが並んでいると思ってたが……)

 あくまで窃盗が目的のラットからすれば、これはなんとも面白くない。正直、城下町の商家の方が、まだ金目のものがあるのではないかとすら思える光景に、身勝手な失望を抱いた。

(案外、王族ってのも儲からないのかな?)

 そんな不敬なことを考えながら、ラットは廊下を進み始める。呼吸音すら反響しかねない無音の中、ラットは先へ先へと足を運んだ。

そうしてしばらく廊下を進んだラットだったが、なかなか終わりが見えない。ゆっくりと進んでいたのは確かなのだが、それを踏まえてもなお、この廊下の長さに舌を巻く。

(……落ち着かないな、ここ)

 しかも、この廊下はやけに道幅が広い。下手な街道よりそれは広く、狭い道の多い下町育ちのラットには、なんとも落ちつかない場所だった。

どこかそわそわとしながら、ラットは先を急ぐ。

「――おっと!?」

 そんな中、ラットは突如として前方の廊下に違和感を持ち、慌てて足を止める。

(なんだ? あそこだけ雰囲気が違うな)

 特別な危機感や不安感を抱いたわけではない。だが、慎重を重ねていたラットはその足を踏み込めなかった。目の前の変哲もない廊下、そこになにかあることを感じ取る。

(もたつくわけにはいかないんだけど、なんだろう? 今までと雰囲気が……)

 見た目に明らかな変化があったわけでもなく、一見して、廊下は変わらない風景が長く続いている。これのどこに違和感を感じたのか、ラット本人すらもが見失っていた。

かといって、無視して進むことなどできないラットは、その違和感の正体を見極めようと、必死に目を凝らす。

しかし、簡単には違和感の正体が掴めず、ラットは時間にして数十秒もその場に立ち尽くした。ある程度は夜目が効くと自負するラットだったが、月明かりしか頼るもののない中、違和感程度の差異を瞬時に把握することは難しかった。

それでも目を細め、暗がりを見つめる続けるラットは、

「……うん?」

しばらくして、ようやくそれに気が付いた。

その正体は、気付いてみると余りにもわかりやすく、それでいて“無害”なものだった。

「花……?」

 その違和感の正体、それは花だった。

廊下に月明かりを差し込むいくつもの窓、そこに添えられた花は色こそ多彩だが、そのすべてが“リリウム”だ。この国の国花でもあるそれは、王宮に飾られていてもなんら不思議ではない。

しかし、一つだけ。たった一つだけ“別種”の花が活けられている窓があった。

「これは……『ガーベラ』か?」

 それは大輪の花を咲かせる純白のガーベラだ。頭を垂れるように咲く周囲のリリウムとは違い、ただ一人君臨するかのように天を見据え、胸を張り、誇るように咲いている。

「なんでここだけ……?」

 些細だが確かな意図を感じるこの差異に、ラットは首を捻る。 

しばらく考え唸っていたラットだが、ふと思い至り、背後の扉に目をやった。

「…………対面の扉?」

廊下に並ぶ窓と扉、それはそれぞれ相対している。もしこの差異に意味があるとしたら、それはこの扉の“中”に関係するのではないか。ラットはそう、思い至る。

「この部屋だけは特別、ってことなのか?」

 ラットはその部屋の扉に近づいていく。

途中、ラットは一度だけ廊下の先を見やったが、その視線はすぐに、前にそびえる大扉に向けられた。

(この進むより、この部屋の方が期待を持てそうだ)

 廊下の先にラットが望むような財宝がある保証はない。ならば、明らかに特別視されているこの部屋を探るのが最善の行動。ラットはそう判断して廊下の先を見限ると、早速、大扉に耳を着ける。

(…………音はしないな)

 ラットの耳には僅かな振動すら伝わってこない。とりあえず、中が無音であるようだ。

しかし、ラットはこの後、少し対応に困る。

(音はしない。……しないが、入っていいものか?)

 無音だからといって、中が無人とは限らない。すでに中の住人が就寝しているだけと言うこともあれば、ラットの気配に気づいたが故に、息を潜めて待ち構えているということもあり得るのだから。

しかし、それを確かめようにも、先ほどの厨房のように都合よく小窓があるわけでもなく、これ以上の探りようはない。少なくとも現状では、手詰まりである。

(……仕方ない。直接開けて見てみるしかないか)

苦悩したラットだったが、結局、扉を開けた隙間から、直接に中を調べることにした。危険を伴うことは百も承知だが、勇んで王宮に侵入したのに、それが徒労に終わるのでは困る。仮に人がいたとしても、今の時間帯は就寝しているだろう。ラットはそう楽観し、臨むことにした。


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