序章
窓から覗く夜空には、藍と銀が混じったような光を放つ、無欠の月が昇っている。
そんな夜空を少女は眺めていた。その表情は遊び足りない子供のように、どこか不満げに眉をひそめている。
その背後では、メイド服を着た目付きの鋭い細身の女が、大きなベッドにシーツを張っていた。少女一人が横たわるには仰々しい絢爛なベッドでも、メイドは慣れた手つきで整えを勧めている。
直にベッドメイキングを終えたメイドは、その場で少女に対し、小さく一礼した。
「では、お休みなさいませ……」
そう言ってメイドは踵を返した。ベッド脇に置いてあった火の燈った小さな燭台と、花柄陶器の水差しを持ち、部屋から出て行こうと、半開きだった扉を潜る。
「――待って」
それを少女は呼び止める。その声は幼くも明瞭に響き、メイドの足を留めさせる。
「いかがされました?」
既に部屋の外へと出ていたメイドは、僅かに開いた隙間から覗くようにして、頭を低くしながらベラの言葉を待つ。
「どうしても明日の謝肉祭には行かせてくれないのですね?」
少女は背を向けたまま、メイドに問い掛ける。一見すると口調は穏やかにも思えるが、どこか棘があり、傍からはまるで拗ねている子供だ。
「はい。成人するまでは城外に赴かない。それが『フリチラリア』の習わしにございます」
メイドはまるで操り人形のように無感情のまま、ベラに返答した。それも、一切再考を挟まない“即答”だ。
「……わかりました。お行きなさい」
それが少女の気を逆なでたのだろう。小さく唇を噛んだ少女は、追い払うような言葉でメイドに退出を促す。
「はい。……では」
メイドは言葉少ないまま、へりくだりって扉を閉める。
それを機に、室内には恐ろしいほどの静寂が訪れた。
少女はそんな静寂の中で、憂いを晴らすかのように、再び月を眺めはじめる。その心中はなにを思うのか、星の煌めきすら霞む眩い月光を浴びながら、表情を暗然とさせていた。
そんな中、少女の右中指にはめられた古めかし蒼石の指輪が、人知れず光明を発している。それに気付いていないのか、少女自身は気にしている様子がない。
しかし、その光は薄暗い部屋の中で、確かに“なにか”を導くよう揺らめいていた。