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全くあいつは何なんだ。
私は大きくため息をついた。今覗いている窓からは細い道しか見えないが、今はそれで満足だった。私がいくらアピールしても全然私の気持ちには気づいてくれないし、いつもいつも他の女子にも平等にヘラヘラしてるのが本当にムカつく。理仁はやっぱり私なんかに興味はないのだろうか。今度は怒りが引き、なんだか悲しくなる。
とにかく、今はアピールを続けることだ。
あの時…私の背中を撫でて優しく慰めてくれた時、私にはこの人がずっとこの先も必要だと思った。彼だけが私に優しくしてくれた。胸がギューっと痛くなるのを抑え、勉強に戻ろうとした。
すると、視界に道を走る見慣れた物陰が視界に飛び込んできた。あれは…
「理仁!!」
急いで窓を開けて彼を呼び止めようとした。だがその時、理仁がいつもと様子が違うことに気づいた。
焦ってる……??
彼の表情には明らかに負の要素が含まれていた。何かに対する激しい…
憎しみ。
猛烈に嫌な予感がした。あいつが何をしようとしているのかは分からないが、彼を止めなければ、と思った。私は急いでダウンジャケットを羽織ると、凄まじいスピードで走っていく理仁の後を追った。
僕は下を見下ろした。
死ねる。ここなら。
僕がここに来た目的はただ一つ。この忌々しい機械を、自分を排除する為。僕はいま、百階は超えるであろう超高層ビルの屋上に立っている。何も怖くない。失うものがないから。僕が死んで悲しむひとなんて誰もいない。僕はひとじゃないんだから。あぁ、ぼくが機械じゃなければ…僕がただの中学生だったら!!
なんの躊躇いもなく塀に足をかけ、その向こう側にある細い鉄の板の上に乗った。
風が強い。辺りはもうすっかり暗くなり、帰宅ラッシュや夜遊びの人たちでにぎわっている。何も考えず立った状態のまま前へ倒れる。
誰かの声が聞こえる。何を喚いているのだろう。だが僕には関係ない。僕はこの世から排除される。身体がゆっくりと倒れて…
その時、グッという強い力で塀の中に引き戻された。衝撃で背中を強打する。誰が…
「ふざけんな!!!」
そこに、璃珠の顔があった。眼は涙で濡れている。
「璃珠、何で…」
「何で私になにもいってくれないの!?何で相談してくれなかったの!?何で私を置いていこうとするの!?どうして…」
「こういうことだよ!!!」
ぼくはあの忌々しい呪文を唱えた。するとさっきと同じように、手が変形した。璃珠が小さく悲鳴を漏らす。
「こういうことなんだよ!これでわかったろ??僕はこの世に存在する価値なんてないんだ!!いちゃダメなんだ!!!」
自分のものとは思えない声が響いた。悲しそうな顔をする璃珠を置き去りにし、再び塀に足をかけようとする。
フワリ。
僕の背中に暖かく柔らかい感触が広がった。手を前に回され、ギュッと抱きつかれる。
「理仁くんは機械なんかじゃない。ちゃんと心がある。私理仁くんがずっと好きだった。分かる?理仁くんが必要なんだよ?」
「───────!!!!」
僕が必要?僕に心がある?機械じゃない?違う。僕はあの男が作った人造人間で…
「違う、僕は…」
「違くない…!!!」
璃珠が僕を抱きしめる力をいっそう強めた。
「理仁くんが機械で、みんなに嫌われて一人ぼっちになっても、私はずっと理仁くんのそばにいる。絶対離れない。だから死のうとなんてしないで?」
生きて…?
力が抜けていく。開いた傷が癒えていく。いつまでも、璃珠の温もりに包まれていたいと思った。
後から気づいた。施設の人の話だと、僕の親は二年前に死んだはずなのに、僕は親の記憶が無い。二年前というと小学生で、もうとっくに物心がついていたはずだ。その時点で、僕は不審なことに気付くべきだった。僕は丁度二年前に作られ、年齢を中学生として設定されたようだ。記憶がないのも無理は無いだろう。
僕はもう一度あの家に行き、金庫の中を調べた。手紙には続きがあった。
『お前にはある指名を託している。
俺が果たせなかったことを、お前ならやりとげられる。それはいずれお前も気付くだろう。
金庫の奥に小さな赤い玉がはいっているはずだ。
それを、しかるべき時にしかるべき場所で使いなさい。必ず何かが起こるはずだ。』
金庫の中には確かに直径10センチ程の玉が入っていたが、特に仕掛けも何もないようだ。
そして中に入っていた説明書を、一番上のものから読んでいった。まず最初に書いてあったのは、各部位の名称と性能についてだった。自分の恥ずかしい所の事までご丁寧に書いてあって作者に悪意を感じたが、尚も読み進めていると、性能についてかかれているページが出てきた。そして僕はまず搭載CPUの計算速度の数値に驚愕した。なんとそこに書いてあったのは700YBという衝撃的数字だった。Yはヨタと読み、ギガ、テラ、ペタ、エクサ、ゼタと続き、その更に上の単位だ。ここまでの計算速度がないとやはり人間の身体は再現できないのだろうか。そも、明らかに今の科学でここまでの計算速度は生み出せないはずだ。つまり僕の父親は、日本政府に隠れてまで、極めた独自の科学力を駆使して僕を生み出したのだろうか。一体何のために?だがその直後、そんな疑問も吹き飛ぶほどの衝撃に見舞われた。メモリの大きさがどう見てもおかしい。こんな単位初めて見た。一回だけTVで聞いたことがある。この単位は…
「16…グルーチョ……」
コレは人間が作り出した最大の単位で、日本単位で表せばほぼ無量大数だ。ヨタなど比較にもならないほどの、怪物級の大きさだ。こんな大きなサイズのメモリが何処に必要というのだろうか。いくら人間を再現するといっても、ここまでのものは必要ないはずだ。いったい何を入れるためのメモリなんだ?とても疑問に感じたが、今は知らなくてもいいような気がした。なぜか。
後の説明書には、内蔵プログラムがズラリと並んでいた。
僕を機械だと確信させるために僕の父親が使ったコマンドはあくまで予備用で、機械だと確信した時点で、内蔵プログラムの発動を鮮明にイメージさせると擬脳CPUと身体の内蔵プログラムが連動してプログラムが発動するようだ。だかそれにはプログラムが発動に至るまでの回路を全て丸暗記する必要がある。僕はここぞとばかりに学年トップの暗記力を駆使して、説明書を全て丸暗記するまで読み潰した。
コマンドの使い方にも大分慣れてきた。コマンドを使うことに少し罪悪感を覚えることもあるが、身体に慣らすためだ。
「次、桐生!100メートル準備!」
「はい。」
今は体育の体力テストの授業だ。静かに返事をして立ち上がり、先生に促されてスタートラインに手を添える。次いで脳でしっかりとイメージする。
「位置についてー、よーい…」
バン!!
出力強化のアシストを受け、身体が凄まじい勢いで飛び出す。通常の人間は神経を通って筋肉に信号を送るため、ピストルが鳴ってからスタートするまでの間に、どうしてもわずかなタイムロスが生まれてしまう。だが、僕の場合は電気回路によって信号を送るため、タイムロスはほぼゼロに近い。
更に出力をブーストさせ、疾風の如く走り抜ける。僕が通った後から風が砂を巻き上げる。50メートル、60メートル、70メートル… ここで俺はわざと大きく転び、受身を取って転がった。みていた観衆から驚きの声が上がる。
「大丈夫か!?桐生!!」
先生が急いで寄ってきた。
「ええ、大丈夫です。でも少し膝が痛むので、計測は次回の後半組と一緒にやるのでいいでしょうか。」
「ああ、それは構わんが…」
「ありがとうございます。」
テキパキと応答すると、僕は何事もなかったかのように振る舞った。
今僕は、脚力強化のプログラムを作動させた。通常時よりも爆発的な力が出るようになるので、途中で転んで中断しないと大変な記録が出てしまう。世界大会に出るハメになって機械であることがバレるとまずいので、次回はプログラムを制御して普通の記録を残すことにした。
恐らくさっきのスピードで百メートルを計測すれば、7秒台は余裕だろう。もっと凄いスピードを出せるコマンドもあるが、そうなると見た目が変わる機器発動プログラムになってしまうため、人の目が付くところでは使えない。
すると、遠くから視線が向けられているような気がした。振り向くと、ハンドボール投げの計測をしている璃珠が呆れたような顔で僕を見ている。
(飛ばしすぎじゃない?)
(あはは、そうかなー?)
目線で会話しつつ、皆んなの列の並びに戻った。
その時、さっきの璃珠の目線とは全く別種の視線を感じた。即座に振り向くと、そこに一人の男が立っていた。




