一目惚れ
誤字脱字は気づき次第直していきます。
つたないですが、よろしくお願いします。
毎日、同じ時間にこの道を通る女の子がいる。
ショートボブの髪をきちんと整え、赤いフレームの眼鏡をかけて有名な私立高校の制服に身を包んでいるその子に私は恋をした。いわゆる一目惚れだ。
おかしい話だ。私はもう三十に届くような年齢だ。あんな若い子に惚れるなんて許されるはずがない。そうは思っても毎日窓から見てしまう。作家という仕事をやっていて、初めて後悔をした。基本的に自宅にいる仕事だ。そして机は窓の隣に置いてある。
やめようと思っても時間を確かめ窓からのぞき込んでしまう。
今日もあの子は歩いている。あの子の名前は何だろうか。どんな声をしているのか。
どんなものが好きなのか。話したこともない、年の離れたあの子にどうしてこんなに
恋焦がれているのだろうか。自分自身に嫌気がさしていた。
そしてその日、気分転換に公園に来ていた。日曜日だというのに、あまり人がいないこの公園は息抜きや作品のネタを探すのにピッタリだった。
ここの公園は意外と広く。出入り口付近は遊具が並んでいるが、奥に進むと広い芝生と
ベンチが並んでいる。いつもの通り、奥の方へと歩いて行った。そしていつも通りに、一番奥のベンチに腰掛けようと思っていたんだ。
しかし、私より先に座っていたのは白いスカートに薄いブルーのカットソーを着た、
あの子だった。
私は一気に心臓が高鳴るのを感じた。一先ず、近くのベンチに座り自分を落ち着かせる。
そして、持っていた鞄から文庫を取り出すと、内容を読むふりをして彼女を観察する。
確かに、私服であるがあの子だ。こうしてみると、かなり可愛らしい。今どきの女子高生のような感じはせず、清楚で純な雰囲気がある。さりげないしぐさも品が良い。
そんな風に観察を続けていくと、余計に彼女の魅力に気づき惹かれていく自分がいる。
このままずっと見ていたい。そんなことを考えていると、彼女は腕時計をチェックし
持っていた本をしまい始めた。どうやらそろそろ帰ってしまうらしい。
少々残念に思ったが、しかたない。私はため息をつき、自分の本に集中しようと体制を正した。すると、彼女のバックから栞が滑り落ちた。彼女は気づいてない。
チャンスだと、思った。すばやくそれを拾い上げ、彼女の肩を叩く。
不思議そうな顔で振り返った彼女。緊張で思わず声がつまるが、なんとか話しかける。
「栞、落としましたよ」
柔らかい笑顔を貼りつかせながら、私は彼女に栞を手渡す。
それを確認した彼女は柔らかく、どこか澄んだような声で話し始める。
「ご丁寧に、ありがとうございます。助かりました」
軽く頭を下げ、礼を言う彼女。緑の黒髪と表現するにふさわしい髪の毛がサラリと動く。
そんな彼女に見とれそうになるが、何事もなかったかのように私はふるまおうとした。
初めての接触。初めて聞いた声。これだけで十分だと自分に言い聞かせて。
「あの…」
予想外に彼女が話しかけてきた。私の顔をまじまじと見ている。
フレームから見える大きな黒目がちな瞳に見据えられ、顔が赤くなりそうだ。
「もしかして…作家の春日原さんですか?」
おずおずと私のペンネームを口にする彼女。どうやら私の読者だったらしい。
なんて嬉しいことだろうか。正直な話、作家としてデビューできた時よりも喜びが強い。
「そうですが…読者のかたですか?よく私の顔、わかりましたね」
平静を装い尋ねると、彼女は顔を明るくした。
「以前、雑誌にほかの作家さんと写真撮られてましたよね。それで…」
ああ、あの時のか。私はあまりそのような雑誌に顔を出したくなかったのだが、この様子なら撮っておいて正解だった。
「そうでしたか」
私は満面の笑みで彼女に言う。
「読者の方と会えるなんて、とてもうれしいですよ。できればお名前を伺いたいんですが、よろしいですか?」
「は、はい。柳野です。柳野文菜。私もお会いできてとてもうれしいです!」
私の申し出に笑顔で答える文菜。こんなに愛くるしく笑う子だったなんて…
文菜の笑顔に見とれてしまう。
「柳野さんですか。もしよろしければ、またこうしてお話できませんか?読者の目線で
アドバイスが欲しいんです」
この申し出に、信じられないといった表情をする文菜。しかしすぐに了承をしてくれた。
来週の日曜に再度会う約束をとりつけ、一先ずは別れた。
自分でも驚くような展開に心が躍る。とにかく、彼女とまた話がしたいという思いから
あのようなことを話してしまったが、後悔などしていない。
それから私たちは、あの公園で会うようになった。
彼女の名前は柳野文菜。私立高校に通う三年生で部活は美術部。
両親は共稼ぎで、一人でいることが多い。兄弟は兄が一人県外に進学している。
趣味は読書と絵画。好きなものは自然と可愛らしい小物。
ここまでの情報が集まった。最初のころには考えられないようなことだ。
あのころは名前だけでも知れたらというだけだったが、今では彼女のすべてが知りたかった。毎週日曜日が楽しみで幸せでしかたがなかった。彼女とずっと一緒にいたかった。
なのに…
「春日原さん。私、県外の大学に行こうと思うんです」
どうしてそんなこと言うんだ。
「こうしてお話しできるのも…そう何回もないんですね」
そんなこと言わないでくれ。君と一緒にいたいんだ。
離れるぐらいならいっそ…
「柳野さん。今日は私の家に招待します」
いっそ…無理やり手にしてしまおう。
「お邪魔します」
おずおずと、玄関へ入る文菜。両親から譲り受けたこの一軒家。周りに民家は少なく
時折文菜のような学生や会社員ぐらいしか通らなかった。
「どうぞ遠慮なく。折角ですからリビングではなく仕事部屋へどうぞ。お茶もそこへ運びましょう」
二階の奥の部屋へ文菜を連れていく。壁際に設置したソファに座らせると、カップに入れたお茶を用意し、私自身も正面に座る。
緊張している様子の文菜に、優しく微笑みながら私は話す。
「そんなにかしこまらずに、今まで通りにしてください」
「は、はい。でも、緊張します」
「柳野さんは慎ましいかたですね。そういうところが可愛らしいですね」
私が言うと、彼女は驚いたように顔を赤らめた。
そのまま私は立ち上がると、彼女の隣に座る。
「あの…春日原さん?」
「下の名前で…伊織と呼んでください。柳野…いいえ文菜」
戸惑う文菜に近づく私。怯える文菜もまた可愛らしい。
我慢できず抱き寄せる。シャンプーの甘いにおいがまたたまらない。
「文菜…ずっとこうしたかった」
「か、春日原さん?あの…」
存分に文菜の香りと体の柔らかさを堪能していると、文菜は困ったような声を上げる。
「下の名前でと言ったでしょう?」
文菜の顔を見つめると、目を細めていう。
「私はずっと君を見ていたんだよ。毎日、学校へ行くために通る君が、好きで好きでしかたなかったんだ」
「か…伊織さん。お気持ちは嬉しいです。とても…ですが、あの、一度離していただけませんか?」
突然の告白に頬を染めながらも、とまどいながら私に言ってくる文菜。
「離しませんよ?いえ、それどころかこの家からも出しません」
「え・・・・な、何をいったい」
固まる彼女。私はもう決めていた。
「愛しているんです。もう離しません。君が私からいなくなるのなんて考えられない」
彼女が私から離れるならば…この家で一生を過ごさせよう。
一生私のそばから離れないようにしよう。
文菜は腕の中でもがいたが、お茶に入れた薬が効いてきたのか抵抗が弱くなってきた。
一時期、不眠で悩まされた時の薬を捨てなくてよかった。
すっかり動かなくなってしまった彼女を確認してから、私は別室へと連れていく。
ひとまず、彼女にはこの家のことから知ってもらわなくてはならない。
それに私についても。
これから、私と一生を過ごすのだから。
最後までありがとうございます。