story7 関係
ファミレスで食事を終えた後、私達は近くのショッピングモールに行くことになった。
きっかけは私が飲み物を決めている数分も無いほど短い間に、海璃が「俺、服見たいんだよね」と言い、そこから佐伯くんが「なら近くにいい店あるよ!」と言ったことだった。───
「朔乃さん」
ショッピングモール内に建ち並ぶ店の中で、佐伯くんオススメの洋服店に入っていく海璃に、佐伯くん、詩零くん、私の順番で入ろうとしたとき、桐谷くんから呼び止められる。
「?…どうかした?」
隣に立った桐谷くんを見上げると、彼は言いにくそうにしていた表情を真剣な表情に変えた。
「今こんな事言うのもおかしいって思うかも知れないんですが…。
これからも、翔と会ってもらえませんか」
「え…?」
唐突にそう言われ、どう返したらいいか戸惑う私に、桐谷くんは続けた。
「翔は誰にでも優しい好青年に見られがちで…だからなのか、自分でも気づかないうちに無理して笑う時があるんです。
仲のいい俺達の前でも、時々そんな顔をして、悩みも…打ち明けてくれなかったり…」
最後の言葉は少し悔しげに呟いた桐谷くんに、私はそれだけ友達の詩零くんを心配しているのが伝わってきた。
どう言葉を返したらいいか迷っていると、桐谷くんはふと私から、お店の中で佐伯くんと海璃と一緒にはしゃぐ詩零くんに視線を移した。
「だけど最近、朔乃さんの話をするとき…翔のやつ、凄く嬉しそうなんです」
「……。へっ!?」
かあっと熱を持つ頬をそのままに、私が桐谷くんを凝視すると、彼は私に視線を戻し、反応を見て一瞬だけ可笑しそうにクスッと笑った。
「貴女の事を話す時は、本当に心から笑ってるって思える笑顔なんです。
だから…翔とこれからも会ってもらえませんか」
「……。」
桐谷くんの言葉に、私は初めて会った時の詩零くんを思い出す。
泣いていた私に、優しくハンカチを差し出して気遣ってくれた詩零くん。
なんて優しい子だろう──と、私の第一印象もそんな感じだったと思う。
けれど最初の印象と今の印象は違うことに気づく。
年相応の少年な爽やかな笑顔、言葉遣いは大人のようだけど、少しでも言葉を間違えたりしたら焦ったり、今日みたいに不機嫌そうな顔。
桐谷くん達と一緒にいるときの、あどけない表情。
まだ会って数ヶ月な私は、これだけ詩零くんという人を知っている。
だから…彼を彼として、詩零翔という人として私は詩零くんをもっと知っていきたい。
(そう思ってる。だから…)
「…ねぇ、桐谷くん」
「…はい?」
「私は…誰かに言われたから、詩零くんに会いに行くってことはしたくないな」
「…!」
少し目を見開く桐谷くんに、私は続ける。
「きっと私は桐谷くん達より、詩零翔くんという人のことをまだほんの一部しか知らないと思うの。
だけどね、詩零くんがこの事を知ったら、私が桐谷くんに言われて会いに来ているんだって悲しく思うことは、私でも分かるよ?」
「…。そう…ですね、俺もそう思います」
自分が話したことが、詩零くんの嫌がる事だと気づいた桐谷くんは苦笑した。
そんな桐谷くんに、私は思っていることをそのまま口にした。
「それにね…私は詩零くんさえ良ければ、これからも会いたいなって…思ってるから」
そこでハッとする。
今自分で口にした事はとても恥ずかしい事では?と、顔を赤くしてしどろもどろになる。
「あ、いや、あのね!さっきのは、その…何て言うかっ…その、あのっ」
「ふっ、はは…良かった。朔乃さんが会ってくれたら…きっと……アイツも悩みを打ち明けてくれると思いますから」
自分の事のように目を細め、穏やかな表情を見せる桐谷くんに、私は改めて思った。
(なんか桐谷くんって、私より年上なんじゃないかってくらい大人びてるよ!)
赤くなっている頬に手を添える私に、桐谷くんが微笑ましげに笑みを深めたその時、一つの影が目の前に落ちた。
「あの、優衣さん…」
その声に顔上げれば、眉間に皺を寄せた詩零くんの姿があった。
「しし、詩零くんっ!!?」
(もしかしてさっきの聞かれてた!?)
焦るあまり次の言葉が出てこない。
そんな私の隣にいた桐谷くんが、お店の中に入り、詩零くんの背を軽く押した。
「翔。隆也と海璃くんは俺が見てるから。…お前は朔乃さんに話したいことがあるんだろ? 行ってこい」
「直人…」
詩零くんの言いたいことが分かっているような桐谷くんの気遣いに、詩零くんは軽く頷くと、遠慮がちに私の手を取った。
「優衣さん、話したいことがあるんです。…いい、ですか」
瞳を真っ直ぐに見つめてくる詩零くんに、それは手を握ることなのか、話をしてもいいか、のどちらなのか聞きたかったけれど、私はコクンと頷いた。
だって…両方とも嫌ではなかったから。
───そして私は詩零くんに手を引かれたまま、ショッピングモールの外へと出る。
けれど握っていた時間は、惜しくもショッピングモールの中の間だけで、外へ出ると詩零くんはその手を放した。
しかし、触れるか触れないかの距離に詩零くんは居てくれて、周りから私達はどう写っているのかがとても気になったのだった。
そして私達はそのまま、どこへ行くでもなく、ゆっくりと歩いた。
詩零くんの“話したい事”というのが気になったけど、私達の間に落ちる沈黙が不快ではなく、むしろ心地いい感じがした為、私は無言で隣を歩いた。
しばらくすると、私達はいつの間にか最初に出会ったあの“公園”へとたどり着いていた。
日はまだ昇っていたけれど、誰もいないその空間にあの日の夜を重ね、私達は吸い寄せられるように足を向けていた。
「話をするなら、私達には此処が最適かもね?」
「…ははっ、そうですね」
幸い誰も座っていなかったブランコに腰掛け、少し冗談めかして言ってみると、詩零くんも笑って隣に腰掛けてくれたのだった。
「俺…優衣さんに謝らなくちゃいけないことがあるんです」
キーコ、キーコ…とブランコの錆びた部分が擦れるような音が鳴る。
私は隣のブランコに腰掛ける詩零くんに顔を向けると、首を傾げた。
「謝る…こと?」
「…実は…今日の試合のことで…。優衣さんは会場に行くまでの道は、俺のメールに添付されてた地図を見て来たんですよね?」
「うん、そうだよ。だけど私、方向音痴だったみたいで、凄く迷っちゃったよ…あはは」
自分の方向音痴さを認めて、苦笑いを浮かべた私に、何故か詩零くんは思い詰めたような表情をしていた。
「それ、違うんです」
「え…?」
「俺が……間違った地図を送ってしまったからなんです!」
叫ぶように言った言葉に、私は目を丸くする事しか出来なかった。
「自分で誘ったのに、優衣さんを不安にさせて、泣かせたりして…本当にすみませんでした!!」
カランッと音を立て、詩零くんがブランコから立ち上がると私に頭を下げた。
「そんなっ!そんなの気にしてないよ!
間違っていたとしても、私が人に道を尋ねたりしなかったのも悪かったし…。
何より私を迎えに来てくれた詩零くんを試合に遅刻させてしまって…私の方こそ、ごめんなさい。」
私も立ち上がると、詩零くんに頭を下げる。
すると詩零くんは勢いよく顔を上げた。その顔は罪悪感でいっぱいだった。
「優衣さんは悪くないです!…俺がっ…気づかなくて、それで…優衣さんに迷惑かけて…っ」
様子がおかしい。
そう気付いたのは、詩零くんの目に少しだけ涙が浮かんでいるように見えたからだった。
「詩零くん…何があったの?」
私がそう言ったのには、根拠があった。
ショッピングモールで桐谷くんが言ったあの言葉。
“仲のいい俺達にも、悩みを打ち明けてくれない”
それは逆に考えると“言えていない悩み事がある”のではないかと。
「……。」
だけど詩零くんは黙ったまま、拳を握り締めているだけだった。
「詩零くん」
私は詩零くんに近づくと、握り締めている手に触れた。
ピクッと反応した詩零くんは、私の目を見つめた。
「優衣さん…」
「…言いたくなければ、言わなくていいの。…だけどね、詩零くんを心配している人達がいることを忘れないで?」
キュッと握る力を強める。
(悩んでいることを、話してもらえないことは辛いけど…。無理に聞いてしまうことは、したくないから)
私は笑って見せた。
あの時泣いていた私を救ってくれた人が苦しんでいる。
だから今度は、私が詩零くんを助けたい!
そんな気持ちでいると、詩零くんはゆっくりと拳をほどいた。
「ありがとう…優衣さん」
ふわりと微笑んだ詩零くんに、不覚にもドキッとしてしまう。
「う、ううん!桐谷くん達みたいに友達でもない、知り合ったばかりの人がこんな事言うなんて、生意気だよね!」
ドキドキを隠すためについ口にしてしまった言葉に、詩零くんの顔が険しくなる。
それは先程までの沈んだ表情ではなく、怒っているような表情だった。
「優衣さんは…俺のこと、どう思っているんですか」
「え…」
突然言われた言葉に、私はどう答えたらいいのか分からなかった。
(詩零くんは…友達?…それとも)
沈黙が続き、それを答えとして受け取ったのか、詩零くんは私から離れた。
「すみません、優衣さんを困らせるような質問して…。だけど……少なくとも俺は…優衣さんのこと、友達より親しい関係になりたいって思ってました」
「詩零く…!」
「今日は試合観に来てくれて、ありがとうございました…それと……ごめんなさい」
詩零くんはそれだけ言うと、私に背を向けて走って行ってしまった。
その背中は海璃が彼氏だと勘違いをして走り去っていった背中と同じように、悲しげに見えた。
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