表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/16

story5 恋心

今回は、違う目線から見ている感じにしました。


控え室では練習試合を終えた選手達が、帰り支度を始めていた。

その中に、少し不機嫌な顔つきをしている選手が一人。

彼は自身の名“詩零”と書かれたプレートが貼られたロッカーを開け、バッグを取り出す。


(…あ~!くそ!)


だがバッグを掴んだまま、翔は先程の事が頭から離れなかった。


(隆也が変なこと言うからだ!もう、優衣さんのこと……間近で見れない)


かあっと赤らめた顔をバッグに埋め、叫びたい気持ちを堪える。

周りから見れば、奇妙な事この上ない。


翔は佐伯達に迫られている優衣を見たとき、何か熱い気持ちが込み上げ、気付けば佐伯から優衣を遠ざけるように立っていたことを思い出す。

自分自身、何故あんな行動を取ったのか分からなかった。

けれど佐伯に言われた「彼女」という言葉に、翔は驚きと共にある気持ちの存在に気づいていた。

それは翔の中に、優しく広がり…トクトクと音を立てる。


(…って、今は優衣さんを待たせる方が駄目だって!)


翔は顔を上げると、一旦冷静になろうとバッグからタオルや服を取り出し着替えを始めた…が。


「詩零。…ちょっと、いいか」


ユニフォームに手を掛けた時、翔は話し掛けられ其方を向く。

だが其処にいた人物に翔はハッと一瞬だけ目を見開き、今まで見たことのないほど真剣な表情をした。



────「なあ、さっきの…どう思う?」


同じ頃、控え室に向かう隆也と直人の姿が廊下にあった。

だが、二人の表情はどこか重く、落ち込んでいるような顔をしていた。


「さっき…って、朔乃さんのことか?」


「ああ。」


直人の返事に、隆也は先程の優衣との事を思いだす。


──“優衣さんって、彼氏いるんですか?”


隆也の興味本位での一言に、優衣は明らかに動揺していた。

普通ならば彼氏がいたとしても、いなくても、動揺という感情は見せないだろう。

隠すか、惚気るか。この二つだと隆也は勿論のこと、直人もそう思っていた。


だが優衣の動揺は何か別の感情も読み取れ、深入りしてはいけないと思うものの、それが隆也と直人の中に引っかかっていた。


「“いないよ?…どうして?”って笑いながら答えてたけど…」


「なんか…泣きそうだったよな。……優衣さん」


「「………。」」


結果、悲しい気持ちにさせてしまったと、落ち込む二人の間に沈黙が落ちる。

…が数秒後“今思えば、あの時なんで聞いてしまったんだ!”という隆也の叫びに、直人がポンッと肩を叩いたのだった。


「あれ?……翔、じゃないか?」


「…ん?」


未だ落ち込む隆也から視線を外した直人は、控え室から出て来る翔に気づいた。

見れば、翔はまだ着替えていなく、それに違和感を感じた隆也達は駆け寄る。


「しょ…!!」


だが、次に控え室から出て来た人物に、直人は隆也を抱えるようにして曲がり角に隠れた。


「何すんだよ、なおっ…!」


「シッ。…よく見ろって、志賀谷(しかや)先輩だ」


「なっ!?」


こっそりと、翔の隣に立つ人物に目を向けた隆也は、怪訝な目で志賀谷という人物を見つめた。


「アイツ!何か…企んでんのか!?」


「おい、先輩に対してその言い方は…」


「だって…志賀谷先輩、翔にレギュラー取られてから、いつも翔のこと睨むように見てたからさ」


拗ねたように言った隆也の言葉に、直人の中に不安が広がる。


(そんな前から翔の事を?……まさか、今日翔が遅れた事と何か関係が?)


伺うように、二人はそのまま翔達の会話に聞き耳を立てる。


「あの、話って何ですか?」


「……。今まで話しかけたこともなかった俺が、お前に話しかけたことに驚かないんだな」


「……いえ、俺は別に…」


控え室から少し離れた所で会話をする二人の間には、言い知れぬ空気が流れる。


「…まあ、いい。今日は…これを返そうと思ってな」


言うが早いか、志賀谷は翔に向かって何かを投げるように手渡す。

慌てて受け取った翔は、自分の手の中にあるものに驚愕の色を浮かべる。


「これ、俺の……携帯。なんで、志賀谷先輩がっ?」


「昨日の夜練の時、お前が忘れてったの預かってやってたんだよ」


「……なら、どうして昨日渡してくれなかったんですか」


少し低い声になる翔に、志賀谷は悪びれることなくこう言った。


「なんだよ?今日の試合開始時間…俺は“十時半”ってちゃんと伝えただろ?それでいいじゃないか。あ…でも、今日の試合“十時”からだったんだな?…間違えて教えて悪かったよ、詩零。」


「「…!!!」」


隆也と直人は、志賀谷の言葉に耳を疑った。

今まで一度も遅刻したことのない翔が、試合に遅刻するなんて…と不思議に思っていたことの謎。それは志賀谷が嘘の開始時間を教えていた事にあったのかと。


(翔が昨日控え室で、最後に電話した後無くなった…って言ってた携帯を持ってて、しかも時間を間違えて教えただぁ?どう考えたって、仕組んだに決まってんだろ!!)


怒りに身を乗り出そうとする隆也を、直人が押さえる。

隆也はその手を振り解こうとしたが、ハッとなる。それは直人の手も怒りに震えていたからだった。

自分だけじゃなく、直人も耐えているのだと分かった隆也は、静かにまた翔たちに視線を移した。


「……志賀谷先輩。」


それまで携帯を見つめたまま俯いていた翔が、まっすぐに、目を逸らさずに志賀谷を見つめた。


「本当に…間違えて教えただけなんですよね?」


「そうだ。って言っただろ」


翔の逸らすことの無い真剣な瞳に、志賀谷は苛立ちにも似た表情を浮かべ見つめ返す。


「……。なら、いいです。」


「…!!」


「携帯、見つけて下さってありがとうございます。俺、まだ着替えてないので…失礼します。」


頭を下げ、踵を返す翔の背中を、志賀谷は呆然と見つめる。

だがその態度も、翔の何もかもが気に入らないのか、志賀谷は最後の一手とばかりに憎しみの色を瞳に浮かべ、挑発するような声で翔に言葉を投げる。


「そういえば…あの観戦してた女の人…優衣って言ったっけ?」


ピクッと、翔の動きが止まる。

それを口角を上げ、愉快そうに見つめる志賀谷は言葉を続けた。


「その携帯持ってたとき、その優衣って人からメール着てさ。

悪いとは思ったけど…今日のこと聞かれたから、此処の場所の地図送ってやったんだよね?…だけど後で気づいたら、それ間違ってた地図でさ~?まあ、ちゃんと此処にこれてよかっ――――」


―――バンッ!!!


激しい音が廊下に響く。

志賀谷は青ざめ、顔から後数センチというところの壁に置かれる翔の手を横目で見つめる。


「俺…自分のことに関しては、何されても、何言われても構いません。けれど……大切な人たちを傷付けたら…容赦は出来ないんで、志賀谷先輩。」


翔は低い声でそう言い、俯いていた顔を上げる。

そこにあったのは、いつもの優しい好青年な彼の姿では無く、志賀谷も見たことの無い怒りに満ちた表情だった。


「っ…くそっ!!」


バシッと翔の手を弾き、志賀谷は翔に背を向けた。


「覚えてろよ!」


定番の捨て台詞のような言葉を残し、志賀谷は廊下の向こうに歩き去って行った。

それを見送り、壁から手を離した翔のもとに駆け寄る者がいた。


「何が“覚えてろよ!”だ!あの野郎ぉ!!」


「追いかけるなよ、隆也。…大丈夫か、翔?」


「隆也…直人も…」


翔が振り返れば、今にも走り出しそうな隆也と、それを服を掴んで止める直人の姿があった。


「もしかして、今の聞いてたのか?」


「へ!?…あ、まあ、えっと…ゴメン。」


「…すまない」


盗み聞きしていた事を、素直に謝る二人に、翔は強張った表情を崩す。

けれど、直ぐに真剣な表情に戻る。


「いいよ、謝らなくて。…心配してくれてありがとう。だけど俺、優衣さんに謝りに行ってくるから!」


「待てって!お前、まだ着替えてないだろ!」


「あ、そうだった…」


いつもなら気づくことも気づかないほど、翔の中には優衣へ謝らなければという思いが勝っていた。

それが分かったのか、直人は気遣うように控え室の扉に手を掛けた。


「焦らなくていいだろ?朔乃さんなら…ちゃんと待っててくれると思うぞ?」


その一言に、翔は動きを止める。

それを見た隆也は、呆れたように言う。


「…言っとくけど。俺らは優衣さんのこと狙ってないぜ?」


「ただ、優しそうな人だから待っててくれるんじゃないかと、思っただけだ」


遅れて直人も、そう言った。

それを聞いて安心したかのように、翔は早く着替えるために駆け込むように控え室に入った。


「なんか…翔って分かりやすい奴だったんだな」


「ああ。二年目の真実ってやつだな」


一年の時に出会った翔のことを思い浮かべながら、今目の前にいる翔を見て二人が思うことは…


「「アイツ…天然な所は、変わってないな」」


という言葉だった。



―――――「ふぅ…」


体育館前。先程買ったペットボトル飲料を一口飲み、私は一息吐く。

そして考えるのは、数分前のやり取り。


佐伯君に「彼氏いるんですか?」と聞かれ、思い浮かべてしまったのは…別れた彼。

吹っ切れたと思っていても「初彼」というものは、こうも心に残るものだったのかと、私は改めて思った。それともう一つ…


(私……まだ、彼のこと“好き”なのかな)


そんな考えが浮かんだ。けれどそれを振り払うように首を横に振ると、私はペットボトルを強く握る。


「そんなこと…ないよね。私は…もう」


片方の手を、胸に当てる。

トクトク…と脈打つ鼓動に、私は詩零くんの顔を浮かべる。

すると、少しだけ。脈が速くなったように感じた。


(これが…恋なのか、分からないけど…。

私は、もう一度…誰かを好きになる事が出来るかな……詩零くん)


そう、心の中で呟いた時。


「…優衣?」


「え……」


私の目の前を一人の男性が横切った。

けれどその男性は、私を見るなり驚いたように立ち止まったのだった。





ここまで読んで下さりありがとうございます!


次回も、是非読んでみて下さいね…!


感想等、頂けると嬉しいです!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ