story12 事故の真実1
―――その頃、人混みを避け、翔は息が切れるのも構わずに街の中を駆けていた。
(優衣さん、何処だろう…)
駅前から先日訪れたショッピングモールまで、至る所探しながら、翔は携帯で何回か優衣の携帯にメールを送っていた。
けれど握りしめた携帯に返事は無く、翔は未だ行っていない…あの公園の事を思い出した。
(もしかしたら…)
もう一度メールを打とうとしていた携帯をズボンのポケットに押し込むと、翔は公園への道のりを走り出した。―――着信を報せるバイブレーションに気付かずに…。
数分後、翔は公園の入口に到着していた。
けれどそこには何故か人だかりができており、何故かパトカーまで止まっていた。
サイレンは鳴っていないものの、二人の警察官が事情聴取しているのか、三十代半ばの男性と話をしていた。それを遠巻きに、近所の住民も集まっていた。
「何が…」
「怖いわよね…」
「そうね…」
荒い息を落ち着かせていると、側を通りがかった主婦たちの会話が翔の耳に入る。
「事故ですってよ…。なんでも女の子がトラックに轢かれたとか…」
「女子大生だったんでしょう?怖いわよね…」
(女子、大生…っ)
ドクンッと胸が跳ねる。翔は嫌な音で鳴る鼓動に、一気に体温が下がるのを感じた。
「曲がり角でスピードは落ちていたそうだけど…」
「でも、ほら。…フロントガラス割れてるわよ?大丈夫かしらね…」
主婦たちの視線を追い、翔が見たのは…フロントガラスが蜘蛛の巣のように罅が入った軽トラック。
翔はそこでようやく事情聴取を受けている男性が、軽トラックを運転していた人だということが分かった。
(まだ女子大生が優衣さんだって決まった訳じゃない。)
被害者が誰であれ、此処にいないということは救急車で病院に運ばれるくらいの怪我はしているということだ。
翔はグッと拳を握ると、通り過ぎた主婦に声を掛けようとした。
「あ…」
けれどそこで道路の反対側に見知った人物を見つけ、翔は動きを止める。
その人物はしきりに辺りを見渡しながら、怯えたように住宅街のある路地の奥へ消えていった。
その行動も表情も何故か気になった翔は、駆け出すとその人物を追いかけたのだった。
「あの!」
「っ!?」
やっとのことで追いついた翔は、その人物の背に声をかけた。
たったそれだけの事だったのに、その人物は翔の声に体をビクッと震わせ、ゆっくりと後ろを振り返った。
「どうして、あそこに居たんですか……志賀谷先輩」
「っ。何が…?」
振り向いた志賀谷の表情は酷く怯え、顔面蒼白だった。
ただ事ではないことを察し、翔は志賀谷に近づくと真っ直ぐに彼の目を見つめた。
「あそこで起きた事故について、何か知ってますか?」
翔は『先輩は知っている』と確信がありながらも、疑問形で問う。
けれど志賀谷は口を噤むと、首を横に振った。
「し、知らない…っ!俺は…関係、無いんだ!!」
まるで自分に言い聞かせるような言葉に、翔の中で益々不安だけが膨れ上がっていった。
「本当のことを言って下さい!…お願いします!志賀谷先輩!!」
切羽詰まったように、ひどく泣きそうな顔をした翔の言葉に、志賀谷はハッとしたように目を見開くとその瞳に涙を浮かべた。
「俺の…所為、なんだ…っ。あの女性が…っ!」
「っ――――」
崩れ落ちるように地面に手を着いた志賀谷に、翔は言葉にならない悲鳴を上げた。
* * * *
――――『病院からは左足の捻挫、それと右腕の軽度の骨折だけで、幸いにも目立った外傷はないそうだ。
けれど事故の時…コンクリートに頭を打ち付けたらしく………未だ意識が戻らないそうだ。
こちらも直ぐに病院に向かう。だが先に行って、優衣の側にいてやってくれないだろうか…海璃にもそう、伝えてくれ』
そう言って電話を切った優衣と海璃の父の言葉を、和伊は何度も頭の中で繰り返し思い出していた。
目の前には病院のベッドに眠る、優衣の姿。
痛々しげに巻かれた頭と腕の包帯に、和伊は力が抜け今にも倒れそうだった。
「姉、ちゃん…っ。姉ちゃんっ…」
ベッド脇の椅子に腰かけ、海璃が震えた声で優衣を呼ぶ。
その隣に立つ和伊からは、その表情は見えなかったが…ベッドに染み込んでいく涙に、海璃が泣いていることだけは分かった。
練習試合を申し込んだのはこちら側だった為、和伊はこちらのバスケ部の部長に後は任せ、海璃と共に病院にいく了承を佐木利の監督に取った。
けれど監督はそれを否とし、練習試合そのものを無いことにし、合同練習と称し星宮の部員を見てくれると名乗り出てくれた。
本来、海璃だけを病院に送れば話は済んだのかもしれない。けれど呆然と一歩も動けないような状態だった海璃を一人病院に向かわせることが出来ず、和伊は佐木利の監督に礼を述べ、此処に来ていた。
(優衣ちゃん…っ)
護ると言っておきながら、護れなかった。
その後悔を拳に込め、和伊は唇を噛みしめるとその拳を壁へとぶつけた。
そうして、しばらくの間病室には、海璃の嗚咽だけが響いていた。――――
「海璃…佐木利の監督さんに電話してくるから、少し席を外す。お前は…優衣ちゃんについていてやってくれ」
「……。」
少し落ち着きを取り戻した和伊の声に、海璃の返事は無かった。けれど和伊は海璃の頭をポンッと一撫ですると、携帯を片手に病室を後にしたのだった。
(電話となると…やっぱ、外に出るしかないよな)
廊下を歩きながらロビーへと向かう。
すれ違う看護師や医師の姿を呆然と見ながら、和伊はそこで自分を見つけ歩くのを止めた目の前の人物に気付き目を向ける。
そこには数歩先に、息を切らせた…翔の姿があった。
「お前…」
「優衣、さんは…無事、ですよね?」
「!…事故のこと、聞いたのか」
「はい。聞きました…」
頷く翔に、和伊は携帯を握りしめると来た道を引き返そうした。
「病室は――――」
「その前に、話しておきたいことがあるんです」
けれどそれを引き止めるように真剣な翔の声が届き、和伊は訝し気に目を細めるも翔を連れ立って外へと歩き出したのだった。
人気のない病院の庭に幾つかあるベンチの内、一つに二人は腰かけた。
それを見計らい、翔が口を開いた。
「俺…事故現場に行ってきました。」
「‼…それで?どんな事故だったんだ?」
立ち上がる勢いで迫る和伊に、翔は見てきたことを話す。
「軽トラックとの接触事故のようでした。近所の人たちが集まる中、警察官の人もいて…トラックの運転手は連行されていきました」
「…そうか」
「けれど…その運転手の話だと……優衣さんの方が道路に飛び出してきたって…」
「なっ!?」
衝撃の事実に、和伊は目を見開くと翔の胸倉を掴む。
「そんな訳ないだろ!」
「俺もそう思いました。話は最後まで聞いて下さい!」
和伊の手を押さえ睨み付けるように見つめてくる翔に、和伊はハッとしたように手を放した。
護れなかった自分の不甲斐なさ、後悔、怒り。和伊の中で様々な気持ちが入り乱れ、感情を抑えられずにいた。
「すまない…」
今のは自分が悪いと思っているのか、和伊は俯き膝に拳を打ちつけた。
そんな和伊に、翔は苦しげな表情を浮かべると口を開く。
「優衣さんが飛び出したのは…俺の……先輩を庇ったからだそうです」
「え…」
「事故現場で先輩に会って、話を聞いてきました…」
翔は静かに語りだした――――
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