秘湯最高
「ホントにこんなとこに温泉があるんだなぁ」
「だから言ったでしょ? 誰も知らない秘湯中の秘湯だって」
ここら一帯の山間に残る「デイダラボッチ」の伝承の取材の際に、麓の村人さえも立ち入らぬという山の頂上付近まで踏み入りたまたま見つけたのが、すり鉢状の岩場に溜った湯けむり上がるこの天然の温泉だった。
いくつも連なる周囲の山々の中ではさほどの標高ではないが、それでも雲に隠れんばかりの空中温泉は眺め抜群・気分爽快、地上を見下ろしながらの湯浴みはなんとも言えない豪快な気持ち良さだ。
こんな絶好の場所を一人占めとは勿体無い、さりとて彼女を連れてくるには辺鄙すぎるということで、
普段仕事を回してくれる某雑誌の編集長を誘ってみたのだが、どうやらことの他気に入ってくれたようだ。
こりゃひょっとしたら新しい企画、紹介してもらえるかもな、へへへ・・・
「確かに眺めも良いし、熱めの湯加減も気持ち良くて最高の温泉だけど・・・なんか足元に絡みつく草が気になるな」
確かに編集長の言うとおり、すり鉢状の温泉の底にはたくさんのまるで昆布のような幅広の草が生えていてときおり足に絡みつくのが難点といえば難点だ。
「でも植物エキスが身体によさそうじゃないですか」
「さしずめ葉緑素温泉か・・・それもいいな。でもなんだな、すり鉢の中に昆布なんて、なんだか鍋みたいだな」
「そう言われてみると、編集長の寄りかかってる岩なんか、なんとなく白菜に見えてきますね」
すり鉢の縁にあたる場所には数か所、白色で縦長の岩が水面から突き出ており、薄い断層が幾重にも重なる様が見ようによっては縦切にした白菜にもみえた。
「キミが肘をついてる平べったい岩だって椎茸みたいじゃないか」
温泉の中程に2,3か所、湯の中から浮くように出ている丸みを帯びた茶褐色の岩はなるほど椎茸に見えなくもない。
「なんかホントに鍋みたいですね」
「長湯をしてると俺達から良いダシがでてしまうな」
「じっくりあったまってますから、僕ら今が丁度食べごろですね」
冗談を言っていられたのはここまでだった。
突然、辺りが大きな影に包まれると空から巨大な木の棒が2本降りてきて、俺の身体を挟みつけた。
そのまま空中へと持ち上げられた俺がもがきながら見たものは、大きく開けられたデイダラボッチの赤い口だった。