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雲雀ヶ丘のボディーガードな一日

作者: クロキツネ

 とても静かな夜であった。

 夕方過ぎから降り始めた雪の、しんしんと降り積もっていく音が聞こえてきそうなほどである。

 大きな門を構え、立派な造りの家々が建ち並ぶ住宅街では、この時間ともなると外を出歩いている人の姿を見ることは稀だ。皆無であると言っても良い。時計の針は、もうとっくに零時を過ぎている。

 雲雀ヶ丘《ひばりがおか》は左手に巻いた時計を確認すると、はぁ、といったため息を吐いた。口から吐き出された息がひっそりと点いている街灯の灯りに照らされて、目の前の何も無い空間に、白くぼうっと浮かび上がってくる。それを見ると、もう十二分に体の芯まで染み入ってきている寒さが、より一層強く感じられた。凍死など容易に出来てしまいそうなほどに、ピン、と凍てついた夜であった。

 雲雀ヶ丘は出した左手を再びトレンチコートのポケットへと戻すと、その中で揉むようにして指を動かした。とうに感覚の覚束ない指先は、じんじんとした痛みを伴っている。手袋の一つでもしてくれば良かったなと、彼女はささやかに後悔した。

 雇い主の一人娘である、京子嬢が家を飛び出したと聞かされたのは、本日の、陽もすっかりと落ちた頃であった。その時、雲雀ヶ丘は屋敷の門前にある、警備員の詰所の中にいた。確かに、なにやら思い詰めた表情をしながら、昼過ぎに、屋敷を出て行く京子嬢の姿を雲雀ヶ丘はこの場所から目撃している。しかしまさかそれが、家出であるとは思いもしなかった。いつものように、父親と口論でもしたのだろう、そして結果、機嫌を損ねたのであろう、そう思っただけである。だから雲雀ヶ丘は、暇つぶしにと油を売りに来ていた詰所の中でその光景を確認しても、特に何をするわけでもなく、陽の落ちる頃まで警備員と他愛もない談笑を続けていたのだった。

 まぁその埋め合わせともいえるものが、日付も変わったばかりの、深夜の住宅街の真っ只中へと彼女を送り込むことになったのだが。

「寒いな、ちくしょう」

 まるで男のような口調で、雲雀ヶ丘は呟いた。誰に言っているわけでもない。彼女は一人である。しんしんと雪が降り積もる中を、一人寂しく歩いているのである。自然と心が卑屈になってしまうのも、無理はないと思えた。

 屋敷には専属の警備員や給仕係も含めて、十人ちょっとの人間が仕えている。雲雀ヶ丘もその内の一人であって、主な仕事は、雇い主である主人と、その家族の周辺警護であった。つまりは、ボディーガードである。女性の雲雀ヶ丘がそのような役割を? と思うかも知れないが、それにはちゃんとした理由がある。

 ともあれ、その十数人にも及ぶ人間が今現在、一斉に屋敷を出ている。もちろん、家出をした一人娘を捜すためだ。捜索はもう五時間に及ぼうとしていた。お腹は鳴るわ体はクタクタだわで、もうすっかりと雲雀ヶ丘のやる気は失せていた。こっそりと屋敷に帰ってやろうかとも思ったが、それがばれてしまうとクビにされてしまうかも知れない。いや、十中九までがクビだろう。そう考えると、微かに残っているやる気さえも、更に削られていくのが手に取るように感じられた。

 また一つ、ため息を吐きたくなった。

「どこに行ったのかの見当もつかない状況で、どうやって捜せって言うんだろうね」

 ぶつぶつと文句を呟いてしまう彼女の気持ちも、まぁごもっともではあった。京子嬢は今年で一四歳になる中学二年生である。現代の少女らしく大人びた顔つきはしているものの、体格は小さく、生来持ち合わせている気も弱い。強気になれるのは父親が相手のときだけである。そんな彼女の行動範囲など、やはりたかが知れている。でもそれはやっぱり理屈の上だけの話であって、こうやって屋敷を中心にしていざ捜索を開始してみると、雲雀ヶ丘にはそれが、途方も無いことのように思えてきて仕方がなかった。まるで、ありえないぐらいに広く区切ったエリアの中で鬼ごっこをしているようだった。オフィス街を舞台にした鬼ごっこと言い換えても良い。それが真夜中なのである。雲が月明かりを遮っている今宵は、頼りになるのはぽつぽつと並んでいる街灯だけだ。そんな中でどこにいるとも知れない少女を見つけることなど、不可能ではないか。あとは他の者にお任せして、リタイアしたくなる気持ちもわからなくもない。たった十数人では、数にものをいわせた人海戦術とも言えないだろうし。

 自分以外の誰かが京子嬢を保護すれば、すぐに手元の携帯電話に連絡がくることになっている。でもまだ、ポケットの中にあるそれは一向に震えもしないしメロディも奏でない。それはつまり、まだ誰も少女を保護していないことになるし、何の進展もないということを表していた。

 この長くて寒い夜は、まだまだ続くということなのだ。

 きっと恐らく、お預けにされてしまった晩ご飯は食べることが出来ないであろう。夜食が食べられればまだ良い。でもたぶん、朝食の時間帯まではこの空腹と共に過ごさなければならないであろうことは想像に難くない。

 それが、食べることが何事よりも楽しみな雲雀ヶ丘にとっては辛すぎる現実なのだ。

「くそう、京子嬢め」

 またぽつりと、そんな言葉が口を吐いた。

 しかし別段、彼女は家出をしたお騒がせ少女のことを嫌っているわけではない。むしろ、「お姉ちゃん、お姉ちゃん」と笑顔で慕ってきてくれる彼女のことを好いてもいる。雲雀ヶ丘は今年で二五歳になる。一人っ子だったので、兄弟はいない。だからそんな風にしてなついてきてくれる少女はまるで、歳の離れた妹のように感じる。嫌う要素など、何一つないのだ。

 ではなぜ、彼女はこれほどまでに家出人捜索係を面倒くさがるのか?

 それはやっぱり、待ちに待っていた晩ご飯を食べられなかったことが原因だろう。特に今日のメニューはすき焼きであった。冬の日のごちそうである。あの、ぐつぐつと煮立った牛肉に染み渡るダシの香り。焼き目のついた豆腐がその脇を固め、さっくりと切られたネギたちが花を咲かせたようにして彩りを添えている。そしてなにより、白米との相性は無類であり、無二である。その威力のほどは周知の事実であろう。

 ――だから、である。だから、それがいけなかったのだ。

 すき焼きをお預けにされて黙っていられるほど、雲雀ヶ丘は大人の女性ではない。

 情けない大人であった。


 雲雀ヶ丘は時おり吹く木枯らしにぶるぶると身を震わせながら、ふとしたときに、ポケットから携帯電話を取り出した。屋敷から支給されているもので、ひどく事務的なフォルムをしている。銀色の、ひどく飾り気のないものである。ストラップも付いてはおらず、背面に、その携帯電話を管理するために振られたナンバーシールが貼りつけられているだけの代物だ。

 ボタンを一つポチっと押してディスプレイを表示させる。そこにはやはり何の通知もなく、『00:42』という数字が並んでいるだけであった。

(私が京子嬢の携帯を鳴らしたら、もしかしたら出てくれるのではないだろうか)

 雲雀ヶ丘はふと、そんなことを考えた。

 でもそれはもちろん、彼女がそんなことを考えるまでもなく、すでに主人やら執事やらお抱えメイドたちやらが、こぞって京子嬢には電話を入れている。聞いた話で言えば恐らく、入れた通知の数は百では済まない。もしかしたら二百、三百はいっているかも知れなかった。特に、父親のコール回数が凄まじい。お陰さまで向こう側の電源は切られてしまい(もしかしたら鳴り過ぎて電池が切れたのかも知れない)、連絡を取ることが不可能になってしまっていた。

 しかし、である。

 もし向こうの端末の電池が切れたわけでなかったとすれば、時間が経った今、もしかしたら電源が入れ直されている可能性だってあるわけだし、それに、雲雀ヶ丘の持っている携帯電話は彼女専用の端末である。そのことは京子嬢だって知っている。だから、姉のように慕われている雲雀ヶ丘自身が掛けたとしたならば、電話に出てくれる可能性だって十分にあるはずだ。

 今頃になってようやく気が付いちゃったよ――と。

 そんな己を自嘲するようにして、彼女は舌を出しながらぽかっと自分の頭を叩いた。すこぶるお茶目である。けれどもその仕草は、二十歳をいくつも過ぎてしまった女性のやるものではなかった。十代の少女でギリギリラインである。二五歳にもなる女性がやるには、あまりにも無理のある仕草であった。

 それ即ち、見るに堪えない。

 だけどもそんなこととはつゆ知らず、彼女はいくつかのボタンを操作してアドレス帳から京子嬢の名前を選び出すと、迷うことなく電話を掛けた。携帯電話をすっかりと赤くかじかんでしまった耳に押し当てる。鼻水がずるるっと落ちてきた。それをすする音が、コール音と一緒になって辺りへわずかに響いた。

 しかし辺りに響いた音は、耳元から聞こえてきているコール音だけではなかった。

 音は確かに、彼女の持っている携帯電話のスピーカーからも聞こえてはきている。しかし、それは微々たる音量だ。外部に漏れるほど大きくはない。

 雲雀ヶ丘の視線の先には、もう何度捜索に来たのか覚えていないほどに調べつくした公園があった。それほど大きくはない公園だ。出入口が一つだけあって、遊具もブランコとベンチぐらいしかない。ただ、四方を植えられた樹で囲われているから、見通しが悪い。実際に中に足を踏み入れないと全体の様子が伺えない。無駄に機密性の高い公園である。

 そして、そんな公園の中から、雲雀ヶ丘の記憶にある、京子嬢の愛聴する着信メロディが流れてきていたのだった。

 

    ○


 公園の中に入ってみると、そこには四つの人影があるのが見えた。

 唯一の光源である街灯は敷地内の真ん中に一つだけしかなく、また、『ランタン』を連想させるようなお洒落な形をしているためか光量が弱い。とても公園内全てを照らしているとは言い難く、そのせいで、右奥の隅に設置されているベンチにまで光が届いていない。だからその場所に集まっている人影が、遠目からでは誰なのか識別できない。

 今はもう鳴り止んではいるが、確かに聞き覚えのある着信メロディはこの場所から聞こえてきていた。もっと言えば、あの四つある人影のところで鳴っていたのは間違いがない。

 でもそれは、ただの偶然なのかも知れなかった。

 たまたま雲雀ヶ丘が電話を掛けるのと時を同じくして、あの四人の内の誰かの携帯電話が鳴った。そしてもう一つたまたま、その呼び出し音が雲雀ヶ丘の捜している人物が愛用しているものと同じであった。ただ、それだけのことである可能性もあった。

 けれども、辺りに響いていたそのメロディが鳴り止むと同時に耳元で聞こえていたコール音も途切れたし、それは偶然にしてはやはりでき過ぎているようにも思える。なので雲雀ヶ丘は、

(間違ってたら恥ずかしいな)

 などと気楽に考えつつも、その人影を確認しにずんずんと公園内に足を踏み入れて行った。

 しかし何にしてもこの二五歳、ボディーガードなどという物騒な仕事に就いている割には犯罪事に対しての嗅覚が全く効かない。いや、それはもはや人間性とでもいうのだろうか。どんな事柄に対しても彼女は楽観を決め込んでしまう癖があるのだ。もっと言えば、彼女は刑事ドラマを見ていたって、人が死ぬという展開を想定しない。だからいざ実際に画面の中で人が殺されたりすると、本気で驚いてみせる。そんな甘っちょろい人間であるのだ。

 だから今回の家出騒動にしたって、よもや京子嬢が誰かにからまれるなり誘拐されるなりして、事件に巻き込まれてしまうかも知れないといった可能性は考えていなかった。もちろん、捜索に出ている他の者はそういったことは想定している。想定していないのは彼女だけである。

 駄目な大人であった。

 

 近付いてみると、その四つある人影は男が三人に、女が一人という構成であるのがわかった。

 もっと言えば、唯一ベンチに座っているその女は、やはり京子嬢であった。

「やっと見つけたよ、京子嬢」

 宝物でも探し当てた海賊のように、喜びと安堵の表情を浮かべながら雲雀ヶ丘は声を出した。羽織っているトレンチコートのポケットに手を突っ込みながら、ずんずんと遠慮もなしに近付いて行く。

「お姉ちゃん!」

 その声を聞き、まるで石像のように固まって座っていた京子嬢ががばっと立ち上がった。その声と表情からは、切羽詰まった『何か』が感じられる。

 雲雀ヶ丘の歩いてくる音は、この静かな空間において、とても響いている。革靴と砂がこすれて、じゃっ、じゃっ、といった音を上げていた。そのせいで、ベンチに座っていた京子嬢を取り囲むようにして立っていた男三人組も、すでにこちらを見ていた。皆一様に怪訝そうな顔をしている。背の高い、スキンヘッドの男などは露骨に眉間に皺を寄せたりもしていた。

 男たちはこの辺りでは見たことのない顔であった。もちろん、雲雀ヶ丘がこの地域にいる全ての人間の顔を見知っているわけではない。それでも、三人はこの地域の人間ではないと、彼女は胸を張って断言することが出来た。

 なぜなら、あまりにもその男たちの風貌が『悪かった』からである。

 一人は先ほども言ったように、この寒空において果敢にもスキンヘッドを悠々と晒している背の高い男で、オレンジ色のダウンジャケットと、ぶかぶかのジーパンを穿いている。口元はガムでも噛んでるのかせわしなく動いていて、唾液の練り合わさる汚い音が外に漏れている。

 二人目はツンツンに跳ね上げた髪の毛をしている男で、頬のこけ具合や首の太さから、とても痩せているように見える。貧弱、脆弱、病弱といった言葉がすこぶる似合ってしまいそうな男で、だらしなく半開きになっている唇の間からは、いくつもの歯が抜け落ちてしまっているという事実が窺えた。

 そして最後の一人、三人目は、こんな真っ暗な夜だともいうのに漆黒のサングラスをかけた強面の男で、今しがた立ち上がったばかりの京子嬢の肩に腕を回して強引に座らせていた。頭の形にフィットした黒のニット帽に、同じく黒色のダウンジャケットを羽織っている。指やら首やらにはいくつものシルバーアクセサリーが輝いていて、京子嬢の肩に腕を回しながらベンチの背もたれに悠然ともたれかかっているその様は、まるで、ギャングの親玉そのものである。

 揃って、歳の頃は二十歳前後と見える。

 この三人、とてもまともな人種であるとは思えなかった。

 それでも一応はと言った具合に、こちらに背を向けている男たちのすぐ後ろにまで歩いて来た雲雀ヶ丘は京子嬢に向かって、

「この人達はお知り合いですか?」

 と問うた。

「違うよ!」

 強引に座らされてしまった京子嬢は即答した。当たり前であった。

「私がここに座っていたら、急にこの人達が話し掛けてきて」

 まるで全く知らない土地に一人投げ出されてしまった子供のように、周りを――もとい、自分を取り囲んでいる三人を――ちらちらと確認するように見て喋る京子嬢のその口調には、いつもの強さがなかった。普段であれば、もっと自信と確信に満ち溢れた喋り方をする少女の姿はどこにも見当たらない。まぁその喋り口調が原因で、たびたび父親とは口論になっているのだけれども。

「おい、姉ちゃんよ」

 そこでやっと、男衆の一人が口を開いた。雲雀ヶ丘の目の前に立っている、スキンヘッドの男である。

「あんた、何か用なの?」

 完全に雲雀ヶ丘の方へと振り返り、威圧するようにして喋る男の声からは怒気のようなものが感じられる。酒やけでもしているかのような、しゃがれた声である。

 雲雀ヶ丘は未だにポケットへと手を入れたままで、その男の顔を見た。

 彼女の身長は女性にすればとても高いものである。仮に女性しかいない街中を歩いたとすれば、頭一つ分ぐらいは軽く抜き出る。しかしそんな彼女をもってしても、スキンヘッドの顔を見ようと思えば顎を少し前に出して、僅かに見上げるしかないほどに、男の身長は高かった。恐らく、一メートルと九○センチぐらいはある。ユニフォームさえ着れば、キラリと光る坊主頭と相まって、誰がどう見たって違和感なくバスケットボールの選手になれてしまう。

「そこの女の子に、用があるんだよ」

 見上げながら、雲雀ヶ丘は言った。

「あんた、誰?」

 次に質問してきたのは、今すぐにでも暖を取った方が良いよと助言したくなるほどに痩せこけた、髪の毛ツンツン男であった。横向きの体勢でこちらを向いている。

「私はこの子のお父さんに雇われている、使用人だよ」

 質問には、素直に応える雲雀ヶ丘。

 ここに至ってもなお楽観視してしまう特有の癖が本領を発揮し、彼女は言ってはいけないだろうと思われる本当のところを、特に隠すこともなく言い切った。

 京子嬢の顔が一瞬、引きつったのが覗えた。

「へぇ、じゃあ、なに。この子はどっかの金持ちのお嬢様ってわけだ」

 雲雀ヶ丘の言葉を聞いてから、スキンヘッドの男が少し驚いたような表情をして呟いた。そしてそれを機に、三人の男たちが一斉に顔を見合わせて笑い出した。

 しんと静まりかえる夜の空に、男たちの下卑た声が響き渡る。

 気が付けばもう、雪は降り止んでいた。

「そんじゃあなおのこと、俺たちが責任を持って遊んであげなきゃな」

 しばらくしてから、京子嬢の横でふんぞり返って座っていたサングラスの男が言った。腕は未だに少女の肩へと回している。まるで、自分の恋人でもあるかのような扱いだ。

 雇い主の大事な一人娘にして、私の妹のような存在の彼女に対してのその態度、なんたることか。

 鼻で笑うようにして喋るその態度に、ようやく雲雀ヶ丘も苛立ちを覚え始めていた。

「遊ぶって?」

「遊ぶって、そりゃお前さん、一つしかないだろ。まぁ大丈夫だよ、心配すんなって。朝になればちゃんと家まで送り届けてやるからよ」

 そんな無茶苦茶とも言える言葉をスキンヘッドが吐いてから、男はどんっと、その長い腕で雲雀ヶ丘の肩を押した。

 強い力に思わず二三歩、雲雀ヶ丘は後ずさる。

「あっ、ちょっと待ってよ。こいつを今帰しちゃったらどっかに連絡されて、あとあと面倒になるんじゃない? それに」

 今度は髪の毛ツンツンボーイが口を開いた。

 こいつはスキンヘッドのあとにしか喋らないのかと、変なポイントばかりが気になってしまう雲雀ヶ丘はムスっとした顔つきでそちらを向いた。

「それに、ちゃんと見てみたらこの女、意外に綺麗な顔してるぜ」

 横向きであった姿勢を完全にこちらへと向けると、髪の毛ツンツン男は雲雀ヶ丘の方へと近寄ってきた。何だか心持ち、フラフラとした足取りである。ろくに食事も摂っていないのかとも思えたが、考えてみれば、それは自分も同じことであった。

(私も、晩ご飯食べてない)

 時と場合も考えず、危うくもうすぐのところでお腹が鳴りそうになっていた。

 緊迫感の欠片もないとは、正にこのことである。

「どうよ、お似合い?」

 雲雀ヶ丘の右側に並ぶようにして立ち、まるで記念撮影でもするかのようにして男は笑った。自分の左手を軽々しく彼女の肩の上に置き、仲間二人に対してなにやら誇らしげに問いかける。

 ちなみに、雲雀ヶ丘は特に何のリアクションもみせてはいない。

 スキンヘッドの男は「くっ、くっ、くっ」と言った風にして声も挙げずに苦笑すると、そのままベンチの方を向いてしまった。そうしておもむろに京子嬢へと近付き、物色するようにしてその端正な顔立ちを眺め始める。ひどくいやらしい眼つきである。

 ねぶるようにして注がれるその視線に京子嬢はひどく恐怖し、ぐっと眼を閉じて下を向いた。

「やめないか」

 雲雀ヶ丘が言った。

 自身の肩に無遠慮に置かれた手のことなど、はなから眼中にないといった感じである。したがって、隣に立っている男の顔は自然と険しくなり、その陰険な眼差しを雲雀ヶ丘へと向けた。

 まぁそれでも、彼女は一向にそんなことは気にしない。

「お前らが思っている以上に、その子は幼いんだ。まだ中学生なんだぞ。そんな幼子を掴まえて、やれ朝までだ何だと言うなんて、恥ずかしいとは思わないのか」

 言い切った。

 でも、その直後であった。

 男三人が一様に目をぱちくりとさせたのは(とは言っても、サングラスの男に関してはそのリアクションから推察したに過ぎないが)。

 確かに、京子嬢はまだ中学二年生とは言いつつも、その外見はもはや大学一回生ぐらいには匹敵している。今のように、学校指定の制服さえ着ていなければ夜の街を徘徊していても補導されることは少ないと思えるし、だから今日も実際、補導されずにこの時間まで家出に成功していたのだ。長く真っ直ぐに伸びた黒髪に、大人の雲雀ヶ丘を遙かに凌駕してしまっている、ありえないくらいに豊満なバスト。陽に焼けたことなど一度もないような肌に、触れれば折れてしまいそうな華奢な体つき。唯一の欠点ともいえる背の低さも、むしろそれらの要因と合わさればプラスに転じてしまうような気さえした。

 リアルに可愛い少女なのである。

 経緯はわからずとも、そんなアイドルのような少女が一人、夜の公園で佇んでいたのなら、それはやっぱり声をかけてしまうのは男の性とも言えるのか。

 それにしたって、この三人が言い寄ることとなった猥褻な目的は、バッサリと切り捨てても良い代物ではあるのだが。

「まじかよ」

 スキンヘッドの男が驚いたように言った。

「これで中学生とか、ありえねえ」

 雲雀ヶ丘はその真実を、男たちのやる気を削ぐために言ったつもりであったのだが、むしろそれは逆効果となってしまったようである。『このレベルで中学生』という事実が、男たちの良からぬ闘争心に火をつけることとなった。

 火に油を注いだようなものである。

 油火災に水をかけたようなものである。

 だがまたしてもそんなこととはつゆ知らず、雲雀ヶ丘はしてやったりといった面持ちで男たちを眺めた。それから時機を捉えたようにして、

「じゃあ帰りましょうか、京子嬢」

 と言った。

 ――しかし、その時であった。

 隣に座っているサングラスの男が、京子嬢の顎を指で掴むと、強引に自分の方へと向けたのだ。雲雀ヶ丘の言葉に顔を上げていた京子嬢はそのまま口づけでも交わすかのようにして男と向き合う。

 ひゅうっ、という、絶句を飲み込む音が京子嬢の喉からは聞こえた。

「そんな珍しい女、やすやすと手放すわけにはいかねぇな」

 サングラスの男が言った。ひどく卑猥な笑みを浮かべているようにも見えた。それからなんと、男は京子嬢の鼻の頭を『ちろり』と舐めた。ねっとりとした唾液が、つうっと糸を引くのが見えた。


 ――つうっと糸を引くのが、

 ――見えた、

 ――その、瞬間。


 雲雀ヶ丘の頭の中で、何かが弾ける音がした。

 それは撃鉄のようなものであった。

 バチンと弾かれたそれが、彼女のどこか呆けていた気持ちを一瞬にして切り替えたのだ。

 正直、サングラスの男がしたその行為は、万死に値するものであったからだ。

 まぶたが幾分か下がり、雲雀ヶ丘の目尻が、すうっと細くなった。


    ○


 それは、サングラスの男が自分の舌を口の中に戻すまでに完結した。

 『それ』とは、髪の毛ツンツン男の小指と鼻と左腕の肘関節が一ミリの容赦もなくへし折られ、顔が地面へとめり込んでしまうまでのことを指す。

 京子嬢の鼻が舐められた、その刹那。

 雲雀ヶ丘は肩に乗せられていた男の左手の『小指』を、自分の左手で鷲掴みにした。

 それから勢い良く、その掴んだ左手を前方へと捻った。

 髪の毛ツンツン男の小指はそれで簡単に折れた。と同時に、男の体は前へと出ていた。小指をかばおうとした本能が、無意識の内にそうさせたのである。

 だが、男の理解はまだ追いついていない。我が身に何が起こったのかなど、微塵にも認識できていない。

 ただ、流されるようにして動いただけである。

 雲雀ヶ丘は掴んだ小指を巧みに捻り上げ、今度は男を無抵抗のままに地面へと膝を着かせた。

 それは合気道の技であった。

 合気道の極意とは、相手方の力を利用することにある。

 力とはそれ即ち、『流れ』である。つまりは、川の流れと同義なのだ。

 その流れを合気道は巧妙に利用する。どこへ向かって流れていこうとする力でも、その方向性を上手く誘導してやれば、相手の体を思いのままに操ることができるのだ。

 それはもはや、相手の意志など関係がない。

 どれだけ抗おうとも無駄なのだ。その抵抗は全て相手に制御され、利用されてしまう。

 だから男はされるがままに、彼女に背を向ける形で地面へと膝を着いたのである。

 雲雀ヶ丘は、連続される動作をもって、今度はその男の後頭部を踏みつけるような体勢をとった。

 右の靴の足裏を、男の後頭部につけたのである。

 そして、一気に体重をかけた。

 男の上半身は加えられた重さに抗うことなく前へと倒れていき、顔面を地面へとめり込ませた。

 辛うじて自由のきく右手の受身は、間に合わなかった。

 それだけ、雲雀ヶ丘の動きが速かったのだ。

 男の顔が地面へとめり込んだとき、『じゃりっ』とも、『じゅりっ』ともいえる音が鳴った。

 ここは公園で、足元が土であったことが男にとって、何よりもの幸いであった。もしここが硬いアスファルトの上であったとするなら、めり込んだ顔の皮膚は『ずるり』と剥がれてしまっていたに違いない。頬の骨も陥没していたかも知れない。

 それでも、容易に鼻の骨は折れてしまったのだが。

 しかし、雲雀ヶ丘の攻撃はこれでは終わらなかった。

 たぶん、このまま掴んだ小指を離して男を開放したとしても、もう男には反撃してくる気概などなかったであろう。嗚咽を漏らしながらのた打ち回るのが関の山である。

 男は惨めにも後頭部を踏まれた状態のまま地面へと顔を突っ伏していて、掴まれている左腕だけが天へと高く伸びている。

 雲雀ヶ丘はその左腕の肘関節を折った。

 右手の掌で、反対側から軽く叩いただけであった。

 それだけで、男の腕はいびつな形へと変形したのである。

 そしてようやく、雲雀ヶ丘は男の体を開放した。

 男は気を失っていた。

 いびつな形に折れ曲がった左腕が、力なく地面へと落ちていった。

 男はそれきり、ぴくりとも動かない。

 刹那の、出来事であった。

「なっ」

 京子嬢の傍に立ち、その顔を舐め回すようにして見ていたスキンヘッドの男が声をあげた。サングラスの男もそこでようやく、仲間の身に何が起こったのかを理解した。

「なにしてくれとんじゃぁ、われぇ!」

 スキンヘッドの男が声を荒らげた。

 咆哮した、と言っても良かった。

 まるで野獣のような男である。

 沸点に到達するまでのスピードが、異常に早い。

 こめかみの辺りには早くも血管が浮き出ていて、その野太い腕の先にある拳は固く握り締められている。

 明らかに激怒していた。

 その声に、鼻頭を舐められて萎縮していた京子嬢はまた一層、身を竦めた。

「ブッ殺したらぁ!」

 スキンヘッドはそう叫ぶなり、雲雀ヶ丘の方へと突っ込んできた。

 体格と思考回路が獣並なら、その判断力も獣であった。

 つまりは、殺るか殺らないかの判断である。

 仲間が殺られたのだから、殺る。

 男の判断は、そういった意味の上では正しかった。

 しかしそれは、あくまでも普通一般的な事柄においてのみである。

 相手が雲雀ヶ丘であるのなら、その判断は明らかにミスであると言えた。

 獣であるのなら、まずは相手と自分との力量の差を見極めることが大切なのである。つまりは嗅覚だ。危険を嗅ぎとる嗅覚が、その時の男には必要だったのだ。

 スキンヘッドの男は拳を握り締めたままに突っ込んでくる。

 雲雀ヶ丘はその時にはすでに、スキンヘッドに対して構えていた。

 半身の状態で、両手を顔の高さで前に出している。左手の方が右手よりも拳一つ分だけ前に出ている。

 拳は緩く握られている。掌の中には、少しの隙間がある。

 足は左足を前にしていた。右足は少し大きめに、後ろへと引いている。

 膝を曲げて腰の高さを下げている。重心が低い。安定した体勢である。

 その重心は少しだけ前に預けられていて、その構えは、まるでボクサーのようである。

 その体勢で、雲雀ヶ丘は突っ込んでくる大男を迎え撃った。

 男は、一気に拳の届く距離にまで詰め寄ると、左足でブレーキをかけて速度を殺した。

 左足が大きく前に出た、半身の体勢である。

 右半身が後ろになっている。

 男はその体勢で、大きく右腕を振りかぶった。

 プロの格闘技の試合ではまず見ることのできない、大胆なほどに大振りな一撃であった。

 上半身を反らせ、溜め込んだ一撃を放出するようにして繰り出された右拳は、綺麗な直線を描いて雲雀ヶ丘の顔を襲う。

 当たれば即死もありえそうなほどに重たい一撃である。頭ぐらいなら簡単に吹き飛んでしまいそうな勢いがそこにはあった。

 ――だが、それは。

 雲雀ヶ丘の右頬を鋭くかすめただけで、空を切ることとなった。

 雲雀ヶ丘が、上半身を左側に倒して、その猛獣の一閃を紙一重のところでかわしたのである。

 しかしそれだけでは終わらなかった。

 雲雀ヶ丘は、傾けた上半身を更に横へと倒したのだ。それはまるで、手を着かないで行う『側転』でもするかのように、上体を直角になるまで倒したのである。

 左足は地面へと着けたままである。

 代わりに、右足が宙に浮いた。

 彼女の卓越した柔軟性が際立った。

 その浮いた右足の膝が、真っ直ぐに男の顔へと突き刺さった。

 スキンヘッドの男は、当たると確信していた一撃がかわされてしまったせいで、バランスを崩していた。

 躓くようにして、前に倒れこんできていた。

 有り余った破壊力を、制御できずにいたのである。

 そこへ予測もしていない雲雀ヶ丘の右膝が飛んできたのだから、かわすことなど不可能であった。

 垂直に跳ね上がった雲雀ヶ丘の右足は、折りたたまれた状態で弧を描くようにしてスキンヘッドの顔面を貫いた。

 その右膝には、雲雀ヶ丘の体重が乗っている。

 更には、制御もできずに突っ込んでしまった大男の体重までもが、その破壊力を増加させる要因となった。

 いくら大男の首が太いといえども、所詮は人間の首である。ここまで増幅された威力に耐えきれるほど、頑丈にはできていない。

 スキンヘッド男の頭部は、見事に貫かれたあとに一度後ろへと跳ね返り、それから力なく地面へと落ちていった。

 落ちていく際の男の眼は虚ろであった。鼻からは血も噴出していた。右の前歯も一本折れていた。

 事切れていることなど、一目瞭然であった。

 崩れ落ちた男を一瞥もすることなく、雲雀ヶ丘は体勢を元に戻してからすうっと前を見た。

 その視線の先には、あの、京子嬢の鼻先をいやらしく舐めたサングラスの男がいる。

 男はまだ、先ほどと同じ姿勢のままでベンチに座っていた。

 けれどもさすがに、京子嬢の顎からは手を離している。

「へぇ、やるねぇ姉ちゃん」

 サングラスの男は倒れている男二人を見ながら言った。特に、何かの感情を抱いているわけではないらしい。そのことは、男の平坦ともいえる口調から判断できる。怒りとかそういったものが、全く感じられなかった。

 不気味な静けさを、漂わせていた。

「そこの歯抜けはただのジャンキーなんだけどよ」

 男はゆっくりとした動きで立ち上がりながら喋った。

 京子嬢はその隙に勢い良くベンチから離れたが、男はそのことにも特に関心は示さなかった。

 ただ、その黒いガラス板の奥で一瞥しただけである。

「もう一人のスキンヘッドの男はさ、それでも一応は俺と同じジムに通うボクサーなんだよね」

 立ち上がってからまた緩慢な動きで、今度は着ていた黒のダウンジャケットを脱ぎ始めた。厳重に閉じられていた前面のチャックを下ろしてから、のっそりとした動きで袖から腕を抜く。そこからは、まるで丸太のように太い腕が現れた。男は完全に脱ぎ終わったダウンジャケットを無造作にベンチへと放り投げると、その上に外したサングラスも投げた。

 弱い街灯の光に照らされた男の眼つきは、とても鋭かった。濃く張り付いている影が、より一層その印象を強めている。その眼は物を見るためではなく、相手を威嚇するためだけにあるような気さえした。それだけ冷酷な眼であった。

 男の体躯は雲雀ヶ丘の想像を超えていた。

 今の今までベンチに座っていたということもあるし、分厚いダウンジャケットで上半身が隠されていたというのもある。しかしそれでも、男の体に搭載されている筋肉の量は、彼女の見立てを遥かに凌駕していたのだ。

 白のロングTシャツ一枚になった男は、ごきり、と太い音を鳴らしながら首を振り、

「ボクシングの他にも」

 と続けた。

「キックに柔道、あとはレスリングもやっていた」

 キックとは、キックボクシングの略である。

 ボクシングとキックボクシングは純粋に相手と真っ向から殴り合うことを前提とした格闘技であり、柔道とレスリングは関節技や寝技も含めた総合格闘技である。

 つまり男は、格闘技に関する一通りのことはやってきたんだよ、ということを言っているのだった。

 立ち技であろうが寝技であろうが関節技であろうが、俺には通じないよ――そうも言っているようであった。

「女だって、格闘技やってりゃやたらと強い奴はいるからな。別に驚くことじゃない」

 今度は膝のバネだけを使い、軽い跳躍を始める。

 完全に、戦闘態勢へと入ろうとしているのがわかる。

 分厚く盛り上がった胸の筋肉が揺れている。

 身長は雲雀ヶ丘と同じぐらいであろうか。一八○センチほどである。しかし体重が違い過ぎている。

 雲雀ヶ丘の体重はご飯をたらふく食べたあとでも、せいぜい六五キロほどである。この身長からすれば、痩せているようにも見えるぐらいだ。

 しかし男の体重は悠に八○キロはあるように思えた。余分な脂肪などない、純粋な筋肉だけの八○キロだ。もしかしたら八三キロぐらいはあるかも知れない。仮にそうだとすれば、その差は約二○キロにも及ぶ。

 体重の差は即ち破壊力の差であり、耐久力の差でもある。

 格闘技の基本理論としては、体重の軽い人間が重たい人間に勝つのは難しい。

 絶対的に、難しいのだ。

 その差が一キロや二キロといった微々たるものであればまだ良いのだが、今回のように二○キロ近くもあってはまずい。

 非常に、まずいのだ。

 破壊力が違いすぎる。耐久力が違いすぎる。

 男と女という違いも、その問題に拍車をかけている。


「覚悟は良いんだろうね」

 冷えすぎて、あまりの寒さに空間が『ぴきっ』と音をたてて割れてしまいそうな、そんな中で。

 雲雀ヶ丘が不敵に笑いながら、そう言った。

「うだうだうるさいんだよ、坊や」

 圧倒的に上からの喋りであった。

 笑ってはいるが、その眼は微塵にも微笑んでなどいない。

 雲雀ヶ丘はあくまでも真面目に冷静に、そして冷酷に凄惨に、その言葉を紡いだ。

「京子嬢に手を出したんだ。死んで侘びなよ」

 聞いた男は、思わず言葉を失っていた。

(――この状況で、俺の方が気圧されている?)

 誰がどう見たって、戦況は男の方に分があった。

 そこには体格の差があったし、男と女という違いもあったからだ。更に、女の実力もすでに認めている。スキンヘッドの男のように、油断や怒りから不用意に突っ込んでいったりもしない。

 普段からジムや道場で、屈強な男たちを相手に日々殴り合いをしてきてもいる。覚悟や度胸や経験量についてだって、負けているつもりなど微塵にもない。

 ――なのに。

 男は無意識の内に、唾を飲み下していた。

 ひどく粘り気のある、嫌な味のする唾液であった。

 入念に手首と足首を回してから、何の合図もなく男は一息に、雲雀ヶ丘との距離を詰めた。

 大きな肉の塊が、弾丸となって人に襲いかかっていくような光景であった。


    ○


 雲雀ヶ丘は先ほどと同じ構えで、その男を迎え撃っていた。

 両手を顔の高さで前に出している。左手が右手よりも前に出ている。

 左足が前で、右足が後ろ。半身の体勢で重心を下ろし、若干その軸を前へと置いている。

 男の間合いの詰め方は実に巧みであり、迅速であった。

 大きい背を窮屈そうにきつく曲げ、両の拳は顎の両横へと配している。隙のない構えである。その体勢で、男は、まるで弾丸のようにして距離を縮めてきたのである。

 インファイトを得意とするタイプのボクサーであることは、明らかであった。

 インファイトとは、相手との距離をなるべく詰めて、それこそおでことおでこがぶつからんばかりの距離で打ち合う戦い方のことをいう。

 よって、この戦い方をする選手は総じて打たれ強く、また、打撃力も高い。

 距離を置かないから、相手に休む暇も与えない。

 更にはこの男、柔道やレスリングもやっていると言っていた。キックボクシングにも首相撲という名の組み技がある。それらは全て、このインファイトという戦法に利するものがあった。

 近くにさえ寄ってしまえば例え拳をかわされたとしても、抱きついて組むこともできるし、足をひっかけて転がすこともできる。寝技にさえ持ち込んでしまえば絶対に負けることはない。筋力でも体重でも勝っている自分が、寝技において遅れをとることなどありえないのだ。

 そう考えると、男は先ほど感じた『悪寒』は、きっと気のせいだったのだろうと思えてきた。

 ジャンキー野郎はもともと喧嘩が弱い。スキンヘッドは決して弱いわけではないのだが、怒りで完全に我を忘れていた。仲間思いの性格が仇となった。

 だから全てを踏まえた上で喧嘩を始めた俺が、負けるだなんてありえねぇんだよ――。

 その巨躯からは想像もつかない機敏なフットワークで雲雀ヶ丘の前にまで詰め寄ってきた男は、まずは牽制のための左拳を放った。

 ボクシングの代表的な技の一つ、ジャブである。

 当てることを目的とした攻撃ではない。

 あくまで牽制であり、それは相手との距離を測ったり、相手の注意を分散させるための攻撃である。

 よって、破壊力よりも速度に重点を置いている。

 だから打ち出した拳も、役目が終わるとすぐに自分の顎へと戻した。

 それは男がやっているいつもの動きであった。慣れた動作であるはずだった。

 ――だが。

 雲雀ヶ丘も、その拳は当てることが目的ではないのだと知っている。

 そんなもの、この男のする動作から予測すれば、当たり前とも呼べるレベルの話である。

 顔の直前をかすめはするが、ヒットはしない。

 当たらない。

 ゆえに、狙いやすい。

 ――迎撃。

 彼女はあろうことか、飛んでくるその凄まじい速さの拳を打ち落としたのである。

 一体どうやって。 

 ――右肘を、合わせたのだ。

 前に出していた左手の掌に握りしめた右の拳を当て、そうやって両腕で一本の『棒』を作り上げると、その先端である右の肘を繰り出されてきた男の拳にへと当てたのだ。

 右肘を放つ前に、上体を右へと捻り、一瞬の溜めも作っている。

 上から下への軌道を描いた一撃だ。

 肘の骨は硬い。威力も折り紙付きである。

 油断をしている相手ほど、対戦においてやりやすいものはない。

 それはもう、スキンヘッドの男で実証済みである。

 拳が狙われるだなんて微塵にも想定していない人間の思考を急襲することなど、彼女にすれば朝飯前なのである。

 男がスピードに重点を置いて放ってきた拳よりも速い動きで、彼女は自分の右肘を、その拳目掛けて繰り出した。

 けれどもその技は、単純な速度のみで完成させられる技ではない。

 事前に相手が起こすであろう行動を先読みする能力も必要なのである。予知をすると言っても良い。それができて初めて、この動作の大きなカウンター攻撃は成功するのである。

 天性の才能が可能にする技であるとも言えた。

 雲雀ヶ丘の計算し尽くされた右肘が打ち込まれた男の拳は、壁に凄まじい勢いで投げつけられたリンゴのようにへこんだ。五本ある指の内の三本が折れた。人差し指と中指、そして薬指の三本である。身につけていたシルバーの指輪が、痛々しくめり込んでいた。

 男は一瞬の出来事にわけがわからぬまま、そうして潰れてしまった左拳をいつものようにして自分の顎の横へと戻した。

 そこまでしてやっと、激痛が伝わってきたのである。

 岩やコンクリートの壁を常時ぶっ叩いている一部の空手家や拳法家ならまだしも、ボクサーの拳というのは頑丈さという面において、基本的に一般人とそう違いはない。なぜなら、彼らの拳は練習の時も試合の時も、常に衝撃吸収材の詰め込まれたグローブで守られているし、更にはグルグルと素手に巻かれたテーピングの存在もあるからだ。まるでガラス細工でも扱うようにして大切にされる拳に、抜群の強度など期待できるはずもない。

「うおっ」

 男は驚きともとれる呻き声をあげた。

 顔は激痛で歪み、歯も食いしばっている。

 しかしそれでも、男はすぐに次の一手を繰り出してきた。

 意地であった。

 ……焦りでもある。

 右の拳であった。

 ストレートに放たれたその拳は、今度は間違いなく当てる気のあるものである。肩を入れ、上半身を捻った上で出された一撃だ。体重も乗っている。ヒットすれば雲雀ヶ丘の体など、容易く吹き飛んでしまいそうな攻撃であった。

 だが、それも彼女の体に触れることはなかった。

 いや、触れることは触れた。しかしその触れた場所というのが今度はなんと、彼女の左肘だったのである。

 男は左拳を潰されてからすぐに次の攻撃に移っていた。だから雲雀ヶ丘の方にも体勢を立て直す時間など、ないように思えた。

 しかし、それすらも天性の才能というのだろうか。

 彼女は連撃することが前提であったかのように、男の放つであろう第二撃に備えていたのである。だからすぐさま打ち込まれてきた攻撃にも、やすやすと対応できたのである。

 ヒットさせた右肘を戻すように。

 一閃させた刀を返すように。

 右の拳は左手の掌にくっつけた状態で両腕を固定させたまま、切り返すようにして左肘を前に出したのである。

 下から上への軌道を描いた。

 それこそ、予測外も良いところの一撃である。

 常識外と言っても良い。

 骨の砕け散る音が響いた。

 かくして、男の両拳は潰されたのだった。

 もはや握ることなど不可能であった。ボクサーにとって、それは致命とも呼べる状態である。右の拳など、半端に威力が乗ってしまっていたせいで、折れた薬指の骨が皮膚を突き破り、外に飛び出してしまっている。白く抜き出たそれからは、赤い血がぽたぽたと滴り落ちている。

 男はあまりの激痛に立っていることもできず、両膝を着いて地面へと崩れ落ちてしまった。

 苦痛の表情を浮かべ、こめかみからは噴出した汗が一筋、流れ落ちてきている。両手はかばうようにして腹部に抱き込み、額は地面へと擦り付けるようにして突っ伏している。

 勝敗はあっけなく喫した。

 たったの二撃で戦意を根こそぎ持っていかれた男に、反撃をしようなどという気力はもうどこにも残ってなどいない。

 それはあまりにも壮絶で、濃縮された一時であった。

 雲雀ヶ丘の実力を熟知している京子嬢でさえ、その一分にも満たない攻防に息を呑んでいた。

 自然と言葉が出てこなくなる。

「もう、終わりかい?」

 雲雀ヶ丘が言った。

 うずくまっている男の、すぐ前に立っている。頭の先だ。

 構えはもう解いていた。

 呟くようにして言った言葉は、どこか残念そうでもあるし、あざ笑っているような感じにも聞こえる。

 男が顔を上げた。

 額には満遍なく砂が貼り付いている。吹き出した汗に付着したようだ。

 激痛で顔が歪んでいるため、見ようによっては、今にも泣き出そうとしている風にも見える。

 下から見上げる視線には、恐怖の色が見え隠れしているのは言うまでもない。

「糞っ! お前、誰なんだよ!」

 喚くようにして男が言った。

 理不尽な怒りをどこかへとぶつけるような言い方だった。

 始めのような威厳のある態度は、どこへ行ってしまったのか。

 目の前には、肩の震えを必死に抑えつけながら叫ぶ小男しかいない。

「……誰って」

 雲雀ヶ丘がうんざりしたような感じで言った。

「誰って、私はただのボディーガードだよ」


 それは、至極当然の受け応えであった。

 これだけの能力を有しているのだから。

 これだけの才能を有しているのだから。

 だから。

 だから私はボディーガードなんだよ。

 それ以上でも、以下でもない。

 ただの、ボディーガードなんだよ――。

 

 男は『あ』の字も出ないような表情をした。

 愕然とした、と表現しても良い。

 恐らくはきっと、プロ相手に喧嘩をふっかけてしまったことを本気で後悔しているのだろう。

 後悔。

 後悔。

 後悔。

 しかし、相手はプロだ。

 雲雀ヶ丘は、プロなのである。

 後悔だけで済むはずがない。

 プロというのは、実行する。

 言ったことは、実行する。

 凄惨なまでに、実行する。

「京子嬢に働いた無礼、死んで詫びろと言ったよな」

 それからは、一瞬すらも長いと思えるほどの瞬間であった。

 稲妻が、走った。

 雲雀ヶ丘の放った下段蹴りが、膝まづいている男の側頭部を弾き飛ばしたのである。

 完成された下段蹴りというものは、時に、たったの一撃で膝関節や大腿骨をへし折ることがある。

 そして雲雀ヶ丘の下段蹴りは、一寸違わぬほどに完成された下段蹴りなのだ。

 ゆるりと持ち上げられた彼女の右膝が、ある高さにまで持ち上がったときに『ぶるん』と震えた。

 まるで、凶暴な蛇が身をうねらしたようであった。

 角度を変え、軌道を変えた雲雀ヶ丘の膝より下の部分が、壮絶に打ち下ろされた。

 上から下へと、それは本当に落雷のように落ちていったのだ。

 人間の首など脆い。

 どれだけ鍛え上げたとしても、牛や馬の首にはならない。

 牛や馬の首であるなら、もしかしたらこの一撃に耐えられたかも知れない。

 けれども、この男の首は人間の首である。

 弾かれた。

 側頭部を、超至近距離からライフル銃で打たれたような衝撃だった。

 あまりの速さに、首から下はその衝撃についてこれていない。

 頭部だけが、横に弾かれた。

 それに引きづられるようにしてやっと、首が伸び、胴体が傾き、腰が浮き、膝が地面から離れたのだった。

 男は全身を半回転させたのちに、倒れた。

 当然、意識などはとっくになくなっている。


    ○


「あの人達は大丈夫なの?」

 わずかに残っていた生活の灯りも、すでに建ち並んでいる家々の窓からは消えている。時刻は一時を過ぎていた。辺りには街灯の灯りが点在しているだけで、今歩いている道の先はどこまでも続く闇に包まれていて見えない。一騒動あったあとだから、その静けさがやけに濃いもののようにも思えてくる。

 雲雀ヶ丘と京子嬢は、先ほどの公園からほど近い場所を歩いていた。屋敷への帰り道である。

 京子嬢の手は、もう離しませんよ、といった具合に雲雀ヶ丘にきつく握られている。けれども別段、京子嬢も嫌がってはいない。むしろ、雲雀ヶ丘と手を繋いで歩くというのがどこか嬉しそうでもあった。

「大丈夫ですよ。救急車は手配してもらいましたし」

 雲雀ヶ丘は笑いながら言った。その顔にはもう、冷酷で凄惨で、そしてなにより、悪鬼のように無慈悲であった表情はもう貼り付いていない。いつもの、どこか呆けていて間抜けな雰囲気の雲雀ヶ丘があるだけであった。

 あのあと、雲雀ヶ丘は京子嬢を保護したことを報せるために、今回の捜索網の仕切り役でもある執事に電話を掛けていた。今から屋敷に連れ帰ること、怪我などはしていないことを伝えてから、ふと、足元に転がっている三人の男を一瞥し、『救急車を手配してくれないか』とも言った。

 それを聞いた執事はあらぬ勘違いを起こしてひどく慌てたが、なだめるようにして彼女の説明を聞くと落ち着きを取り戻した。でもそれから、

「では、京子お嬢様はごろつき共に襲われていたのですね?」

 と訊いてきた。

 雲雀ヶ丘は「そうだよ」と即答しようとしたが、だがしかし、思いとどまった。おもむろに何かを考えた。

 そうして一言、

「んとね、このことは内緒にしておいてくれないかな?」

 とだけ言った。

 それは、正しく雲雀ヶ丘の配慮であった。

 勝手に家出をして(家出に許可や承認があるとは思えないが)周りの者を心配させた上に、あろうことかドラマよろしくごろつき共にからまれていたとあっては、屋敷に帰ったのち、京子嬢が更にこっぴどく絞られてしまうのは明白であった。あの、異常なまでに子想いの主人のことである。もしかしたら軟禁状態にまでしてしまうかも知れない。それではさすがに、あまりにも可哀想である。

 確かに今回の騒動は、京子嬢の勝手な振る舞いが原因にある。だからそれについてはちゃんとのちのち、反省してもらわなければならない。

 猛省の一言に尽きる。

 でも、それはそれで、これはこれなのだ。

 結果論としてでも、無事にこうやって帰ってこれるのなら良いじゃないか――。

 実に、雲雀ヶ丘らしい考えであった。

「内緒、ですか?」

 いきなりの言葉に戸惑った執事ではあったが、彼はすぐにその意味を理解した。もう歳なくせに、頭の回転はやたらと良いご老体なのである。

「かしこまりました。お父上様にはそうお伝えしておきます」

 そうして電話は切れた。

 雲雀ヶ丘は用のなくなった携帯電話をポケットに仕舞い込んでから、京子嬢の手を取り、公園をあとにした。


「こんな寒空の下で寝転んでいたら凍死してしまいますからね。最低限の人権だけは守ってあげただけですよ」

 どこを見ているわけでもなく、ただ、ぽぉーっと前を見つめながら雲雀ヶ丘は歩く。眠たいのかも知れないし、お腹が空き過ぎて元気がなくなっているのかも知れない。京子嬢は彼女が晩ご飯を食べていないということを、ついさっきに聞いている。

「それに、人殺しにはなりたくないですし」

 ユニークなジョークであった。

 けれどもあまり、おもしろくはない。

 それを知ってか知らずか、彼女の口元は片方だけが釣り上がり、へへっ、という乾いた笑い方をしている。

 しかし少女はそれが、冗談だとも気付いてはいない様子で、

「うん、どれだけ悪いことをする人でも殺しちゃったらいけないもんね」

 と言った。

 天然要素が多少なりとも配合された性格のようである。

 京子嬢は擦り寄るようにして、雲雀ヶ丘にくっついて歩いている。余談ではあるが、背の低い京子嬢と男っぽい格好の雲雀ヶ丘がセットでは、その後姿は辺りに積もっている雪さえも溶かしてしまいそうなほどに熱々のカップルである。

「優しいんですね、京子嬢は」

 雲雀ヶ丘が言った。

「だって、日本国憲法にはそう書いてあるんだもの。学校で習ったの」

 白い歯を見せながら京子嬢が言った。

 こちらはちょっとばかり、ませた冗談であった。

 それでも、雲雀ヶ丘はその無邪気な笑顔を見ていると、どこか心の隅の方が暖かくなるのを感じずにはいられなかった。

 

「お腹が空きました」

 ぽつり、と。

 しばらくしてから、雲雀ヶ丘が『心底限界です』というような感じで呟いた。

 京子嬢はおもむろに彼女の方を見た。

 すると、どうにも彼女の足元はフラフラしているではないか。弱々しく進める歩みには、ズリっ、ズリっと、革靴の底がアスファルトを擦っている音も聞こえてくる。

 右手でお腹を押さえて背を丸め、だらしなく歩いている雲雀ヶ丘の姿がそこにはあった。

 つい先ほど、修羅のような戦闘シーンをやってのけた人物と同一だとは、とても思えない。

「……牛丼でも、食べに行こっか?」

 心配した京子嬢が優しく提案した。

 深夜の食事は牛丼かラーメンなのだと、庶民事情を変な認識で持っている京子嬢にすれば、その提案は至極真当なものである。

「いや、しかし、京子嬢をお屋敷に送り届けませんと」

 おどおどとした口調で、雲雀ヶ丘はやんわりとそれを否定した。

 いや、否定する素振りをみせた。

 お腹の鳴る音が聞こえた。

「あれ、牛丼食べたくないの、お姉ちゃん」

「すこぶる食べたいですけれど」

 ――ごくっ。

 次は唾を飲み込む音だ。

「じゃあ行こうよ」

「いえ、でも」

「ね、行こうよ」

「で、でも……。あぁ、でもでも」

「私は並盛にする。お姉ちゃんは?」

「特盛を二杯」

 ……悲しきかな、即答である。

「ふふっ。けっていー」

 京子嬢の嬉しそうな声が、深夜の住宅街に僅かに響いた。


 ……。

 …………。

 …………まぁ何と言うか、駄目な大人なのである。

 でもこれが、雲雀ヶ丘という人物なのである。

 稀有な存在、雲雀ヶ丘。

 物語の主人公には、もってこいの人材だ。


 それから二人は静まり返った夜の住宅街を抜けて街へと繰り出し、牛丼を食べた。

 京子嬢は言った通りの並盛であったが、雲雀ヶ丘はお代が京子嬢持ちだと知るや否や、特盛を四杯も平らげたのだから大人気ない。

 けれども結局、そうしたシワ寄せは最終的には雲雀ヶ丘の元へとやってくる運命らしく、予定よりも随分と遅れて屋敷に戻ってきた雲雀ヶ丘を待ち受けていたのは、執事からの説教タイムであった。

 ネチネチと始まり、ウダウダと続き、グダグダと繰り返され、だが妙にヒシヒシと心に響く。

 そんな説教であった。

 歳の功とは恐ろしい。

 そんな風にして、明け方までの貴重な時間は過ぎていった。

 説教が終わる頃には窓から淡い光が差し込み始め、朝日を見つけた小鳥たちのさえずる音が聞こえ始めていた。一緒に捜索をしていたはずの給仕係たちは眠たそうな素振りなど一切見せず、せっせこと仕事の準備を始めている。

 もちろんその頃には、京子嬢はとっくに部屋で熟睡している。

 クラクラとする頭を押さえながら屋敷内で貸し与えられている自室へと戻ってきた雲雀ヶ丘は、うねうねと駄々をこねるようにしてコートを脱ぎ捨てるとベッドへと倒れ込んだ。

 疲労は限界であった。

 こんなの、傭兵学校以来だよ、とさえ思えた。

 それから、眠りがやってくるまでの少しの時間を、雲雀ヶ丘は虚ろな瞳のままで過ごした。

 意識は不意に消えていった。

 それは、とても充足した眠りであった。

 

 そして次に目が覚めたとき。

 雲雀ヶ丘の横には京子嬢が寝転んでいた。うつ伏せの体勢で肘をつきながら、両手を顎の下へと添えてこちらを見ている。

 寝間着である。ぱっちりと開いている目には、寝不足の影は見当たらない。

 らんらんと光り輝いている。

 そんな彼女は雲雀ヶ丘が起きたことを確認すると、

「昨日のお礼をしてなかった」

 と、微笑みながら言った。

 それから京子嬢は姿勢を正した。ベッドの上で、仰々しく正座をする。

 両手の指先をうやうやしく、たたんだ膝の上に置いたりもしている。

 そして、こう言った。


「昨夜は危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました」


 寝起きの頭では何のことだかわからなかった。

 しかしそれでも、雲雀ヶ丘はにこりと笑ってそれに応えた。

 快晴を絵にしたような、笑顔である。


 それは、澄み渡るようにして晴れた、ある日曜日の朝の出来事であった。

いかがでしたでしょうか?

楽しんでいただけたのでしたら、光栄です。

もしその真逆であったとするなら、申し訳ありませんでした。

猛省し、次回の作品作りの際には更なる注意を致します。


ですので、もしお時間に余裕がお有りでしたら、感想コメントやポイントなどを付けていってもらえると嬉しい限りです。

次回の作品作りに活かしたいと思います。


とにもかくにも、ここまで読んでいただきまして本当にありがとうございました。

またの機会があれば、その時もよろしくお願いいたします。

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