表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/10

006 初配信 4 - ボス戦 2

 ただ、一振りだった。


 特級執念霊の無数の触手が、空間を貫き、地を穿ち、僕の全身へと襲いかかる。

 その奔流は、まさしく“怨念”の具現。見る者すべてを圧倒する黒の奔流。


 けれどーー僕はそのすべてを、ただの一閃で断ち切った。


 ーー斬。


 振り抜いたのは、神気を纏う“草薙剣”。

 その刃は、霊も、妖も、因果すらも裂く、概念の剣。


 空気が裂けた。世界が軋む。

 刃が通過した一帯の“法則”が一瞬、異常をきたしたかのように沈黙し、

 遅れて、断ち切られた触手が次々に空中で消滅していく。


 ーー空間が“斬られた”。


 そんな非現実的な一撃に、僕自身でさえ、一瞬息を呑む。


「どうだい?」


 少しだけ口角を上げ、静かに、しかし残酷に言い放つ。


「僕の草薙剣の“切れ味”は」


 その言葉に対して、何の返答もあるまいーーそう、思っていた。

 目の前の怪異は、まだ言葉を持たぬ“霊”の成れの果てのはずだったのだから。


 だが。


「…………ィ……イ、……タイ」


 その瞬間、僕の心臓が跳ねた。


 音として正しく認識するのに、一瞬の“遅延”があった。


 ーー今、なんて?


 耳を疑う。いや、錯覚だ。偶然の発声、ノイズ、そう考えようとしたその時。


「……ワ……タシガ……ナニヲ……シタァ……?」


 低く、掠れ、濁ったその声は、確かに僕に問いかけていた。

 まるで人間のように、感情すら乗ったような声で。


 「お前は……何をした」


 そして、僕に聞いてきた。

 自身が、この世から消されようとしている理由を。


 僕は、無意識に口を噤んでいた。


 直前までの高揚感が、急速に冷めていく。

 草薙剣を握る手が、微かに緩んだ。


 この執念霊は、ただの怨霊ではない。

 その問いは“自我”から発せられた言葉ーー魂の奥底から搾り出すような、痛みを孕んだ叫びだった。


「……お前が……何をしたか、だって?」


 僕は問い返しながら、自分の中に渦巻く疑念と向き合っていた。


 たしかにーー


 “執念霊”は、生前に強烈な恨みや未練を抱いて死んだ者たちの成れの果てだ。

 誰かに殺されたのかもしれない。裏切られたのかもしれない。理不尽に奪われたのかもしれない。


 この特級もまた、元は“人間”だったのだ。

 かつて、誰かを愛し、何かを信じ、希望していた“存在”だったはずなのにーー


 ……だとしても。


「だけどまあ、君が何をしたかなんて……僕には関係ないよね」


 僕は、断ち切った。


 自分の感情ごと、迷いを。


 冷たく、それでいて優しく、けれど抗えない理として語るように続ける。


「君がどれだけ苦しんでいようと、どれだけ何かを訴えていようと……

 僕にとっては、君は“霊”だ。

 人ではない。“思念”の残滓であり、“現象”であり、“災害”だ」


「……ナ……ニ……?」


「君が人間を恨んでいる限りーー僕は、君を受け入れることはできない。

 人間が、霊を受け入れれば滅びるだけだ。

 僕は配信者である前に、陰陽師として生きてるんだよ。

 除霊は、僕にとって仕事であり、使命だ」


「……ッ」


「もし君が、“妖”まで昇華していたなら……ほんの少しは考えただろうさ。

 けれど、霊と人間は、相容れない」


 もし、改善案があるなら聞こう。

 もし、可能性があるならためそう。


 だけど、それは今じゃない。

 この執念霊からはありありと“人への恨み“が感じられるし、除霊しないなんていう選択肢はありえないのだ。


 刃の先を、静かに相手に向ける。

 草薙剣の刀身が、ひときわ強く神気を放ち始める。


「ーーだから、僕は、君を“処理”するよ」


 ため息ひとつ。


 その刹那、特級執念霊が、わずかに頭を垂れる。


 ……まるで、それを“受け入れた”ように。


「……ソウ……ナノカ」


 その言葉には、怒りも怨嗟もなかった。

 ただ、静かに、自分の終わりを受け止めたような、落ち着いた響きだけがあった。


 そして。


 空気が再び、戦いの緊張を孕んだものに変わる。


 神気と霊気が衝突し、周囲の空間にひび割れのような圧が走る。

 この場の誰よりも、僕が感じている。


 ーーこれが真の“第二ラウンド”の始まりだと。


「……行こうか」


 僕は、草薙剣を握り直した。

 迷いは捨てた。今ここに立つのは、“情”ではなく、“覚悟”を宿した1人の陰陽師。


 ーーこれが、除霊。

  僕と、霊との、魂の対話の終着点。


 次の一撃で、全てを終わらせる。


ーーーーーーーーーーー


 ――名もなき男の、祈りと絶望


 まだ、“それ”が名もなき一人の青年だった頃。


 彼の住んでいた村は、山間に抱かれた静かな場所だった。

 夜になれば蛍が流れ、昼は木漏れ日が差し込む。貧しくとも、そこには人の温もりと、営みがあった。


 青年は、寡黙で真面目だった。村の仕事を黙々とこなし、周囲の子どもたちの世話を焼き、老いた父母を支え、いつか家族を持つことを夢見ていた。


 そして、彼には大切な人がいた。


 村一番の笑顔を持つ、芯の強い娘。

 彼女と結婚することが、彼の人生のすべてだった。

 彼女が「あなたのそばにいるだけでいい」と笑えば、青年はどんな困難でも乗り越えられた。


 しかし、ある日、その村に“災い”が訪れる。


 原因不明の疫病。

 村人たちは次々と倒れ、死んでいった。


 青年は必死に動いた。自らの食を断ち、休むことなく水を運び、看病を続けた。

 医者を求めて隣村まで駆け、夜を徹して薬草を集めた。


 だが、間に合わなかった。


 彼の愛した娘は、青年の腕の中で、痩せ細った身体を震わせながら逝った。

 血を吐き、苦しみながら、それでも最後に「ありがとう」と呟いて。


 それが青年にとっての終わりだった。


 村人たちは次第に、青年を“病原の元凶”として扱い始めた。


「異常なまでに動き回っていた」

「あいつが最初に病人と接していた」

「薬草の扱いが怪しい」


 ……根拠などなかった。

 ただ、人としての根源的恐怖が、何かに縋り付かないと生きていけないという人間の罪が、彼を“悪”に仕立てたのだ。


 ーー彼は、吊るされた。


 生きたまま、神木とされた木の枝に縄で括り付けられ、雨に晒され、村の“穢れ”として処理された。


 死んでいった誰もが、彼の名を忘れた。

 けれど、彼自身だけは忘れられなかった。


 忘れられることが、できなかった。


 愛する者を守れなかった自分。

 救えなかった悔しさ。

 見捨てられた憎しみ。

 裏切られた哀しみ。

 村人の冷たい目、嘲る声、針のような沈黙。


 それらが幾重にも折り重なり、彼の魂は膿み、腐り、歪んでいった。


 死んでもなお、“その時”の記憶が消えなかった。

 終わらせることができなかった。


 そして、彼は霊となった。


 いや、“執念”そのものになった。


 かつて愛を知り、人を守ろうとした男が、

 最も強い恨みを抱えた霊へと変わった瞬間だった。


 彼が現世に現れるとき、必ず雨が降る。

 空が彼の涙を代わりに流しているのか、あるいは未練がこの世にしがみついているのか。


 そして彼は今ーー現代に顕現し、ただ問い続けている。


「ワタシハ……ナニヲ、シタ……?」


 その問いは、誰にも届かない。

 届かないまま、彼の魂は“消されよう”としている。


 ーーただ救いたかっただけなのに。


 彼はそう、今も問い続けている。


ーーーーーーーーーー


 草薙剣を構える。

 目の前の“特級執念霊”は、触手をひるがえしながらも、もはや攻撃の意志を捨てていた。


 その巨大な影が、なぜかとても小さく見えた。

 ……いや、違う。

 僕の視界に、奇妙な“歪み”が走った。


 頭の奥で、何かがこじ開けられるような音がする。


 ――景色が、変わった。


 目の前には、穏やかな村。

 木々がそよぎ、子どもたちの声が響き、草の匂いが風に乗る。

 その中央で、一人の青年が誰かの手を握っていた。

 細い腕の娘。笑っていた。世界で一番、温かい笑顔だった。


 青年は、幸せそうだった。

 彼女の手を取って、未来を誓っていた。


 だが、空は濁り、地は崩れ、村は黒く染まった。


 病。嘆き。絶望。

 その中で、青年はただ走った。

 笑顔を守ろうと、何度も涙をこらえ、手を汚し、身を削った。

 けれど、何も届かなかった。


 彼女は逝った。

 村人に罵られ、縛られ、晒され、見捨てられた。


 「ワタシハ……ナニヲ、シタ……?」


 崩れた喉から、なおも搾り出される問い。


 ――その声が、僕の中に残響する。


 ……僕は、剣を握り締める手に力を込めた。


 目を閉じ、そしてゆっくりと開く。


 そこには、もう村も彼女もいなかった。


 ただ、目の前にいるのはーー歪んだ影。

 恨みと記憶の亡霊。

 今この瞬間にも、人を傷つけ得る“呪い”そのもの。


 それでも、僕は言う。


 「……君は、十分、頑張ったさ」


 その声に、影が震えた。


 あの“目のない”顔が、わずかにこちらを向いたような気がした。


「君の中には……まだ、“守ろうとした誰か”がいた。

  なら、ここで終わりにしよう。

   君がこれ以上、何かを壊す前にーー」


 僕は、最後の一刀を振るった。


 ーー《陽式・終ノ型 帰桜白楼》


 光が爆ぜる。

 白と金の奔流が、まるで巨大な蓮花のように広がり、影を包み込んでゆく。

 崩壊する世界の中心で、黒き執念は霧のように砕け、空へと昇っていった。


 その中に、誰かの“笑顔”があった気がする。


「ーーおやすみ」


 静寂。

 風が吹き、残滓を連れ去っていく。

 ひらひらと舞い散る、どこからか現れた桜の花びら。


 周りに蠢いていた地縛霊は、もういない。

 全て、僕とこの特級執念霊との戦いの余波で、そしてこの舞い散る桜によって浄化されていった。


 残されたのは、僕一人。


 剣を納め、振り返る。

 配信機材は……まだ動いていた。


 視聴者は、このすべてを“見ていた”のだ。


 だからこそ、僕はカメラに向けて、わずかに笑みを浮かべた。


 「……というわけで、本日の除霊、完了です」


 少し、間を置いて。


 「……次回は、もう少し平和なネタでやりたいですね」


 静かに、僕は配信を切った。


ーーーーーーー


260 :名無しさん@お腹いっぱい。:2025/06/24(火) 00:01:09.38 ID:HYgPx7xA

 なぁ……風磨、泣いてるよな

 目元のアップ映った時、明らかに潤んでたぞ……


261 :名無しさん@お腹いっぱい。:2025/06/24(火) 00:01:37.15 ID:YUxeVo7B

 特級、錯覚で過去映してきたってことか……

 死ぬ間際に、あれが“想い”ってやつだったのかよ……


262 :名無しさん@お腹いっぱい。:2025/06/24(火) 00:02:11.54 ID:3roHkC4A

 「君は……十分、頑張ったさ」

 ↑このセリフ反則だろ、こっちが泣くわ


263 :名無しさん@お腹いっぱい。:2025/06/24(火) 00:02:33.92 ID:gP8vFqOe

 最終技来るぞ……!


264 :名無しさん@お腹いっぱい。:2025/06/24(火) 00:02:51.26 ID:ZKiRn9N1

 ーー《陽式・終ノ型 帰桜白楼》

 キタアアアアアアアアアアアア!!!!!!!


265 :名無しさん@お腹いっぱい。:2025/06/24(火) 00:03:04.15 ID:r1PbnDT2

 背景変わった……!?

 一面、桜だ……

 地獄じゃない、天国みたいな空間になってる……


266 :名無しさん@お腹いっぱい。:2025/06/24(火) 00:03:19.08 ID:eYP0cUeU

 白玉楼……っぽい……

 風舞う桜と魂の光が混ざってる……まじで演出が神すぎる……


267 :名無しさん@お腹いっぱい。:2025/06/24(火) 00:03:41.28 ID:XKjiZg92

 やばい、画面の色調も変わってる

 暖かくて、寂しくて、優しい色になってる


268 :名無しさん@お腹いっぱい。:2025/06/24(火) 00:03:57.51 ID:M3w3uRg7

 特級が……消えてく……

 黒い影が花になって……風に舞って……


269 :名無しさん@お腹いっぱい。:2025/06/24(火) 00:04:21.47 ID:J9d0zvcA

 この除霊、戦いじゃなくて“葬送”じゃん

 こんなの、泣くに決まってるだろ


270 :名無しさん@お腹いっぱい。:2025/06/24(火) 00:04:48.63 ID:NtJvQwCv

 BGMもないのが逆にキツい

 静かすぎて、心に全部響いてくる……


271 :名無しさん@お腹いっぱい。:2025/06/24(火) 00:05:09.80 ID:TQlPpPp2

 「おやすみ」って…

 風磨、最後にそう言った……

 これ戦闘配信じゃなくて、魂の救済ドキュメントだよ……


272 :名無しさん@お腹いっぱい。:2025/06/24(火) 00:05:28.91 ID:dxa3CrYi

 チャット欄、全員黙ってる……

 この空気、誰も崩せないやつだ……すげぇ…


273 :名無しさん@お腹いっぱい。:2025/06/24(火) 00:05:53.11 ID:bC8Zq6kA

 特級、最後微笑んでなかったか……?

 断末魔じゃない、“納得”した顔だった……


274 :名無しさん@お腹いっぱい。:2025/06/24(火) 00:06:17.90 ID:ZKiRn9N1

 魂が桜になって昇っていくの演出やばすぎ

 光の粒が螺旋になって上がっていくの神じゃん


275 :名無しさん@お腹いっぱい。:2025/06/24(火) 00:06:39.54 ID:EXLoG4Qs

 なぁ、これ“終わり”って感じだけど

 配信……終わっちゃうのか……?


276 :名無しさん@お腹いっぱい。:2025/06/24(火) 00:07:10.01 ID:QZcuz2xG

 画面、ゆっくり黒フェードイン……

 ……まじで終わるっぽいぞ


277 :名無しさん@お腹いっぱい。:2025/06/24(火) 00:07:31.34 ID:ncIumqPa

 風磨、最後に一言来るぞ!!


278 :名無しさん@お腹いっぱい。:2025/06/24(火) 00:07:52.11 ID:HbaOwby6

 「ーー次回は、もう少し平和なネタをしたいですね」


279 :名無しさん@お腹いっぱい。:2025/06/24(火) 00:08:09.41 ID:HYgPx7xA

 これが主人公だよ……

 強くて、優しくて、独りで戦ってる奴の言葉だ……


280 :名無しさん@お腹いっぱい。:2025/06/24(火) 00:08:23.94 ID:jFxSh57k

 はっきり言う

 配信史上、今日が一番泣いた


281 :名無しさん@お腹いっぱい。:2025/06/24(火) 00:08:39.93 ID:YUxeVo7B

 >>278

 魂が救われた気がした

 霊も、人も、俺たち視聴者もな


282 :名無しさん@お腹いっぱい。:2025/06/24(火) 00:08:52.31 ID:oUk5mv6R

 “除霊”って、倒すことじゃないんだな……

 風磨の見てた世界、今ちょっとだけ見えた気がしたよ


283 :名無しさん@お腹いっぱい。:2025/06/24(火) 00:09:03.75 ID:0aPlgXK3

 配信切れた

 でも……なんか今夜は、眠れそうな気がする


284 :名無しさん@お腹いっぱい。:2025/06/24(火) 00:09:15.37 ID:XKjiZg92

 ありがとう、風磨

 俺、今日から“霊”の見方、変わったかもしれない

 ...霊自体今日初めて信じたが


285 :名無しさん@お腹いっぱい。:2025/06/24(火) 00:09:28.76 ID:HYe3ExA5

 実況民全員、

 おやすみ

 そして安らかに


あとがき————————


あい!初配信終了!!

どうやら視聴者どもにもボスくんの過去は見えていたようですね

感動感動


ちなみにこれ前回書いたのと同じ日に書いてるんです

続け様に

これから更新がなかったら定期テストで死んだんだなと思ってください()


星とコメント、いいねやフォローしてくれたらめっちゃ喜びます

ぜひよろしくお願いします


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ