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現代霊能者はバズりたい  作者: tanahiro2010
第二章 神城の過去
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003 崩壊

「こりゃ……どうなってんだ?」


 獣道を進むこと、体感で十数分。

 けれど実際にはもっと長い時間、ぐるぐると同じ場所を回っていたんじゃないかという錯覚さえあった。


 湿った土の匂い、絡みつくような草の感触。

 やがて開けた場所へ出たとき、僕は思わず息をのんだ。


 そこは、光が降り注ぐ中心部。

 木々の隙間から射し込む光が円を描くように地面を照らし、その周囲には石像が並んでいた。


 一体、二体、三体……いや、数えるのも億劫になるほど無数の石像たち。

 それぞれが同じ方向――中央を指し示している。


 そして、その中心にあったのは。


「……なんでこんなとこに棺があるの?」


 棺だった。

 しかし、ただの棺ではない。

 表面は苔と蔓に覆われ、木材は乾ききってひび割れている。

 百年以上は経っているだろう、そんな圧を放つ古代の棺。

 見ているだけで、胸の奥を冷たいものが這い上がってくる。


 考える。

 僕はどうすべきだろうか、と。


 霊力の光は確かにこの棺を指している。

 つまり、この試験の「課題」はこの棺に関わっているのだろう。


 けれど棺とくれば、ほぼ間違いなく中には何かが封じられている。雰囲気でわかる。


 封印を守るのか、それとも解いて祓うのか……。

 いずれにせよ、ろくでもないことは確かだ。


「試験で祓わせるって……正気かな?」


 思わず独り言が漏れる。


 相手が封印クラスの霊だとしたら、いくら最終試験まできた人であれど荷が重すぎる。


 けれど、僕に与えられたのは選択肢ではない。

 ここに来た時点で、棺と向き合うしかないのだ。


 ……問題は、僕にできることの少なさだ。

 霊力の扱いはまだ基礎の域を出ていない。

 今できるのは、霊力の具現化、身体強化、体内循環の制御……せいぜいこの三つ。


 いくら訓練を積んだとはいえ、応用技術はまだ教わっていない。

 持てる札をどう切るか、それがこの試験の肝。


 だが、ここまで考えてふと、思ってしまう。

 ――そもそも、僕がそこまでして陰陽庁に入りたい理由はあるのか、と。


 確かに、霊術は興味深い。

 摩訶不思議な現象を解き明かし、扱うというのは少年心をくすぐられる。


 ――けれど、命を削ってまでやることだろうか。

 封印されるような存在に自ら関わりたいと望む者なんて、正直、物好きにもほどがある。


 もちろん、お金の面では惹かれる部分もある。

 僕は常に金欠の現代学生だし、欲しいものはいくらでもある。

 だが、命と金とを天秤にかければ、答えは自明。

 死んだら欲しいものすら買えないのだ。


「……といってもなぁ。ここから出る方法もわからないし」


 小さくため息をつく。


 この空間には出口がない。

 入ってきたはずの道は消え失せ、振り返ってもただの壁のような樹々が立ち塞がるだけ。

 つまり、やるか、座り込んで餓死を待つか。二択。


 選ぶまでもない。


「……霊力、流すだけ流してみるか。それで無理なら寝る。うん、それでいい」


 言い訳のように口にして、自分を納得させる。


 心臓が、どくん、と重く鳴る。

 鼓動に合わせて霊力がざわめき、指先が微かに熱を帯びた。


 僕は、棺の表面にそっと触れた――。


ーーーーーーーーーー


「緊急、緊急だ!」


「試験生……いや、職員か!? とにかく神城が九尾本体の封印場所まで飛ばされた!」


「結界で囲まれている! 突入は不可能だ!」


「解析班! 急げ! 一秒が命取りだぞ!!」


 陰陽庁の中枢――世界中の霊妖の情報が集まる管制室。


 巨大な水晶盤の上に結界の地図が浮かび上がり、無数の符が飛び交っている。


 術式を読み取る音声、連絡を飛ばす声、紙をめくる音、電子端末を叩く音が混然となり、まさに戦場の様相を呈していた。


 事態はあまりに異常だった。

 本来ならば休養中のはずの神城風磨が、よりにもよって――九尾本体の封印地に転移させられたのだ。


 九尾。

 それはただの妖ではない。

 神話と伝承に名を刻み、人々の畏怖を糧に力を増してきた怪異。

 今その封印が解かれれば、九尾はただの妖を超え、容易く神格を得る。

 人の世を揺るがす災厄の神が、再び地上に現れてしまう。


 陰陽庁の見解は明白だった。

 ――神城風磨では勝てない。

 才能ある若者ではある。だが、いまだ術の基礎を抜けたばかり。


 伝説級の妖と対峙するには、あまりに力不足だった。

 下手をすれば、接触した瞬間に命を落とす。


「だが、見殺しにはできん!」


「人材を失うだけでなく、封印の秘密が奴に触れれば……!」


 誰もが顔を歪める。


 ただの一受験生の問題ではない。

 九尾の封印に干渉された時点で、国家、いや人類規模の危機なのだ。


 管制室は総力を挙げて動いていた。

 結界の構造を解析する者。式神を飛ばして周囲を監視する者。外部の術者に応援要請を飛ばす者。

 まるで大戦争の開戦を思わせる慌ただしさ。


 ――だが、その最中。


「緊急通達!」


「九尾の眷属と見られる妖が、封印地に接近中!」


 職員たちの血の気が一斉に引いた。


 報告書に映し出されたのは、黒い靄を纏った一人の女性。


 加茂詠歌――かつて九尾の眷属を封じた優秀な陰陽師。

 だが今、その身体は完全に眷属に取り込まれている。

 人の肉体と妖の力が合わさった時、どれほどの脅威となるか。


「……封印を、持たせられない」


「彼女が触れたら、崩壊は時間の問題だ!」


 全員が悟った。


 結界解析を急がなければ、手を下す前に事が終わってしまう。

 誰もが歯を食いしばり、術式を必死に読み解く。


 そして――


「…………封印、解除されました!」


 冷徹な報告の声が、管制室の空気を凍り付かせた。


 何十もの視線が水晶盤の一点に集まる。

 封印を示す光が、無情にも消えていく。


 その瞬間、全員が理解した。

 長い年月守られ続けてきたものが、いま崩れ去ったのだ。

 伝説は終わらず――再び現実となる。


 陰陽庁の管制室に、張り詰めた沈黙が落ちた。


ーーーーーーーーーー


 ――静寂が破れる音がした。


 長きにわたり閉ざされていた重苦しい結界の鎖が、ばらばらと外れていく。


 張り巡らされた術式は必死に抗っていたが、無駄だ。この依代を得た我に抗えるものなど、もはや存在しない。


 空気が変わる。


 血と霊力の匂いが、胸の奥を心地よく満たしていく。

 ふふ……実に甘美だ。これが「自由」というものか。


 我はかつて封じられた。九尾の眷属として、主の力の一端を振るったがゆえに。


 人間どもは怯え、恐怖し、震えながらも我を封じた。あれから幾星霜――


 閉ざされた暗闇の中で、我は待った。嘲笑い、憎悪し、そして渇望した。


 そして、ようやく。

 ようやくこの時が来たのだ。


 ……依代。名は、加茂詠歌というのだったか。

 皮肉なことよ。かつて己が我を封じた術者が、その身を器として我を解き放つとは。


 無駄に優秀な肉体。長き鍛錬で磨かれた霊脈。まるでこの時のために用意された供物ではないか。

 我は彼女の口を使い、低く呟く。


 ――「行かなければならぬ」


 そうだ。我が行くべき場所は決まっている。


 主が眠る封印の地。あの忌まわしき結界を、我が牙で切り裂くのだ。


 再び世界に君臨される時、我はその御傍らに立つだろう。

 吹き荒れる妖気が周囲を薙ぎ払う。風が悲鳴をあげ、竹林がざわめく。


 人間ごときには立っていることすら叶わぬ。


 ちらりと、依代の「弟」とやらが目に入った。

 血の繋がりなど、我にはどうでもいい。だが、依代の記憶が我に囁く。――これは、大切な存在なのだと。


 我は鼻で笑う。

 大切だろうが何だろうが、我にとっては取るに足らぬ塵芥。


「……邪魔だ」


 光弾をひとつ。

 わざわざ殺すほどの価値もない。ただ眠らせておけば十分だ。


 彼は、吹き飛ばされ、地に沈む。二度と立ち上がれぬだろう。


 それでいい。

 今、我が眼前にあるのはただ一つ。


 ――封印の地、九尾の眠る檻。


 我は空を駆ける。

 虚空を裂き、重力すら拒み、ただ主の下へと突き進む。

 そして。


「……解かれよ、我が主」


 封印地点のその上空。

 その言葉と共に、封印は崩壊した。


 歓喜に震える。

 人の世は終わり、再び主と我らの世が始まるのだ。


 そうして私は、主の元へと降り立つのだったーー


ーーーーーーーーーー


 うんざりしていた。

 いや、正確には、自分の体質にうんざりしていたのだ。

 トラブル体質、とでも呼べばいいだろうか。

 ――要するに、僕は何かにつけて命の危険にさらされるタイプだ。


 下手をすれば、今日が僕の最期かもしれない。

 いや、下手どころか、確率としては十分にあり得る。

 そこにいる霊――妖、否、神と呼ぶにふさわしい存在は、それだけ圧倒的な力を誇っている。


 抵抗は――できる。少しは。

 だが、その「少し」が、致命的に足りないのだ。

 もしこいつが本気を出せば、僕は一瞬で蒸発する。

 斬られ、裂かれ、命が消される。自惚れではない。

 僕は自分の実力をそれなりに把握している。

 訓練はそこまでだけど、場数は踏んだ。

 命の危機にさらわれるたびに拳を奮い、実力を得た。

 だからこそ、差がわかる。見える。冷たく明瞭に、その距離が。


 漫画や小説の中で、実力差を顧みずに突っ込んでいく主人公を見ると、何て愚かなんだろうと冷めた目で笑っていた。

 無謀を美徳と勘違いしている連中を、内心では哀れんでいた。

 彼らは勝てる見込みがないと理解していないか、自分を過大評価している――そう思っていたのだ。


 けれど、今になってようやく気づく。

 彼らは、あのときの僕よりずっと幸せだったのかもしれない、と。

 知らないこと、信じることの解放感。

 結果を知る前の勇気は、とても純粋で、ある意味では救いでもあったのだろう。


 乾いた笑いが、喉の奥でこぼれる。

 俯いていた頭をゆっくりと上げる。

 視界の四隅にまだ光の残滓がちらつく。

 胸の鼓動が少しだけ速くなるのが自分でもわかった。


 目の前にいるのは、紛れもない人外だ。

 だが、以前に戦ったあの化け物どもとは種が違う。

 見た目だけで判断するならば――獣人めいた造形、というのが一番しっくりくる。

 人と妖が入り混じった、その不自然な均衡がぞっとする。


 特徴は一目で明らかだった。

 九本の狐の尾が背中をなめるように広がり、頭には狐の耳がぴくりと動く。

 瞳は夜行性の猫のように細まり、鋭く僕を貫く。

 毛並みの一つ一つに、どこか古代の威厳が滲んでいる。


 その全てが、確かに僕を見据えている。


 逃げられるか? いや、無理だろう。

 仮に離脱に成功しても、この存在が背後で笑っているビジョンは簡単に想像できる。

 追跡され、追いつかれ、そして――終わりだ。

 現場に残るのは、ただの名もなき骨と、僕の忘れ物だけだろう。


 そう悟った瞬間、妙に静かな決意が胸の中に芽生えた。

 抵抗が徒労に終わると知っていても、何もしないで終わるよりは、まだ何かを為すべきだという小さな声だ。

 たとえそれが、芥子粒ほどの可能性に賭ける愚行だとしても。


 僕はゆっくりと、口を開いた。

 声は震えていたかもしれない。だが、言葉を飲み込むより、吐き出すほうが楽だった。


 ――その瞬間、空気が微かに歪むのを感じた。


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