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現代霊能者はバズりたい  作者: tanahiro2010
第二章 神城の過去
13/20

Prologue - “妖”

今日からは毎日一本投稿です

「え、何こいつ」


それは僕――神城風磨がいつものように学校帰りに近くの本屋へ立ち寄り、家へ帰る途中に現れた。


人の形をしているのに、どこからかまとわりつくような瘴気を纏っていて、ひどく汚れた空気を吐き出しながら立っていた。

 人間であるはずなのに、明らかに人間ではない。

 見ただけで体が冷たくなる感覚が背筋を走った。


「お、お前……人間か?」


焦げ付いたような匂いと一緒に漏れたその声はかすれきっていて、耳に刺さる不快な響きだった。

 顔は、表情がわかるかどうかの瀬戸際で、焼死体のようにただれていた。


「え、君なんでその状態で生きてんの? きもっ」


思わず本音が漏れた。

 だってそうだろう、目の前に立っているそれは、人の形をした何かでしかなかった。他の人だったら一目見ただけで悲鳴を上げて腰を抜かしてるはずだ。


「お前を……お前を喰って……俺は生き延びるんだ……」


「うわぁお、いきなりのカニバリズム宣言。僕でなきゃ見逃しちゃうね」


 口ではそう言いながらも、胃の奥がひっくり返りそうになっていた。足の裏から伝わるアスファルトの感触が、現実に戻る感覚を必死に繋ぎ止めていた。


 ーーだって、そりゃ焦るだろうよ。

 帰り道で急に腐乱死体みたいなやつが現れて、しかも僕を食うとか言い出すんだ。

 怖くないわけがない。


「そんなふざけた態度……もう、いい」


 化け物の声が低く沈んだ瞬間、心臓が一度止まりかけて、次の瞬間に全身が熱くなる。


 直感が告げていた。ここにいてはいけない。昔からこの直感だけは裏切られたことがなかった。

 試験勉強をサボっても出るところだけは押さえられた僕の直感が、今ここで耳元で警鐘を鳴らしていた。


 だから僕は素直に飛び退いた。


 そしたら直後ーーそこにあった景色が爆ぜた。


 コンクリートの破片が散弾のように辺りに飛び散り、白煙が立ち上る。アスファルトが割れ、できた亀裂がクモの巣のように広がっていく。


「おど……ろいた。これを初見で避けられる一般人なんて……初めて見た。お前、本当に……人間か?」


「なんだよ、僕は人間だよ。普通の一般人だよ。なのになんでこんな超常バトルに巻き込まれてるんですかね??」


 目の前の光景は荒唐無稽すぎて笑えてきた。

 避けなかったら、今ごろ僕の体はあのクレーターの一部になっていただろう。腹の奥がじんわり冷える。


「もう……なんで僕がこんなことに巻き込まれるかなぁ……」


 命の危険に晒されることは、これまでにも何度かあった。

 だけど、それはいつも人間が原因だった。

 あるいは自然災害とか、交通事故とか、そういうものだった。


 こんな、明らかに“人”ではないものに命を狙われるなんて想定外すぎる。


「僕、戦うのとかは苦手だよ?」


 逃げるしかないのか。

 けれど、逃げ切れる保証なんてどこにもなかった。これまでのトラブルで身に着けた多少の護身術がどれほど役立つのか、自分でもわからなかった。


 だから不安だった。

 心臓が鳴る音が周囲の破壊音よりも大きく感じる。その振動が胸の奥で響き続けていた。


 ーーだけど僕は少し、この状況に興奮していた。


ーーーーーーーーーー


 空を裂く風音があった。それは風の音ではなく、女の声だった。


「ーーちょっと! あんたもっと早く飛べないの!?」


 夜空に響く声に、応える少年の声がかぶさった。


「うっさいなあ! 僕ってば【空歩】得意じゃないんだって!」


 二つの影が風を巻き込みながら夜空を疾走していた。影の正体は陰陽師。かつて戦場で名を刻むことすらなかった若き陰陽師が、空を駆けていた。


「そう言ったって! 早く行かないと“妖”が暴れてるのよ!」


「え、執念霊とかじゃなかったの?」


「……あんた司令聞いてなかったの!?」


 短く鋭い風切り音が会話を刻む。繰り返される“霊”や“妖”という単語。【空歩】という言葉が浮かび上がるたび、夜の空気は不穏な焦燥で満ちていた。


「うーん、これまで上級執念霊なら祓ったことはあるけど……妖って祓えるのかね?」


「知らないわよ! でも祓わないと民間人に被害が出るでしょ! だから急ぐのよ! あと少しで着くんだから!」


 風が荒れ、街の明かりが不規則に揺れていた。その先で、光と衝撃が散るように地面が割れているのが見えた。


「……何よ、あれ」


「えぇ……なんで生身で渡り合えてるの……?」


 ーーそして、二人が目にした光景は異様だった。


 そこにいたのは一人の少年ーー未来の世界最強こと、神城風磨。

 まだ誰も彼のことを知らず、まだ彼は未熟だと言うのに、その姿は確かに“妖”と渡り合っていた。


 妖が空気を裂き、光弾を放つ。

 それを間一髪で潜り抜け、神城の拳が妖の身体に叩き込まれる。

 妖の一撃はコンクリートを砕き、周囲に粉塵が舞い上がる。だが彼は恐れることなくーーむしろ嬉々とした様子で一歩踏み込み直して拳を握る。


「えっと……あれ、本当に妖なんだよね?」


「その……はずよ? え、私、指令聞き間違えてないよね? あれ、迷い霊だったりしないよね?」


「流石にそれはないでしょ。あの速さで動くなら普通に特級執念霊レベルの戦闘力だよ。ほら、今だってコンクリ砕けたし」


 街の破片が月光に反射して散る。神城はその中でただの一度も退かず、拳を叩きつけ続けていた。妖の力を利用し、受け流し、その反動で打ち込む。すでに夜の街は、肉弾戦の衝撃でクレーターのようにえぐれていた。


「……これって私たち乱入した方がいいのかしら」


「入っても邪魔になるだけじゃないかなあ……」


 陰陽師は基本的に接近戦はしない。脳筋長官たちを除き、遠方から式を撃ち込み、確実に対象を削ぎ落とす。それが陰陽師の戦い方だった。街一つを消し飛ばせる妖と、拳で渡り合うなど正気の沙汰ではない。しかし神城は、それをやっていた。


「うーん、いいこと思いついた」


「ん? いい案ならやるわよ? 言ってみなさい」


「確かお前、“霊気”の覚醒を促す秘技使えなかったっけ?」


「……あるけど、意味ないわよ。才能がある人にしか霊気なんて使えないもの」


「やってみるだけの価値はあるでしょ。ほら、使ってよ、あの戦ってる子に」


「わかったわよ……」


 女は風を吸い込み、腹の底で吐息を震わせた。夜の気を纏うようにして手を掲げると、空気がざわめき始めた。陰と陽の気が編まれ、夜空の気流すら吸い寄せていく。


 ーー《陰陽術 秘技・魂灯流転》


 朱の光が溶けて夜を照らし、奔流となって神城へと放たれる。瞬間、夜の空気が重く揺らぎ、赤い光が神城の身体を貫いた。


 次の瞬間、神城の身体から銀白のオーラが噴き出した。風が震え、アスファルトがきしむ音が響く。視界に映る妖の巨体に、少年は視線を重ねた。


 力が目覚めた。霊気の解放。それはただの力ではなかった。命の灯が目覚め、彼の中で静かに眠っていた霊気が呼び覚まされる。銀白の光が夜空に反響し、闇の中で確かにその存在を示す。


 息を切らし、血がにじむ唇をぬぐいながら、それでも彼は立っていた。


 神城風磨が、立っていた。


 ーー神城風磨の覚醒。

 これにより、第二ラウンドが始まった。


ーーーーーーーーー


 何か赤い光が僕を襲ったかと思えば、僕の中で何かが目覚めた。


 その力は、優しく僕を抱き締めるようでいて、苛烈に僕の背中を押し付ける。「さぁ、戦え」と告げるように、熱を帯びて僕を貫いていた。


 なぜかわからないのに、使い方は理解していた。目覚めた瞬間、頭に流れ込んだ感覚と知識があった。


 まだ目覚めたばかりの力だ。これまで存在するはずがないと思っていた超常的な力。操作はまだ荒く、うまく制御できる自信はない。それでもーー


 ーー《霊気纏装》


 その力を、自分に纏うことだけはできた。


「……なぜ、お前がその力を……」


「お、お前は何か知ってるのかい? この力のこと。できれば僕に教えて欲しいかな……ッ!」


 声を張り上げながら、僕は駆けた。


 拳を握りしめ、地面を蹴り、振り抜く準備を整える。相手が避けるだろうと考え、すでに足を滑らせて体重移動を仕込んでいたはずなのにーー


「ーーうっそでしょ!?」


 ありえない速度で駆けていた。焼死体みたいな化け物が反応する暇もなく、拳を叩き込むことができた。


「何この力……怖いんですけど」


 それでも使えるものは使うしかなかった。親はほとんど家にいない。もし代償がある力でも、家で一人苦しむだけで済む話だ。


「まぁ、いっか」


 考えるのをやめた。目の前で唸る化け物がいる限り、今は戦うしかない。


「お前……強い。もう、本気……出す」


 化け物が呻きながら体勢を低くした瞬間、地面に亀裂が走った。周囲の空気が歪む。次の瞬間、焼け焦げた腕から黒炎が吹き上がる。


 ーー《黒炎爆哭》


 暗黒の炎弾が咆哮とともに吐き出された。熱気と瘴気が混じり合い、道路のアスファルトが焼け爛れてひび割れる。炎の奔流が僕を呑み込もうと迫ってくる。


 僕は、炎の直線軌道を見抜いて踏み込んだ。踏み出した足がひび割れたアスファルトを砕く。燃え盛る炎をギリギリで潜り抜けると、頬を焦がす熱気を感じた。


 目の前には化け物の胸板。拳を握り直し、下から突き上げる。


 肉を叩く感触。拳を引くと、また殴った。肩を回し、重心を落とし、殴る。殴る。殴る。


「ふふふっ…くははははははは!!」


 自分でもわかる。頭が真っ白になっていた。怖いとか痛いとか考えている余裕はなかった。目の前の化け物が呻きながら、黒炎の残滓を撒き散らして暴れるたび、服が焼け、肌が裂けても、殴る手を止められなかった。


 炎の弾がもう一度飛んできた。避ける余裕はなかった。肩で受けて焦げた臭いが鼻を突く。それでも一歩踏み込む。拳を振りかぶる。


 膝で顔面を跳ね上げ、落ちてきた頭を殴りつけた。化け物の顔面がぶれた瞬間に、全身でぶつかるように拳を叩き込んだ。


 黒炎が砕け散り、霧のように消える。化け物の身体が重力に負けて膝をつき、そのまま倒れ込む。


 息が荒くなった。肺が焼けるように痛い。殴った拳から血が滴り落ちる。息を吐き出すたび、焦げた空気が鼻腔に残る。


 それでも僕は立っていた。


 霊気がまだ身体を覆っている。銀白の光がぼんやりと漂いながら、僕を支えてくれていた。


「……終わった……のかな」


 僕の声が震えていた。拳を握ったまま、息を整える。


 倒れた化け物は二度と動かなかった。


 夜の風が吹いた。どこか遠くでパトカーのサイレンが鳴る声が聞こえる。


 僕は空を見上げた。まだ星が瞬いていた。空気が冷えてきて、熱を持った身体がひどく寒かった。


「……帰ろう」


 誰もいない夜道で、僕は小さく呟いた。


ーーーーーーーーー


【陰陽庁 第二分室・現場対応報告】


送信者:第二戦術監視班・班長代理(野添)


受信者:第三対霊課・課長代理(仙堂)、及び関係各局執行官


件名:【緊急現場報告】未登録特異個体による妖撃破事案


優先度:【最優先・赤】


---


◆本文:


関係各位


以下、現場対応班より先程の【未登録特異個体による妖撃破事案】の第一報を共有いたします。


---


【発生地点】

港区第三ブロック路地裏(一般住宅街区・民間被害軽微)


【確認内容】

・対象は“妖”に分類(外見:焼死体状の黒炎纏い型、特級執念霊相当の機動・破壊力確認)

・当初、班員二名(現地待機)による封鎖および陰陽術対応を準備


【異常行動】

・現地にて【未登録特異個体】が単独で“妖”との肉弾戦を確認

・術式、式神、結界使用なし

・対象の攻撃(黒炎弾・近接爪撃)を即応回避および反撃、物理打撃によるダメージ蓄積を実施


【結果】

・対象妖は撃破・消滅(瘴気残留なし)

・民間被害:路面破損、電柱2本折損、周辺小破程度

・民間人巻き込み:なし(既に深夜帯・周辺無人状態)

・撃破後、当該個体は現場より徒歩で離脱(後方追跡中)


---


◆補足:


・当該個体は本来“術式適用前段階”の一般民間人でありながら霊気覚醒が確認され、【霊気纏装】を実行

・班員からの【陰陽術 秘技・魂灯流転】による覚醒誘発の形跡あり(詳細解析中)


・現地班の記録によれば、当該個体は覚醒後も術使用はなく、すべて物理打撃・機動戦闘のみで妖を完全排除


・精神的動揺は見られたものの、自律制御可能な状態であったとのこと

・妖の最後の発声記録「本気を出す」直後に【黒炎爆哭】を発動し、これを潜り抜けて撃破した事実確認済


---


◆対応:


① 対象個体(推定:神城風磨)の保護対象指定および追跡班配置

② 霊気適性詳細データ採取の準備(封印術および記憶操作の可否含む)

③ 情報統制班へSNS・配信監視強化を指示(今回映像流出の兆候なし)

④ 現場復旧班派遣準備


---


以上、本件は“未登録特異個体による妖単独撃破”という重大案件であり、陰陽庁としての公式コメントは現時点では発出予定なし。


状況が進展次第、追って報告いたします。


第二戦術監視班・班長代理

野添 将宏(印)


---


【添付】

・現場スケッチ画像

・霊気覚醒時の霊圧観測データ(簡易版)

・妖撃破後の瘴気消散動画(15秒)


あとがき————————


次回も閑話です


星とコメント、いいねやフォローしてくれたらめっちゃ喜びます

こぜひよろしくお願いします


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