7.サクラの戦闘法
ダンジョン五階層の新エリアを進む、俺とサクラ。
案内役を買って出てくれたサクラは、結んだ黒髪が綺麗な女の子だ。
白のシャツにループタイ、紺色の袴みたいなヒザ丈スカートから伸びる、黒のタイツとブーツ。
紅色の羽織と、腰に提げた刀がアイコンになっている。
「こうしてまた、ご一緒できてうれしいです」
続いた『天然の罠』が落ち着いたところで、サクラはそう言いながら俺の隣に並んだ。
「この二年はまさに、一日千秋の思いで過ごしていましたから」
「そっか……それはごめん」
「いえ、記憶を失くしてしまった宗一郎さんに比べれば……何より今は、こうして再会できましたから」
そう言って、うれしそうにするサクラ。
「あと……許嫁の件、すみません」
「……?」
不意に何かを思い出したかのように、小さな声でつぶやいた。
「チッ、こんなところに彼女連れなんかで来てんじゃねえよ」
すると通りがかりのパーティの一人が、俺たちを見てそう言い放った。
憮然とした態度で、あからさまなため息を吐く男。
サクラがピタリと、足を止めた。
「……宗一郎さん」
「どうした?」
そして突然向けられた厳しい言葉に、わずかに肩を震わせた後。
「どうしましょう……! 私たち、恋人同士に見えてしまったみたいです……っ!」
「なんでうれしそうなんだ」
しっかり舌打ちまでされたのに、満面の笑みはおかしくない?
「そういうダンジョン探索もいいですね……不用意に突っ込んでしまった私を助け、「まったく、気を付けろよ」なんて……なんて……っ!」
一人で「きゃあきゃあ」言いながら、サクラは目を輝かせる。
一体彼女の中で、何が始まったんだ。
困惑しながら、先行した舌打ちパーティの後に続く俺。
「っ!!」
思わず硬直する。
視線の先に現れたのは、一体の大猿だった。
「「「うわああああああああ――――っ!!」」」
二メートルほどの体高に、目立つ大きな二本角。
分厚い筋肉から放たれる一撃は、舌打ちパーティの面々を弾いて飛ばす。
「……いいところだったのに」
それを見たサクラは、不満そうに息をついた。
五人組の探索者たちを一発で吹き飛ばした大猿の一撃は、あらためて見ると恐ろしい。
それでもサクラに、慌てた様子はまるでない。
「やはりダンジョン攻略となれば、魔物との戦いは避けて通れませんね」
逃げ去って行く五人組を気にもせず、腰に提げていた刀を引き抜く。
「僭越ながら、ここは私が」
大猿がその目を、こっちに向ける。
そして俺たちを新たなターゲットに定めると、猛烈な勢いで走り出した。
「っ!?」
しかし次の瞬間サクラは、恐ろしく速い動き出しで敵の懐に入り込んでいた。
振り上げた刀が、大猿の胸元を斬り裂く。
その威力に思わずフラフラと後退した大猿は、すぐに体勢を立て直して拳を振り下ろす。
迫る、凄まじいパワーの攻撃。
しかしこれをサクラは横へのステップで難なくかわし、そのまま一回転。
流れで放った回転斬りが、さらに深い傷を負わせる。
すると大猿は、大きく体勢を崩しつつ再度の後退。
「はっ!」
サクラは短い呼気と共に、強く踏み出す一歩で後を追う。
刀を使った戦いは速く、そして力強い。
強烈な振り降ろしが決まると、斬り飛ばされた大猿が片ヒザを突いた。
すごい……。
サクラは足の運びがとにかく綺麗で速く、振る刀もすごく強力だ。
「……ん?」
俺が息を飲んでいると、なぜかサクラは刀を鞘に納めた。
そして大猿が、攻撃のために動き出したところで――。
「――――【稲妻】」
疾走。
目にも止まらぬ速度で飛び出したサクラは、敵を目前にして抜刀。
そのまますれ違い際に、刀を大きく振り払って後方へと抜けていった。
バサバサと揺れる髪、制止したままの大猿。
冗談みたいな静寂の中で、刀を鞘に納める。
すると大猿が、その場に倒れ伏した。
「マジか……」
小さく息をつくサクラ。
五人組が逃げ出すほどの相手を一人で、たった四度の攻撃で倒しちゃうって。
まるで格が違うじゃないか。
しかもまだ、本気で戦ってる感じでもなかったし。
「格好悪いところを見せたくなくて、少し緊張してしまいました」
駆け寄ってきたサクラは髪を直しながら、少し照れた感じで笑う。
「いかがでしたでしょうか」
「いや、すごかったよ……」
「ありがとうございますっ」
素直にそう言うと、嬉しそうにほほ笑む。
「……でも。そもそも探索者って、どうしてそんな人間離れした戦いができるんだ?」
思わず問いかける。
ダンジョンで不思議な力が使えたり、強くなったりする仕組みはどうなってるんだろう。
「【覚醒の実】の効果です」
「【覚醒の実】?」
「ダンジョン産のアイテムで、見た目は金色のリンゴですね。すでに魔力を開放している人が食べると一時的に能力を向上させるだけなのですが、それが初めての場合は魔力が覚醒するんです」
「なるほど」
「魔力はその人物の腕力や敏捷、耐久性などを上げてくれます。また魔力は使うほど成長するので、本人も強化されていくわけです。ダンジョンに重装備の人が少ないのは、それが理由ですね。魔力が高くなれば、必然的に守りも堅固になりますから」
「そういうことなのか」
「そして成長時に生まれる能力の偏りが、その人の個性になっていきます。戦技や魔法が強化されたり、増えたりするんです。中には戦い向きではないけど、強力な特技を使う者もいますよ。ちなみに【覚醒の実】がなっている場所はとても美しくて、『楽園』と呼ばれています」
……なるほどなぁ。
ダンジョンにおける戦技や魔法のシステムは、なんとなく理解できた気がする。
かつての自分は知っていたのだろう情報に、俺が感心していると――。
「「っ!!」」
そこにまた、サクラが倒したものと同じ大猿が現れた。
「宗一郎さんも、戦ってみますか?」
「俺!?」
「必要ないとは思いますが、いざとなればお手伝いいたしますので」
そう言って、力強くうなずいてみせるサクラ。
そこに、不安や心配の色は全く見られない。
「グオオオオオオオオ――――ッ!」
一方こちらに気づいた大猿は激しい咆哮を上げ、真っすぐ俺に向かって走り出した。
「大丈夫ですっ」
あくまで余裕のサクラ。
「い、いやこれ……めちゃくちゃ怖いんだけど――――っ!」
俺は迫る大猿の恐ろしい勢いに、思わず悲鳴を上げてしまうのだった。
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